第20話 非日常
携帯に15:52と画面に表示され、まだまだ明るくて人もいる時間。バッグを持って階段を降りると、いつもの記憶が蘇る。
無理矢理歩かされて、階段から落ちそうになったり、壁に頭を打ち付けられることもあるこの階段に少しだけ足が立ち止まった。
「雪花?」
「……なんでもないよ」
手すりにつかまって一階まで降りると、がやがやと人の声が響いて聞こえる。ここは玄関だ。
人がいることに少し怯えていると、茨木がそばに寄ってそっと肩を寄せた。茨木並みに励ましてくれているんだろう。こういうことをさっとできるとは思っていなかったから、少しだけ胸の奥がきゅっとした。
人と人を避けながら自分の靴箱まで歩いて行く。靴箱を開けて靴を取り出し、上履きを中に入れて閉じる。置いた靴に足を入れて、学校を出た。
特に何も無くて安心して深く息を吐く。もしかしたら学校を出ると何かしてくるんじゃないかと思っていたけれど、驚くほど何もなかった。
百均の店までの道のりも何も無くて、茨木がずっと話しかけてきたり、そこらをキョロキョロ見渡したりするだけだった。
明るいおかげで見える道端には草花がよく咲いている。
着いて早々茨木が感嘆の声を出して、商品が並ぶ店内に目を輝かせる茨木が暴走するといけないから、袖を掴んでそのまま、すぐ近くの階段を上ってみる。予想通り食器や調理道具などが並ぶ棚が目に入った。
「これ、全部百円で買えるのか?」
携帯のメモに"大体は百円"と、返事を返して見せると抜けた声で頷いた。
「全てではないとしても、こうして安く買えるとは……儲けがあるのか疑いたくなるぞ」
唸って立ち止まる茨木を置いて、私は花瓶がある棚を探すと、後ろから「勝手に置いていかないでくれ雪花」と後を追ってきた。きっとこうなるとは分かっていたけれど、面白いものがある。
やっと棚にたどり着き、器の大きさやデザインを見ていると、隣から突き刺すような視線を感じて、見てみると指をさして目でどうかと訴えていた。
「この青いの! 綺麗じゃないか!?」
小さい壺みたいな形で、ガラスでできているため透けている。青と水色のグラデーションが引き立っていてとても綺麗だ。
「うん、ちょっと透けてて色も綺麗だね」
しかし、これでは花瓶がメインになってしまう。あと部屋に飾るには少し幅が大きいし、色が青ではアヤメと同化する。
「でもアヤメと色が被るよ」
「あぁー……確かにな、それはいけないな」
諦めて違うのを探して、棚の裏も見てみると、そこが少し丸くて口が細い白い花瓶を見つけた。模様も無くてシンプルだけど、これなら花の方が目立っていいかもしれない。
「見つけたのか?」
「うん、これだとちょうどいいかなって」
「俺もそれがいいと思うぞ!」
「じゃあこれにしよう」
レジに行って、包装してもらっている間に財布からちょうどよくお金を出してお釣りが出ないようにした。レシートを貰って、新聞紙に包まれた花瓶の袋を持つ。
店を出て気づいたけれど、家に着くまでに水を貰っていないアヤメが萎れてしまわないか気になった。
「早くしないとアヤメが」
「では俺が雪花を担ぐか?」
「そんなの目立つに決まってる」
「安心しろ、人間の目に見えないようにする」
肩に手を置いてその場で三秒ほど経った。いまいち見えなくなった感じがしない。本当に掛かったんだろうか。
「できてるの?」
「あぁ、それじゃあ持つからな。ちゃんと捕まってるんだぞ」
予想としては米俵みたいに肩の上に乗せるか、小脇に抱えたりするんだろうと思う。
しかし予想とは違い、少し屈んで、私の背中と太腿を抱えて抱き上げた。横抱きだ。可愛く言うならお姫様抱っこ、と言うやつだ。
目線が高くなって見晴らしはいいけれど、この体制は……恥ずかしい。顔に熱が集まっている気がする。
「あの、ちょっと、恥ずかしい」
「俺以外見えないから安心してくれ!」
「そうだとしても! これはちょっーー」
ちょっと恥ずかしいと言い終わる前に行動は移されている。百均の店の屋根までひとっ飛びで上がり、次の屋根まで軽々と飛んでいく。
落ちそうだと感じて手が茨木の着物を強く握る。耳元から「ふふっ」と、聴こえたけれど幻聴であることを祈る。
屋根やら電柱やらを踏んで高いビルすらも飛び越えていくさまは側からすれば気持ちいいだろう。でも実際は、乗ったことないけれど、ジェットコースターとかそういうのに乗ってる時の感じだ。内臓が飛び跳ねてるみたいにふわっと浮く。
言葉にできないけれど、すごく女らしさ無しに叫んでいて、今までの自分では想像がつかないくらいで、私からこんな声出てくるんだと驚いていてい最中だ。
「怖がってる雪花も可愛いな! ずっと見ていたいぞ!」
「ちゃんと前見て!!」
壁寸前のところで蹴って高く空へ上がる。終始笑ってる茨木はこんなのへっちゃらだろうけど、私にとってこんなの経験したことない非日常でかなり焦っている。
ちらっと下を見ると地面がかなり遠い。血が下に落ちていく感覚があって、振り落とされまいと手の力をさらに込めて顔を胸元に押し付けた。
今は怖いけど、経験したことない位置から景色を見るのは新鮮で、慣れれば綺麗に見えるかもしれない。すぐには無理だろうけれど。
地面に吸い込まれそうなくらいの重力がやってくると、静かに髪の毛が落ち着いて下に垂れる。
「着いたぞ」
「あわわわわ……もうちょっと、ゆっくりだと、良かったな」
「なるほど! 次はもう少し遅くするようにやってみよう!」
着地してやっと地面が近くなって、顔を上げると茨木がずっと見ている。心なしか嬉しそうで頬に赤みがあって照れているような気がする。
「離してくれる?」
「もう少しだけ…」
「……部屋でなら、少しだけ近くてもいいから……」
ぱっと笑顔になったけど、少し残念そうに下ろして、よろけた私を支えた。
ドアの前で鍵を探してると、後ろで楽しそうな雰囲気が出ていて、ため息つきながら鍵を挿す。
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