第15話 朝焼け

 まさか一度も起きずに次の日を迎えるとは思っていなかった。きっと夜中に起きると思っていたから近くに携帯を置いていたけれど、心配はいらなかったみたいだ。


 まだ眠い頭を起こして、携帯のホームボタンを押して時間を確認するとまだ4:02と表示されていて、寝ようと思えば眠れるけれど、起きたらすぐには頭が覚醒しない時間で戸惑う。


 今の時間なら、朝日が昇り始めている頃だろう。締め切ったカーテンを久し振りに開けて窓を開けると、空はオレンジ色で、まだ水色が残っているところもある。


 まだ冷たい外の空気が寝起きには少し辛いけれど、綺麗なグラデーションを見ていたくて、布団を近くに手繰り寄せて、腹は冷やさない程度にしておく。


 ついでに携帯で写真でも撮っておこうと、手に取ってカメラ機能を起動させた。

 縦に撮るのも良いけれど、空の場合は横で撮った方がより良くなる気がして、携帯を横に持ってボタンを押すと、少し大きいシャッター音が鳴って画面の中に取り込まれていった。


「良く撮れてる……かも」


 プロほどではないけれど、自分なりにはうまく撮れている気がして、写真を見返しては本物の空を見ている。雲の動きや空の色の移り変わりを見て、さっきまでの空を自分のものにできたみたいに思うと、少し嬉しい。


「雪花……?」


 少し寝ぼけて掠れた声がして後ろを向くと、目を擦って眠たそうにしている反転目が私を見ている。

 間抜けの顔をしていた茨木は、ベッドに上がってきて私の隣に膝で歩きながらやってくると、もう明るい空を見上げて欠伸をする。釣られて私も欠伸をすると穏やかに笑っていた。


「ふふっ欠伸してる雪花は可愛らしくもあり、美しくもあるな」


「……どんなフィルター掛かってんの」


 ニコニコとしている顔に、そのフィルターで美化されたものに騙されそうになったけれど、それならどんな人間でも綺麗に見えるんだろうと考えを切り替えれば、冷たい自分を保っていられる。どうせお世辞だから気にすることはない。


 流石に寒くなってきたから、開けている窓を閉めて鍵を掛けた。すると、また痛くされるのかと、ため息をつく。


「朝かぁ」


「雪花は朝が嫌か?」


「嫌だよ、学校行かなきゃいけないから」


 授業も休み時間も面白くない。うるさい人達は注意されなきゃ黙らないし、廊下ですれ違うと舌打ちされるし、先生はいじめの発覚を見て見ぬ振りをして誰も助けてくれない。他にもたくさん嫌なことがある。


 こんなに辛いけれど、これのおかげで痛みや苦しみには強くはなれた気がする。学校なんか早く卒業して遠い場所に行きたい。

 どうせなら道外に行って本土の方で暮らしたい。


「俺は少し気になるぞ、学校」


「行ったことないからわかんないだけでしょ」


「それもあるが、雪花がここ以外でどんな生活しているのかを見て見たいな」


 きっと茨木の想像しているのは明るい教室だろうが、明るいのは私以外の人達だ。

 どうせすぐに分かるはずだから私は何も言わない。


「一人だとしても俺がいるからもう一人ではないぞ! 安心して過ごすといい!」


「物好きめ」


「俺は雪花が好きなんであって、他の奴らにはここまでやらないからな」勘違いするなと言われ、少しムカつく。


「というか俺は雪花以外にあんまり興味ないからな! 酒呑は例外だが……」



 どうでもいい話をしていたら時間を忘れていて、いつも起きる時間が近くに迫っていた。千円札が数枚と細かい小銭しか入っていない財布の中身を確認して、今月はあと少しで終わることを知る。

 今日も朝と昼はレーズン系のパンを買ったら、茨木はまた、不健康と怒るんだろうか。

 言われる筋合いはないけれど、これでも心配してくれているんだろうと思うと、いらないことしてくれるなと思う半分、嬉しいというわけではないけれど、少なからず周りの人間よりは優しいと思った。鬼は変わった生き物である。


 うるさすぎない朝起きるためのアラームが鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る