第13話 休日
掴まれた恐怖に布団を掴むと茨木は顔を上げて、少し青ざめた顔をしていた。そこまでするかと思ったが、感じ方は人それぞれだ。
「悪かった嫌いにならないでくれ」
「えっと、嫌いというか、好きでもないんだけど」
咄嗟の言葉だったが、さっきの顔色よりは少し良くなったようで落ち着いてきたみたいだ。
それよりさっきのあれは本心で言ったのか、それともふざけて言ったのか気になるけれど、掘り返すのは良くないから聞かないでおく。でも、本心で言ったのならさすがに拒絶する。
にしても、この茨木の姿は目に毒過ぎる。どこを見ていいのか分からない。こんなのが外に出れば男なんかイチコロなんだろうな。
「その、女同士だと雪花も気軽に話しかけてくれるだろうと思ってやったんだが、お気に召さなかったか?」
確かに同じだと話しやすいと思うけれど、私にとってそれは案外どうでも良い。危害を加えず、信頼に値するなら性別なんかどっちでもいい。
「姿だけで対応変えるほどできた人間じゃないし、それに、見た目が変わったところであんたはあんたでしょ」
「っ……! お詫びに、膝枕でもするか!?」
「しないっ」
反省しているようでしていないし、今言う言葉じゃない。
書斎にある本はあらかた読んでしまったため飽きてしまったが、たまたま昔使っていた国語の教科書を思い出してを引っ張り出すと、載っている小説が目につきそれを読み進める。
読んでいる最中に肩に頭を乗せているせいで背中に大きい胸が背中に当たっていて緊張してしまう。女の人にこうやって近づかれたことが無いから集中して読めない。
「少し離れてよ」
「雪花とくっつきたいからなぁ」
「……」
こうなったらきっと梃子でも動かないだろう。家にいる間はずっとこの調子だろうしたまには何か本でも買いに行こうかな。
立ち上がって引き出しの中にある自分の通帳を見ると、口座には先月取り出した分を除いてもカンマが二つあるくらいにはある。大して使っていないのに毎月振り込まれるおかげでどんどん溜まっていくせいだ。
なんとなく、金をやるから不用意に近づくなと、そういう意味が込められているんだろう。
外に出る為に部屋着から着替えたいけれど、茨木が何処かに行ってくれないと着替えれないからさっさと部屋を出てもらいたい。
「着替えるから部屋から出て」
「えっ外に出るのか?」
「そう」
「分かった!」
なぜか嬉しそうにして出て行く茨木に疑問が浮かび上がるけれど、特に理由はないだろうから気にせず着替える。
適当な服をクローゼットから取り出して着て、キャッシュカードを入れた財布と携帯を持って部屋から出ると、そこには出待ちしていた茨木がいた。これはもう慣れた。
「何か買い物か? それとも散歩?」
本を買うだけにしようと思っていたけれど、案外散歩するのもいいかもしれない。どうせだしついでに散歩もするか。
「どっちも」
「じゃあ俺もついて行くぞ雪花!」
「勝手にして」
隣を通り過ぎて廊下を渡り、階段を降りて玄関の靴箱の中の出来だけ歩きやすい靴を選んだ。靴を履いて、緩くて今にも解けそうな靴紐が目に付き、解いて結ぶと綺麗な蝶々結びができた。
家の外へ出てまずコンビニへ寄ってATMで数千円取り出してから近くの本屋に行く。
久し振りに休日に外出してテンションが上がるわけではないが、たまには人間らしい生活ができて良いと思う。
「どこへ向かってる?」
「本屋だよ」
「なるほど、本屋か……つまり本を買うんだなっ」
それ以外に何があるとは言わなかったけれど、目線で訴えるとにっこり笑って返されたからあまり良い気分じゃない。
雪が無くなったおかげで歩きやすく、想定していたよりも十分早く着いてしまった。何分かかろうが計画が狂うことはないけれど、癖で気にしてしまうのだ。
ジャンルに分かれた本棚がたくさん並び、少し後ろをにいる茨木は間抜けそうな面をしている。気にせずに側のあらすじすら知らないベストセラー達を手に取って奥の棚に進む。参考書は必要ない。
「それ好きなのか?」
首を傾げて聞いてくる茨木には悪いけどここは人がいるからあまり質問を返してあげることはできない。
普通の人には声すら聞こえないから私が独り言を喋っているように見えるから出来るだけ質問はやめてほしい。
「……人気になってるなら面白いんだろうと思って」
小さい声で返してもちゃんと聞こえているようで隣から気の抜けた声がする。
「あんたは他の人に見えないんだから静かにしてて」
「あぁそうだったな! すっかり忘れていたぞ」
笑う茨木に呆れ気味にため息をついていると「そこらを見てくる」と言って歩いて行った。きっと迷惑を掛けることはしないだろうから、私は並ぶ本の帯に書いてるあらすじを見て、面白そうなのを見つける作業に移った。
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