第12話 愛

 カーテンから漏れる光が瞼を通して、いつのまにか朝になっていることに気付いて、咄嗟に手が顔を覆う。

 朝は好きじゃない。眩しいしみんな起きてるから。


 でも、いつもよりはあまり気分が悪くはない。昨日ので少しだけマシになっていると思う。


 見えている真っ白な髪の背中に安心してもう一度布団の中に埋もれてみる。

 あれ、昨日見たよりも少し小さくなっているような気がした。寝起きで見間違いしただけか。


「……」


 気のせい?いや、気のせいじゃないかもしれない。

 布団から這い出て起き上がると、幾分か小さいかもしれない。というか、あの太くて変に生えてるツノが見当たらない。

 部屋に転がってもいないし、間違って蹴って折ってしまったわけではないと胸を撫で下ろした。


「……胸?」


 ツノが無いせいで上から見下ろして、足まで見えるわけだけれど、昨日無かったブツが今日存在してるってどういうことだ。

 鬼の生態は胸が生えたり無くなったりするの?それって生物としてOKなの?というかそんな話聞いたこともない。


「男だと思ってたけど……女の子?」


 いや、性別すら無いのかもしれない。鬼とは恐ろしい生物である。でも茨木童子は女の鬼だったとかも言われてるし、本当はこっちが本当だったりするんだろうか。


 答えを見出せないまま数分が経ち、身動ぎした茨木が起きそうになってこれはそのまま起こして聞いた方が良いのかそのままにした方が良いのか迷う。こんな時に役に立つ経験値なんかクソも無いもんだ。


 結果、知らないふりをして起きたら聞こう。ジロジロ見るのもあまり気分良く無い。


 もう一度布団に潜って温もりに包まれてると、隣で布が擦れる音がした。

 起きたかもしれないから目を開けてみると白かて大きいものが視界いっぱいに広がっている。何なのかよく分からず手を這わせると人肌の温かさで、しかも柔らかくてすべすべしている。

 どこかで触ったことがあるような感じに記憶を巡らせると、自分の身体にもある二つの……。


「えっあっは、はぁっ!? なんふぐぅ」言葉を遮って頬を圧迫する白い、胸。


「何で触ったり近くで見ないんだよーっ!」


 で、でかい。よく分からないけど良い匂いがする。

 違うそういうことじゃない、全然良くない。なんで茨木?がこんなことをしてくるんだおかしいだろ。頭打ったか。


 私の頭を抱いて胸を押し付けてくる茨木は不満そうにしているし、まさかとは思うけれど、私が起きた時から起きていて、ずっと見ていたのも分かっていた可能性が高い。


 無駄に押し付けて結局何がしたいのか理解不能だ。でかいことを自慢したいんだったらとても不愉快だからやめてほしい。


「ちょっやめ……ひっ」


 離そうと胸を掴めば力を入れれば沈んでいく両手に「?」を量産させた後に一気に恥ずかしくなって顔に熱が集まってくる。

 こんなでかいなら余裕でCとかDはありそうだ。


「もう雪花ったら大胆だな、しょうがないなぁほれほれ」


「むぐぅ」


 さらに押し付けられて今度は顔が埋まった、気がする。両頬に柔らかさを感じるし、すごく顔が暖かい。

 気持ちいいけれど、息ができなくて苦しくなってくると、冷静になってくる。こんなでかいもん押し付けてくるなんて女性にとっては胸囲の暴力だ。


 もう耐えられなくて両手で腕らしきものを力一杯押して引き離した。名残惜しく離れていく茨木はむすっとした顔をしているし、その、胸元が少し乱れてて色っぽい。


「な、なんで、こんなこと」


「雪花が手ぇ出してくれなかったから」


「はぁ!? なんでそんなことしなきゃいけないの!?」


「あんなに熱い視線を送っていたじゃないか!」


 やっぱり起きてたんだ。でも、それを勝手に勘違いして襲ってくるってどういうこと。身体は女性だとしてもやっていいことと悪いことがある。


「というかなんで、男じゃなかったの?」


「よくぞ聞いてくれたな雪花よ!」


 立ち上がって何か宣言するみたいに胸元に手を添えた茨木はチラチラ私を見ながら大きく口を開いた。


「愛情の象徴は母、母=女! つまり雪花に愛情を注ぐためには女になる必要がある! だから今日は女の姿で過ごす! よろしく!」


「へぇー……」


 なんでそんな思考回路になるのか、というかなんでそれを実行しようと思ったのか不思議でならない。やっぱり頭のネジが何本か飛んでいる。

 愛情のために女体化するってところに着眼点当てた辺りもやばい。今ならまだ引き返せるし出て行ってもらおうか。こんな痴女に絡まれるなんて頭がおかしくなりそうだ。


「まあそういうわけだから、まずは……女と女としてやらねばならぬことがあるまい?」


「え?」


 え?どんなこと?なんでこんな身を乗り出して近づいて来る?なんだか茨木の目が怖いし、鼻息荒いし、なんとなく"そういうこと"を察すると鳥肌が立ってきた。気色悪い。


「不潔」


「あ?」


「きもい、汚い」


「せ、雪花?」


「私そういうのほんと嫌いなの、近づかないでくれる?」


 女同士だからやっていいと思ったのか、茨木はかなりショックを受けたようにその場にへたり込んだ。

 その場から少し距離をとろうと足を動かそうとすると、ガシっと効果音が付きそうなくらい掴まれて動けなくなる。


 動けないことと、また何かして来るんじゃないかと思うと怖くてぎゅっと布団を掴んだ。

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