第10話 おそろ

 階段を降りれば降りるほど美味しそうな匂いで腹が空いてきて少し鬱陶しく感じた。

 母以外いないのを音や気配で確認しながらリビングを進んでキッチンにいる母に話しかけると、あともう少しでできるから待っていてほしいと言われた。手伝うにも本当にあと少しで終わりそうで何もすることがない。

 何もすることがないから、置いてある私専用のお盆を見ているくらいしかなくて、もう少し早く降りてきても良かった少し反省する。


「できたから持って行っていいよ」


 盛られた皿をお盆に置いて声を掛けた母。感謝を一言言って慎重にお盆を持ちながら階段を登っていく。そろそろ兄が部屋を出てくる時間だから、急ぎながらも音をたてずに部屋の前まで着くことができた。

 両手が塞がっているから肘でドアノブに引っ掛けて開けようとしたら勝手に開き、前を見るとやはり茨木が開けたようで笑顔を浮かべながら迎え、中へ入るように誘われる。ここは私の部屋なのだから言われる筋合いは無いけれど、気遣いは嫌いじゃない。


「おかえり雪花」


「おかえりって家主とかが言う言葉だからあんたが言うのは間違ってる」


「でも帰ってきたら使う言葉だろう?」


 そう言えば間違いではないような気がするけれど、やっぱり違うような。いや、気にするのはやめよう。ご飯が冷める。


 ガラステーブルの上に置いて、その前に座ると茨木も隣に座る。近くにいるのはあまり好きじゃないと前に教えたはずなのに、何で隣に座る。


「離れて」


「どうしてもダメか?」


「ダメ」


「そうか……」


 残念というかしょんぼりというかそんな気分でベッドに座る茨木に少しだけ罪悪感が湧いたけれど、実際嫌なものは嫌だ。


 今まで誰も近くに寄るどころか踏み込んですら来なかったんだ。そのせいで厚い壁ができたんだから仕方ないし、今更壊して来ようとするなんて厚かましい。

 だから私は悪くない。間違っていたとしても自分が正しいと思っていなきゃ自分自身が壊れてしまう。


「暇だから俺と酒呑の話でもしよう」


「いやなんで」


 唐突に始まる茨木のよくわからない行動が本当に訳がわからない。でもただ食べるだけで暇だったのは私もだったから、耳を傾けることはしようと思った。暇つぶし程度だし聞いてあげるだけなら別に構わないだろう。


「俺が酒呑と友になってからは、毎夜朝まで酒飲んでは人間捕まえていくつ頭を持って来れるか競争してた話なんだが」


 思い出話が始まってすぐにこんな血生臭いなんて話今までにあっただろうか。普通はないはずだし食事中にする話では無い。

 わざとやっているのか真剣にやっているのか分かんないし鬼って人間とは違うんだと改めて知った。


「結局酒呑の方が上手で今まで一度も勝ったことがない」


「……それで?」


「それだけだ」


 あまりにも短いし、それだけってなんだよ。なにがどうすごいとか言わないと酒呑童子に全敗している話されてるだけじゃないか……。もっと他に何かなかったのかと突っ込みたくなる。


「そういえばあの後体は放置していたが誰か片付けたんだろうか?」


「その話はもういいよ、なんか他にないの」


「むっ他か……おぉそういえば昔、ろくな着物着ていなかったから、酒呑と羽織を拾ってきた話があるぞ」


「拾ってきたじゃなくて奪ってきたの間違いじゃないの?」


「そうとも言える」


 平然とそんなこと言えるとはさすがだと思いながらも、盗ってきて申し訳ないとか感じさせずに自慢話みたいに語る茨木は毎日こんなことして生活して暮らしていたんだなと考えることができる。


「あったからもらって帰ろうとしたんだが、酒呑に色が似合ってないって言われたから」


 茨木は着ている羽織を両手で摘んで持ち上げて主張する。つまり、その羽織が選んでもらったものか。


「汚れてないのを探したから時間が掛かったが、これを貰った」


「大事そうなのに端とか破れてるけど」


「それは仕方がないだろう、なんせ千年は余裕で着ているんだからな」


 千年経ってもボロボロではなく破けているだけで原型を留めているなら大事にしていると言えるけど、それをパタパタと忙しなく動かして破れないかと少し思う。


「たしかその後にこれと同じ色を見つけたんだが、加減を間違えて破いてしまったんだ」


 苦笑する茨木を見ながら渡そうとしたものをどうやったら加減間違えて破くんだよと密かに突っ込みながら、こいつならありえるなとか心の中にしまっておこうとしたが、つい口が滑って言ってしまった。


「俺は手が普通より幾分か大きいし、爪も長ければ力も強いからつい、な」


「そんなついでやっちゃうほど強いの?」


「俺は誰この世の誰よりもすごくすごく強いぞ! 今なら強い人間がやってきても瞬殺できる! 余裕で!」


 自慢げに声高で叫ぶのは耳が痛いからやめてほしいけれど、きっと茨木にとっては一番自慢したいものが力だろうと思うから、そんなにやめてとは言えない。

 でも、友達の酒呑童子がこの世にいないからそう言えるものであって"生きてたら"こうは言えないだろうなと、少し寂しさも感じる気がする。今はテンション高いけど。


「それで、さっきの続きは? 破けちゃったのは?」


「あぁ、それでも酒呑は笑って破けた羽織を着てくれたんだ、優しいよなぁ酒呑は」


 笑って許してくれるくらいには優しいのか、友達だから許したのかは知らないけれど、懐に入れば底なしに優しくなる人もいるくらいだし、鬼も例外じゃないんだな。

 というか私はなんでこんなに考えているんだ。暇つぶし程度に聞こうと思ってただけなのに。


「あれだ、えっと、酒呑と俺の羽織はおそろなんだ!」


 千年も生きてる最近の鬼はおそろとか言っちゃうんだ。

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