第9話 読書
朝ごはん兼昼ごはんプラスおやつのレーズンを口に次々放り込むのをずっと見られているのは気分がいいものじゃない。
「そんなに見て、何? 食べたいの?」
「そんな干したぶどうばかり食べて……体に悪いぞ! 肉を食え肉を!」
「私には私なりの食習慣があるの、邪魔しないで」
「それ酒呑も同じこと言ってたぞ」
単純に心配してくれてるんだろうけど、それ以上踏み込んでくるのは許せない。好きなものを食べて死ねるなら本望だ。
しかしレーズンの食べ過ぎは辛い下痢になるから一応気を付けてはいる。
それにしても茨木はよく友達の酒呑童子の名を出す。なんでも私と酒呑童子は似てるんだとか……私はそんな悪い事したいとか殺しだとかしたいなんて思わったことはあっても、実行に移すことなんてないから、似てると言われるとあまり良いとは思わない。
「友達のこと好きなのね」
「当然じゃないか! あれほどの強さを持ちながら、美しさと賢さを併せ持つ完璧な鬼とは酒呑以外に見たことがない! 語らいで見せた素晴らしい思想と実際の行動力に俺は感動している! まさに妖怪の中の妖怪と言えよう!」
「そう……」
好きだということがわかったけれど、あまりにも力強い話し方に圧倒されて少し引いた。ぺらぺらと聞いてもないことを話し続ける茨木に目もくれずレーズンを摘んで口に運ぶ動作に意識を向ける。
こういうことをちゃんと聞いてあげられるほど器が大きいわけじゃないし、勝手に家に上がってベタベタしてくる奴の話を聞いてるふりをしてあげているんだから少なくとも私は偉いと思う。
こんな性格なのにどうして茨木も離れていかないのかわからない。どこから見ても勘違いとしか言いようがないし、性格とか心の変化に疎いわけじゃないんだから、早くどこか優しい人のところに行けばいいのに。
私ならこんな面倒くさい性格は嫌いだし誰かに言われなくとも出て行くだろう。
今日の分を食べ終わったところで、そろそろ書斎へ戻ろうと思い立ち上がってドア付近まで歩くと、当然のように茨木も付いてくる。親についてくる雛みたいだ。
隣の書斎へ移動して、机がある場所には乱雑に茨木が積み上げた本がある。
真ん中くらいの本に目をやると、赤鬼が人間と仲良くなりたい絵本があった。鬼が主役だから持って来た本な気がして茨木らしいチョイスだと思う。
「雪花も読むか?」
「内容知ってるからやめとく」
「そうか」と、呟いて私の隣まで椅子を持って来た。積まれた絵本や児童書に手を伸ばしたのを見て、自分が読んでいた本に目を向けた。
「雪花」
ちらっと見てみるとさっき見た鬼の絵本を持っていることに気づき、くだらないとか言うんだろうと思い気づかなかったふりをしようと思ったが、どうせだから軽く相槌を打ってみる。
「なに」
「思っていた内容と違う」
「そう」
「なぜ自分を犠牲にしてまで尽くそうとするのか俺にはわからん」
「大切な友達だから願いを叶えてあげたかったんでしょ」
「なるほど……俺にも、できるだろうか」
「気持ち次第だよ」
短く問答をしていると、結構時間が経っていたことに気付く。ふと気になって窓を見てみると空が赤みを帯びていて、いつのまにか夕方になっていた。
それにしてもよく集中して読めていたなと思う。あれほど騒がしかったのに、読み始めれば口を閉じているし、無駄に動いたりはしなかったから、集中さえできれば静かなタイプだと察する。
そろそろ空腹を感じて来たから、ご飯が出来ていたら貰って部屋で食べようと、椅子を引いて立ち上がる。
茨木が私を見ると同じく立ち上がって隣に移動した。
「隣には並ばないで」
「なぜだ? 隣の方が距離近くて良いじゃないか」
「それが嫌なんだって」
「じゃあこれから一緒に歩いて慣れていこう!」
単純にふざけないでほしいと思った。どんな人だってほぼ初対面の人とは適切な距離を保っていたいと思うだろうし、好きでもない人とすぐ隣を歩きたいとは思わないはずだ。
なのにこの鬼は何もわかっちゃいない。
「せめて人一人分くらいの間をとってくれない? それが出来ないなら部屋に行って待ってて」
「そんなに距離って大事か? うぅしかし、雪花の嫌なことはしたくない……分かった」
まだ言うことを聞いて分かってくれる性格で良かったと思ってはいるが、納得はしていないようだからやっぱり扱いは難しそうだ。
結局間をることにした茨木は空いている間を気にしながら一緒に階段を降りて行くが、途中から消えていたからきっと部屋に行ったんだろう。変わらず見られているような気がするけれど。
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