第18話 血に堕ちた正義、コレシャ・コラール
ハーディとカルロは教会の目の前にある広場までやってきていた。そこに辿り着く迄、二人は幾多の無法者共に襲われそれをねじ伏せてきた。
ハーディが両手に持つ銃は弾丸を過剰に撃ちすぎてすでに熱を持ち、カルロの持つ大剣には血をべっとりと浴びせられ、鈍い光沢を光らせている。
二人はつい先程顔を合わせたばかりだというのに、まるで何年も連れ添ったパートナーの様に息が合った。
戦いの最中、カルロの剣さばきをハーディは隙あれば観察していた。腕はかなりいい。それがハーディがカルロに下した採点であった。
隙が大きいはずの大剣を扱うも、横、そして背後から奇襲を受けてもカルロは難なく対応していた。反射神経がずば抜けているうえ機転が利く。そしてなによりも驚くべきはその大剣を振るう速度である。
常人であればまず一振りができないであろう大剣を、まるで棒切れを振るう様な速度でカルロは扱う。切っ先が十分な速度に達する事で剣の真価は発揮されるが、カルロが扱う大剣は既にその範疇を超えていた。カルロが大剣を一振りする度、周囲の人間がぼろきれのように飛び散っていく。ハーディでさえ、あの重厚な一撃を止めることは不可能だろう。
対してカルロも、ハーディの戦闘能力に畏怖していた。目の前の敵をひたすら切り倒し続けたが、大剣の届かない敵がカルロに銃口を向けるやいなや、ハーディは自身に対峙する敵を殲滅しつつも、カルロを援護する様にそれらを撃ち殺した。視野の広さと誰を狙えば最も効率がいいのかの判断速度が段違いである。
これにカルロはハーディと自分との戦闘経験値の差を感じていた。加えて言えば銃の最大の弱点であるリロードの速度である。ハーディは体中に仕込んだマガジンを、敵の攻撃を避けながら銃を撃ちつつ空中へと投げ捨て、それをそのまま銃に装填するという芸当を実戦で平然とやってのけていた。弾が無くなり、空のマガジンを銃から落とし、そして空中に投げ捨てた新しいマガジンへと交換するそのタイミングと正確さが、今までハーディが潜った修羅場の数を物語り、そうして打ち続ける銃は必ず男たちの頭に命中し、一発で一人を確実に仕留め続ける事に、見ていて楽しいくらいだとカルロは感じる。
カルロは刑殺官になってから日が浅いが、前官長を長年務めたハーディの実力に、ほとほと魅せられていたのである。
教会の中からは男どもの騒がしい会話が漏れている。
この中にはビズキットがいる。そう確信していたハーディはカラとなったマガジンに弾丸を込め、カルロに口を開いた。
「カルロ。準備はいいか? 後戻りはできねえぜ」
「ええ、ハーディさん。行きましょう」
カルロの返事を聞いたハーディは教会の扉を蹴破った。扉は五メートル程先まで飛ばされ、その瞬間に教会内はシーンと静まり返った。
規則正しく並べられたベンチに自由に座り、中で好き勝手に暴れ騒いでいた男たちは、一斉に入口に立つハーディとカルロに振り向き銃を向ける。
教会の一番奥。ステンドグラスから差し込む光の下。豪勢な椅子に大柄な男が腰かけていた。威圧感をむき出しにする男。ゆっくりと視線をハーディらに合わせる。
その風貌だけで今まで相手にしてきた者とは格が違うと思わせる。男の名はビズキット・メタル。無法の王だ。
「ビズキット! コンツェルト刑殺官のカルロ・ショーロだ! 今すぐ降伏し暴動を止めさせろ!」
ビズキットの顔を確認するやいなやカルロが叫ぶ。
その声が教会中に響き渡り、周りで銃を構えていた男たちが今にも発砲しようとしていたのをビズキットは止めた。
「待ぁてお前らぁ。俺の客だ」
ビズキットはハーディの顔を見るとニヤリと笑い、手に持っていた鎖を引っ張る。その鎖は女の首輪に繋がれていた。チャラチャラと鎖の音が教会内に静かに響き渡り、四つん這いになった全裸の女がそのまま犬の様に椅子の裏からビズキットの前まで歩いてきた。
「久しぶりだなあハーディよぉ。どうだこいつ? いいだろう? 俺の新しいペットだ」
ビズキットは鎖に繋がれた女を蹴り飛ばした。
ドサッと倒れた女は直ぐに四つん這いに起き上がり、懇願するようにキャンキャン鳴いては嬉しそうにビズキット膝にに擦り寄った。女の体には無数の火傷とあざ、切り傷に、そして注射痕が出来ていた。左腕を見ると痛ましいビズキットの烙印がある。自殺を阻止する為、歯を全て抜かれ、爪を全て剥がされたその女の顔をハーディはよく知っていた。特徴的な赤髪が部分的に抜かれていたものの、その人物はアラベスクを管轄していた刑殺官、コレシャ・コラールに間違いなかった。
「おい、餌の時間だ」
ビズキットがそう言うと近くの男が小さな箱をビズキットに手渡した。
その中から一本の注射器を取り出すとビズキットはコレシャの元へ落とす。
直ぐにそれを拾ったコレシャは、舌をだらんと垂らしながらも嬉しそうに自分の腕に注射器を打ちつけた。その姿からは以前の誇り高き女刑殺官の姿を微塵も思い出させない。
痙攣しながら、コレシャは霞む視界の中で入口に立つハーディの姿を見つけ、口角を上げながら涙を浮かべた。
コレシャと目が合ったハーディはデイトナを引き抜き、無表情のままコレシャの眉間を撃ち抜いた。
――バァーーーン
教会中に銃声が轟き、鳴りやむと頭から血を流したコレシャはドサッと横たわり呆気なく絶命した。
「ハァッハッハァ! ひでぇなぁハーディよぉ! お前の部下じゃねえのかよ!?」
肉塊と化したコレシャを蹴り飛ばしながらビズキットは楽しそうに笑った。
「うわああああああああああああああああああ!!!!」
カルロはビズキットに向かい走り出していた。
出会った時から温厚そうなカルロだったが、その表情は修羅の如く、ビズキット以外の全ては既に目に入っていなかった。
周りの男どもがカルロに銃を撃つより早く、カルロはビズキットを間合いに入れる。
大剣を大きく振りかぶり、そのままビズキットの脳天目指し振り下ろした。
「ビズキットオオオオオオ!」
雄たけびを上げながら振り下ろされるカルロの大剣を、ビズキットはニヤニヤと笑いながらその場から一歩も動くことなく左手の甲で殴った。
カルロは大剣ごと教会の壁に叩き飛ばされ、そのまま背中で壁を突き破った。
――ドゴォォオオオオン……
つい先ほどまで、その大剣で群がる受刑者を一掃していたのと対照的な絵面だった。
壁の壊れる音が響き、続いて損壊した壁からパラパラと教会の一部が崩れる音がする中でビズキットは口を開く。
「さぁ遊ぼうぜ! ハーディ!」
ハーディがキッとビズキットを睨むと、教会内にいた男どもがハーディに銃を撃ち込み始める。
弾丸の嵐をハーディは走りながら躱し続け、一人一人に両手の銃を向け殺し始めた。教会内に割れんばかりの銃声が響き続ける。
「邪魔すんじゃねえ! てめえらああああ!」
ビズキットはそう叫ぶと自身が立つ床を思いっきり殴った。すると教会の屋根が、いや、床そのものが傾き、崩れ始める。
「おいやべえぞ!」
「逃げろおおおおおおおお!」
「うわああああああああああああああ!」
男どもは一目散に教会の入口に向かって走り出す。ビズキットの一撃であれば教会など簡単に倒壊することを男どもは知っていたからだ。
入口周辺は逃げ惑う男どもで溢れかえり、ビズキットはそれを眺めながらため息をつく。
「おっといけねえ。ついついイラッとして力入っちまったぜ。それにしてもまったく情けねえ野郎どもだ……。さあ、続きだ! ハーディ!」
ふとビズキットが視線を正面に向けた。
逃げ惑う男達とは逆に、人間離れした速さで走りこんできた影が油断したビズキットのすぐ目の前へと迫っていた。
ハーディはデイトナとハロルドからマガジンを抜き、ドン特製の弾丸が込められた背中のマガジンへと交換する。そして次の瞬間、ハーディは高く飛びあがりビズキットの肩を蹴り飛ばした。
「そこにいたのか! ハーディ!」
ビズキットはそう叫ぶが、猛スピードでハーディに蹴られた勢いで自身の背後へとよろめく。
ハーディを睨み付けるビズキットの顔面にハーディはそのまま両手の銃でありったけの弾丸を撃ち込んだ。
ビズキットの肩から、カルロが飛ばされた方角へと跳んだハーディ。
撃ち込まれた弾丸は一発残らずビズキットの顔面に命中し、蹴られた衝撃でビズキットはゆっくりと背後へと倒れた。
ハーディはカルロが作った教会の大穴へと逃げ込み、外に出た。
その瞬間、教会は轟音を立てながら倒壊した。
「おいカルロ! 生きてるか!? しっかりしろ!」
外に出たハーディは倒れていたカルロの頬を叩きながら呼びかける。
「ぐっ――ハッ!」
カルロが覚醒し、苦しそうに起き上がった。崩れた教会が視界に入りカルロが言い放つ。
「なっ!? 教会が! ハーディさん! ビズキットは今どこに!?」
「話は後だ! 分が悪い。ひとまずここを離れるぞ!」
カルロは落ちていた大剣を拾い上げる。その一部、ビズキットに殴られた箇所はべっこりとへこんでいた。
早く来いとハーディが走り去り、カルロはへこんだ大剣を手にその後を追った。
「うおおおおおおおおおお!」
ビズキットの雄たけびがビリビリと響き渡り、完全に崩れ切った教会が中からの力により宙に舞った。瓦礫がそこかしらに飛ばされ、外に逃げ出した男が数人下敷きになる。
常人なら崩れる建物の中にいれば即死だろう。だが、それがビズキットとなれば話は別だ。崩れてくる瓦礫は意に介さないどころか、自身にのしかかるそれらを容易に跳ね飛ばす。
ハーディの放った弾丸は顔面に突き刺さりはしたが、それが骨を砕くことは無かった。
ビズキットは右手で刺さった弾丸を払う。手にはビズキットの血が付いた。
「ハアアアアアアディイイ!!」
耳を抑えたくなる程の、大気が震えんばかりの雄たけびを、逃げながらもハーディとカルロは確かに聞いた。
ビズキットは肩を蹴り飛ばし後ろに倒れる最中も、ハーディを一瞬たりとも絶やすことなく睨み続けていた。奴は死んでない。ハーディはその不安を確信へと変えた。
ビズキット・メタルという男は生まれながらの突然変異である。規格外の化け物。不死身のサイボーグ。人類史上最高の奇跡。様々な呼び名を持つビズキットだが、その所以は彼が生まれながらに持つ異常なまでの頑強さにあった。
外の世界にいた頃、軍人だったビズキットは、幾多の戦争に参加したがその都度無傷で帰ってきてみせた。本人は撃たれ、刺され、そして爆撃されたと語っていたが、誰もその話を信じなかった。運が良かった、あるいは逃げ隠れていたと、誰もがビズキットの話に耳を貸さなかったのである。
だがある日、大勢の前で無数の弾丸に蜂の巣にされたビズキットが、何事もなかったかのように立ち上がった事を、同じ戦争に参加した軍人達から伝えられ、ビズキットの話した武勇伝が真実であったと証明される。
軍の研究部はビズキットの体を徹底的に調べ上げた。その結果、彼の骨は鋼鉄以上の強度を誇り、筋肉は高密度のゴムの様に防弾性に優れていた事が判明する。
ビズキットの身体はもはや、人間の体と呼ぶにはふさわしくないものだったのである。なにをしても壊れない彼の体に軍は目をつけ、少しずつ力を開放し、人間が本能的に抱えている脳のリミッターを外していった。その結果、最高の防御力と、最高の攻撃力を兼ね備えた完璧な軍人が誕生したのである。
政府がそれを利用しようとしていたのを、己の力の強大さに気付いたビズキットは許さなかった。彼は神に選ばれた自分こそ王にふさわしいと主張し、自分を抑えようとした全ての人間を殺した。
やがて手が付けられなくなったビズキットをレクイエムに収容することになるのだが、ビズキットは喜んでそれを受けいれた。レクイエムにはビズキット以上の猛者がいると聞かされ、それらを殺すことにより、さらに自分の力を政府に認めさせようと考えたからだ。
ハーディはビズキットの特異体質を前もって知っていた。刑殺官時代に要注意人物としてその情報を政府から聞かされていたためである。
通常の弾丸では歯が立たないと推測していたハーディは、念の為に特注の弾丸をドンに依頼していた。その弾丸は普通の弾丸と比べ先端が鋭く、そしてハーディの使う弾丸は唯でさえ火薬が多く仕込まれているが、その火薬量も従来の二倍以上に仕込まれていたのである。人間を並べてその弾丸を打ち込むと、五人はゆうに貫通し、その全てを絶命させる驚異の弾丸だが、その形状と威力の分精度は低かった。その弾丸では中距離の敵ですら当てるのは至難の業である。その為ハーディはなるべく接近し、そして確実に息の根を止められるであろう顔面にほぼ零距離からありったけの弾丸を撃ち込んだが、ビズキットの耐久力はハーディの予想以上であった。血を流させるには至ったものの、命を取るどころか、ケガのうちにも入らない傷がついただけである。
「チッ! 化け物が!」
そう叫び逃げるハーディの行く先に、巨大な何かが落ちてきて行く手を阻む。それは教会の屋根だった。
ハーディとカルロが振り返るとそこには激昂したビズキットの姿があった。
「ハアアアアアアアアディイイ!!」
ビズキットの顔からは血が流れ、その表情は怒りそのものであった。長年に渡り自分の血を見ていなかったビズキットは、自分の手に付いた血を見たとたん抑えられない怒りを感じていた。
ハーディは後ろをチラリと見る。教会の屋根により完全に道は塞がれていた。
ビズキットは逃げるハーディを見て、その先に屋根を投げたのである。
ドンの弾丸が効かない以上ハーディに打つ手は無かった。人並ならぬスピードと正確さを持つハーディだが、どれだけ攻撃しても致命傷を与えられないビズキットは完全に相性の悪い相手なのだ。
「ハーディさん、援護してください」
へこんだ大剣を構えたカルロはハーディの前に立ち、そう言い放った。
「馬鹿野郎! おまえじゃ無理だ!」
止めるハーディにカルロは答える。
「ここで止めないと被害は一向に収まりません! それに僕は! 絶対にこの男を許さない!」
カルロは再びビズキットに大剣を振りかぶり切りかかった。
ハーディはマガジンを替えビズキットに照準を合わせる。
「邪魔だ! この雑魚があああああ!」
ビズキットはカルロの大剣を左手で止めると右手でそれを殴った。
再びふっ飛ばされたカルロは民家に叩きつけられ壁が壊れる。大剣は凹むどころか、ぐにゃりと折れ曲がってしまった。
ハーディはその間も、そして今も続けてビズキットに弾丸を浴びせ続けるが、ビズキットはそれも気にせず横たわるカルロへと歩み寄る。
「死ねええええええええええええ!」
ビズキットが腕を振りかぶり、カルロに殴り掛かる。
カルロは自分が殺される事を覚悟し、先だったコレシャの顔を思い出した。
――ゴオオオオオン!
ビズキットが殴ると、轟音とともに地面がはじけ飛んだ。その衝撃で辺りは砂煙に包まれ、視界を完全に遮ってしまった。
「カルロ!」
ハーディは叫んだ。
砂煙が徐々に薄くなると、ビズキットの横にカルロを抱えた男の姿が浮かび上がってくる。
「ぺっぺっ。あーあぁ、砂食っちまった」
苦しそうに呻くカルロを肩に乗せたまま男は唾を吐く。
「どうやらてめえも死にてえらしいな?」
その男に邪魔をされ、カルロを殺し損ねたビズキットはピキピキと音を立てて睨み付けた。
「上等だぜ、あんたは俺が斬る!」
ニヤリと笑うサムライがそこには立っていた。
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