第19話 四つ巴の攻防
ガストロに背を向けてから、キリシマは直ぐにキャリー達を追いかけていた。
北門が近づくと見慣れた幌馬車が目に入る。それを取り囲むようにずらっと男どもが群がっていた。
「やべえ! 無事でいてくれ!」
全速力で幌馬車に辿り着き刀を抜く。メロウが馬車を降り一人の男と話していた姿が目に入った。
「おいてめえ、この馬車に手出したらぶった斬るぞ!」
汗だくで息を荒げるキリシマにメロウは振り向き笑いかけた。
「キリシマさん、よくご無事で!」
それに続きキャリーも馬車から出てくる。
「キリシマさん! あの、心配したんですよ!?」
「えっと、キャリーちゃん。おい、これはどうゆうことだ?」
「安心してください。この方たちは解放軍ですのよ」
キリシマは周りを見渡した。たしかに、言われてみれば全員敵意は無いように見える。
奥を見ると、コンツェルトから逃げ出したであろう負傷者の住民が、解放軍により手厚く救護されていた。それを見てやっとキリシマは安堵の声をあげる。
「キリシマさん、失礼ながらあなたに頼み事が――」
歩いてきた解放軍の一人がキリシマに声をかけた。キリシマの名は解放軍にまで知れ渡っていたのだ。
「とりあえずあんたらは敵じゃねえんだな?」
キリシマは男の話途中でそう質問をした。
男は焦って答える。
「は、はい! とんでもございません! 我々は街を離れていたのですが、コンツェルトが襲撃されたと聞き、ここまで戻ってきたのです」
「襲撃って、誰にだ!? コンツェルトは誰にやられたんだ!」
「落ち着いてくださいキリシマさん! まだ確証はありませんが、恐らくこの規模はビズキットによるものでしょう。我々もこれから外の救護隊と中の偵察隊に別れ、調査をするところです」
メロウ、キャリー、そしてララの無事を確認し、一先ず安堵したキリシマであったが、ビズキットの名を聞いて再び表情を曇らせる。
「お前らのリーダーに会わせろ。エルビスという男だ」
キリシマはそう要求した。エルビスはハーディが信用した男である。キャリー達を安心して預けられると、そう考えた。
「エルビスさんはまだここに到着していません。我々も行方がわからず、現在こちらで捜索中です」
「なんだと!? 自分達のリーダーがどこに行ったのかわからねえってのか!?」
キリシマの問いは傷口に塩を擦り込むようなもので、解放軍を名乗る男は目線を落とした。
「すいません。エルビスさんは別動隊を組み、この山間を行かれました」
「別動隊? ……何のためにだ?」
「キリシマさん。申し訳ありませんが、エルビスさんの許可なしにお話する事はできません」
キリシマはこの男と初対面である。信用などまるでない。証拠一つないその話もまた、信じられなかった。
「大丈夫ですのよキリシマさん。解放軍はあなたを騙したりはしませんわ」
メロウが困っている男にフォローを入れる。
キリシマは深く短く考え、結論を出した。
「とりあえずその話は後だ。で? 頼み事ってのはなんなんだ?」
「我々と一緒に街に入ってもらいたいのです!」
解放軍の男達は深々と頭を下げた。中にビズキットがいるのならば、自分たちの手には負えないと知っていたからだ。そこに現れた無双の剣豪キリシマ・エンカ。彼らがキリシマの力を見込み護衛を頼もうとするのは自然な話だった。
だが、キリシマはもちろんそれを断ろうとした。メロウはああ言ったが、それでもキリシマから見れば統率が取れてようが礼儀正しかろうが解放軍も受刑者に違いない。キャリー達の身を守ることがキリシマが一番重視する事柄であり、やはり彼らを信用することができなかったからだ。
「悪いが俺はこいつらを――」
言いかけたキリシマになにかが抱き着いた。
「キリシマ。ハーディを、助けてあげて」
それはララだった。馬車の中から慌ただしく去っていくハーディを見ていたララは、なにが起きているのかさっぱりわからなかったが現状の重さを本能で感じていた。
「キリシマさん、私たちは大丈夫です! あの、ハーディさんをよろしくお願いします!」
キャリーも同じくハーディの事を心配していた。ハーディが去ってから時間が経つ。だが一向に帰らないハーディに、燃える家が崩れるたびにキャリーは不安を募らせていた。
「安心してください。解放軍の名に懸けて、このお嬢様方は必ずお守りします」
解放軍がそう言っても依然悩み続けるキリシマの耳にメロウは顔を近づける。キリシマの耳に両手を添え、ヒソヒソと何かを語った。
メロウがなにを話したのか、キャリー達は聞き取れなかったが、キリシマの態度はガラリと変わった。
「わかった。お前ら、行くぞ!」
メロウがキリシマの耳から手を離すなり、キリシマの悩みは解決したようだ。
あっさりと承諾したキリシマに疑問を感じ、キャリーはメロウに聞く。
「えっと、あの、今何て言ったんですか?」
メロウは胸を両腕で寄せ、笑いながら話した。
「ハーディ様の元へ行ってくださいましたら、好きなだけ揉んでよいとお伝えしたのですよ」
キャリーとララは呆れて馬車へと戻っていく。
「じゃあちょっくら行ってくるから、そいつらの事頼んだぜ」
キリシマは外に残る救護隊にそう言い放った。
メロウは笑ってキリシマに手を振っている。あの時メロウが言ったのは、もちろん胸を触っていい、などという内容ではなかった。それはメロウの秘密。ひいては解放軍は信用に足ると思わせる内容であった。
こうして、キリシマは偵察隊を引きつれ、北門からコンツェルトへと入ったのである。街の中に入ると辺り一面に炎があがっていた。その中で逃げ遅れた人々を解放軍は誘導し、暴れる暴徒を殲滅し続ける。辺りには腕途刑の警告音がひっきりなしに鳴り響いていた。
変わり果てた街で、キリシマは先頭を走り、ハーディを探し回った。燃え盛る街は見る影もない。キリシマの愛した街は時間が経つにつれ、姿を変えていった。
――ゴオオオオオオオン
突然街に轟音が響き渡る。地震に似た大地の震え。キリシマは街を見渡した。ひと際高い教会が崩れて低くなっていく。
「あそこか!」
教会を目指してキリシマは走りだす。
後ろに続いていた偵察隊はその速さについていくので必死だった。
教会の前の広場にまで来るとさらに多くの暴徒がいた。それらと偵察隊とが衝突し、激しい争いが始まった。剣と剣が交わる音、絶え間ない銃声に紛れて命を落とす者の断末魔が聞こえてくる。
キリシマは自分に襲い掛かる人間だけ斬り伏せ周りを見渡す。すると、壊れた教会の一部が持ち上がり、宙に放たれた。一瞬目を疑い、何が起こったかわからなかったが、崩れた教会から走り出した男を見てキリシマは確信する。
今、あの男が教会の一部を投げたのだと。そしてあの男こそが、ビズキットなのだろうと。
キリシマは苦戦する偵察隊の相手を幾人か斬りつけながら叫んだ。
「おまえらここは頼んだ! 俺は本丸を落としてくる!」
その声を聴き偵察隊は雄たけびを上げ士気を取り戻す。
キリシマはその男を追い路地に向かった。
教会を投げた大柄な男が、巨大な大剣を持った、これまた大柄な男をふっ飛ばした瞬間が目に入る。
壁に打ち付けられた男に拳を振りかぶりとどめを刺そうとしている。
その奥には、男に向けて銃を撃ち続けるハーディの姿があった。
「なるほどねえ。そう言う事かい」
――ゴオオオオオン!
拳がカルロの息の音を止めようとする直前、キリシマは走り込み、倒れていた男を拾い上げると肩へと抱きかかえた。
その直後にビズキットの拳が地面にめり込み周囲に轟音と砂埃が舞う。
「カルロ!」
キリシマのよく知る声が叫び声をあげた。
「ぺっぺっ。あーあぁ、砂食っちまった」
舞った砂埃を吸ってしまったキリシマの口の中はじゃりじゃりと音をたてていた。
「どうやらてめえも死にてえらしいな?」
大柄の男はただならぬ威圧感を放ち、キリシマに話しかける。
「上等だぜ、あんたは俺が斬る!」
「キリシマ! なんでここに!? キャリー達はどうした!?」
「ようハーディ。とりあえず心配ねえ。外で解放軍に預けて来た。それよりなんだあ? その情けねえ面は」
キリシマは抱えたカルロをハーディに放り投げる。
ハーディはカルロを受け取り、そっと地面に寝かせた。苦しみに顔をねじませるカルロは、どうやらしばらく動けそうになかった。
「てめえもハーディの連れか」
「俺の名前はキリシマ・エンカだ。始めるかビズキットさんよお」
「やめろキリシマ! てめえじゃ勝てねえ!」
ハーディの特製の弾丸が効かない以上打つ手はない。カルロの大剣ですらビズキットに傷一つ負わせられなかった。カルロの大剣と比べてキリシマの刀はあまりにも細い。鋼鉄を誇るビズキットの身体に、キリシマの腕力で切りかかったら刀の方が折れるだろう。そうハーディは思っていたのだ。
「ハァッハッハァ! 望み通りにてめぇから殺してやるよ!」
ビズキットはキリシマに殴り掛かった。
キリシマは鞘を自身の右側に差し直し、腰を落として地面を踏み込み前に出た。殴り掛かるビズキットの腕を潜り抜け、逆手に握った刀で脇腹をなぞっては再び納刀した。
刀を抜くキリシマの動きすら見えなかったビズキットは、拳を空振りさせ体勢を崩したが、足を踏ん張り直ぐに振り返る。
キリシマが動きを止めたのはビズキットから三メートルほど後ろだった。振り返り大きく呼吸する。
「避けてんじゃねえ! そんなチンケな刀で俺が切れるかよおおおお!」
ビズキットは叫ぶ。
ハーディですらキリシマが刀を抜いたのが見えたのは一瞬だけだった。まるで閃光のようにビズキットの横を通り抜けていった様にしか見えず、次の瞬間に刀は鞘に納まっていた。
だが、速度は速くてもやはりビズキットの体には傷つけられなかったか。ハーディがそう思った瞬間、キリシマが口を開く。
「ビズキットさんよぉ。俺の刀はなぁ、俺のいた国ではメイトウって呼ばれる刀なんだよ」
ビズキットの横腹から血が滲む。
「師匠から譲り受けたこいつの名は
キリシマが言い終わるとビズキットの体から血が噴き出した。
「この刀に斬れないものはねぇ!」
「ぐあああああああああ!!」
生まれて初めての激痛にビズキットは叫ぶ。大量の血が地面に垂れ周囲を赤く染めた。
「キリシマ、やるじゃねえか!」
鈍重なビズキットは本気を出したキリシマの動きについてこれない。加えてその刀に斬れないものはない。ハーディとは対照的に、ビズキットにとってキリシマは天敵だったのだ。
「さて、終わらすか。ビズキットさんよ」
キリシマが再び腰を落としジリジリとビズキットに歩み寄った。
ビズキットは予想外の展開に息を荒げる。
少しづつ近づき、ビズキットがキリシマの間合いに入ろうとした時である。
「またおまえか」
動きを止めたキリシマはそう呟いた。
キリシマの背後に屋根から人が落ちてくる。
「もうやめてあげーやーいたそうやん」
「ガストロ!」
銃を構えハーディはそう叫んだ。
要注意人物が二人顔を合わせるなどそうそう起きる事ではない。あるいは、レクイエムの歴史上初めての出来事だったのかもしれない。その場はより一層緊張感に包まれた。
「おまえ、なにしに来やがった?」
キリシマは背後にいる不吉な男に背を向けたまま尋ねた。
「このへんさわがしいからーみてただけ」
キリシマがガストロと話す間にビズキットは腹に力を入れた。筋肉でみるみる傷が塞がっていく。
「生まれて初めて本当の痛みを感じたぜ、ゴミ野郎ォ」
前方にビズキット、後方にはガストロ。
キリシマは考えた。どちらから殺すのが得策か。
一瞬後にキリシマはビズキットに斬りかかった。ガストロは相性が悪い。先にビズキットから始末しようとしたのだ。
ビズキットはそれを避けようとしたが、再びキリシマにすり抜けられざま腹を斬られる。
「ぐあっ!」
傷は浅く命にこそ支障はないものの、ビズキットの腹からは再び血が流れた。
ビズキットは再度それを力を込めて止める。
「ぼくあとまわしかー」
ガストロはその場にペタンと座り込んだ。
ビズキットにより投げ捨てられた教会の屋根の前ではハーディが銃をガストロに向け、隣にキリシマが刀を構える。傍らに倒れるカルロ。
それを追い詰めるようにビズキットが立ち、その背後でガストロが暇そうに眺めていた。
睨み合う中、突然ビズキットは振り向きガストロに声をかける。
「てめえがガストロか?」
ガストロは何も言わずに無表情で頷いた。
「女の肉が好きらしいな。後でてめえに好きなだけ女をやる。てめぇは刀の方をやれ」
ビズキットはキリシマには勝てないと認めていた。あまりに相性が悪すぎる。
ビズキットの無敗伝説はその頑強さからくるものだが、キリシマにはその武器は通用しなかったのだ。ガストロの話を聞いていたビズキットは餌でガストロを仲間にしようと企てたのである。
「べつにおんないらんでもきみぼくひつようなの」
ガストロはビズキットに尋ねた。
「ああ、必要だ。俺を助けろ」
ビズキットはプライドの高い男だが、それ以上に目の前の三人を本気でぶっ殺したいと考えていた。血を流させたハーディにぶちぎれ、傷を負わせたキリシマはここで仕留めないと危険だと感じ、そして倒れる男はついでだ。
「それほんとやんーぼくがんばるー」
ガストロのその返事を耳にすると、ハーディとキリシマにゾクリと悪寒が走った。何を考えているかも何をしゃべっているかも全く分からない男が、わけのわからないうちに敵に回ったのだ。
「おい、カルロ!」
ハーディはカルロに話しかける。
「隙が出来たらすぐに逃げろ」
カルロは言い返そうとしたが口をつぐんだ。この体ではどう考えても二人の足手まといになるだけだと分かっていたからだ。
「おいハーディ。あんたはガストロだけを狙え」
キリシマはそう言うと腰を落とした。
「気を付けろキリシマ。一発貰えば終わりだ」
ハーディはビズキットの火力の高さをキリシマに忠告した。
この三人を殺したら、次はこのわけわかんねえやつも殺してやると、ビズキットはそう考えた。
「てめぇ強いんだろ? 確実に刀野郎を仕留めろ」
ビズキットは振り向きガストロにそう言った。
「なんやーうそやんー」
ガストロは腰から抜いたナイフをビズキットに突き付けた。だが、普通のナイフがビズキットに通るわけがない。ナイフは刃こぼれし、パキッ、と音を立てた。
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