第17話 禍乱の無法地帯、コンツェルト

「あの煙……、もしかして火事じゃねえか!? おい、ハーディ!」


 幌馬車の中から顔を出しながらキリシマは叫ぶ。

 キリシマが微かに感じ取った異臭は、馬車が進むにつれララやキャリーが感じ取れるほどまでに強くなり、ハーディが目にした黒煙は、時間がたつにすれ色も量も増すばかりである。

 ハーディは馬車からの操席から飛び降りて、黒煙あがるコンツェルトに向けて走り出していた。


「お前らはひとまずここで待っていろ! 俺は先に行って様子を見てくる」

「待てハーディ! 俺も行く!」


 ハーディに続いて街の様子を心配するキリシマだが、走りながらハーディはそれを止めた。


「ダメだ。ここで襲われたらお前がこいつらを守るんだろうが!」


 キリシマは中から縄をほどき外に出てくる。

 キャリーとララは突然慌ただしく話し出した二人に困惑していたが、それも無理もない。レクイエム内での火事の一大事さを知らないからだ。戦闘禁止区域のエリアはレクイエム創立の時から変わっていない。だが、受刑者の数は増え続けている。必然的に街には建物が密集してしまっているのだ。加えて消火に使える水も限られてくる。一度大きくなった火を鎮めるのは容易ではなく、以前からの住人であるハーディとキリシマはそれを知っていた。

 だがそれよりも、ハーディには嫌な予感が過っていた。


「街には解放軍がいるはずだ。おそらく唯の火事じゃねえ」


 解放軍がいるなら小火の内に消火活動も迅速に済み、あそこまでの煙は上がらないだろう。なにかが起きている。確認せずにコンツェルトに全員で行っては危険すぎる。ハーディはそう考えていたのだ。


「ハーディ様! 一人では危険ですわ!」


 一人で街に行こうとするハーディをメロウは止めるが、すでにかなりの距離を進んだハーディの耳にはその声は届いていなかった。


「俺も行く! あの街は俺のなぁ――」

「あ、あの……。一体どうしたんですか!?」


 コンツェルトに思い入れのあるキリシマであったが、うろたえるキャリーの顔を見て首を振り、ハーディの座っていた操席に腰を落とした。何も知らないその顔に、女三人を街の外に置いておくわけにはいかないと、つくづく痛感させられた。


「俺達は北門へ向かう! お前も一通り回ったらそこに来い!」


 聞こえているかどうかの確認は取れなかったが、キリシマはハーディの耳に届くようありったけの大声を張り上げた。

 街に入れないにしても、どちらにせよ東からの主要な道であるここにいたら目立ってしまう。だからキリシマは、人気のないコンツェルト北門に馬車を移動させようと決めたのだ。


   〇


 二十分程走り、ハーディはコンツェルトの西門にまで辿り着いていた。ハーディの場合、馬車に乗るより走った方が早く辿り着ける。

 コンツェルトは普段であれば、その高低差の激しい土地に、数多の狭い路地を作り、その間には民族的な家屋が立ち並ぶ落ち着いた街であった。路地には湯治に訪れた受刑者や、住み着いた老人が目立ち、キリシマとドンはその雰囲気を気に入り、主な拠点としていた。

 しかし、ハーディが門をくぐるとその面影はなく、街は辺り一面に炎が廻り、逃げまどう住民たちで既にパニックを起こしている。


「クソッ。なにしてんだ、エルビスのじじいはよ!」


 ハーディは解放軍を探す為、逃げ惑う人々とは反対に街の中へと突き進んでいく。

 突然、男の一人がハーディに気付き剣を振るってきた。

 反射的にそれが振り落とされる前にハーディはデイトナで男を返り討ちにすると、銃声が響き、男は頭から血を流し地面に倒れこんだ。

 ハーディの腕途刑からけたたましい警告音が鳴り響き始める。

 倒れたその男の腕にはビズキットの焼き印がしっかりと残っていた。


「チッ! 一足遅かったか!」


 ハーディは騒動の大元に目星をつけ、街を走り回りながら、幾度となく襲われるたびに返り討ちにし、そして時には街の住民を助けながら、騒動の原因であろうビズキットと、街にいるであろう解放軍を探し続けた。

 街を進むほどにハーディのみならず、ビズキットの手下どもの警告音も聞こえ始め、その現状は地獄絵図さながらであった。


   〇


 キリシマ達は予定通りに北門を目指して馬車を進ませていた。

 街が近づくにつれ火事の規模の大きさが分かり、そこから逃げ惑う人々とすれ違うようにもなっていった。彼らの表情は恐怖に支配されており、やはりただの火事ではなかったことを連想させる。


「メロウちゃん。あんまり街に近づきすぎるとまずいぜ、巻き込まれるぞ」

「ああ……。ハーディ様、ご無事でしょうか」

「えっと、あの、一体何があったんですか!?」


 キャリーが不安そうな顔でキリシマに尋ねたが、その答えを知る由もない。とりあえず現状を簡潔に伝える事にした。


「どうやらコンツェルトで火事が起きたみてえだ。今ハーディが様子を見に行ってる。俺達は待ち合わせ場所の北門まで移動中だ」

「ハーディ、平気なの?」

「ハーディ様は必ず戻ってきますわ!」


 ララのセリフにそう返したメロウは、まるで自分に言い聞かせるようだった。


「ああ、とりあえず俺たちは――」


 その時、キリシマは気付いた。全身に悪寒を感じながらも静かに馬車を下りる。

 メロウは不思議そうに尋ねるが、キリシマは来た道を遠く見据えて振り返らない。


「キリシマさん。あの、どうなさったんですの?」

「わりい、おまえら。用事が出来た。ちょっと先に行っててくれ」

「先に行けって言ったって。一体何事ですの!?」

「うるせえ! 早く行け!」


 キリシマは馬車に向け怒鳴る。

 始めてみたキリシマの真剣な形相に、ただならぬものを感じたメロウは言われた通りに馬車を速めた。

 次第に馬車と一人残されたキリシマの距離が離れていく。


「キリシマさん! 私達は先に北門でお待ちしておりますわ!」


 叫ぶメロウの声を聞きキリシマは安堵する。

 左に携えていた刀を右腰に差し替えて目を閉じ、馬車が完全に去るのを待った。その間はおよそ数分だったが、キリシマには恐ろしく長く感じられた時間だった。

 馬車がキリシマを置いて走り去り、そろそろ視界から消えようとする頃、キリシマはゆっくりと目と口を開いた。


「……いつからつけてやがった。いるんだろ? 出て来いよ」


 キリシマの目の前の地面の一部がもそもそと動き出し、そして立ち上がった。

 あまりに不気味で不吉なその物体は口を開く。


「すごいなーきみーなんできづいたん」

「ガストロ・クラシック!」


 悪寒の正体を睨み付け、キリシマは柄に手を伸ばした。


   〇


 コンツェルトを走り回りながら、ハーディはカバンから巾着袋を取り出すと予備のマガジンにそれを詰めだした。街で好き勝手に暴れる男が増えてきたからだ。間違いなくこの先にやつはいる。そう確信したハーディは、ドン特製の弾丸を詰めたマガジンを体に仕込み、より騒がしい方へと走り続けた。

 街の広場に出るとそこにはひと際大きい人だかりが出来ていた。大勢のビズキットファミリーに囲まれながら一人の男が戦っている。その男は大柄なビズキットと同じくらいの背丈をし、そして人一人分はあるんじゃないかという程の巨大な大剣を軽々と振り、周りの敵を一掃していた。


「てめえいい加減くたばりやがれ!」

「しつけえんだよゴミ野郎!!」

「ヒャハハ! この街も、もう俺達のもんだ!」


 敵に囲まれ、罵声を受け続けながら戦うその男を、ハーディは今迄に見たことがなかったが、ビズキットファミリーと戦っている様子から、敵ではないと男に加勢することにした。

 群がる大勢の頭を目がけてハーディは弾丸を放ち続ける。

 男は目の前の敵達が唐突に倒れだした事に一瞬気を取られるが、再び我に返り大剣を振り続ける。

 ひたすら撃ち殺し、切り殺し、気付けば二人は広場にいる男どもを片付け終わっていた。

 大剣の男は息を荒げながらハーディに口を開いた。


「ハァ、ハァ……。ありがとうございます。あなたは、一体誰なのですか?」

「ただの受刑者だ。安心しろ。ビズキットは俺の敵だ。恐らくてめぇの味方になるだろう。それより、てめぇがこの街の刑殺官か?」


 男はハーディの左腕に目をやった。そこには受刑者の証である腕途刑がなされており警告音が鳴り響いている。しかし一時であろうと命の恩人である。素直に名を名乗る事にした。


「ええ、僕はコンツェルトの刑殺官、『カルロ・ショーロ』です。見た所かなりの腕前ですが、あなたは一体――」

「それは後だ。コンツェルトで何があった?」


 ハーディは焦る気持ちを抑えられず一方的に質問した。


「助けてもらって失礼ですが、部外者には教えられる事はありません。あなたもすぐにこの街から避難してください。僕は、あいつらを止めないと――」


 よろめきながら歩き出したカルロにため息をつきハーディは名乗った。名乗りたくはなかったが時間が惜しい。目の前のカルロはどうも融通がきかないタイプの青年らしかった。


「ハーディだ。ハーディ・ロック」

「ハーディ……。まさか! あなたがあの前官長の!?」


 ハーディは何も言わずカルロを見つめた。次にカルロが言うセリフがはっきりと予想できた。


「それでは、なおさら頼れませんね。あなたみたいな裏切者にはね!」

「馬鹿野郎! そんな事言ってる場合じゃねえだろ!」


 ハーディは鋭い目つきでカルロに怒鳴る。


「てめぇ、今なにを守りてえんだ? くだらないプライドで人を殺すんじゃねえよ!」


 カルロはそれを聞いて苦笑いをした。そのセリフからある人物を連想したからだ。


「なんだか、エルビスさんみたいな人だな……」

「エルビスを知っているのか? あのじじいは今どこにいる?」

「エルビスさん達がこの街を出たのは半日ほど前です。解放軍はなにやら旅の準備をしていました。僕もどこへ行ったかまではわかりません。ですが、おそらくもう帰ってこないでしょう」

「チッ。入れ違いか!」

「二時間程前、街の中で腕途刑が鳴ったと通知が入り、僕は現場に駆けつけました。そこには街の住民を殺戮し続けるビズキットファミリーの姿があったのです。ビズキットを止める為に、僕は片っ端から奴らの相手をしていたのですが、数が多すぎてどうにも……」


 カルロはそう言って頭を掻きむしった。

 むしろカルロはよくやった方である。ハーディが駆け付けた際、広場にいた人数だけでも相当なものであった。


「てめぇは……、ビズキットには会ってねえのか」

「僕はまだ見つけてません。ですが彼はおそらくあそこにいるでしょう」


 カルロは指さした。そこは街で一番高い建物。コンツェルトの教会だ。


「なぜそう言い切れる?」

「僕は火が強くなる前に屋根を飛び回って街を一望しました。すると、あそこの周りだけ火がつけられてなかった事に気が付いたんです」


 ハーディはそれを聞き、カルロの背中をバンと叩いた。


「行くぞ!」


   〇


 メロウは北門に向けて馬車を走らせていた。

 すでにコンツェルトの城壁の外からでも中の惨事がわかるほど黒煙は大きく、高く上がっていた。咽るような黒煙の臭いが、そこに走り去っていったハーディの安否を不安にさせる。


「あの、キリシマさん。なにがあったんでしょう?」

「知りませんわよ。でもあの態度、きっと良からぬものを感じたんでしょう」


 キャリーは心配して来た道を振り返った。山道に一人残ったキリシマはすでに見えなくなっている。


「戻りましょう! メロウさん!」


 キャリーはそう言ったが、メロウは無視して馬車を走らせ続けた。


「メロウさん!」


 メロウは馬車を止め、一度降りると回り込み荷台に乗った。座っていたキャリーの顔を見つめ、右頬を叩く。


――パン!


「いい事キャリーさん。キリシマさんは行けと言ったのです。なぜあなたは仲間を信用なさらないんですの?」

「だって! キリシマさんがあんな顔するなんて!」


 メロウは優しくキャリーを抱きしめた。


「大丈夫ですのよ。心配なんですのね。でも、ハーディ様が任せると言えるご友人ですもの。きっとそれに足りうる男ですわ」


 キャリーはメロウの胸の中でキリシマの身を案じ、溢れようとする涙をこらえた。


「人、たくさんいる」


 荷台から外を眺めていたララは遥か先、北門近くにいた人だかりを指さした。

 門に集まる大勢の集団。屈強そうな男たちの群れ。旗を掲げるその威圧。それは街の住民ではなく、エルビス率いる解放軍だった。


   〇


「ぼくなーあのこゆるせないんやー」

「あの子って誰だい? キャリーちゃんの事か?」


 一度ガストロと対峙しているキリシマはその実力を見誤らなかった。いつでも抜ける姿勢のまま言葉を交わす。


「だってあのこうそつきやーぼくうそきらいなんやー」

「相変わらず意味がわからないやつだな。キャリーちゃんがお前にいつ嘘ついたってんだよ。おまえは一言も交わしてねえじゃねえか」


 ガストロは依然無表情で話を続ける。喋り方、仕草、体格、そして変わらぬ表情。同じ人間だと思えない程、あまりにも異質な男だった。


「ぼくなーこどものころはふつうだったんよ」


 キリシマは警戒を怠らない。


「でもなーどうぶつたべれなくなったんよだってだってしょうじきだもん」

「一体、何の話してやがる?」

「うそつきはにんげんだけやーそれもおんながおおいぼくはにおいでわかるんやー」


 ガストロが瞬きをした隙にキリシマから斬りかかった。

 それをガストロはひらりとかわす。


「きみはしょうじきやなーごほーびにねがいごとひとつかなえたる」

「はっ! じゃあキャリーちゃんを見逃せよ!」


 キリシマは再度斬りかかったが、やはりその刀はガストロには届かない。


「ええよ」

「出来ねえなら最初から――え?」

「べつにええよどうでももうどうでもええよきみがそれでええならそれでええよ」

 キリシマは混乱する。話せば話すほどこの男が分からなくなっていく。

「お前! じゃあなんで俺たちを追ってたんだ!?」

「かんちがいよーぼくはーあそこいきたかっただけやー」


 ガストロはコンツェルトを指さした。キリシマが睨み付ける中、手を振りながらガストロはまた地面に潜り同化し始めた。


「なんなんだよこいつぁ」


 意味が解らなかったが、ガストロに敵意が無い事を知ると、キリシマはガストロに背を向け馬車を目指し走りだす。見上げると黒煙は更にその範囲を広めていた。

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