第16話 山道を行く仕入屋

 収拾のつかなくなったマーリーにハーディの怒号が鳴り響き、一時マーリーは静けさを取り戻した。


「おい、メロウ」

「なんですの? ハーディ様」

「お前馬を走らせたて来たと言ったが、どこから向かって来たんだ?」


 ハーディからの問いかけに、メロウは嬉しそうに答える。


「コンツェルトですのよ。ここまでほぼ休みなしで走らせましたわ。なんせハーディ様が――」

「そうか、丁度いい。解放軍は、エルビスはコンツェルトに来ていたか?」


 メロウの話も途中に、ハーディはさらに質問をぶつけた。


「ええ、私が解放軍の方と取引してる際、彼らからハーディ様がオラトリオにいると聞かされたんですのよ。ハーディ様、あの方たちに御用でもおありですの?」


 メロウの話から推測するに、エルビスは既にハーディが戻ってきた事を知っている。ハーディの立てていた仮説は確信へと近づきつつあった。

 解放軍がカンツォーネからコンツェルトへと移動したのは、おそらくシシーがハーディを見かけた事をエルビスに伝えたからだろう。エルビスはなにかしらの理由でハーディには会いたがらなかった。だから移動したのだと、そうハーディは予想していたのだ。


「メロウ、エルビスには会ったのか?」

「いいえ、エルビス様とは直接お会いしてはいませんわ。エルビス様に御用でしたらまだコンツェルト周辺にいらっしゃると思われますけど」


 ビズキットファミリーほどではないが解放軍もやはり大人数だ。それだけの人員を移動させるのは人目に付き、容易ではないだろう。


「急ぐぞ。またあいつらが他に移動したら面倒だ」

「あの、ハーディ様。どちらに行かれるんですか?」


 ハーディ達はエルビス、解放軍、そしてシシーに会いに、今からコンツェルトに向かおうとしていた事をメロウに説明した。


「なるほど。では、私もハーディ様とご一緒にコンツェルトまでお供いたしますわ。微力ながら、お手伝いさせていただきます」

「おいおい嬢ちゃん。遠足じゃねえんだぞ?」


 キリシマはメロウを連れていく事に反対した。ただでさえキャリーとララを守りながらの危険な旅である。キリシマの判断は正しかったが、一方、ハーディの決断は違った。


「メロウ、ここまであれで来てるのか?」

「もちろんですわハーディ様。馬は外に停めてあります。いつでも出れますわよ」


 ハーディはふってかかった幸運にニヤリと笑うと一言残し外に向かった。

 メロウとララも後を追うようにその背についていく。


「こうもうまく事が運ぶとはな。行くぞお前ら」


 一人で納得してマーリーから出て行ったハーディであるが、こうもあっさりメロウの動向を承諾するなどキリシマには信じられなかった。


「あ……。あの、私たちも行きましょう」

「あ、ああ、そうだな。んじゃ今度こそ行ってくるぜ?」

「なんだかなぁ……。ま、気ぃつけてなぁ」

「あんた、ちゃんとキャリーとララから目を離すんじゃないわよ? ……あの女はどうでもいいけど」


 マーリーに残るポールとリップに見送られ、キャリーとキリシマも続いて広場へと出たのであった。

 マーリーを出るとそこにはメロウの幌馬車があった。四輪の大きな車輪がつけられたその幌馬車は、クリーム色の半円形幌が被せてあり、通常、よく見かけるものより二回りほど大きく見える。

 仕入屋をしているメロウは、普段、この幌馬車でレクイエムの四大都市を回り商品を売っている。幌は片側だけでも開ける仕組みになっており、例え雨が降っていようとも、簡易的な商店がすぐに設営できるよう工夫してあった。

 コンツェルトでの解放軍との取引をした後で、荷物の無くなった幌馬車の荷台には四人が乗るだけのスペースが十分に空いている。ハーディはそこに目を付けたのだ。


「おら、速く乗れお前ら」


 ハーディが指さす幌馬車の荷台にはすでにララが座らされていた。


「へぇー! 凄いです! あの、送ってもらえるんですか?」

「ハーディ様に頼まれたんですのよ? このメロウ、確実にコンツェルトまで皆様を送って差し上げますわ!」


 メロウは自信満々に言い切る。憧れのハーディに頼られたとあって張り切っているようだった。


「あの、でも、こんなに大きい馬車だと、目立って他の受刑者達から狙われやすいんじゃないですか?」


 キャリーの問いに、今度はハーディが荷台の帆についた政府のエンブレムを指さすことで答えた。


「あれは管理者の所有物を示す印だ。あれが目につく限り、誰も襲わねえよ」


 戦闘禁止区域以外の場所であろうと、管理者への暴行を行った際には厳罰な処分が下る。なにより殺したところで刑期は減らない。メロウは仕入屋で、襲えば荷台の積み荷を奪えるかもしれないが、それでも自分の命と天秤にかけられるかと言えば、それはあまりにも割に合わないのだ。

 ハーディ達が荷台に隠れ、メロウがいつも通りに幌馬車を走らせれば、ララやキャリーを守るという手間が省け、戦闘時間を短縮出来る為コンツェルトに着くのも早い。


「それじゃあ、メロウちゃん。よろしく頼むわ」


 キリシマはそう言うと荷台に飛び乗った。


「あの、よろしくお願いします!」


 キャリーはメロウに頭を下げ、続いてキリシマの手を借りて荷台に乗り込んだ。

 それに続きハーディも乗り込もうとしたが、レイラは止めた。


「あの、ハーディ様。後ろを閉めて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


 メロウにそう言われると、ハーディは荷台の後ろ部分の帆を、垂れていたひもで結び縛った。荷台の中は横からも、そして後ろからも見えなくなり、荷台からは前方の一部分、ちょうどメロウの頭あたりが見えるだけになる。

 「俺はどう乗り込めばいいんだ?」と聞いたハーディにメロウは腰を少しずらし、自分が座る横をポンポンと叩きにやりと笑った。


   〇


 幌馬車はオラトリオを出発し、コンツェルトを目指しビル群を進んでいく。パッカパッカと馬の蹄鉄が呑気にリズムを刻み、それに合わせて荷台は揺れた。

 メロウの傍らには、自分から頼んだ手前、強く不満を言えずに諦めたハーディがドカッと座り、荷台からはララが羨ましそうに二人を見つめていた。

 全員で五人が乗ったとはいえ、歩くよりは断然馬車の方が早い。何よりキャリーよりも更に体力がないだろうララがいるこの状況に、この馬車はありがたかった。


「そういやメロウ」

「なんですの? ハーディ様」


 なんとなく話しかけたハーディにメロウは目をキラキラさせながら答える。隣同士で密着し緊張しているのか、メロウの耳は少し赤くなっているようにも見える。


「おまえ、コンツェルトの刑殺官には会ったか?」


 ハーディは元々オラトリオの刑殺官を務めていた。今はそこにレイラが配属されている。では、それ以前にレイラがどこに配属されていたのかと言えば、それはコンツェルトだった。つまり、ハーディがレクイエムから姿を消した後にコンツェルトに新人が配属されたため、ハーディはコンツェルトの刑殺官とは面識がなかったのである。


「ええ、お会いしましたわよ。私達管理者がレクイエムに入るときには、刑殺官に護衛してもらう権利がありますから」

「なるほど。じゃあメロウは、その刑殺官に護衛されてレクイエムに入ったんだな? 一体どんな奴だった?」


 エンブレムの加護があるとはいえ、管理者一人でレクイエムを歩き回るのはあまりに危険だ。レクイエムに出入りする際、または街と街との移動区間に、戦闘のエキスパートである刑殺官に護衛をしてもらえる権利が管理者にはあった。だが、それでは管轄する街が手薄になってしまう。大抵の場合は養成中の刑殺官見習いにその護衛役が任されるのが常である。

 だが、コンツェルトは四大都市の中でカンツォーネを抜き一番人口が少なく、トラブルもほぼ起きないような街である。仮に起きたとしても、警報が鳴った記録が残り後々始末され、その事を受刑者達は知っていた。

 その事からメロウの護衛はコンツェルトの刑殺官が請け負ったのだろう。そこまで予測したハーディは違和感に気付いた。


「おまえ、レクイエムに入るときに護衛されたんだな?」

「ええハーディ様、そうですのよ?」

「それはいつの話だ?」

「私が今回レクイエムに入ったのは一昨日ですわよ」


 メロウは二日前にレクイエムに入った。

 そしてその後にコンツェルトで解放軍に鉢合わせ、ハーディの噂を聞きつけオラトリオに向かった。いくら平和な街だろうと、コンツェルトの刑殺官がレクイエム入口まで迎えに来るだろうか?

 その距離は短いとは言えない。さすがに見習いに任せるだろう。この事からハーディは一つの結論に達した。


「おまえ。どこから入ってきた?」


 メロウはそれを聞くと「あっ」と口を塞いだ。


「答えろ! メロウ!」


 突然怒鳴ったハーディに後ろで寝ていたキャリーが目を覚ます。


「すいません……。いくらハーディ様でもそれは言えませんわ」


 その返事で十分だった。

 ハーディはメロウの頭にポンと手を置く。


「怒鳴って悪かった、メロウ」


 メロウの申し訳なさそうな顔は真っ赤になった。ハーディに隠し事をするのが心底歯がゆかったからなのだろう。

 その反応だけでハーディには充分すぎるほどの収穫であった。元刑殺官のハーディですら出入り口は一つだと教えられていたが、恐らく、他にも隠れた入口があるのだろうとハーディは仮説をたてたのだ。更に、その裏口はおそらくコンツェルト周辺にあるという事。メロウがその辺りから入ったのならば、わざわざ街の刑殺官が迎えに来た事にも、時間的にも説明がつく。

 なにより、エルビスがコンツェルトを目指した理由も。


「いえ、ハーディ様……。お役に立てなくてすみません」

「いいんだ。お互い立場的に話せない事もあるだろう。俺の事よりおまえは自分の仕事を優先しろ」


 ハーディは管理者の守秘項目についてまでは触れる気にはならなかった。今は自分も受刑者の一人だ。べらべらと話してしまう方が問題である。

 メロウが簡単にそれを話さなかった事により、元官長であるハーディは、逆に信頼を厚くすることになる。


   〇


 ビル群を抜けると、遠くに山々の頂きが見えてきた。日に照らされ薄っすらと確認できたそれらは、時間を増すごとに色濃く、くっきりと輪郭を表してくる。

 突然、小窓からキリシマが顔を出した。


「まったく。寝てりゃあ勝手に進むんだから助かるぜ。メロウちゃん、コンツェルトに着いたら是非ともお礼をしたいのだが」

「いえいえ滅相もございませんわキリシマさん。ハーディ様のご友人に粗相があってはなりませんもの」


 お礼とは何を指していたのか定かではないが、鼻の穴を膨らしていたキリシマにメロウは愛想笑いで答えた。

 そんなキリシマの隣から、窮屈そうにキャリーも顔を出す。


「うわぁー、あの、高い山ですねぇ!」

「あの山の中央部にあるのがコンツェルトだ! いいとこだぞぉ? オンセンはあるし飯はうまい、なにより美人ばっかりだ!」


 キリシマは先ほどよりさらに鼻の穴を広げる。

 後ろで寝っ転がるララは不思議そうにキリシマに尋ねた。


「オンセンってなに?」

「でっかい風呂だよララちゃん。俺と入るか?」


 ララはぶんぶん首を振って拒否する。


「ヤダ。ハーディと入る」

「おい、駄目だからな」


 キリシマはハーディにガンをとばした。


「知らねえよ。それよりおまえらちゃんと隠れとけ。厄介事があれば面倒だ」


 ハーディは小窓から顔を出すキリシマの頭をぐいぐい荷台へと押し戻した。


「ハーディ様。そう言えばその子は本当にハーディ様の娘さんですの?」

「ちげえよ。大体なんでそんな勘違いしてんだよ。娘だなんて、一言もいってないだろう」

「差し出がましい様ですが、やはり刑殺官に引き渡すべきではないでしょうか」

 キャリーはそれを聞いてピクリと反応し表情を曇らせる。

「あの、やはりそうなんでしょうか。その方がララちゃんにとっては安全なのでしょうか?」

「心配すんなよキャリーちゃん。なあハーディ、エルビスって奴に任せれば安心なんだろ?」

「……少なくともあのじじいは、一般人を殺したりしねえ。ガストロやビズキットと

は違うタイプの要注意人物だ。とりあえず、会って話してからだな」


 ハーディは再び出てきたキリシマの頭を再びぐいぐいと中にひっこめた。


   〇


 日が沈み、暮れがかった頃である。

 山道を進み続ける馬車の上で、今まで会えなかった時間を取り戻すかのようにメロウはハーディに話しかけ続けていた。


「ハーディ様、そろそろ見えてきますわよ」

「ああ、そうだな」


 ハーディも刑殺官時代に何回もコンツェルトには訪れた事がある。この山道も通りなれていたので、もうすぐ目的地に着く事がわかっていたハーディは、ここまで一度も受刑者たちに襲われなかった事に、何も言わなかったが、やはりメロウに感謝しており、それをメロウは隣で感じ充足感に満ちていた。

 どこまでもくねくねと続いていた山道をひたすら馬車は進み、コンツェルトの明かりがうっすらと見えてきた所でキリシマが気付き口を開く。


「おい、なんだか焦げ臭くねえか?」


 キリシマの五感は誰よりも鋭い。

 言われてハーディも鼻を利かせそれに気付く。

――何かが燃える匂い

 ハーディは咄嗟にコンツェルト上方に目を凝らした。街からは、微かに黒煙が立ち上っていたのである。

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