第11話 無法の王、ビズキット・メタル

「わりいな親父。店ん中荒らしちまって」

「いやぁこちらこそ悪かった。変な奴だとは思っていたが、まさかあいつがあのガストロだったとはなあ……」


 店主は脱ぎ捨てられた女の皮を見ながらキリシマにそう返した。床にあるそれは見れば見るほど、無残で痛ましい。


「葬儀屋が来るまでうちは閉める。お代はいらねぇから、悪いけど帰ってくれ」


 店主はそう言ったが、キリシマはハーディの分まできっちり刑期を払った。

 一行は一度外に出て、また違う酒場で仕切りなおし始める。


   〇


「さっきの人、一体何者なんですか? あの、私なにかしましたか?」


 キャリーは注文したオレンジジュースに口をつけながら質問した。自分がなぜ狙われたか皆目、見当もつかなかったから。

 それも当然である。別段キャリーはなにもしていないのだから。

 カンテラが答える。


「ガストロは若い女の肉を好んで食べます。おそらく、あなたの匂いを嗅いでしまい、食欲を抑えられなくなったのではないでしょうか」

「あいつはレクイエムきっての変人だ。三人の要注意人物の中でも、あいつだけは単独行動をしている。居場所もまるで掴めなかった」


 ハーディはビールを喉に流し込んだ。

 刑殺官時代にハーディは何度かガストロを見かけたことはある。だが、殺すことはできなかった。取り逃がした。そのせいで、よその街を管轄していた刑殺官が犠牲になった事もある。

 上司のハーディはそのことを今だに悔いていた。


「俺が殺し損ねたのはお前に次いで二人目だ。まるで関節が無いみたいに、いとも簡単に避けやがった」


 キリシマは頼んだウーロン茶を眺めながら先の一戦を思い出す。斬れなかった一人目とは、もちろんハーディの事だ。二人は殺し合いを何度もしてきた仲だが、実力は拮抗し、結局今まで勝敗はつかなかった。

 酒がまわっていたとはいえ、キリシマは自尊心を傷つけられていた。


「キリシマさんとハーディさんがそこまで言うなんて、要注意人物の残り二人もそんなに強いんですか!?」


 カンテラは大きくため息をついた。管理しなくてはならない立場なのに、明らかに自分より強いであろう三人の事をあまり話したくなかったからだ。


「個々の戦闘能力には相性がありますが、残念ながら三人とも実力は同程度でしょう。ただ、ビズキットは自分の組織するファミリー。それもレクイエム最大規模の武力団体を所有しています」


 ビズキット・メタル。レクイエムがこの男に注視する最大の理由は、戦闘能力もさることながら、彼の持つビズキットファミリーの強大さ故である。四大都市のうち、南の街、アラベスクを手中に落としたのはもう過去の話。やがてここ、カンツォーネにもその手は伸びるだろう。


「ですが、エルビスさんの方は問題ないでしょう。彼は、ハーディか……失礼。ハーディさんと親密な関係にあります。そして、私とも」


 エルビスは長年、ここカンツォーネを拠点としていた。ハーディはどうしても顔を合わせておきたかったが、それは叶わなかった。東の街、コンツェルトになんらかの理由で移動してしまったからだ。


「ハーディさん? あの、もしかしてハーディさんって偉い刑殺官だったんですか?」

「偉いもなにもない。ただ長くいただけだ。しかし、解せねえな。あのじじいは自分が離れればビズキットがこの街を襲うと知っていたはずだ……。一体何があったんだ?」


 再度同じ質問をするが、カンテラは大きくため息をついた。


「まるでわかりません。ただ一つ、彼はこの街に来た一人の人物と会談した後、この街を去ったと言われています」


 キリシマにはその人物に心当たりがあった。タイミング的にも丁度合う。


「その女ってキャリーちゃんみたいに、黒い髪をした女か!?」


 カンテラは驚いたような顔をしている。まだ自分はその情報を出してはいないのに、キリシマに言い当てられたからだ。


「ええ。もしかして、お知合いですか!?」

「多分……、その人はえっと……、私の母です! あの、その後どこに行ったかはわかりますか!?」

「彼は自分の所有する解放軍とともに、東の国、コンツェルトへと向かいました」


 エルビスの所有する解放軍は、数ではビズキットファミリーに劣っていたが精鋭揃いだった。来るもの拒まず、去るもの逃がさず、来ないものは殺戮で答えていたビズキットファミリーに比べ、解放軍の場合は志願者を集め、エルビス直々に彼らを指導したからだ。


「そんで? ガストロがここに来たことと関係は?」

「恐らくないでしょう。ガストロは誰とも組まず、自由気ままにレクイエムを放浪していますからね」

「運が悪かったって事か。まあ、あのじじいに直接聞けばわかる話だ。行先は決まっただろ?」


 ハーディはそういうと立ち上がった。シシーは恐らくエルビスのそばにいるだろう。言うまでもなく、次の目的地はコンツェルトだ。


「そうだな。そうと決まれば今日はもう宿に泊まろう。疲れたろ? キャリーちゃん」


 キリシマはキャリーの顔を見やる。


「あの、そうですね。ありがとうございました。カンテラさん」


 キャリーはカンテラに深々と頭を下げ、二人に次いで店を出ようとした。


「待ってください! ハーディさん!」


 ハーディはカンテラの声に足を止め、振り返る。


「先ほどの話。やはり……、考えてはいただけないでしょうか?」

「俺は一度言ったことは二度言わねぇ。てめぇで対処しろ」


 ハーディの返答に頭をうなだれるカンテラを後にし三人は酒場から出た。


   〇


 場所は南の街、アラベスク。街は手入れをされておらず、あらゆる箇所が老朽化している。アラビアの街並みを思わせるアラベスクでは、至る所にヒビや欠けが目立っていた。

 この街の一つの酒場に所狭しと男どもがくつろいでいる。腕には一人残らずビズキットの焼き印が目に入り、店の中には腕途刑の警告音が鳴り響いていた。酒場の壁にはこの場には似つかわしくない赤髪の美女が拘束されている。腕を縛られ、体には乱暴を受けた無数の傷があった。


「おまえたち……、今すぐ私を解放しないか……」


 女は縛られ、痛めつけられ、すでに体力も、精神も摩耗しきっていた。

 彼女のセリフに、男どもの一人は鞭をふるう事で答えた。


「ギャアアアッ!!」


 店中に何度も鞭の音と腕途刑の警告音が響く。それは長く鳴り響いていたが、一向に刑殺官は来ない。

 彼女が悲鳴を上げるたびに、店中で男どもの笑い声が上がった。

 店の奥から一人の男が出てきて鞭をひったくる。


「おまえにやられた傷がよお。今でもうずくんだよ!!」


 男は自分の体に刻まれた鞭の跡を女に見せると、全力で彼女を撃ちつけた。


「アアアアアアアアアア!!!!」


 鞭は本来彼女の武器だった。なぜ囚われる事になってしまったのか。それは彼女がこの街で起きた暴行事件に首を突っ込んでしまった事にある。

 一人の男が街の管理者に暴行をした為、駆けつけて鞭により罰した。

 捕らえられている彼女はアラベスクを管轄する刑殺官『コレシャ・コラール』。彼女は鞭の名手である。剣よりリーチが長く、銃よりその軌道が読みにくい。

 コレシャの圧倒的な戦闘力に暴行を行った男は屈し、彼女に命を刈られる寸前であった。

 そこにこの男が現れた。


「コレシャァ……、俺とお前の仲だあ。殺すとまでは言ってねえ」


 店の一番奥。

 大柄な男が口を開いた途端、店にいるすべての人間は口を閉じ息をひそめた。

 コレシャはこの男に敗北したのだ。敗北し、囚われ、すべてを踏みにじられた。己の自信を支えていた戦闘力がまるで通じぬ相手だった。

 男の名前はビズキット・メタル。レクイエム三人の要注意人物の一人である。


「俺の仲間になれコレシャ。俺が要求してるのはそれだけだろう? 仲良くやろうぜぇ? 俺はお前から情報が欲しいだけ。その代わりこの街はお前の仕事で成り立っている様に見せてやる。表面上はなあ」


 コレシャは血反吐を吐いた。幾度となく鞭で打たれ、常人であればすでに絶命している程の傷を負ってはいたが、コレシャは一つの街を任された刑殺官である。霞む視界の中で答えた。


「ふざけるなビズキット……。犯罪者と刑殺官が癒着するなんて! 私はそんな不正認めない!」


 コレシャは四人の刑殺官の中でも一際強い正義感を持っていた。彼女は絶対に自分の信念を曲げない。この状況下で、もう自分が、絶対に助からないであろう事がわかっていても、心までは決して屈していなかったのである。


「よおおし! お前ら聞いたかあ! コレシャが仲間になるってよオオオオ!」


 ビズキットは店の外にまで聞こえるほどの大声を張り上げた。コレシャの返答などビズキットにはどうでもよかったのである。自分がそうすると決めたら他の選択はありえない。ビズキット・メタルとはそういう男だった。


「なっ!? ちょっと! 私はそんなこと……、一言も――」


 一人の男がコレシャの腕をめくった。すでにズタボロに破けた衣服であったが、腕をめくるとさらに傷のひどさがわかる。

 奥から熱した焼きごてを持った男が現れた。男は焼きごてをコレシャの腕に近づける。


「嫌……、やめて……、いやだ! やめろお! イヤアアアアアアアアア!!」


 周囲にシュゥゥゥゥゥっと肉の焼ける音と異臭。

 それと耳を塞ぎたくなるようなコレシャの悲鳴が響き渡った。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ハァッハッハァ!! これでお前は俺の仲間さあ!!」


 男が焼きごてをコレシャから離すとベリッと周囲の皮が剥がれ落ちた。

 コレシャは一生消える事のないその焼き印を見ると、体力も精神も尽き果て、さらに信念すら蹂躙され、自分にはもう何も無いことを自覚し、絶望した後、チョロチョロと失禁し、コレシャの足元には少しづつ小水が溜まった。


「ウグ……う……あ……あは……はは…………」

「イェエエエエエエ!! この女、壊れやがったぜええ!!」

「ビズキットに歯向かうからだ!! ざまあみろぉ!!」

「漏らしてやがるぜ!? 野郎ども! 人間便器だぁ!!」


 何人かの男が一物をとりだし、コレシャの顔面目がけて放尿した。

 コレシャにはもう何も見えていなかった。生きる気力を失い、力なく笑うしかなかった。己の人生を。正義を。無力を。ただただ微笑み、男たちが放つ黄色い水を受け入れるだけだった。

 その時、


――バン!!


 と店の扉が開いた。


「ビズキットォ! 今戻った!」

「おーおー、ご苦労だったなぁ。どうだ、カンツォーネの首尾は?」


 店の中に入ってきた男は、偵察のためカンツォーネに向かった手下の生き残りであった。ハーディの銃に無数の同胞が死んでいく中、戦うことを諦め、ひそかにアラベスクへと戻ったのだ。


「全滅だ!!」


 男の言葉を聞き、ビズキットの顔色が曇る。

 店にいた男たちはごくりと息をのみ、動きを止めた。


「おいおいおめえ……、カンツォーネに何百人送ったと思っている?」

「俺たちはカンツォーネに向かう森の中で山賊どもと交戦中だった! そこに急に現れた一人の男にやられた!」


 ビズキットは腰を上げ、男の前までカツカツと靴を鳴らし歩み寄る。

 男はその威圧感に多少、体を下げるが、相手はビズキット。絶対に粗相をしてはいけない相手だ。全力でその場に踏みとどまった。


「一人の男だと? エルビスか?」


 ビズキットは顔を近づけ質問する。


「違う! あんな男見たことねえ! 恐ろしく身のこなしの速い二丁拳銃を扱う男だ!!」


 ビズキットはそれを聞き二ヤリと笑う。次の瞬間男の頭を左手で掴んだ。

「ビズ……キット?」

「おめえの話は理解した。それで? なんで貴様はここにいる?」

「俺は! あんたに報告を!!」


 ビズキットの左手にギリギリと力が入り、男はその握力に悲鳴を上げる。


「グアアアアアアアア!!」

「違うなぁ。おまえは自分の命惜しさに一人逃げてきた。そうだろう?」

「聞いてくれビズキット!! 違う!! 俺は――」


 男が言い終わるまえにビズキットは男の頭を握りつぶした。

 メキョッっと頭が割れる音が響き、同時に男の四肢はだらんと垂れた。

 近くの男が一枚の布をビズキットに手渡すと、手についた血と肉を拭きながらビズキットはまた一番奥の席に戻る。


「まったく困った奴だぜぇ。……それよりハーディ・ロック、奴が戻ってきたか」

「ビズキット、どうする。本隊でカンツォーネに向かうか?」


 一人の男が恐る恐るビズキットに質問する。

 それにビズキットはクックックと笑いながら答えた。


「いいやカンツォーネはもういい。準備しろお前ら! コンツェルトに向かうぞ!! ハァッハッハァ!!」


 酒場にいた男どもは全員張り裂けんばかりの雄たけびを上げた。

 レクイエム史上最大の戦争が起こる先ぶれであった。

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