第10話 悪食の孤独者、ガストロ・クラシック
二人と別れたハーディはある男を探していた。
オラトリオにはレイラがいるように、レクイエムにある四大都市にはそれぞれを管轄する刑殺官が必ず一人いて、補佐がその業務を支えている。ハーディが探していたのは、このカンツォーネに駐在する『カンテラ・グライム』という刑殺官だ。
だがオラトリオほどではないが、カンツォーネもまた広い。この中から男一人を探し出すのは容易な事ではなかった。
いっそのこと腕途刑を鳴らすか? ハーディは冗談ながらそう考えたが、なるべく目立ちたくはなかった。森では全滅に追い込んだが、それでもビズキットファミリーがこの街にいる可能性も消えなかったからだ。
暫く彼を探しハーディは気が付いた。来た道を引き返し教会に向かう。
教会に入ると大きなステンドグラスから光が差し込み、まるで針のように十字架に突き刺さる。目を落とすとそこに祈りを捧げる男がいた。
「見つけたぞ、カンテラ」
声に気付き祈っていた男は立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。
「あれ? もしかして……、ハーディ官長じゃないですか!?」
カンテラはハーディの元へと走ってきた。
「官長! 今までどこに行ってたんですか!? あなたがいなくなってからこっちは大変だったんですよ!?」
「やめろ。今の俺はそちら側の人間じゃねぇ。その呼び方もするな」
ハーディはカンテラに左腕を見せた。腕途刑には緑色の数字が表示されている。
カンテラはそれを見ると、なんとなく、ハーディの置かれた境遇を理解した。
「そうですか……では、やはりあなたがハルゲイを……」
「あぁ、そして俺はここに入れられた」
「ハルゲイの噂は外から帰ってきた管理者から聞かされました……。その後、あなたがいなくなってから、レクイエムはほんの少し変わりましたよ」
カンテラは振り向き、寂しそうにステンドグラスを見上げる。
「我々刑殺官の官長は現在レイラが引き継いでいます。あなたの代わりにね。それまでレイラが担当していたコンツェルトには新人刑殺官が補充されました」
レイラ。オラトリオでドンを襲った女刑殺官だ。実力ではハーディに次いでいた。彼女がそのポストに就くのは当然の配置だろう。刑殺官官長として、彼女は今オラトリオに配属されている。
刑殺官官長が代々オラトリオを治めるというのは、熱いうちに鉄を打つが如くの配慮である。
「聞きたい事があって来た。カンテラ、『エルビス・ブルース』は今どこにいる?」
「彼は、自分が所有する解放軍とともにコンツェルトの山間に移動しました。対抗勢力のいなくなったビズキットがここを制圧に来るのは時間の問題でしょう」
やっぱりか、そうハーディは思った。エルビスがいたのなら、ビズキットは決して、カンツォーネに手を出さなかっただろう。
「森の中でビズキットの手下どもと鉢合わせた」
「それはよくご無事で……。まあ、あなたほどの実力があれば問題にはならないのでしょうが……。それで、彼らはいつ頃ここに到着するのでしょうか」
「わからない。森の中で会った奴らは全て始末したが、これから本隊を送ってくるかもしれねえ。もしかしたら……、ビズキット本人もな」
カンテラは腕を抱え、しゃがみこんだ。そして大声でうめき、泣いた。
「官長! 私には無理です! ビズキットがこの町に来たら! 罪のない町民全て殺される! 私には止められません!」
泣き叫ぶカンテラを見下しながらハーディは冷徹に答える。
「やめろ。もし誰かに見られたらどうする? この町の治安は終わりだぞ」
刑殺官は強くなくてはならない。強いからこそ、無慈悲だからこそ、そして絶対的だからこそ街にいる受刑者達はルールを守り、戦闘禁止区域が成り立つ。だが、刑殺官も人間である。恐れることも、悲しむこともある。勝てない敵がいると、認めてしまうこともある。
カンテラは立ち上がり涙を袖で拭った。
「す、すいません……、ハーディさん」
「なぜエルビスはここを離れたんだ?」
要注意人物の一人、エルビス。彼は今までここ、カンツォーネに留まっていた。だからこそ、ビズキットも手を出せないでいた。オラトリオにはレイラがいる。コンツェルトは山に囲まれていて身動きがとりにくい。必然的に、ビズキットが手を広げるとなるとカンツォーネに行きあたるのだ。
「わかりません。気付くと彼の一派はこの街を離れていました。ただ、行先はコンツェルトだと思われます。残った解放軍の一人がそう口を割りました」
「そうか、わかった。邪魔したな」
ハーディはそれだけ聞くと背を向け教会から出ようとした。
カンテラが慌てて呼び止める。
「ハーディさん! こんな事言うのは、間違っていると自覚しております。それでも……、あなたのお力をお借りできないでしょうか?」
懇願するカンテラに、ハーディは一言だけ言い残し教会を後にした。
「俺は神じゃねえ。祈る相手を間違えてるぜ」
〇
キリシマは二人と別れた後、ぐるっと街を周ってすぐに集合場所の酒場に入っていた。真面目者が多いカンツォーネでは、キリシマ好みの雌が見つからなかったようだ。故に、特にすることもなく暇だったので、まだ明るかったが先に一杯やろうと考えたのだ。
店内は思いのほか広く、ちらほらだが先客もいた。肉より野菜の方が売りであるのか、値段も割と落ち着いた印象を受ける。
キリシマは席に着いては店員に注文した。
「ニホンシュとつまみくれ」
「かしこまりました~しょうしょうおまちくださいませ~」
店の店員は顔色が悪く元気がない。なによりびっくりするくらい無表情だったし目の焦点も合ってない。押せば倒れそうな不吉な顔をした少女だった。
キリシマは厨房で鍋を振っていた店主と思わしき男に話しかける。
「おいおい。あいつ、大丈夫なのかよ?」
「あー……。数日前に入れたんだが、失敗だったかなあ。最初に会った時とまるで人が変わったみてえだ。まあ多めに見てやってくれ」
「おまたせ~しました~」
店員は酒と枝豆をテーブルに置き去っていった。
しばらく一人で酒をたしなんでいると、やがてハーディが店に入ってきた。
「おうハーディ、こっちだ!」
「ビールだ。あと辛いつまみ」
「かしこまり~ましたあ~」
店員はハーディからオーダーを聞くと店の奥へと歩いていった。
「なんだぁ? あの気ぃ抜けたやつは」
「新人なんだとよ。それよりお前、もう用事はすんだのかよ?」
「ああ、もともと大した用事でもなかった。ちょっと後輩の様子を見に来ただけだ」
「この街の刑殺官に会ったのかよ。どうだったんだ?」
キリシマは酒をグイッと喉に流し込みながら聞いた。
「ダメだな。あれは昔から気の弱いやつだったが、あんなんじゃ長くはもたねえぜ。実力はあるんだがなあ」
「おまたせ~しまし~た~」
少女がハーディのもとへビールとつまみを持ってきた。辛いものというリクエストに店はチョリソーで答えたようだ。
ハーディはそれがテーブルに置かれた瞬間に、据えられてあるタバスコをぶんぶん振りかけた。
「まったく……、相変わらずの辛党だな。見てるだけで胃が痛くなってきやがる」
ハーディは何も言わず置かれたビールを喉にかっ込んだ。
「まだ外明るいんだからあんまり飲みすぎんなよ?」
そう忠告するとキリシマはニホンシュをさらにもう一献口にあてた。
〇
一時間ほどキリシマとハーディが二人で呑んだ頃である。
そこにやっとシシーを探す事を諦めたキャリーが入ってきた。
「二人共、おまたせしましたーって……。ええええ!?」
キャリーの目に映ったのはグデングデンに酔っぱらった二人の姿だった。テーブルにはカラになった大量のジョッキと、とっくりが転がっている。
「あの、どんだけ飲んだんですか!?」
「ええ? へつにに大して飲んでないぜ?」
「ああ、飲み始めたばかりら」
ハーディとキリシマは全然余裕だと言うが、二人共顔は真っ赤になっていた。匂いを嗅げば酒に臭わされてるし、どう見ても酒に飲まれている。
「のみくらべ~してましたよ~」
元気のない女店員がキャリーに話かける。
〇
時は一時間程前に遡る。
「しかし、麦酒ってのはさあ。アルコール度数が低いんだろう? ジュースと変わらないだろうに。おまけに風情ってもんがない」
キリシマはとっくりからおちょこに酒を注ぎながら続ける。
「やはり酒ってのはさぁ……。最終的にニホンシュに落ち着くよなぁ」
旨そうにおちょこを口に運ぶキリシマにハーディはイラついた。
「あ? そんなもんちびちび飲んで小せえやつだな、てめぇ」
「なんだと!? 俺の島の歴史ある酒だ! この飲み方が通なんだよ!」
「ハッ、ケチくせえ飲み方だな。どうやらてめぇの島の連中はよほど金がないらしい」
ハーディは持っていたジョッキをグイッと飲み干し、空けた。
「おーおー、上等だぜ!」
キリシマはとっくりを口に当て、ごくごくと飲み干した。
「おい店員!」「そこのねーちゃん!」
二人は同時に女店員を呼んだ。
「ごちゅ~もんですか~?」
「もう一杯!」「もう一杯!」
〇
「あれから~ずっとのんでるんですよ~」
キャリーは頭に手を当てて呆れた。酒は人をダメにすると言うが、これは典型的である。
「もう、なにやってんですか? 子供じゃないんだから!」
キャリーは二人の肩に手をつき揺すり始めた。
「もう! オラトリオならまだしも、カンツォーネにこんな時間から泥酔してる人なんかいなかったですよ!?」
「おい、揺らすな。キャリー……」
ハーディは吐くのを我慢している。
「ちょっと……、キャリーちゃん手、離してくんない……?」
キリシマはぐったりとしている。
「まったく! 情けないですよ! いい大人がくだらない意地張って!」
キャリーはなお強く揺すった。
二人は今にも死にそうな顔をしていた。
「私の母のシシーがこんな姿を見たら! もう、笑われますよ!?」
「ごちゅ~もんをおききしま~す」
気付けば女店員が二人を揺するキャリーの背後に立っていた。
キャリーは喉が渇いていたので振り向きながらジュースを頼もうとする。
「あっ、えーとオレン――」
キャリーが注文を言い切る前だった。
完全にのびていた二人の目つきが変わる。そして、ハーディはデイトナを、キリシマは抜刀し刃先を女店員に突き付けていた。
キャリーが瞬きする間の出来事だ。
「あの、……え?」
「おい親父。殺し屋を注文した覚えはないが?」
「ねーちゃんそりゃあ悪ふざけがすぎる。今すぐその拳銃を――」
――パンッ!
説得しようとしたキリシマの声を遮り、キャリーの背後で発砲音がした。
女店員が背後から突き付けていた銃が、キャリーの胸目がけて発砲されたのである。
キャリーは背中を撃たれ、そして地面に倒れた。
それを見るとハーディはすぐに女の顔めがけデイトナを発砲し、続くキリシマは即座に斬りかかったが、女はそれらを華麗に避け、店の角まで一気に跳び下がった。
「キャリーちゃん……」
キリシマはキャリーをちらりと見たがピクリとも動かない。零距離からの発砲だった。当たっていないわけがない。
瞬きの間に気持ちを入れ替え、目の前の敵と向き直った。
「おいハーディ、こいつやべえぞ」
「ああ、ただもんじゃねえ。油断するな」
女店員の腕途刑が鳴り出す。
――ビーッ!ビーッ!ビーッ!――
「行くぞ、合わせろ!」
キリシマは腰を落とし、刀を逆手に持ちかえ斬りかかる。
周りから見ていた野次馬はあまりの速さにキリシマの刀を見失っただろう。
鞘の中で最速を作り出す。キリシマの故郷に伝わる伝説の剣術、居合斬りである。
ハーディがそれに合わせるように女に向けて弾丸を放った。
だが、キリシマが持ちうる最速の型ですらその女をとらえることはできなかった。
刀も、弾丸も、するりと交わした女は、キリシマにナイフで切りかかった。
「これちゅうぼうにあった」
ハーディ、キリシマの二人がかり。
この状況でも一切表情を変えない女。とてつもなく不気味であり不吉な女だった。
右肩を切られたキリシマは左手に刀を持ち替え、女に問う。
「一体何もんだ? あんた」
「きみみぎてもうだめだよしばらくつかえんどするおわり」
「ばぁーっか。俺はなぁ、普段修行で左手封じてんだよ!」
「ひゃひゃはやひゃああああ」
女は高らかに笑った。濁った様な、甲高いような。死人のように、この世のものとは思えない声で。
それを見ながらキリシマは左手にグッと力を込めた。
「ハーディ、手出すな」
対するキリシマもニヤリと笑っていた。久々の好敵手に心は最高に踊っていた。
次の瞬間、再びキリシマは無心で女に斬りかかった。さっきより数段早い動作だった。
しかし、頭から腹まで斬れたように見えたが、女はまたも紙一重に避けていた。刀は数センチ、あとわずかに女には届かなかった。
「あったらなーいあたらなーいひゃはひゃははっ」
「確かにお前に刀身を当てるのは至難の業だな」
キリシマは女を指さした。
それに合わせるように頭のてっぺんから腹の下まで、服の下から一直線に血が滲んでくる。
「でもまあ、刀が当たらなくても斬る方法はあるぜ?」
女の傷から一気に血が噴き出した。
キリシマは女を狙ってはいなかった。狙ったのは女の前の空気。空を切り、その衝動で数センチ先の物を斬る。いうなれば斬撃を飛ばしたのだ。避けたと思ったら切れていた。達人の使う刀は常識では測りしれない軌跡を生む。
血を噴き出し立ち尽くしたまま、倒れないその死体の傷からはぬうっと手が生えてきた。
「なっ!? なんだこいつ!?」
「てめぇだったのか! 『ガストロ・クラシック』!!」
ハーディは叫んだ。
この感覚は知っている。女は確かに死んだはずだった。完全に体半分は斬れている。だが、その体は仮初のもの。かつてのあの時の様に、ぱっくり開いたその女の傷から、全裸の細身な男が出てきた。まるで来ていた服を脱ぎ捨てるように。
「あかんわーなめてたー」
「な、人間か!? こいつ!?」
――バンッ!
驚愕するキリシマの声とともに店のドアが開いた。腕途刑の警告音を聞いてカンテラが駆けつけたのである。
「全員動くな! 刑殺官だ!」
銃を構えるカンテラは店に入るなり、まずハーディを見て驚いた。そして倒れるキャリー、皮だけになっている女の死体が目に入り、そこから出てきた男に更に驚愕する。
「ガストロ・クラシック……!!」
「なんかたくさんきたーみのがしてーやー」
カンテラとハーディは目で合図しあい、ガストロに向けありったけの弾丸を打ち込んだ。
ガストロはそれらすべてを避けながら言った。
「そのこがわるいんやーぼくはわるくないんやー」
「何言ってやがる!? てめえがいきなり後ろから殺したんだろうが!」
キリシマの話も聞かず、ガストロは窓ガラスを破り外に逃げた。
それを追って三人は店の外に出たが、そこにはもう奴の姿はなかった。
「一体なんなんだ、あの気味わるいやつは……?」
キリシマの問いにカンテラは答える。
「奴の名はガストロ・クラシック……。婦女子連続殺人で捕まった受刑者です。やつは殺すだけじゃなく、その後に殺した女を食べる最悪の食人鬼です。常軌を逸した犯行に、刑期はレクイエムで最長の八零零年が課されました」
ガストロの犯行は一般人だろうが権力者だろうが無差別に行われた為、有力者の意見も交わり、ハーディが投獄されるまで、裁判の結果はレクイエムでの史上最長刑期を記録した。
「あのなめくじ野郎はすでに二人も刑殺官を殺してる。殺した女の皮をかぶるから、逃がしたら見つけられねえ」
「本当に人間かよ……。なんであんな奴にキャリーちゃんが……」
キリシマは店の中に戻った。キャリーに歩み寄るがぐったりしてて起き上がらない。
ところが、キリシマはある事に気が付いた。銃で撃たれたら必ず起こる現象がキャリーには無かったのだ。つまり、出血していなかったのである。
キャリーを抱き起こすキリシマ。体は固く、間接すら動かない。
その時、ビクッと体を震わせ、キャリーがゆっくりと目を開いた。瞬間体は柔みを取り戻し、生気が戻ったような気がした。
「……あれ? あの? キリシマさん?」
「キャリーちゃん!? おい! 大丈夫か!」
キャリーはシャツをちらりとめくってみせた。キリシマが目にしたのは、シャツの下に身体を覆った銀の帷子。つまり鉄で作られたシャツ、所謂防弾チョッキが着こまれていた。
それがキャリーの体に銃弾が突き刺さるのを止めていたのである。
「こんなものいつの間に……」
「えへへ……。オラトリオで下着を買った時に、あの……、丁度見つけて下に着てたんですよ」
キリシマはインナーを買いに行くキャリーの姿を思い出した。
「あの時か……。なんにせよ本当によかった……」
キリシマはポンポンとキャリーの頭を叩く。もうすっかり、悪酔いは冷めていた。
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