第二章 愛玩関係

その1

 翌日、すっきりした気分で目覚めたメリールウは自分で服を選び、着替えた。

「うーん……ヴィクトール様の好みと私の容姿のバランスからすると……これ!」

 悩んだ末、クローゼットの中から一着を選び出して姿見の前で合わせてみる。

「色もデザインも、ちょっと私には大人っぽすぎるけど……これもチャレンジよね」

 ヴィクトールの母のドレスは、いずれも深くて濃い色の、豪華絢爛なものばかり。その中から選び出したのは、濃紺をベースにしたシックなものだった。

 他のものと比べると色味と装飾はややおとなしいのだが、着こなせるかどうかは正直自信がない。メリールウ同様、化粧をしなければ地味な顔の母も避けた類のドレスだ。

「……まあ、サイズ違いは厳しいものがあるけど、これもまたチャレンジ!」

 その思いであっちを詰め、こっちをたくし上げ、どうにか形になったところでヴィクトールたちが迎えに来た。緊張しながら部屋の外に出たメリールウは、仮面越しの視線が静かに全身を眺めるのを感じた。

「……い、いかがですか」

「……そう、だな」

 隣のサフィールは明らかにハラハラしているが、ヴィクトールは一瞬眼を見張ったものの、取り乱したりはせずにうなずいてくれた。

「とても魔法使いらしく、すばらしい! 強力な魔法使いは、こうでなくてはな。……だが、お前には、もっと淡い色のほうが似合いそうだ。魔法使いらしさとお前らしさを両立させたドレスを、早く仕立てさせないとならん」

「ありがとうございます」

 ほっとしたメリールウが慎重に歩き出す。具合を確かめるような、ぎこちない歩き方にヴィクトールはすぐ気付いた。なにせ彼は今日も帳面を手にしており、メリールウを観察する気満々なのだ。

「どうした? どこか痛むのか?」

「いえ、そういう訳ではないんです。服のサイズ違いはどうにかできましたけど、靴は詰め物をしても歩きにくくて……きゃあ!」

「確かにな。そこに思い至らずに悪かった。サイズの合うものが届くまでは、俺が直そう」

 そして、それが間に合うまでは道中のメモを諦めて抱いて運ぶ、ということらしい。思わず悲鳴を上げてしまったが、ヴィクトールのやり方にはだいぶ慣れてきたメリールウである。おとなしく運ばれていきながら、別の気になることについて質問した。

「ヴィクトール様、靴を直せますの?」

「やったことはないが、なんとかする」

 謎の自信に満ちた断言を、サフィールが苦笑して補足する。

「……任せてあげて下さい、メリー様。この方、頭はいいし手先も器用ですし約束は守りますよ。必要だと思えばやり通す実行力をお持ちです。……ちょっと手段を選ばないだけで……」

 それも大体分かっていたことではあった。少なくとも、その場しのぎの嘘でごまかすような性格ではない。

「分かりました。お願いしますわ、ヴィクトール様」

 最悪靴がなくても、山の中はちょっときついが、城の中なら歩行は可能だ。新たなチャレンジだと思えばいい。心配なのは別のことである。

「ですけど、ご自身のお体を第一になさって。まだお怪我が治りきっていないのに、昨日も遅くまで起きていらしたのでしょう? 顔色がよくありませんわ」

 顔の半分が仮面に隠れているので分かりづらいが、アセンブルは治癒魔法も割と得意だ。不調の印を見逃さず指摘すると、ヴィクトールはちょっと驚いた風にしながら首を振った。

「俺はこれまでも、魔法の研究で怪我をしたり、何日も徹夜を」

「ヴィクトール様」

 柔らかく、しかしたしなめる言い方でメリールウは彼を呼んだ。

「私はこれまでの研究よりも、ずっと重要で、その分慎重に扱うべき存在なのでしょう? ですから、ヴィクトール様もより万全の状態で当たって下さらないと。治癒魔法でも、体力までは元に戻せませんのよ」

ヴィクトールの性格に沿った言い方は効果が抜群だった。

「一理ある。努力しよう」

「そうしていただけると、私もサフィールも喜びますわ」

「……ええ、もちろん!」

 感謝に輝く瞳でサフィールも同意してくれた。そのまま三人は階段を降りて、二階にある会食の間に入った。

「まあ、こちらも立派なお部屋ですのね」

 城全体の統一された趣味に従い、豪華なシャンデリアが下がった室内は広々としており、天井も高い。母が毎夜のように開いていた、豪華な晩餐会もここなら開催できるだろう。

「ああ、城の規模に合わせるとこういう作りになった。もっとも、『魅了』の呪いが解けないままでは、ここに人を呼ぶことは難しいが……」

 ただし参加者は解説してくれるヴィクトールとメリールウ、給仕をするアントニオとサフィールのみ。モルダートンは習慣で朝食は先に済ませたそうで、席を外している。

「なら、もぐ、こちらに人をお呼びできるように、もぐもぐ、私もがんばらないといけませんね、もぐもぐもぐ」

「その意気だ」

 うなずくヴィクトールとメリールウを交互に見つめ、ポリッジに続いてブラックプティングやベイクドビーンズの盛り合わせを運んできたアントニオは顔を引きつらせた。 

「――何をしているんだ? ヴィクトール様」

「掃除も着替えの手伝いを断られたので、食事を与えている」

 主として上座に腰掛けているヴィクトールは、何を当たり前なことを、と言わんばかりの態度で答えた。

「まあな。飯は食わせないとな。だってこのレディは、二百五十年間何も食わずに寝ていたんだ。だが、なんであんたが手ずから食わせているんだ?」

「決まっているだろう。好感度を得るためだ」

 斜め前の席に座ったメリールウの口に、さっきからずっとヴィクトールはせっせとポリッジをすくっては与えていた。

「好感度を得られるか、これで?」

「こんな風に人に食べさせていただくなんて、子供の頃以来ですから。少し恥ずかしいですけど、新鮮ではありますもぐもぐ。昔より香辛料たっぷりでおいしい! もぐもぐもぐ。アントニオはお料理上手ね、もぐもぐもぐもぐ」

 悪い気分はしないし、二百五十年前より味が豊かで美味だとメリールウは感想を述べた。まずはポリッジからにしたのがよかったのか、胃がもたれたり苦しい、ということもない。

「ただ、ちょっと食べづらいですね」

「やはりか。俺も、人が食べる速度に合わせて食べ物を差し出すのは、存外難しいと痛感していたところだ」

「そうでしょうね。ていうか、今気付きました?」

 サフィールは呆れ顔をしているが、メリールウはやんわりと微笑んだ。

「そんなに難しいことを、ヴィクトール様だけにさせるのはよくありませんね。それに、ヴィクトール様がちっともお食事ができておりませんし。はい、あーん」

「なるほど、一理あるな、もぐもぐ」

 入れ替わりに、メリールウがヴィクトールの口にポリッジを運ぶと、彼も素直に食べ始めた。

「メリールウ様、お優しい……でも、ヴィクトール様をあまり甘やかさないほうが……」

「……甘やかしてるか? コレ」

 なんの儀式だよ、と眉をひそめるアントニオであるが、何しろ彼は料理人だ。

「まあ、いいんだけどな。普段のあんたは、研究に夢中になるとメシもロクに食わねえんだ。俺が精魂込めて用意した料理を食いさえするなら、食べ方に細かいことは言わねーよ」

 肩を竦めた彼が次の料理を取りに行くのをよそに、メリールウはポリッジを食べさせ終えた。

「次は……」

「いや、次は俺の番だ。ところで、お前は特に抵抗もなくこれらのものを食べているが、二百五十年前と現在では食事に差違はないのか?」

「そうですね、お野菜はあまり食べませんでした。肉が主食で、もぐもぐ」

「そうか、そのあたりは今も昔も変わらんのだな」

 メリールウの口に焼けた豆を運んでやりながらヴィクトールは感心した顔をしている。と、タイミングがずれ、メリールウの口に入り損ねた豆がテーブルに転がった。

「あら、申し訳ありません」

「いや、こちらこそ悪かった。やはり人に食べさせるのは難しいな。この微妙な距離が……」

 数秒間考えたヴィクトールが立ち上がる。メリールウに近付いてきたので、椅子ごと隣に持っていく気かと思ったら、腰を掴まれて抱え上げられた。

「きゃっ!?」

「ヴィクトール様、何を!?」

 いよいよおかしくなったかとサフィールも仰天するが、ヴィクトールは抱え上げたメリールウを平然と自分の膝に降ろした。

「これでいい。ほら、続きだ」

 抱え上げられるのには慣れてきたメリールウであるが、この展開は想定していなかった。数秒はさすがに固まっていたが、ヴィクトールが何事もなかったかのようにもう一度促すと、小さく笑って素直に口を開けた。そこへ揚げたてのパンを持って取って返してきたアントニオは盛大に首を傾げる。

「いや、本当に文句言わねーけど、毎回こうやって食わせ合うのか? こんな……恋人同士みたいに。それとも、お貴族様の婚約者同士って、こういうもんなのか……?」

「恋人同士? 馬鹿を言うな。婚約も『魅了』の呪いに対抗する一つの実験だ。うまくいかなかったが」

「失敗しても、チャレンジそのものが尊いですものね。それに貴族同士なら、婚約も婚約破棄も当たり前ですしもぐもぐ」

「その通りだ。ああ、熱いから気を付けろ」

 ご褒美とばかりにちぎった揚げパンを与え、ヴィクトールはうなずく。

「とにかく、誤解しないように。俺はただ、ネリーを愛玩しているだけだ」

 すっかりタイミングを覚えたようである。メリールウが食べきるのに合わせ、的確に次の料理を食べさせてやりながら、ヴィクトールはアントニオの見解を否定した。

「昨日お前が、まるでキャリーは拾われた猫のようだ、と言っただろう。それを俺たちの関係の定義として採用した」

「聞こえてたのか……あんたのことを、猫を拾った子供みたいだって言ったのも覚えていてほしかったな……」

 遠い眼をするアントニオの独白は聞こえていないらしい。

「主と愛玩動物。程良い情愛を育てるには適切な関係だろう。魔法使いにはサーヴァントはもちろん、ファミリアも付きものだからな」

 ファミリアとは、多くは動物、時には悪魔や精霊などを魔力で従えたものだ。サーヴァント同様、魔法使いが使役するものとして有名だが、元が生物であるため反抗されることもあれば、主と召使いの枠を超えた愛情を育てることもある。

「メリールウ様、嫌なら嫌と、そろそろ言ったほうがいいですよ?」

 仮にも魔法使い一族の娘をファミリア扱いだ。無礼もいいところでは、と魔法使いではないサフィールも感じているようだが、今のメリールウは気にならない。

「ヴィクトール様がおっしゃるとおり、魔法使いにはファミリアも付きものよ。サーヴァントの扱いが得意な家系でいらっしゃるし、いっそファミリアとして契約を結べば、すんなりエーテルの使用が可能になるかも」

「試す価値はありそうだな」

「不安しかねーぞ。おい、この後、魔法の実験を始めるんだろう? 片付けが終わるまで待っていろ、俺も見張りとして参加するからな? ああくそ、レディの扱いをもっとちゃんと教えておくべきだった……!」

 モルダートンもアドバイザーとして加わる予定と聞いているが、彼もメリールウに妙な興味を示していた。一般人枠の突っ込みが必要だろうと、アントニオは言い渡したのだった。



 なんとか食事も終わった。なお、ファミリア契約についてはさすがにうまくいかず、チャレンジ失敗で終了。片付けも済んだ全員が移動したのは、三階にあるヴィクトールの実験室だった。

「こちらもすごいですわ……まさに、魔法使いの実験室ですわね」

 メリールウが使っている部屋を三室ほどぶち抜いたような広い室内に、おびただしい数の魔法書やアーティファクト、実験器具や魔法薬などが所狭しと並んでいる。見覚えのあるものが七割ぐらいだったが、中にはどう使うのか不明なものも多かった。特に気になるのは、

「現代の魔法使いの実験室は、ベッドを真ん中に置くのですね。もしかすると、これもアーティファクトなのでしょうか?」

 古めかしい作りだが豪華なダブルベッドを興味深く眺めていると、先に部屋で待っていたモルダートンが苦笑した。

「いや、これはメリールウ殿の実験をするために用意した、ただのベッドだ。あなたがどんなタイミングで眠りに入るか分からない、とのことなのでな。この上で術を行使してもらえば、倒れてどこかを打ったりせずに済む」

 用意のいいことだ。物を持ち上げる魔法が使えればメリールウにも可能なことだが、おそらくはサーヴァントたちに手伝わせたのだろう。

「そういうことだ。メーテル。さあ、降ろすぞ」

「エーテルと混ざった、新しいパターンですね。分かりました」

 ここまでヴィクトールに抱えられていたメリールウは、彼の腕からベッドの上へと移動した。物珍しさからキョロキョロしている間に、フラスコと温度計を合体させたような器具を持ったヴィクトールが近寄ってくる。

「やりたいことはたくさんあるが、まずは基本を押さえないとな。メルティーが持つエーテル量の測定から始めよう」

「だいぶ近くなりましたね」

 メリールウの評価をよそに、ヴィクトールはエーテル測定器の下部にあるスイッチを入れて測定を開始した。半透明の内部にぼんやりとした青い光がみるみる溜まっていく。エーテルは色のない輝きなので、見た目に分かりやすいように着色しているのだろう。

「エーテルの単位って、ルミナスなんですね。そういえば二百五十年前は、みんな感覚でエーテル量を測定していたので、特に単位は……きゃっ!?」

 測定器の目盛りに書かれた単位に眼を留めたメリールウが物珍しげにしゃべり出した直後、ぼん、と小さな爆発音が響き、エーテル測定器は白煙を噴いた。ヴィクトールでもメモを取る暇もない早さだった。

「まあ、これではだめだろうな。最初にお前のエーテルを測定した時も同じように壊れた。ちなみに一ルミナスで、手の平大の光を生み出す魔法が使える量だ」

 言いながらヴィクトールは、百まで目盛りの打たれた計器の残骸をサフィールに渡す。手で持ち運べる大きさのそれは、普段からエーテル濃度の高いところを探すために携帯しているもののようだ。

「エーテルが無尽蔵のエネルギーのように思われていた時代は、測定自体がほとんど必要とされていなかったので、単位すら存在していなかったようだな。現在は五ルミナス以上のエーテルを検出できる場所は、エーテル濃度が高いとされている。ディートリヒが各地に持っている隠れ家では、おおむね五ルミナス以上の濃度が検出される」

「そういう場所を探すと、あの人の隠れ家に辿り着ける可能性が高い訳ですね……」

 メリールウの理解にうなずいたヴィクトールは、次いで大小ズラリと並んだ計器の中から樽ほどの大きさのものを選んだ。今度の計器は一気に容量が増え、最大目盛りは五千と記されている。

 ところが測定が始まった直後、樽形測定器もあえなく白煙を噴いて機能を停止した。帳面を開きかけていたヴィクトールが思わず手を止める。

「これもか。しかも、こんなに早く……」

「ご、五千を易々と突破してしまうとは、凄まじいな……」

 モルダートンも眼を白黒させている。サフィールも日頃からヴィクトールの実験を手伝っているからだろう、表情に怯えが浮かび始めていた。

 続いてヴィクトールが選んだのは、サフィールが用意していたものではなく、部屋の片隅にでんと鎮座した巨大な測定器だった。見た目も重量もメリールウが乗っかっているベッドほどありそうだ。

「ああ、お前はそのままそこにいろ。これは動作させると、周辺のエーテルを広範囲に渡り……、いかん!」

 スイッチを入れた途端、急上昇する目盛りを見て取ったヴィクトールは、帳面を放り出して測定を中止した。十万まで目盛りの打たれた計器は、七万と少しをカウントしたところで動かなくなった。

「だめだ。これ以上は想定していた量の上限を超える。計測器が保たない」

「ごめんなさい、お手間をかけてしまって……」

 ただ座っているだけのメリールウであるが、次から次へと計器が泡を吹く様には恐縮してしまう。アントニオもさすがに言葉を失っている様子だった。一番魔法と縁が遠そうな彼であっても、桁違いのエーテル貯蔵量を見せつけられて平静ではいられない。

「謝る必要はない! お前は本当にすばらしいぞ、シャーリー!!」

 だがヴィクトールの声は大層弾んでいた。感極まった様子でメリールウの手を握り締め、

「お前が本気になれば、この部屋、この城、いや、この国ごと吹き飛ばせるかもしれない……!!」

「まあ、それは新しいチャレンジですね」

「そのチャレンジは絶対やめて下さいね!?」

 具体的な数字としてメリールウの秘めた能力を見てしまった後だ。今や洒落にならないと、サフィールは泣きそうな声で止めに入った。ヴィクトールもいったんメリールウの手を放すが、別に従者の忠言を聞き入れたからではない。

「心配なのは、魔法を使った後に来る眠気だな。昨日は数時間で眼を覚ましたが、大きな魔法を使えば使うほど、眠る時間も長くなるのかもしれない。この城を吹き飛ばしたはいいが、また二百五十年眠ってしまうようなことになると、研究ができない」

「それは困りますね」

「いや、城を吹き飛ばす段階でだめだろう。現代の魔法使いとして、ちょっと興味があるのは否定しないが、それを割り引いてもだめだろう?」

 真顔で止めに入ったモルダートンをよそに、ヴィクトールは真摯な声で言った。

「大事なお前を失う訳にはいかない。無理はせず、一つ一つ段階を踏んで、ゆっくりと進めていこう、モリー」

「ええ、ヴィクトール様……」

 仮面の奥できらきらと光る緑の瞳を見つめて、メリールウはにっこりした。

「……ここだけ聞くと、順調にロマンスが進んでいるように聞こえるんだがなぁ……」

 微笑ましい光景であるが、二人の間に流れる感情がそのようにスイートなものではないことぐらい、女性関係に強いアントニオにはお見通しである。召使いたちの苦悩を尻目に、ヴィクトールはメリールウに体調に変化はないかと尋ねた。

「いえ、私はただこうして座っているだけですから。おなかも空いておりませんし、眠くもないです」

「なるほど、やはり魔法を使わなければいいのだな。よし、では城の外に行くぞ、カーリー」

「分かりました」

 メリールウはただちに了解したが、サフィールたちはにわかに慌て始めた。

「な、どうしてお城の外へ!?」

「もちろんベッドも運ぶ。ああ、お前はそのまま座っていろ、ホリー。俺の操るサーヴァントたちなら、お前一人が乗っていてもベッドごと運べる」

「さすがサンロード家の方、サーヴァントの使用はお手の物ですね」

「いやいや、そうじゃなくてな。何をする気、というか、メリールウ殿に何をさせる気なのだ……?」

 ゴクリと喉を鳴らすモルダートンに、ヴィクトールはどうしてお前に分からないのか、という顔をしたようだ。仮面に隠れているので見えはしないが。

「計測の結果、現在の技術ではセロリの貯蔵しているエーテルは計測不能だ」

「急に野菜をぶっ込んでこないでくれよ、混乱するだろ。ていうか、仲良くする気があるなら、そろそろまともに名前を覚えりゃどうだ?」

 呆れるアントニオにもヴィクトールは調子を崩さない。

「計測不能は計測不能だ。つまりは、それだけ莫大な、無尽蔵と表現していいレベルのエーテルが彼女の中にしまわれているということだ……! となれば、後は実践しかないだろう!!」

 ヴィクトールの言葉に応じるように、規則的な足音を響かせてやって来たのは四体のサーヴァントである。ベッドの四隅をそれぞれ受け持った彼等の膂力は凄まじく、メリールウごとあっさりと持ち上がった。

「まあ、ベッドに乗って運ばれるなんて、新しいチャレンジですね」

 のんきに初体験を喜ぶメリールウは、おおらかすぎて当てにならない。まだ理屈が通じる主のほうがまし、と見たサフィールが必死に止めようとし始めた。

「待って下さいヴィクトール様、実践って何をさせる気なんですか!? まさか本当に、この城を吹き飛ばさせる気じゃあ……!」

「そんなことはしない。さすがにこの城を吹き飛ばすと、いろいろと困る」

「ヴィクトール様、成長されて……」

 だいぶ基準がおかしくなってきているらしく、サフィールは本気で感動して眼を潤ませている。

「適当な山を吹き飛ばしてもらおう」

「待てサフィール、この人全然成長してねえぞ!」

「チャレンジ!」

「メリールウ殿、やめなさい、本当にやめなさい!!」

 アントニオがわめき、モルダートンまで慌てふためくが、サーヴァントは一度下された命令を忠実に守る。あれよあれよという間にメリールウオンザベッドは城外へ担ぎ出され、全員なし崩しにその後を追った。

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