その2
ヴィクトールの治療を申し出たメリールウであるが、髪をそよがせるつもりで竜巻を出してしまった前科がある。現在の魔法使いとしての能力について、正確に把握できてからでいいと断られた。
「まあ、それはそうよね。ディートリヒも過度な治療魔法の使用で、相手を殺したことがあったし……」
筋の通った話に納得したメリールウを乗せ、興味を示したヴィクトールに説明しつつ、馬車は山道を占める森の中を進む。
ここはオストアルゴ北方にある自然の砦、ザドス山脈の一部だそうだ。風光明媚で有名な観光地である。やがて見えて来た美しい城は、雄大な景色と星明かりの化粧を施さ、濡れ光るような輝きを発していた。
「あれが、ヴィクトール様のお城なのですね」
「そうだ。黒鳥城という」
誇らしげに教えてくれたヴィクトールの居城は、一目で城主が分かるほどセンスがそっくりだった。黒と銀をベースに贅沢に飾り付けられた佇まいは、魔法使いの住まいとして相応しい。炎カラスと呼ばれる、嘴と足だけが赤いカラスが屋根のあちこちに止まっているのもそれっぽい。
ここには左遷されてきたようなことを聞いたが、辺境伯と言えば強大な権力の持ち主と相場が決まっている。いずれにせよ、いかにも金のかかる城を用意できるだけの財力の持ち主という訳だ。
母がせっせと金をつぎ込んでいた生家に思いを馳せている間に馬車が停まった。真っ先にサフィールが飛び降りる。
「お二人は、一度こちらでお待ち下さい。ヴィクトール様が急に女性を連れて戻ったと知ったら、アントニオさんたちがびっくりされてしまいますから!!」
そのまま駆け足で城の中へ走り込む少年を迎え入れるため、大きな扉が静かに開く。魔法により自動開閉する扉はメリールウもよく知っているが、これは少し違う。門扉を守る、荒い目鼻だちのみが彫られた人形――サーヴァントたちの力だ。
サーヴァントとは、魔法使いが使役する下僕の総称だ。人形、好みによっては動物の模型などを魔力で操り、便利な召使いとするのである。
サンロード家はサーヴァントを使役する術に定評のある一族。エーテルが失われたに等しい現在でも、対象に太陽の家紋を刻み、血を媒介とすることで単純作業程度なら任せられるらしい。
「そうか、伝令魔法が使えないのですね」
「残念ながらな。城まで戻ってくれば、サーヴァントに手紙を持たせることもできるが、お前については情報量が多い。ここはサフィールに任せよう」
言いながら、ヴィクトールは馬車を降りた。
「他の召使いの方たちは、私が来ることをご存じないのですか?」
その手を借りて同じく馬車を降りたメリールウは、馬型サーヴァントたちを物珍しげに見やりながら尋ねた。馬車の中にいた時は気付かなかったが、疲れ知らずで御者なしでも指定のルートを走る、便利な代物だそうだ。
「急な話だったのでな。なにせお前がいたあの屋敷は、年月が経ち
「まあ!」
驚くメリールウに、ため息交じりに理由を説明してくれる。
「魔法は完全にこの世界から死滅した訳ではない。だが、魔法使いの大半が世を去ったことにより、何やらうさんくさいもの、という考えが定着してしまった。……特にこのあたりは、サンロード家が領主になったことで魔法への反発が強くなった。妙なものを見付けたら手を触れず、連絡するように申し伝えてあるのだが、なかなか徹底されない」
「では、ヴィクトール様は本当に私の命の恩人なのですね」
彼等に発見されなければ、あと二百五十年ぐらい寝ているのではないかと悠長に考えていたが、そう甘くはなかったようだ。秘薬を飲んだ時に死んだとは思っていたが、屋敷ごと潰されて死ぬというのは、なかなかぞっとしない。
「ああ、そうだ。ふむ、恩人という間柄はいいな。程良い親密さを感じさせる」
「そうですね。今のお話で好感度で上がった気はしました。では後で、魔法が使えるようになっているか試してみますか?」
のどかに話し合っているところへ、ばたばたと忙しない足取りが近付いてきた。
「うわ、本当にヴィクトール様が女の子を連れて来てるじゃねーか!!」
開きっぱなしの扉から飛び出して来たのは二人の男性である。まず、眼を丸くして驚いているのは金髪の爽やか青年。腰にエプロンを巻いており、どうやら料理人の様子だ。その割に、まるで友達のような気安い態度だが。
「ほう、面白い相をしている。そこをヴィクトール殿に見込まれたのか」
もう一人は褐色の肌をした男性だ。二十代と思しき先の青年より
「ちょ、あの、待って、ちょっと、まだ説明が終わってないですよ!!」
彼等を追いかけてサフィールも姿を現した。広い城内を走り回ったせいか、顔が髪色に近いほどに赤くなっている。
「しょうがねえだろサフィール、これが落ち着いていられるか! あのヴィクトール様が、自主的に女連れで戻って来たんだぞ、こいつは奇跡だ!! しかもすでに、抱いて運ぶほどの仲良しこよしだ!」
びし、と彼が指差すように、ヴィクトールは当たり前のようにメリールウを抱き上げている。裾が魔法によって切り裂かれているものの、豪奢なマントも外して彼女をくるんでやっていた。
「マリーの履き物を用意できなかったのでな」
「寝ているところを拉致されましたので、寝間着姿ですしね、私。ありがとうございます、ヴィクトール様。とても温かいです」
ぬくぬくとその腕に抱えられているメリールウは、完全に庇護された小動物扱いであったが、興奮した金髪青年は続けてまくし立てる。
「だがな、ここで油断しちゃいけねえ。長く付き合っていくためには、最初が肝心だからな。ヴィクトール様のことだ、一夜の遊び相手を見繕ってきたとは思わないが」
「アントニオ、レイリーは一夜の遊び相手などではない。俺の婚約者だ」
そんな安い扱いはしないと、ヴィクトールはきっぱり言い切った。一瞬、場が水を打ったように静まり返る。
「いやったぁー! ばんざい! ばんざーい!! これでサンロード家が絶えずに済む!!」
次の瞬間、アントニオと呼ばれた金髪青年は両手を振り上げて大喜びし始めた。
「む、婚約者だと? しかし私の占いでは、まだ恋の兆しなど出てはいないのだが……」
褐色の肌の男性はカードを片手に納得のいかない顔だ。目鼻立ちのしっかりした濃い顔付きといい、アクセサリー多めのエキゾチックな服装といい、一人だけこのあたりの人間ではなさそうである。もっと南方の出身ではないだろうか。
「ストップ、ストーップ! 全員黙りなさーい!! メリールウ様がびっくりしちゃうでしょうがー!!」
口に手を当て、サフィールは騒がしい男たちを叱りつける。周りに年上が何人いようが、諫め役は彼、というのが変わらぬ現実であるらしい。
「気にしないで、サフィール。一度にしゃべり出した人たちの話を聞き分ける、これも新しいチャレンジよ」
怒濤の勢いでやって来た二人に驚いたのは事実だが、気遣ってくれる必要はないのだ。微笑んだメリールウは、気持ちだけ頭を下げて元気よく挨拶をした。
「初めまして、みなさん。私はメリールウ・アセンブルと申しますが、覚えにくければ適当に呼んでいただいて大丈夫です。形式上はヴィクトール様の婚約者ということになっております。二百五十年前の人間ですので、今の時代についての知識が不足しておりますから、至らぬことも多いと思いますが、なんでもチャレンジ! の精神で挑戦していくつもりです。いろいろと教えていただけると嬉しいです!!」
場は再び静まり返った。
「……は?」
アントニオが間抜けな声を出し、サフィールが「ほら、最後まで説明を聞かないから……」と天を仰ぐ。対照的に、褐色の肌の男性は瞳を輝かせ始めた。
「アセンブル! なんと、アセンブルの娘か。それも二百五十年前の……道理で不思議な相をしているはずだ……! そうか、ついにディートリヒの実験の生き残りを見付けたのだな!!」
察しの良さに加え、彼から伝わる微細な魔力の波動にメリールウはピンときた。
「あなたはもしかして、魔法使いの方?」
「ああ、そうだ。もっとも、メリールウ殿の常識からしてみれば、物の数にも入らないレベルだと思うがね。すでにご存じかとは思うが、今の世界からはエーテルがほぼ失われているせいで、魔力を保つのもなかなか難しいのだ」
ゆったりと微笑んだ彼は、短く刈り上げた黒髪を撫でて自己紹介を始めた。
「私はモルダートン。この城には
指で挟んだカードを振って気取ってみせるモルダートンに、メリールウは臆することなく「よろしくお願いします、モルダートン様」と微笑み、サフィールは頭を抱えた。
「い、一番の常識人が食いついてしまった……魔法使い絡みなら、無理もないけど……」
サフィールの目論見としては、モルダートンぐらいは一緒に周囲の暴走を食い止めてくれると踏んでいたのだろう。しょっぱなから当てが外れて悲しむも、慣れた展開であるらしく、立て直しを図り始めた。
「あの……、とりあえず、長旅とか怪我とかで、僕らは大変に疲れております。詳しいお話は、明日にでも」
「そうだな。俺は大丈夫だが、お前とケリーは一晩休んだほうがいいだろう」
もっともらしくヴィクトールが同意する。
「僕もちょっとは怪我してますけど、ヴィクトール様が一番ひどいんですからね……? ご自分の頑丈さを過信しすぎると、また前みたいにぶっ倒れますよ……?」
呆れるサフィールの頭を飛び越え、アントニオはモルダートンとすばやく目配せを交わし合った。
「そうだな、ヴィクトール様とサフィールは休め。そのレディのことは、いったん俺たちに任せな。なあ、モルダートン?」
「ああ、そうだな。いろいろと、お聞きしたいこともある」
何かを含んだ表情で彼等はうなずき合ったが、ヴィクトールはあっさり断った。
「いや、ユーリーの面倒は俺が見る。だが……」
「え、あんたが面倒を見んの?」「自分の面倒もロクに見られず、サフィールに迷惑をかけているのにか?」と驚くアントニオたちをよそに、彼は忌々しそうにつぶやいた。
「……しまった。急な話だったので、着替えの類を用意するのを忘れていた」
「あー、そういや、そうだな。この城、女物の用意なんてないものなー」
アントニオが気まずそうに髪をかき混ぜる。
「こちらにお住まいなのは、あなたたちだけなんですか?」
メリールウの問いにモルダートンは肩を竦めた。
「もう聞いていらっしゃると思うが、例の呪いのせいで、とてもじゃないが普通の女性はヴィクトール殿の側に置けないのだ。男性の召使いも、魔法の研究をする主を嫌がるのでね。幸いにサーヴァントたちのおかげで、最低限の人手は足りているのだが」
つまりはお仕着せのメイド服などもない、ということなのだろう。いくら冷遇されていたとはいえ、さすがにメイド服は着たことがなかった。この際チャレンジしてもいいかもしれない、と考えていたが、当ては外れたようだ。
メリールウがどうでもいいチャレンジについて考えている間に、ヴィクトールは苦渋に満ちた決断をした。
「当面は、母のものを使わせる」
「えっ、いいんですか、ヴィクトール様!!」
目を剥くサフィールに、ヴィクトールはやむを得ない、とため息をつく。
「ロベルト商店の定期便は、昨日来たばかりだろう。ネティラで騒ぎを起こしたばかりだからな。例の件も控えていることだし、あまり人心を騒がせるのはよくない」
「……まあ、それもそうですね」
サフィールも納得し、ヴィクトールはメリールウを抱いたまま城内に向かって歩き出した。
「フィリー、腹は減っているか」
「二百五十年、寝ていたからですかね? まだ体が本調子ではないのか、あまり食欲は感じません。それよりも、今は休ませていただけるとありがたいです」
いくらヴィクトールがスプリングを務めてくれようが、山道を馬車で登れば結構体に堪える。あまり外出の機会がなかったので、なおさらだ。
「分かった。寒くはないか?」
「大丈夫です。このマント、防寒機能もあるようですね。とても温かいです」
「それが分かるとはさすがだ。これも一種のアーティファクトで……」
話がアーティファクトに及ぶと、明らかにテンションの上がったヴィクトールの声が遠ざかっていく。二人を見送る召使いたちの唇から、ややあって深いため息が零れ出た。
「……なんというか……」
「拾ってきた子猫の面倒を見る子供を見るようなハラハラ感があるな……」
「無機物の扱いには長けた人なんですけど、生身の生物は不得手な方ですから……しかも、ご自身にあまりその自覚がないし……」
モルダートンとアントニオは顔を見合わせ、サフィールは早くも胃が痛そうだ。
不安は募るばかりであるが、暗い顔をしていても始まらない。アントニオは思考の切り替えに努めた。
「まあ、いいほうに考えようぜ。あのヴィクトール様が、ついに自分から女の子を連れて来たんだ!」
「しかもアセンブルの娘だからな。ディートリヒへの対抗策としては大いに期待できる!!」
話し合う大人たちの期待が決して的外れではないことをサフィールは知っていた。
「でも、盛大に的が外れそうな気しかしないんだよなぁ……」
楽天的な二人の横で、心配性の少年はそっと胃を押さえていた。
召使いたちの不安をよそに、ヴィクトールはメリールウを抱いたまま城内を突き進む。道すがら、内部の作りを大雑把に説明してくれた。
門を入ってすぐ先は中庭を抱いた城門館であり、東の塔と奥にある本館に繋がっている。本館は五階建ての建物で、一階と二階は召使い用の部屋、三階はヴィクトールの実験室、四階から五階へ吹き抜けるような形で玉座の間があるのだそうだ。
「俺の部屋は四階、当面お前に使ってもらう部屋の隣だ」
「ヴィクトール様のお母様の部屋、ですね」
「……そうだ」
本館に続く渡り廊下の途中で教えてもらったとおり、彼の足は四階の一室で止まった。
「ここだ」
「まあ……すてきなお部屋」
案内されたヴィクトールの母の部屋は、豪華だが長く使われていない場所であるようだった。メリールウが知る最高の貴婦人といえば母だが、母の私室に勝るとも劣らないほど立派だ。好みの差や時代の流れによる流行の変遷は伺えるものの、贅を尽くし、主の格を示そうとしている点は同じである。
ここに住んでいた女性は、よほど愛されていたのだろう。胸にチクリとしたものを覚えるメリールウを抱えたまま、ヴィクトールは室内の様子を観察して眉をひそめた。
「む、いかん、少し埃っぽい。単純作業しかできないサーヴァントでは、細かなところまで掃除の手が回らんから……とりあえず、今夜は我慢してくれ。明日にでもサフィールか誰かに掃除させよう」
「ありがとうございます。大丈夫です、お掃除なら自分でできますから」
「いや、お前には『白き魔法使い』の娘に相応しい待遇を約束したからな。せっかく上がった好感度が下がってはいけない」
生真面目に答えながら、ヴィクトールはメリールウを豪華なベッドに降ろしてくれた。
「その格好なら眠るには支障はないな。クローゼットに入っている服は好きに着てもらって構わんが……いかんな、ここにはメイドもいない」
貴婦人のドレスというのは、一人で脱着できるようにはなっていないのである。ヴィクトール様の服も絶対に無理ね、とつい考えてしまったメリールウを尻目に、ヴィクトールは数秒の逡巡の末、結論を出した。
「仕方がない。明日から俺が手伝おう」
「え?」
「安心してくれ、下心などない。俺は貴重な実験体としてのお前にしか興味はないからな」
正直にすぎる断定に目を丸くしたメリールウをよそに、ヴィクトールはもう次のことを考え始めている。
「いっそ掃除も俺がすればいいか。人の部屋の掃除をしたことはないが、お前の好意を得るためなら……どうした?」
思わずくすくすと笑い出してしまったメリールウを見て、ヴィクトールは眉根を寄せた。
「――大丈夫か? あまり大笑いすると、また喉を痛めるかもしれんぞ」
心配そうな声音に危うくもっと笑いそうになったが堪えた。安心してほしい。過去のアレコレについては、メリールウの中ではすでに決着が付いている。
「いえ、ご心配なく。お掃除も着替えの手伝いも結構ですわ。私、普段から自分のことは自分でしてきましたし」
「……『白き魔法使い』の娘である、お前が?」
不審そうな目付きに少し慌てたメリールウは、さり気なく話の流れを変える。
「あの、私の好感度を上げることをご希望でしたら、よろしければあなたのお母様のことを話して下さいません?」
ヴィクトールの目付きがさらに険しくなる。二百五十年前のメリールウであれば、失敗したと青くなったかもしれないが、今のメリールウに失うものは何もないのだ。
「城主のお部屋はヴィクトール様が今使っていらっしゃるんでしょう? ということは、お母様は城主ではなく、従ってサンロード家の方ではない、ということになりますよね」
魔法使いに男女の能力差はない。優秀なほうが家長となる文化であり、アセンブルもイヴリンが主を務めていた。
だが城主の部屋が別にあるのだから、ヴィクトールの母は城主ではない。つまりはサンロード家の人間ではない女性であり、サンロード家の男性である彼の父にかかった呪いの対象だ。
「大切な秘密を打ち明ける。親愛の情を呼び覚ますには、手っ取り早い方法だと思いますわ。……ヴィクトール様は失礼ながら、それほどお年という風ではありませんのに、お父様もお母様もいらっしゃらない風なのは、どうして……?」
前の城主夫妻がいるのなら、召使いたちへと同様、ディートリヒへの切り札として紹介ぐらいはさせてくれてもいいはずだ。だが実際にその様子はなく、彼の母の部屋は何年も使われた様子がない。お騒がせサンロードなる二つ名と、何か関係があるのだろうか。
「――そうだな。お前には、隠しても意味がなさそうだ」
仮面の縁を軽く指でなぞってから、ヴィクトールは口を開いた。
「十年前、遠乗りに出た先の事故で父は死んだ。それによって母にかかっていた『魅了』が解けた。だから、母は出て行った。すでに別の男と再婚しているはずだ」
自分について語る際も、ヴィクトールの説明はシンプルで余計な付け足しがなかった。
ただ、少しだけ、仮面の奥の瞳が揺れていた。
「……教えて下さって、ありがとうございました」
術者が死ねば、大抵の場合術は解ける。先程見たように、ヴィクトール以外の全てを忘れさせるほどの術であっても、解ける。
影響力が大きい分、解けた後の反動もまた大きいのだろう。結婚、出産という人生の一大イベントが「魅了」によって過ぎ去ったと知った時、ヴィクトールの母が受けたショックは想像に難くない。別の男性との再出発を願うのも無理はない。
同じ過ちを繰り返さぬよう、ヴィクトールは自分の助力を求めているのだ。少しばかり、「魅了」の呪いについて思うところもあったが、振り切るようにメリールウは宣言した。
「私、きっとあなたを立派な魔法使いにしてみせます。でなければ、私がディートリヒを倒してご覧に入れます!」
「頼もしいぞ。お前を発見できてよかった」
湿っぽいのも後ろ向きも、本来の性に合わないらしい。メリールウの気合いに応じ、ヴィクトールはすぐに元の調子に戻った。
「まずはお前の能力の確認、平行して俺へのエーテル使用許可証となる好感度の累積、ディートリヒの居場所の捜索! 最終的には奴の討伐!! 忙しくなるぞ、よく眠っておけ!!」
「ええ! 私も押し潰される前に、ヴィクトール様に見付けていただけてよかった!! それじゃあ、おやすみなさい!!」
明るく手を振ったメリールウを残し、ヴィクトールも満足そうにうなずいて出て行った。
「本当に、面白い方」
一人きりの部屋の中、メリールウはぽつりとつぶやく。
我ながら、もっと盛大に落ち込んでいい場面が何カ所があった気がするのだが、ある意味ヴィクトールのおかげである。落ち込んでいる暇もなく、気が付くと割の今の時代に馴染んでいる自分がいる。
目を上げれば窓の外には無数の星。死者の魂は星になるという。
あの星は、母だろうか。父だろうか。弟だろうか。妹だろうか。
メリールウはゆっくりと右手を掲げた。家族の誰かが輝いているかもしれない空へと、ひたりと照準を合わせる。
髪をそよがせる風を出すつもりで、竜巻を呼んでしまったのだ。
ならば、僭越ながら「期待外れ」なりの本気を込めて、この身の内に溜め込まれた全てのエーテルを出し尽くす勢いで魔法を使ったとしたら。
刹那に込み上げた衝動はため息となってどこかへ去った。手を下ろしたメリールウは、あの日ディートリヒにしたようにペコリと頭を下げる。
「さよなら、みんな。私、これからは生まれ変わった気持ちで楽しく生きていきますから、どうぞそちらもご自由になさって。……もしも生まれ変わっていても、会いに来てほしいなんて思いませんから」
そしてヴィクトールに言われたとおり、さっさとベッドに潜り込んでぐっすりスヤスヤと眠った。
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