第8話
どうも中身おっさんの転生アルビノ美少女、深山愛です。
本日はバレンタインデー…の前日でございます。
私の要望により、本日は我が家に両祖父母もお招きしております。
バレンタインデーにチョコを渡すのと、同級生や先生方より先に家族にチョコを渡すの、どちらがより家族に喜ばれるかを考えた結果、私は前日に家族にチョコを渡すことにしたのでした。
「今日は私から、みんなに渡したいものがあります」
夕食の席に居並ぶ家族を前に、私はゆっくりと宣言しました。
私が何を作っていたかは、自宅のキッチンを使ったので家族にはモロバレですし、これから私が何を渡そうとしているかもみんな勘付いていることでしょう。
実際みんな、私の宣言に特に驚いた様子もなく、ニコニコと笑顔で私を見つめています。
男性陣がややそわそわしているようにも見えますが、まあその辺りも含めて、想定の範囲内です。
「お父さん、いつもありがとうございます」
私は自席を離れると、椅子に座った父にハート型のチョコを手渡しました。
「わあ、ありがとう」
父の顔がだらしなく緩み、デレデレの笑顔を形作ります。
そのまま抱き締められ、おでこにキスをされました。
前世の記憶がある私からすれば、父は同年代のおっさん仲間のようなものですが、流石に10年も一緒に暮らしていれば、私としてもちゃんと彼を父親として見れるようになっています。
…いやどうかな、父親としては見れてないかも。
それでも、家族のためにいつもクタクタになるまで働いてくれる父に、ちゃんと家族としての愛情を持っていることは断言できます。
なのでおでこにチューくらいは許しましょう。
赤ちゃん時代は口にキスしようとしてきたことがあったので、断固拒否しましたが。
私が父からの熱い抱擁に対して、その背中に腕を回してギューっと抱き着いていると、部屋の中にいくつかの舌打ちが響きました。
その音が引き金となったのかどうかはわかりませんが、父はゆっくりと私から体を離しました。
…ちょっと父の顔が困り顔というか、少し焦っているような慌てているような感じです。
一家の大黒柱なのですから、父はもっと堂々としてもいいと思うんですが…
私は体を離した父の首に腕を回してだきつくと、その頬に軽くキスをしてあげました。
それはほんの一瞬で、私は素早く身を離します。
ちょっとやり過ぎました。
この間の小森さんとの出来事で、キスをされることであんなにドキドキして心地良い多幸感を得られると知ってしまったため、幸せのお裾分けといった感じで思わずやってしまいました。
父は目を丸くしています。
そういえば私、家族に対しても自分からキスしたことはなかった気がします。
……大サービスですよ、ありがたくもらっといてください。
そのあと私は、母と両祖父母にもチョコを手渡したのですが、全員が同じように私を抱き締めてきて、同じように物欲しそうな目で見てくるため、大サービスを繰り返すはめになりました。
両祖父に至っては、露骨にほっぺたを突き出してきましたからね。
仕方なくキスしようとしたら、二人とも突然顔を捻って私の唇を狙ってくるし。
まあどちらとも、その動きを予期していたかのように両祖母が引っ叩いてくださったので、接触はありませんでしたが。
なお、そんなことをしておきながら、両祖母はバッチリ私の唇を奪っていきました。
どちらも孫がいるとは思えないくらいに若々しい、さながら美魔女とでも呼ぶべき美人さんなので、こちらとしても役得でいいんですけどね。
ただ、祖父母達を終えて兄にチョコを渡そうと移動していた際に、母に引き寄せられて熱いキスを受けることになったのは想定外でしたが。
そうですね、あなたはほっぺにチューされただけでしたもんね。
一瞬驚きはしましたが、いつものことなので甘んじて受け入れましたよ。
なんでこうも我が家はキス魔ばっかりなのでしょうか。
私が前世の記憶を持っていなかったら、おたくの娘さんは誰とでもチューする子に育ってたかもしれませんよ。
私が完全に脱力してされるがままになっていると、かなり長い時間の後にようやく母から解放されました。
お母様、最後に舌でちょっと舐めるの、そろそろやめてくれませんかね。
なんだか嫌悪感とかとはまた違った感覚が、後頭部の辺りをぞわぞわとさせるんですよ。
あんまり深く考えると、泥沼に嵌りそうなので考察は控えますが。
さて気を取り直して、本日のメインとも言える兄へのチョコ贈呈です。
『義理』の文字がしっかり兄から読める向きにして、私はニコニコ笑顔でチョコを手渡しました。
「いつもありがとうございます」
兄は私の身近にいる中で、最も要注意な人物なので、ハグもほっぺにチューもするつもりはありません。
せっかく義理チョコを用意したのに、そんな本末転倒なことをしてしまっては、後々どのような事になるかわかったものではありません。
チョコを受け取って貰った私は、素早く兄から2〜3歩離れました。
これでミッションコンプリートです。
と、私が安心しきっていたら、兄の顔に急激な変化が起こりました。
な、泣いてる…しかも号泣です。
呆然とした表情のまま、滂沱の涙が兄の頬を伝い落ちていっています。
な、何も泣くことないじゃないですか…
高校生の突然のマジ泣きに、思わず私もビビって慌ててしまいます。
「いえ、あの、これは…じょ、冗談というか…」
私はオロオロしながら弁明し、必死に助けを求めて周囲に目を泳がせます。
ぐ…確かに、ちょっとやり方が露骨過ぎて、いじめみたいになっちゃいましたかね。
自分で立案した時は最善の策だと思っていたのですが、今になって考えてみると、他の家族と同じ物を渡すだけでも十分だったかもしれません。
兄の涙は、未だに止まっていません。
焦点の合っていない目で、じっと私を見つめ続けています。
「別に、その…お兄さんのことが嫌いってわけじゃないんです…ほ、本当ですよ…?」
めっちゃ後悔してます。
罪悪感半端ないです。
立場は兄でも所詮は高校生、まだまだ子供と言っていい歳です。
つまらないことをしてしまった自分が、酷く矮小な存在に思えます。
ああもう、言い訳ばっかりじゃなくて、ちゃんと謝らなくては。
「変なことをして…ごめんなさい」
私は兄に深々と頭を下げました。
部屋の中が静まり返っています。
私のせいで、せっかく皆さんに集まって頂いたのが台無しです。
私が頭を下げたまま固まっていると、突然正面から兄に力強く抱き締められました。
力一杯で、でも抱き締められている私が苦しくないように配慮された優しい抱き締め方でした。
ただ、全身がぴったり密着するような形のため、やや前傾姿勢の兄に対して、私は後ろに軽く仰け反るような状態です。
それでも、兄が両腕を私の背中に回してしっかり支えてくれているので、特に辛くはありません。
「……ありがとう」
兄が囁くように、私の耳元でお礼を言いました。
何がありがとうなんでしょうか。
私の暴挙が何かのタイミングで兄の中で裏返り、感謝の念を抱かせる何かに変わったのでしょうか。
しかしまあ、少なくとも今は特に怒ったり悲しんだりしていないようなので、ここは深く突っ込むのはやめましょう。
せっかく場の雰囲気が戻ってきたのに、藪蛇になっては元も子もありません。
なので、当初の予定にはまったく入っていませんでしたが、この兄とのハグも許容しましょう。
私の自業自得ですので、甘んじて受け入れます。
お礼を言ったあと、ずっと私の顔に兄が頬を擦り寄せているのも、まあ許します。
決して擦り寄せられてる頬に、次々新しい涙が追加されて濡れそぼっていくのを直視するのが怖いわけではありません。
なんでか追加で泣いてませんかねお兄様……あれ、実はまだ何も解決してなくて激おこの最中とかじゃないですよね?
未だに私は、兄にされるがままです。
今回は私が悪いとはいえ、兄に対する要注意人物認定は継続中のため、抱き締め返すというのも躊躇いがありますし。
とはいっても、この流れで私から兄を振りほどくのもどうかと思いますし。
などと私が先ほど母からの熱いベーゼを受けていた際と似たような状況になっていると
【ゾクッ】
何かが、私の左耳から背骨を伝い、下半身に向けてピリリと駆け抜けました。
咄嗟に私は身を屈め、腰を落として兄を思い切り突き飛ばします。
かなりの体格差があるため、兄を少し押し返す程度しかできませんでしたが、私は未知の感覚から逃れようと、その僅かに開いた隙間を使って、兄の頬を引っ叩きました。
パシンッ
5年前とは違います。
僅かなりとも鍛えた私の張手は、それなりにいい音を響かせました。
しかしほとんど密着した状態だったので、威力はそれほどでもないでしょう。
それでも突然頬を張られた衝撃に、兄は反射的に引っ叩かれた自分の頬を手で押さえました。
その瞬間に、私はシュバババっと音がしそうなほど俊敏にバックステップで距離を取ります。
ここまで、ほんの僅かな時間でした。
私は異常事態が発生した部位である、自分の左耳を押さえました。
ほんの短時間で急激な運動をしたためか、心臓が急激にバクバク言い始め、自分の体温が急上昇していくのが手に取るようにわかります。
押さえた左耳が、焼けるように熱を持っているのが自分の手に伝わってきました。
安全圏まで離れたところで、私は状況を整理します。
…………い、いいい、今、こ、この人、私の耳舐めましたよ!?
ほんっとうにマジでありえません!
人がちょっーと優しくすれば調子に乗って!
うあぁ気持ち悪いっ!
私の腹の底から、カッカッと熱い感情が沸き上がってきます。
全身がむずむずして、それを抑えようとする反動で体が震えてきます。
溢れ出た激情に押し出されるように、私の目尻には自然と涙の粒が溜まってきてしまいました。
涙が出てくると、悲しくなかったのに一気に悲しい気持ちになってきますよね。
私は次々と溢れ来る感情を抑えようと、歯を食いしばって兄を睨み付けました。
兄はどこか困ったような、照れたような顔をして自分の頬を擦っています。
くうぅぅ、あの美少年ヅラがいまは非常に憎いですっ。
散々に罵倒してやりたい気分ですが、いま喋りだしたら私が今まで築いた理想の美少女像が粉微塵になるくらい色々言ってしまいそうなので、ぐっと我慢です。
社会人時代に鍛え上げた理不尽に対する忍耐力で、ここは耐え忍びます。
これはもう、さっきの私のやらかしと差し引いても、十分おつりが来ますよね。
むしろもはや、私の方が激おこしていい場面だと思います。
私は全身で怒りを表現すると、兄からそっぽを向いて自分の席に戻りました。
「そ、それじゃあ、そろそろご飯にしようか」
私が席に着くと同時に、父がそう宣言して食事が始まりました。
私は自分が怒っていることを隠しもせず、黙々と食事に取り掛かります。
くそっ、くそっ…もう、しばらくアホ兄とは口をきいてやりません。
両祖父母を招いているにもかかわらず、普段よりかなり物静かな晩御飯が終わっても、私の気持ちの昂りはなかなか収まりませんでした。
中身おっさんの転生美少女がネットアイドルとしてバズるまで 最上 @sougetsudou
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