第7話

どうもこんにちは、ドキドキ☆バレンタインチョコ作り真っ最中の中身おっさん転生美少女、深山愛です。

チョコ作りの真っ最中とはいっても、もうチョコは全て完成しております。

今は各チョコを個別に包装しているところです。


私が作ったバレンタインチョコは、業務用のチョコを砕いて溶かして型に流すだけの簡単なもので、見た目が変化しただけで味は市販のままです。

むしろ溶かして固めてといった工程を経たために、もとよりも味や風味が落ちている可能性すらあります。

でも良いのです。大事なのは気持ちなのですから。


ちなみに横で作っていた小森さんは、かなり本格的な

ものを作っていました。

知ってますよそれ、なんか中にチョコが入ってるケーキで、温め直してから食べると、中からトロリと溶けたチョコが出てくるっていう…そうそう、フォンダンショコラですね。


「凄いですね」


「そ、そう? 別に、ママに教わった通りに作っただけだし…」


私が褒めると、小森さんはとても嬉しそうにはにかみながらも、弱々しい声で謙遜します。

これが真なる女子力の差なんですね。

私も料理は出来ますが、本当に些細なものだけですし、それ以上の能力を求めたこともありません。

対して小森さんは、たまに料理本で手順を確認してはいましたが、本当に順番を軽くおさらいするために確認しているだけで、惚れ惚れするような手際でフォンダンショコラを作っておりました。


「凄い…」


思わず私は、完全に素の声で再度呟いてしまいました。

私の声が聞こえていたのか、小森さんは顔をさらに赤くして俯きました。

口元がもにょもにょしているのは、褒められて嬉しいのを我慢しているからでしょう。

こういう子供のいじらしい態度は、母性というか父性というかが刺激されて、素直に可愛らしく感じられます。


「あ、あのっ…これはお兄さんに渡すの…?」


話題を変えたいのか、小森さんは少し慌てたようの私の手元のチョコを指さします。

そこには、大人の手の平サイズのハート型チョコに、さらにこれでもかとホワイトチョコでハートがたくさん描かれています。

私の悪ノリの産物ですね。

別の目的で使ったホワイトチョコが思いの外余ったので、それを全て使おうとひたすら大小のハートを描き続けた結果です。


「いえ、お兄さんのはこっちです」


私はそう言うと、元々ホワイトチョコを使う目的であった本体の方を引き寄せ、小森さんの前に置きました。

透明な袋に入り、綺麗にリボンが結ばれたその包みの中には、同じく大人の手の平サイズのハート型チョコに、ホワイトチョコで『義理』という文字がやや歪に書かれています。


「えっ…」


それを見て、小森さんは少し呆気に取られたかのような声を漏らしました。

ええ、そりゃそうですよね。

私は家族の分は、全部同じハート型のチョコで統一しました。

包装の仕方も全部一緒です。

別にめんどくさかったわけじゃありませんよ。

少しでも差がつくと、家族内でいらぬ不和を招くような気がしたので、ちょっと配慮しただけです。

まあ楽ではありましたけども。

そんな中でわざわざ兄の分に『義理』と書いた理由は、単純に何か怖かったからです。

ほかの家族と同じものなのに、何か違うメッセージを読み取られそうで、そこから不幸な出来事が起こりそうな予感があったのです。

なので誤解する余地の無いように、ハッキリと意見を示させていただいた次第でございます。


ちなみに学校で先生や同級生に配る分は、丸とか四角とか三角とか星形とかそんな感じの小さめのチョコを、透明な袋にいくつか詰め込んだものです。

これもあえて没個性化する事で、いらぬ勘違いを招かないように配慮しました。

決して面倒だったからではありません。

…こういうところが、私と小森さんに女子力の差がつく原因なんでしょうね。


「じゃ、じゃあこれは…?」


小森さんの声が若干震えています。

先程まで上機嫌で赤みが差していた柔らかそうなほっぺが、今は血の気が引いて真っ白になっています。

小さな笑みを作って、堪え切れない喜びを湛えていた可愛らしい唇も、小刻みに震えているように見えます。


「これですか…」


正直考えてなかったです。

ぶっちゃけ不慮の事故で割れたりした時のための予備として作った余りのはずだったので、満遍なくハートを描いてしまったせいでその役目も全う出来ないでしょう。

こんなものを家族に渡した日には、家庭内での上下関係が一瞬で革命を起こしてしまいます。

気のせいかもしれませんが、両祖父母を含む私の家族内で、私にどれだけ構ってもらったかで序列が決まってる雰囲気があるんですよね。

アイドルの親衛隊みたいなノリというか、私に対して家族からアプローチを掛けるのにはファンクラブ会則みたいな一定のルールが存在するんですが、私から構う分には無制限、みたいな…何を言っているんでしょうね私は。

いくら自他共に認める美少女とはいえ、ちょっと自意識過剰過ぎますね。


「ぁ……ぅ……」


私が黙って考え込んでいるのをどう受け取ったのか、小森さんの目尻に瞬く間に大粒の涙が溜まっていきます。

え、なんで泣きそうなんですか。

今のやり取りのどこに泣く要素があったんですか。


「これは、小森さんに」


小森さんの瞳から大粒の雫が一筋流れ落ちた瞬間、私は持っていたチョコを小森さんにずいっと差し出しました。

泣いた子供を物で釣るようなやり方を咄嗟にしてしまいました……美少女が泣き出す姿に動揺を隠し切れず、慌ててしまった結果です。


「え……?」


私が無理矢理気味にチョコを手に持たせると、小森さんはボロボロと涙を流しながらも口をポカンと開けて呆然としていました。


「いつも一緒にいてくれて、ありがとうございます」


私はそう言いながら、あんまりにも小森さんが呆然としているので、渡したチョコを落としはしないかと思い、小森さんの小さな手をチョコごと私の手で包んで支えました。

小森さんは相変わらず驚いたように目を見開いていますが、視線はゆっくりと手元のチョコと私の顔とを往復し始めました。


も、もしかして、いらなかった、かな?

そりゃこんだけチョコの匂いに包まれて料理をした後ですし、正直私自身もしばらくチョコはいらないかなって思えるくらいチョコレートと触れ合いましたけど。

ここはもう少しチョコの付加価値を高めて、それで満足して貰って泣き止んでもらいましょう。


「私が初めて作った、バレンタインチョコです」


自分で言いながらも、あんまり嬉しくない情報でした。

初チョコがために味はお察しですよ。

前述の通り市販品以下の味ですし。


しかしそんな私の言葉を聞いた瞬間、小森さんは全身をふるりと震わせると、私の両手を渡したチョコごとその胸にかき抱きました。

小森さんの柔らかなお胸がひしゃげて、チョコとの接地面が増えます。

ああ、そんなことしたら溶けてしまいますよ。

そういえば、小森さん用には我が家の家族と同じハート型のを用意していたのですが、予期せずしてそちらが緊急時用の予備になりましたね。

前世の社会人時代の名残として、安全マージンは確保しておきたい私ですので、これはこれでよかったのかもしれません。


「あ、ありがとう…」


小森さんの顔に、満開の花が咲き誇りました。

凄い綺麗で色気のある笑顔で、とても同い年とは思えません。

精神的にも親子ほどの差があるはずなのに、今のは思いっきり私のハートを撃ち抜いてくれました。

心臓の鼓動が瞬く間に早くなって、凄い勢いで送り出された血液が、瞬く間に私の顔を熱くします。

私の両手を包んでいる、柔らかい小森さんの手とかお胸とかの感触に、異様に意識が集中してしまいます。


「ど、どどど、どういたしまして…」


慌てた私は、思わず小森さんから距離を取ってしまいました。

手とかもちょっと強引に振り解いてしまった気がします。

しまったと思い、慌てて小森さんの様子を伺いましたが、小森さんは特に気にした様子も無さそうでした。

あ、いえ…ジッと私のことを見てますね。

小森さんは柔らかく微笑みながら、私の顔を見つめていました。


顔が熱いです。多分私の顔は真っ赤になっていることでしょう。

私の動揺が小森さんに筒抜けになっている気がして、私はつい視線を逸らしてしまいました。

子供を泣き止ませるために物で釣っただけのはずなのに、なんだか考えていた展開と雰囲気がまったく違います。


「私からも、これ…」


視線を彷徨わせてキョドッてる私に、小森さんは小さな四角い紙箱を手渡しました。

これはさっき小森さんが作ってたフォンダンショコラですよね。

その中で一番気合の入った包装をされた一品です。

正直私は勝手に、これは小森さんのお父さんかお母さんの手に渡る物だと思っていたので、ちょっと驚きです。

それくらいに他の二つとは、ラッピングのレベルが段違いなんです。


「あの…」


「んっ…」


私が手元の箱から視線を上げた瞬間、小森さんの顔が何故か眼前に迫っていました。

そのまま、私の鼻先に温かくて柔らかなものが一瞬だけ触れました。


「ふふっ、失敗しちゃった」


小森さんはいたずらっぽく笑うと、小さく舌を出しながら私からスッと離れました。


え、今、私…鼻にキス……。


小森さんは照れ隠しをするかのように「さあ、後片付けしましょう!』と大きな声で気合を入れると、言葉通りにテキパキと片付けを始めてしまいました。

私もそれに釣られるように、黙って片付けを開始します。


結局、小森さんが言う『失敗』がどんなものなのかわかりませんでしたが、小森さんが帰るまでの間、私の胸はずっとドキドキと痛いくらいに鳴り続けていました。

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