第6話
どうもこんにちは! 前世の記憶を引き継いだ転生美少女・深山愛と申します!
前世の年齢と今世の年齢を合わせたら、その総数はもう否定しようもなくおっさんの域に足を踏み込んでいる花の10歳児です。
ただ内面はどうあれ、外見は順調に美少女の階段を駆け上がっており、持って生まれた白髪赤眼のアルビノ美少女っぷりは言うに及ばず、さらには最近髪を伸ばすことで、我ながら女としての艶やかさが追加されつつあると思っております。
具体的には肩の上でバッサリ揃えられていた髪の毛が、背中に軽く流れるほどの長さです。
おかげさまでお手入れの手間は増えましたが、髪の毛のメンテナンスは主に兄がやってくれるため、私としてはさほど苦労は増えておりません。
お風呂上がりの拘束時間は確かに増えましたが、その分兄を構う時間を減らしておりますので、私の負担は特に変化ありませんし。
ただ、やはり将来的には自分でやらねばなりませんので、少しは覚えようとするのですが、やり方を兄に質問すると決まって
「愛はそんなこと気にしなくていいんだよ。一生お兄ちゃんがやってあげるからね」
とイケメンスマイルでやんわり諭されてしまう始末です。
いずれは…と思いつつも、人に髪を梳いて貰うのは大変気持ち良くて、実技の伴わない知識だけではどうにも覚えられず、なあなあになっているのが現状です。
最近の悩みは、相変わらず同年代の女の子より一回り小さいこの身体でしょうか。
他の子達はそろそろブラジャーを付け始めたり、早い子は生理が始まったなんて子もいるくらいなのですが、私の胸部は相変わらず少年のようなぺったんこさであり、女の徴も現れるのは程遠そうです。
そんな感じに(一部分を除いて)女の魅力が磨かれれば、当然のように周囲の男性達からのアプローチも増えます。
告白されたりラブレターをもらったりしたのだって、一度や二度ではありません。
私の前世の少年時代なんかは、異性とこんな甘酸っぱい事をしていた思い出は欠片もありませんので、私に想いを伝えようと一生懸命アプローチしてくる少年達のことが、少し羨ましくもあります。
とはいえ、想いを伝えられた私自身は、残念ながら彼らに恋心を抱いておりません。
というか、私からすれば同級生の男子達は、弟とか子供とか、もしくは生徒のような位置付けになってしまっているんですよね。
なので、告白されると凄く嬉しいんです。
自分の接し方は間違っておらず、むしろ恋心を抱かれるくらい良好な関係を築けていたんだなと知ることが出来て、告白された瞬間は驚きと共に思わず顔が綻んでしまうくらいです。
でも、彼らは真剣です。
真摯に想いを伝えてくれた少年達に対して、子供扱いなどしては失礼にあたるでしょう。
だから毎回私は、
「…ごめんなさい、お気持ちは嬉しいのですが、私はまだ恋心というものをよくわかっていないんです……ですから、今まで通りお友達でいてもらってもよろしいですか…?」
とお返事をさせていただいております。
関係を崩さないまま、今まで通りに過ごしていける我ながら良いお返事だと思っております。
少年達も、特に気分を害したり落ち込んだりした様子もなく、私のお願いを了承してくれます。
ただたまに「わかった。待ってるよ」と言ってくる子がいるのですが……まあ、待つのは自由ですからね。
正直望みは非常に薄いと思いますが、それがその少年の決意ならば、私もわざわざ「待つだけ無駄」なんてことは口にしません。
という風に、幼く甘酸っぱい思い出にたくさん触れていたところ、ふと思い至るものがありました。
それはもう間も無くに近付いたバレンタインデー。
私の前世では、生涯家族からしかチョコを貰えなかった灰色の日でした。
たとえ義理であっても、同年代の女の子からチョコを貰えていたならば、それはもう私の灰色のキャンパスには美しい一輪の花が咲いていたことと思います。
私は今、なんの因果か女児として生を受けています。
そして前世の記憶を引き継ぎ、モテない男子の苦悩も十分理解しております。
……いえ、私は決してモテなかったわけじゃないですけどね?
なのでここはひとつ、彼らにステキな思い出をプレゼントしてはどうだろうかと思い至ったわけです。
我ながら随分と上から目線ではありますが、自他共に認める美少女な私から貰えれば、そんな思惑など気付きもせずにみんな喜んでくれることと思います。
実際前世の私でしたら、小躍りするレベルで喜ぶでしょうね。
それに私は常に猫を被って生活しており、口数の少ない大人しい少女を演出しております。
これは実際にこの身体があまり丈夫ではないということもありますが、私なりに外見に見合った美少女らしさを追求した結果でもあります。
というか、あんまり喋るとボロが出そうなんで、言葉少なで終わらせるようにしているだけです。
そう考えると、勇気を出して告白してくれた男の子は、珍しく長文を話す私を見ることが出来るわけですね。
勇気を出したご褒美としては、釣り合わないとは思いますけど。
そんなちょっと裏のある計画を考えついた私は、現在一生懸命手作りチョコの量産に取り掛かっております。
私は手作りチョコは多少不出来であっても、自分の力で作ることに意味があると考えていますので、家族にはキッチンからご退出頂いております。
その代わりというか、保育園時代から付き合いのある同級生の女の子が、助っ人として手伝ってくれています。
彼女の名前は小森結衣こもり ゆいちゃんと言います。
日本人形のように黒く長い艶やかな髪を持つ、私に負けず劣らずの美少女です。
私よりも発育が良く、10歳にして既に身体つきに女性らしさが現れており、幼馴染であることも手伝って、妬ましさも一入です。
保護者のような気持ちでいる私の方が、同い年の子達より体が小さく発育が悪いというのは、なかなかにタチの悪い冗談です。
いずれは祖母や母のように、熱盛り胸部装甲を手に出来ると信じているのですが、小森さんの発育加減を見るたびに、その思いも大分揺らいできております。
というか、彼女を見ると正直自信が無くなってきます。調子に乗ってすいませんって気持ちにされるくらい、小森さんは完璧美少女です。
中身おっさんが演技して偽りの美少女である私より、仕草や表情も天然物だからずっとずっと可愛らしく見えます。
演技している自称天然女児って痛いですよね。しかも身も心も女の子で演技してるならまだしも、中身がおっさんって…
「それで、愛ちゃんは誰に作ってあげるの?」
おっと、小森さんの真正美少女オーラにあてられて、ちょっと行ってはいけない方向に思考が沈んでしまっていました。
中身がおっさんなのは変えられないのですから、そこは目を瞑って転生人生を楽しまないといけませんよね。
私はポジティブに思考を切り替えると、落ち着いた風を装ってゆっくりと小森さんに向き合いました。
邪気のない美少女顔が私の間近にあり、女の子特有の良い匂いが、幼さゆえの高い体温と共に私の鼻腔をくすぐります。
っていうか、小森さんっていつも近いんですよね。
他の人がいるときはそうでもないんですが、二人っきりになるといつの間にか、お互いの体のどこかが常に触れ合っているくらいの距離にいます。
私としては、こんなに可愛い子が側にいてくれて嬉しい限り何ですけどね。
あまりの無防備さについつい抱き締めてしまいたくなるくらいです。
小森さんは私と並んでキッチンに隣り合って立っているのですが、今はお互いの腕がほとんど密着しているくらいの距離ですね。
これだけ近くて、なんで手を繋いでないんだって疑問に思うくらいの近さです。
「先生とクラスメートのみんなです」
私は小森さんのぱっちりおめめを見つめ返しながら、そう答えました。
少年達に夢を与えるためには、お菓子の持ち込み禁止という校則をどうにかしなくてはなりません。
コソコソ隠れてやってもいいですが、むしろここはあえて前に出ることで、先生方の力を借りて配れればいいなぁという作戦を立ててみました。
私は先生方にも非常に人気が高いので、私の手作りチョコを貰えるのであれば、ルールのギリギリを攻めることを是としてくださる先生方もたくさんいるはずです。
「えっ、お兄さんとかにはあげないの?」
私が自分の抜け目ない作戦を自画自賛して、自信満々の顔をしていると、小森さんは心底驚いたかのように私の顔をぐっと覗き込みながらそう言いました。
元々お互いの腕が密着し合う距離でしたので、この接近で小森さんの胸が私の腕にくっつきました。
小森さんのおっぱい柔らかいです。
「………」
いやいや、小森さんの成長を実感している場合じゃないですね。
家族にあげるとか、完全に頭から抜けていました。
今から私が作るのは、正真正銘の人生初の完全手作りチョコです。
今まで母の手伝いで料理をしたことはもちろんありますが、今回は母や兄、祖母達の援助を絶っての初挑戦です。
前世の記憶もあるため、それなりに料理スキルはありますが、それでも過保護な我が家族たちが今回黙って私の要望を聞いてくれたのも、きっと私の「完全手作りチョコを作りたい」という気持ちを汲んでのことと思います。
そして、彼ら彼女らがただ純粋に私の気持ちを汲んだとは思えません。
いえ、私の家族が強欲で計算高いというわけではないのです。
みんないつも、無償の愛を私に向けてくれています。
だからこそ今回は、私が料理で怪我をする可能性と「何か」を天秤に掛けて、許可をくれているはずです。
「……もちろん作ります。内緒ですよ?」
私はさも当然といった顔で、小森さんに微笑み返しました。
危ないところでした。
家族は『自分達のために手作りチョコを作りたい』という私の気持ちを汲んでくれたに違いありません。
これで家族の分を作っていなかったり、クラスメート用の義理チョコと同じ物を渡したりした日には、家族をがっかりさせることは間違いなかったでしょう。
セーフです、小森さんよくぞ気付かせてくださいました。
私は感謝の意を込めて、ほんの少しだけ触れ合っている小森さんの手に指を絡め、キュッと軽く握りました。
「っ…! わ、私もパパとママの分を作ろうと思ってたの! あ、あと、それと…」
小森さんは顔を真っ赤にすると、急にもじもじし始めました。
小森さんの手を握っていた私の手が、改めて小森さんの両手に包まれました。
「あ、愛ちゃんの、分も…」
熱っぽく囁かれると、距離が近い分ドキドキしますね。
こんな可愛い子に慕われて、私は幸せ者です。
潤んだ瞳でじっと私を見つめる小森さんに、私は優しく微笑み返しました。
「私も、小森さんに特別なチョコを作りますね」
「っ…! う、うんっ。うん!」
小森さんは私の言葉に、嬉しそうに何度も首を縦に振ってくれました。
私の手を握る小森さんの両手も、だいぶ力が入っています。
「それじゃあ怪我をしないように気を付けながら、一緒に頑張りましょう」
「うんっ」
よーし、それじゃあチョコ作りを始めましょうか。
あ、小森さん、そろそろおてては離してくださいね。
あと、包丁を使ったり熱くなったチョコを扱ったりするから、近付き過ぎもダメですよ。
私がやんわりと小森さんの手を引き離すと、小森さんはちょっと残念そうな、少し拗ねたような可愛らしい表情をしていました。
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