第5話
どうもこんにちは、中身おっさんのアルビノ美少女・深山愛です。
今私は二度目の小学生生活を満喫しており、充実した毎日を送っております。
前世の記憶を持っていることを周囲に悟らせないように細心の注意を払い、外見通りの神秘的な美少女であることを演じる日々を過ごしております。
平凡な前世と絶世の美少女な今世との格差に、自分の体をまるで他人事のように見てしまう自己同一性の乖離も、なんとか意識改善を行うことで解消されつつあります。
流石にもう長くこの体でいるため、魂が馴染んできたんじゃないかなんて、ちょっとオカルトチックに考えてみたりもしています。
白髪赤眼のアルビノ美少女のこの身に、おっさん魂が馴染み始めた今日この頃、私は小学生三年生となりました。
現代日本の公立小学校では浮きまくりな我が身ですが、保育園時代から付き合いのある子達と、理解ある先生方のご尽力により、これまで大きな問題もなく過ごすことができました。
しかしそれも、そろそろ限界のようです。
「何澄ましたツラしてんだよ! このバケモノ!」
歳を経るごとに美しさを増す我が身の前で、異性を意識し始めた少し成長の早い男の子が、その想いの奔流に上手く対処することが出来ずに暴走させてしまっているようです。
目の前にいる同級生の男子生徒・大内魁おおうち かいくんは、顔を真っ赤にして顔を歪め、キツい眼差しで私を睨みつけています。
ことのきっかけは単純で、明るい性格でクラスの人気者の大内くんが、調子に乗ってしまい掃除の時間にはしゃぎ過ぎていたため、私がそれを優しく窘めたのが原因でした。
私が静かに「だめですよ」と言えば、どんな男の子も頬を染めて大人しくなるのですが、今回も概ねはその通りとなりました。
私がフォローを入れるために、静かになった男子生徒達を笑顔で褒めようとした瞬間、中心人物であった大内くんだけが唐突に私に噛み付いてきたのです。
「なんとか言えよ! このブス!」
大内くんの剣幕に、周囲の子達はみんな怯えた目をして距離を取っています。
大内くんの険しい表情も、それに拍車をかける一因となっているのでしょう。
しかし、私にはわかります。
大内くんが怒ってるから険しい表情をしているわけではないということが。
彼が自分の言葉で自身を傷つけ、それに苦しんでいるだけだということが。
まあそんなことは私でなくても、ある程度の経験を積んだ大人ならすぐ気付けることなんですけどね。
「いつもいつも! 偉そうにしやがってよ!」
もはや悲鳴に近い怒声を、大内くんは涙目になりながら絞り出しています。
これはただの若気の至りであり、大人になれば良い思い出となるかもしれません。
でも、もしかしたら消えない傷となり、大内くんが道を誤る一因となってしまうかもしれません。
人生の先達として、私は出来る限り穏便に、大内くんを助けてあげたいと強く思いました。
何故なら私は、大内くんがとても良い子なのを間近で見て知っているからです。
彼は少しお調子者な部分はありますが、明るく前向きで、誰に対しても分け隔てなく接する子です。
色んなことに一生懸命で、その積極的な姿勢からクラスに良い流れを作ってくれることも多いです。
私という異物が居なければ、間違いなくクラスの中心は彼だったことでしょう。
「黙ってんじゃねーよ! バーカ!」
罵倒の語彙力の無さも愛嬌があって、なかなか可愛いと思います。
なんにせよ、彼には今回の件について何一つ負い目を負うことなく、今のまま真っ直ぐに成長して欲しいと切に願っております。
彼はきっと、多くの人に良い影響を与える、立派な大人になることでしょう。
だからこそ、私はこの場を穏便に収めたくて、必死に考えを巡らせます。
『穏便に』という中には、不必要に彼からの私に対する好意を高まらせないように、ということも含まれています。
幼い恋心に無闇につけ込むのは嫌ですし、恋心による影響は、若気の至りによる負い目以上にどう影響が出るか私には見当がつかないからです。
「……大内くんは、私が嫌いですか…?」
私は一歩だけ彼に近付きながら、ゆっくりと問い掛けました。
その瞬間、不安で騒めいていたクラスが一瞬で静まり返りました。
そういう過剰な反応やめてください。
なんかやらかしたのかと思って、平凡な心臓がドキドキしちゃうじゃないですか。
「あ……ぅ…き、嫌いだよ!」
私の言葉に狼狽えていた大内くんは、少しドモりながらも大きな声で否定してきました。
かなりテンパっているようで、周囲の変化には全く気付いていない感じです。
それにしても、ちょっと失敗してしまいましたね。
そもそも本人が自分の意思に反した行動を取ってしまっているのですから、YES/NOの質問を突きつけられれば、NOを選択するに決まっています。
私はほんの少し顎を引いて俯き、少し思案に耽りました。
視界の隅で、大内くんの体がビクリと跳ねるように震えたのが見えました。
「私は……みんなと仲良くしたいです」
私はそう言いながら、さらにもう一歩、大内くんに近付きました。
いいですか、『みんなと』ですからね。そこを勘違いしないように、と視線に力を込めて大内くんの目をじっと見つめます。
私と大内くんの距離は、もうどちらかが手を伸ばせば触れられる距離になっています。
流石にちょっと怖いですね。
私の中身は大人ですが、逆上した同年代の男の子の不意の一撃を避けられるほど、私の体は俊敏ではないのです。
筋トレは続けていますが、一向に筋肉がつく気配もなく、むしろ同年代の子達より一回り体が小さいくらいです。
その原因は、私の脆弱な胃です。
容量が小さくて沢山食べられないし、お肉はその許容量が単独で定められているのかと邪推してしまうくらい、ある一定量を超えると吐いたり下痢したりします。
呪われてるのかと思うような、本当に脆弱な私の胃腸です。
私が大内くんの目を見てその不意打ちを警戒しながら、ちょっと脱線したことに思いを馳せている間も、大内くんは特に反応らしい反応を見せませんでした。
ああ、いえ、反応ありますね。
大内くんの顔が真っ赤になっており、呼吸は異様なほど早く浅いです。
興奮のあまり過呼吸になりかけているのかもしれません。
これはいけませんね。
少し反則技ではありますが、早急に事態を解決しましょう。
こんな騒動を起こして、挙げ句の果てに過呼吸で倒れたとなっては、大内くんにいらぬ心の傷を与えてしまいますから。
「仲良く…しましょ?」
私は半歩ゆっくり近づくと、固まっている大内くんの手を軽く握りました。
シェイクハンド…握手ですね。仲直りの証です。
振り解かれなければ、仲直り成立です。
「……ね?」
私は大内くんを諭すように、再度問い掛けました。
「……うん」
すると大内くんの体から強張りが抜けて、私が握った手も脱力して、優しく握り返してくれました。
これにて一件落着ですね。
私はホッと安心して、思わず笑みがこぼれてしまいました。
万事上手く収めるというのは、子供相手でもかなり難しいものですね。
我ながら相当緊張していたようで、一気に気が抜ける思いでした。
私達はそのあと、仲直りの証として手を繋いだまま教室の掃除をしました。
掃除をするのには非常に非効率的でしたが、これもいつかは良い思い出になると思います。
大内くんが激昂していた時とはまるで人が変わったかのように、凄く素直になっていたのが嬉しかったというのもありますね。
彼らを間近で見守る年長者としては、これからも良い思い出を積み上げて、立派な大人になってくれたらと思います。
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