第4話
おはようございます! 中身がおっさんの転生美少女、深山愛です!
瑣末な出来事は多々ありましたが、私も順調に成長して、無事に小学生になりました。
保育園で一緒だった子も何人か同じ小学校に来ており、仲良くピカピカのランドセルを背負って集団登校などもしております。
そんな私の最近の趣味は、筋トレです。
白髪赤眼のアルビノ美少女である私が、そんなことを趣味にしているなんておかしいですよね。
でもですね、そんなことを趣味にしているのにも、ちゃんと理由があるんですよ。
既に数年をこの身体で過ごしましたが、やはり前世のおっさんの自意識が強いため、私はどこかこの身体を他人事のように客観視してしまうことが多々あります。
何が言いたいかと言うと、私はこのアルビノの幻想的な白ゴス少女に相応しい所作仕草であろうと、自ら厳しく律して演じるなんてことがもはや日常的になっているんです。
それじゃあ趣味が筋トレは矛盾してるじゃないかって思いますよね?
もちろんこんな汗臭い趣味は、当然隠れてこっそりやってるに決まってるじゃないですか。
何故コソコソ隠れてまで、私が趣味と呼ぶレベルで筋トレをやっているかというと、答えは単純です。
私が可愛すぎるからです。
あ、別にたんなる自意識過剰からくる自画自賛じゃないですよ。
今世の私が凄く可愛いというのは、前世の一般男性としての視点はもとより、家族や親戚、保育園を通じた交流などを加味した、非常に公明正大な客観的事実なんです。
そして可愛すぎる少女がいれば、当然起こりうるのが身の危険というヤツです。
外出時については、アルビノがゆえの虚弱体質や、何故か少々発育の悪い小柄な体型のために、私は絶対に一人になることはありません。
それでも危機を想定して備えておくことは間違いではないでしょうが、私にはもっと差し迫った危機があるのです。
それは、同じ家に住む私の実兄です。
私には七歳年上の兄が一人いるのですが、兄弟姉妹は彼が唯一の存在となります。
もしかしたら今後弟か妹が出来るかもしれませんが、今のところその予兆はないのでそれは脇に置いておきます。
七歳年上の兄がいると聞いて、私の母や祖母の実年齢を急いで計算し直した方もいると思いますが、それも今は置いておいてください。
…ちっちゃい時って、あんまり親の歳とか気にしないもんじゃないですか。
まあなんにせよ、私には七歳年上の兄がいて、そしてその彼が差し迫った私の身の危険そのものな訳ですよ。
とはいえ、別に直接危害を加えられたわけではありません。
むしろ『ある出来事』が起こるまでは、普通にイケメンな良い兄だと思っていました。
あ、その言い方だとちょっと語弊がありますね。
今も私は、別に兄のことは嫌いじゃありませんし、むしろ運動も勉強も出来てカッコいい自慢の兄だと思っていますよ。
ただそれでも、ちょっと注意した方がいいかなと思ってしまうような、衝撃的な出来事があったというわけです。
それは、私が小学校に上がる数ヶ月前のことでした。
その日、私は兄と一緒に近所の市民公園に来て楽しく遊んでいました。
久し振りに外で思い切り動ける機会だったので、私は持久力を中心に、飛んだり跳ねたり登ったりといった全身運動を意識して体を動かしていたんです。
具体的には、アスレチックで童心に返ってかなりはしゃいでましたね。
人は成長すると人目が気になり始めて、ああいうのを心の底から楽しめなくなるじゃないですか。
でも今はバッチリ遊具の対象年齢なわけですし、私は周囲の目も気にせずに思いっ切りアスレチックを楽しんでたわけです。
体がまだまだ小さいこともあり、子供向けのアスレチックでもなかなか迫力満点でしたよ。
兄はそんな私の側に常に付き添い、不意の事故が無いようにしっかりと面倒を見てくれていました。
ただ、アルビノ美少女がアスレチックに熱中している姿はかなり人目を引いたようで、気がついた時にはかなりの人集りが出来ていて驚きましたけどね。
そんなこんなでアスレチックを堪能した私たちが、そろそろ帰ろうかと思った矢先、私は唐突に尿意を覚えたんです。
女の子の尿道は短く、男性ほど尿意を我慢出来ないということを、私は経験的に知っていました。
どんな経験かは突っ込まないでください。
焦った私は、兄と手を繋いで歩きながら思わずポロリと
「……おしっこ」
と呟いてしまいました。
外見通りの完璧美少女を演じることに情熱を費やしている私としては、この可愛らしい唇から『おしっこ』などという単語を発してしまうミスを犯してしまい、瞬時に激しい羞恥心に身を焼かれました。
しかも私の声は、バッチリ兄に聞こえていました。
人気の無い狭い遊歩道で、突然俯いて立ち止まってしまった私に対して、兄は素敵な笑顔で「わかった」と言ってくれました。
平凡な一般男性であった前世の私であれば、嫉妬するほどカッコいいその顔も、その瞬間は非常に頼もしいものに見えたのを覚えています。
が、そんな私の信頼は、即座に裏切られました。
兄はその場に土下座でもするかのように低く跪くと、私の腰の高さあたりで口を開けてこちらを見ました。
「はひ、ほーほ(はい、どうぞ)」
思いっ切りビンタしましたね。
そのアホ面を。
神秘的なアルビノ美少女としてはあるまじき行為なんですが、咄嗟に手が出てしまいました。
しかしその当時の私は、本格的に筋トレを開始する前ですし、また散々はしゃいでかなり疲れていたこともあり、あまり威力は無かったと思います。
ただ、叩いた自分の手が思いの外痛くて、つい顰めっ面にはなってしまいましたが。
思わず兄の顔を引っ叩いてから、自分の手の痛みを自覚した瞬間、私は人様に手を上げてしまった申し訳無さに強い罪悪感を感じました。
理由はどうあれ、暴力を振るうことはあってはならないという常識が、私の中にはしっかりと根付いていたようです。
そんな私の様子を見て何を思ったのか、兄は大口を開けたアホ面を止めると、引っ叩いた私の手の平を優しく両手で包み込みました。
そして憎たらしいくらいに綺麗な顔でニコリと微笑むと
「ありがとうございます」
とほざいて、包み込んでいた私の手の甲に優しく口付けをしました。
そんな芝居掛かった仕草が、けれどズバ抜けた外見の良さと妙にマッチしてて、兄には普通に格好良く様になっていました。
その一連の動作を唖然として見ている私に対し、兄は特に気にした様子もなく私を抱き上げると、そのまま公園内のお手洗いまで運んでくれました。
今まで兄に対して持っていたイメージとはかけ離れた奇行を目にしてしまった私ですが、手の甲にキスされるのも抱き上げられるのも、特に嫌悪感はありませんでした。
これは長年の刷り込みで、兄の匂いや体温が私を落ち着かせるものとして馴染んでしまっていたことと、私の内に潜む前世の人格が、兄の奇行をギャグとして受け取ってしまい、兄を『面白い奴』として気に入ってしまったのが原因だと思われます。
私が本当に生粋の幼女であれば、どうだったでしょうか。
兄の奇行の意味を即座に理解できるとは思いませんが、少なくとも好感度が上がるなどということはないはずです。
私の持つ前世の記憶・人格が、物語の中のお姫様の如き容姿を持つ今世の自分の体を、ちゃんと『自分』だと認識出来ていない弊害が露わになった出来事ではないかと考えています。
平凡な一般人男性からすれば、アルビノ美少女なんてテレビやネットの向こうの非現実的な存在ですからね。
でも、それではいけないのです。
私は今を楽しむだけの生き方ではなく、『深山愛』として生きていくための術を考え、手に入れなくてはいけないと思い始めました。
今の私は、非力な非力な幼女に過ぎないのですから。
屋外で跪き、実妹に向けて飲尿をねだるという奇行をしておきながら、その後の兄は驚くほどいつも通りでした。
特段スキンシップが過剰になるとか、私の無知につけ込んで性的な行為をしようとするなんてこともありません。
兄も中学生になり、思春期が暴走してしまっただけだったのかもしれないと、私は思い始めていました。
もしくは、身をもって危険人物のなんたるかを妹に伝えようとしたのか…いや、流石にそれはないですね。
何故なら、兄の言動のうちの『言』の方に、顕著な変化が表れてきたのですから。
「愛は可愛いね。でもそんな悩ましい表情をしちゃダメだよ? それは男の理性を破壊するものだからね」
「愛の声は本当に可愛いね。でもそんな風に可愛らしく耳元で囁いたら、次の瞬間に押し倒されてしまうかもしれないよ」
「愛はいつも美味しそうにご飯を食べるよね。でもそんなに一生懸命ご飯を食べる姿を外で見せてはいけないよ。きっと愛のことを独り占めしようとする悪い奴に攫われてしまうからね」
「…そういえばどこかの国では、女性は家族以外には食事している姿を見せないところもあるらしいね」
「イスラム教徒の女性は、家族以外の前ではヒジャブというものを着てその身を隠すそうだよ。可愛い愛には最適なんじゃないかな。オシャレの幅が限定されてしまうけど、その代わりに家では目一杯オシャレをしようね」
「愛は将来お兄ちゃんと結婚しようね。え、兄妹では結婚出来ない? ……誰から聞いたのか知らないけれど、愛が大人になる頃までにはなんとかするから大丈夫だよ」
「もうお父さんと結婚する約束をしてるって? …大丈夫、それも愛が大人になるまでにはなんとかできると思うよ」
「お爺ちゃん達とも結婚の約束をしてるのかい? ………ちょっと…そうだな…ちょっとだけ時間は掛かるけど、なんとかするよ。少しだけお兄ちゃんに時間を頂戴ね」
……今の私の目標は、いざという時に一撃で兄の意識を刈り取る力をつけることです。
優しくて頼もしく、カッコイイ兄なのですが、冗談が冗談に聞こえない時があるのが玉に瑕ですね。
冗談ではない可能性は考えないようにしています。
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