第34話 世界を載せた天秤

 サターンが目を覚ますと、そこには眠りにつく前と全く同じ光景があった。蝶の羽根を優雅に羽ばたかせて微笑むルトロスと、白い髪に桃色の瞳でこちらをまっすぐ見つめてくるフェルシ。


「今のが、二人の過去……」

「そうだ。今見せたものが、俺たちがお前に隠していたことの全てだよ」

「あの赤ちゃんは……」


 ルトロスの言葉を聞いたサターンが震える声で呟けば、フェルシが頷いた。


「お前だよ、サターン。お前を拾ったのは予定外だったけど、お前と一緒に過ごした日々は最高に幸せだった」


 フェルシはサターンに手を差し伸べる。


「一緒に行こう、サターン。この世界はあまりに罪を犯しすぎた。人々は高慢で、物欲に溺れて、他人をねたみ、怒りを抑えられず、色欲に溺れて、貪食を繰り返し、怠惰を貪る。ここはお前にふさわしくない」

「行こうって、どこへ? 僕らはロベリアを守るために、勇者を倒そうとしてたんだよ!? それなのに、どうしてこうなったの? 二人は何をするつもりなの!?」


 そう叫んでから、サターンはハッとした。


「ロベリアとリリーは!?」


 部屋を見回すと、礼拝堂の壁際に座り込むロベリアとリリーを見つける。その表情から、サターンが見ていたものを二人も見ていたことは明らかだった。


「ここにいるわ、サターン。全て見ていたわ、あなたと一緒に」


 ロベリアの紫色の瞳にはあふれそうなほどの涙が浮かんでいる。彼女は二人の過去を見て、サターン以上に多くのことを理解したらしかった。


「つまりこういうことなんでしょう。この世界は初めから『崩壊するように』創られている。そして、それを再び元に戻す方法は『勇者が魔王を殺す』以外にはない。最初から、選択の余地などどこにもなかったというわけね」


 それを聞いて、呆然としていたリリーが首を振る。


「どういうことだよ!? 人間と魔族、分かり合って共存の道を探せばいいんじゃないのか!? 魔王を殺さなくたっていい道が、あるはずじゃないのかよ……?」


 そう訴えるリリー自身が、その言葉を信じていないのは明らかだった。


「俺たちの過去を見た君なら分かっているだろう? もしそんな道があるのなら、この世界に至るより前に俺たちが見つけているさ」


 ルトロスが言い聞かせるかのように告げる。彼の言葉はもっともだった。けれどリリーは信じたくないというように首を振る。


「じゃあ、あんたたちはこの世界で何をするんだ!? 勇者と魔王に成り代わって、神を殺して、そしたらこの世界はどうなる?」


 その問いかけに、フェルシが悲しそうな顔をした。


「この世界は新しい世界の基礎となる。一度白紙に戻すんだ。誰も悲しまなくて済むような世界を創るために、この世界には犠牲になってもらうしかない」


 サターンはその言葉が信じられなかった。それなら、ここまでの旅には一体なんの意味があったのか。


「ロベリアは? リリーは? 僕は、どうなるの?」

「サターンは俺たちと一緒に来ればいい。でも、他は……」


 フェルシの逸らした視線が答えだった。サターンはロベリアとリリーのそばに駆け寄る。


「フェルシは前に聞いたよね。人の命は比べるものか? って。あの時は分からなかったけど、色んな人間に出会って、魔族にも会って、誰の命が一番価値があるかなんて、僕には決められないって分かった。フェルシが言いたかったのはそういうことでしょう? でも、今の二人が言ってることは結局そういうことだよ。この世界の人たちを見捨てて、新しい世界の人たちの方が価値があるって決めつけてるんだ!」


 サターンの叫びに、フェルシは目を見開いた。動揺するフェルシをなだめるように、ルトロスがその肩を抱く。


「俺たちだってこんなことしたくはないよ、サターン。でも、これが正義なんだ。光ある未来のためには、俺たちが選ぶしかない」


 感情を揺さぶられているフェルシと対照的に、ルトロスは余裕ある笑みを浮かべていた。


「今すぐに決められないならそれでもいい。これから俺たちは世界を断罪し、神を殺しにいく。俺たちの姿を見ていれば、お前も共に来る気になるだろう」


 そう言い放つと、ルトロスは空中に魔法陣を描く。それが転移の魔法であると気付いたロベリアはなんとか二人を逃さぬようにと駆け寄るが間に合わない。


「お前が俺たちの元に来てくれるのを待っているよ」


 呆然とする三人の前から、ルトロスとフェルシは忽然と消えてしまったのだった。

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