第20話 昔話は焚き火を囲んで

 オラシオンまであと少し、という森の中で、四人は野宿をしていた。明日にはオラシオンに辿り着く。オラシオンに着いたとき、何が起こるのか。それはまだ誰にも分からなかった。


「なんか、色々なことがあったよね……」


 暗い夜の森の中、焚き火を見つめてサターンはしみじみと呟く。


「最初は勇者を倒すことしか考えてなかったのに、いつのまにか色々なことを考えるようになってた。もちろんロベリアのことは守りたいけど、勇者を一方的に殺そうとするのも、なんか違うって思い始めて……。オラシオンで勇者に会ったら、僕らどうすればいいんだろうね」


 そう語るサターンの横顔は旅立った時よりずっと大人びていて、フェルシとルトロスは彼の成長に顔を見合わせて笑った。


「さあな。勇者がどんなやつか分からないことには、なんとも言えねーよ」

「そうだな。勇者が魔族に偏見を持っているような奴だったら、俺が説得するよ」


 フェルシの言葉にリリーも賛同する。彼の心強い申し出に、サターンは安心したように微笑んだ。


 しばらく誰も何も言わなかった。一人一人が心の中で今までの旅路を振り返る。そこで何かに思い至ったように、サターンがリリーを見た。


「そういえばさ、リリーのお母さんがリリーにかけてくれた魔法って、どんなものだったの?」

「何だそれ、俺たち初耳なんだけど」


 彼の質問にフェルシも食いつく。リリーは戸惑ったように目をパチクリさせた。


「俺はすごく小さかったからよく分からなかったんだけど……頭に魔法の粉を振りかけて、前髪を伸ばせば姉さんたちにいじめられなくなるって言われて、その通りにしたら本当にいじめられなくなった」


 その言葉に、ルトロスが穏やかな声で問いかける。


「けれど、もう君の姉さんたちはここにはいないだろう?もうそろそろ、その魔法を解いてみてもいいんじゃないかな」

「確かに! 僕、リリーの顔ちゃんと見てみたい!顔が半分くらい前髪に隠れてるから、リリーがどんな顔なのか実はよく分かってないんだよね。リリーの目って何色?」


 サターンは目を輝かせてリリーの顔を覗き込んだ。前髪に隠されて見えない彼の瞳の色は一体何色なのだろうか。頑張って前髪越しに見ようとするが、もちろん見えるはずもない。


「さあ、何色だったんだろうな? 俺も実は分からないんだ。そう言われてみると、もう魔法を説いてもいいかもって思うけど……。この魔法は母さんの忘れ形見のような気がしてしまって、まだ解く勇気が出ないんだ」

「そっか……。じゃあ、解く気になったらその時は僕を呼んでね!」

「ああ、約束するよ」


 焚き火を眺めながら、一行はまたそれぞれの思いに浸る。沈黙が森を支配する中、ルトロスがいつになく穏やかな声で申し出た。


「ロベリア・セシリフォーリアほど物語を語り聞かせるのは上手くないが、今夜はとても良い夜だから。一つ、物語を聞かせてあげよう」

「本当!? ルトロスがお話を聞かせてくれるのって初めてじゃない?」

「そうなのか? 俺、貴重な場面に居合わせたんだな。聞かせてくれよ!」


 ルトロスの申し出に二人はワクワクを抑えきれない、といった様子で喜ぶ。フェルシはそんな二人を見て肩をすくめていた。



※※※



「こんな話を聞いたことがある。古いおとぎ話のようなものだ。


 神の創った世界はある一定のサイクルで腐敗し、再構築が必要になる。そこで神は再構築のスイッチとして『魔王』を作り、そのスイッチを押す者として『勇者』を作り出した。だから、『勇者』と『魔王』は生み出され続ける。世界が完全な崩壊を迎えないためには、必ずいつかスイッチを押さなければならなくなるから。


 全ては愚かな神が、完璧な世界を創れなかったことを『魔王』の悪行とするための、壮大な『言い訳』にすぎなかった。数多の命を贄として、神は今日も世界に君臨している。それを知る者は誰もいない、はずだった。


 ある『勇者』と『魔王』がスイッチを押すことを拒むまでは」



※※※



「それって、勇者と魔王は戦わなかったってこと?」


 首をかしげるサターンに、ルトロスは頷いた。


「そういうことだろうね」

「どうして?」


 その問いに、ルトロスはしばし考え込む。


「そうだね……。本当の事は分からないが、例えばこういうことかもしれない。サターンがもし勇者だったとしたら、世界のためにロベリアを殺せるかい?」

「絶対無理!」


 即答したサターンに、ルトロスは可笑しそうに笑った。


「そうだろう?もしかしたら、彼らもそういう関係だったかもしれないね」

「なるほど……」


 頷いたサターンを見ながら、今度はリリーが尋ねる。


「だとしたら、その世界はどうなったんだ?」

「さあ、どうなったんだろうね? でも、この話が伝わったということは、少なくともその『勇者』と『魔王』は生き残ったんだろうね」


 その時、黙って話を聞いていたフェルシがサターンとリリーにこう問いかけた。


「なあ、もしお前たちが生き残った『勇者』と『魔王』だったら、お前たちなら何をする? 自分たちのせいで世界が崩壊するんだと知ったら、やっぱり『魔王』を殺すか?」


 そう聞くフェルシはどこか寂しそうな瞳をする。けれど、彼の問いに答えるために必死に考え込んでいた二人がそれに気づくことはなかった。


「うーん……」


 しばらく考え込んで、サターンは恐る恐る考えを告げる。


「僕は、たとえ世界が壊れるとしても、やっぱり魔王を殺せないと思う。でも、二人で精一杯考える。僕一人では考えつかなくても、二人で考えたら、世界を救う方法は見つかるかもしれないでしょう?」


 サターンの言葉にリリーも頷いた。


「そうだな。俺も本当に終わりが来るまでは、諦めないと思うよ。誰かを犠牲にするよりみんなで力を合わせた方が、最初は難しくても最後には上手くいく、と思う」


 その答えに、ルトロスとフェルシは微笑んだ。二人はそっくり同じ表情をしていた。嬉しそうな、寂しそうな、子供の成長に気づいた親のような顔。


「そうか」


 呟いたルトロスの声が、静かな森に溶けて消えた。



※※※



 夜も更けて、四人がそろそろ眠ろうとしていた時だった。ガサゴソ、と茂みを掻き分ける音がして、四人の間に緊張感が走る。森の獣たちだろうか?


 四人が完全に戦闘態勢に入った瞬間、茂みから何かが飛び出してきた。それを見て、リリー以外の三人は唖然とする。


「ようやく追いついた! 良かった、もう合流できないのじゃないかと心配していたのよ!」


 ロングストレートの黒い髪に紫色の瞳、息を飲むほど美しいその姿を見て、三人は声を揃えて叫んだ。


「「「ロベリア・セシリフォーリア!?」」」


 みんなが混乱に陥る中、ただ一人、リリーだけが状況を理解出来ずに立ち尽くしていたのだった。


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