第18話 荒野の真ん中のレストラン

「何これ……?」


 大都市ルクスリアを旅立った一行は、オラシオンへの道を急ぐ途中に立ち寄った町で信じられない光景を目にしていた。


 町に近づくにつれて、周りの豊かな緑が少しずつやせ細っていくのを感じてはいた。緑の葉を付けていた木々は枯れ果て、どこまでも広がっていた草原は荒野と化していく。湖さえも干上がっている光景は異様としか思えなかった。


 そんな、生命の息吹を全く感じない荒れ果てた大地の真ん中に町があったのだ。こんな荒地に人間など生きられるはずもないのに、その町は沢山の人が行き交っている。彼らが生きるために必要な物資をどう調達しているのか、世間知らずのサターンでさえ疑問に思った。


 だが、最も異様だったのは、町が荒野の真ん中にあることでも、その町が栄えていることでもなく。町を歩く人々が全員、黒髪に赤い瞳をしていたことだった。彼らは一様に無表情で、会話をしている者も一人としていない。


「怖い、怖いよこの町!?」

「やばいな、これ全部フェルシの兄弟か?」

「んなわけねーだろ!?」


 戸惑う三人はぎゃーぎゃーと騒ぐ。ルトロスは黒髪赤目の人間たちを、怖い顔で見つめていた。


「これは……」


 ルトロスが何かを言いかけたその時、誰かが一行の元に走り寄ってきた。


「もしかして、旅のお方ですかな?」


 それは中年の男性だったが、その容姿にサターンとリリーはギョッとする。その男性は驚くほどに太っており、走ったことで息が上がったらしくしばしハアハアと息を整えていた。


「ええ。あなたは?」

「旅人の皆様、ギュラの町へようこそいらっしゃいました! 私はこの町の町長です。ささ、まずはこちらへどうぞどうぞ」

「え、いや、俺たちはまだここに滞在を決めたわけでは……」


 ルトロスの言葉には耳を貸さず、町長は一行を町の建物の中に連れ込む。あまりに強引すぎて、抵抗することもままならなかった。



※※※



 町長に連れ込まれたのは、豪華なレストランだった。町長は金がないからと立ち去ろうとするルトロスを押しとどめ、自分がご馳走すると言って聞かなかった。


「この町は美食の町でしてね! せっかく立ち寄っていただいたのですから、ご馳走を食べていっていただかなければこちらの気が済みません」

「はあ、しかし……」

「さあさあ、遠慮なさらずに!」


 ところが用意された席は三人がけで、四人は首をかしげる。


「えーっと? 椅子が足りないような……?」


 リリーが遠慮がちに尋ねれば、町長は目を丸くした。


「ホムンクルスは後ろで待機させれば良いと思っていたのですが……」

「ホムンクルス?」


 サターンの問いに町長はさも当然のように答える。


「その黒髪赤目の者は、小間使いのホムンクルスでしょう? 皆様もアセディアの街でご購入なさったのですか。ホムンクルスを手に入れると、生活が激変しますよねえ。何でも言うことを聞くし、力もあるし、疲れたりしないし。我々は座っているだけで生活できてしまう! いやはや、素晴らしい発明ですなあ」


 その言葉にサターンとリリーは首を傾げ、フェルシはうんざりと額を押さえた。ルトロスに至っては見たこともないほど不機嫌な顔をする。


「ルトロス、俺、ホムンクルスのフリした方がいい?」


 小声で尋ねるフェルシにルトロスは首を振った。そして町長にきっぱりと告げる。


「彼は黒髪赤目ですが、ホムンクルスではなく人間です。俺たちのかけがえのない仲間ですから、無礼な扱いをするのはやめてください」


 背筋も凍るその恐ろしい声色に、町長だけでなくサターンたちもおもわず縮こまった。


「こ、これはとんだ失礼を……! おい、椅子をもう一つ用意しろ!」


 町長が叫べば、すぐに黒髪赤目の無表情な男が椅子を置いて去っていく。


「あの人がホムンクルス……? つまり、人造人間ってこと?」


 おもわず呟くサターンに、ルトロスが頷いた。


「そういうことらしいな。全く、なんてことを……!」


 ルトロスは苛立ちを隠しきれていなかったが、やがて自分自身を落ち着かせようと首を振って席に座る。それに倣って他の三人も席についた。町長は安心したように息をつく。


「失礼をお許しください。皆様、何を注文なされますか?」


 そう聞かれて一行はメニューを開いた。そこには考えうる限りほぼ全ての料理の名前が記されている。


「こんなにたくさん料理が書いてあるメニューなんて初めて見たよ!」

「俺、レストランなんて初めて来た……。全然料理の名前が分からない」

「そういう時は勘で選べばいいんだよ、リリー! 僕はハンバーグがいいな!」


 勢いで選ぶサターンに倣って、リリーもとっさに目に付いた料理に決めることにした。


「じゃあ、このスパゲッティってやつで」

「俺はハンバーガーとポテトが食いてーなー! ルトロスは?」

「……レタスサラダで」



※※※



「めっちゃ美味い!」


 初めて食べるスパゲッティの味に、リリーは感動のあまり叫んでいた。隣のサターンは声を出すことも忘れてうっとりとハンバーグを堪能している。


「美食の町ってのは伊達じゃねーな! めちゃくちゃうめーよこのハンバーガー!」


 フェルシも満足げにハンバーガーを頬張っていた。黙々とサラダを口に運ぶルトロスも、少し表情が柔らかくなっている。


「そう言っていただけてよかった! ぜひ旅先でわが町のレストランの素晴らしさを語ってください!」


 でっぷりとしたお腹を揺らしながら、町長は朗らかに笑った。そんな彼に、ルトロスが尋ねる。


「では、少しこの町のことをお聞きしても?」

「ええ、もちろんですとも!」

「この町の周りは荒れ地と化していますよね? 一体なにがあったのですか。それに、こんな何もない荒野の中心にある町でなぜこんなに沢山の種類の食材を調達できるのです?」


 その問いかけに、町長はえっへん、と言わんばかりに自慢げな顔をした。


「実は、この町の住民はみんな食べることが大好きでしてね。あまりにも食べるのが好きすぎて、周りの食べられるものをみんな食べつくしてしまったのです。それでこの町は荒野にポツンと取り残されることになってしまいました。最初は焦りましたが、困っているところにアセディアの街の商人だという方々がいらっしゃいましてね」


 この時点でサターンとリリーはまだ食べるのに夢中だったし、フェルシは食べ終わって睡魔と戦っていたので、まともに話を聞いていたのはルトロスしかいなかった。


「我々が誇る料理の腕をふるってアセディアの街に美食をもたらしてくれるなら、ホムンクルスを無料で貸してやる、と言ってくれたのです。食材もアセディアの商人たちが無償で提供してくれていまして、私たちは作った料理をホムンクルスに渡すだけで楽な生活を送れるようになりました。ホムンクルスがアセディアの街まで料理を届けてくれるんですよ。他にも命令すればなんでもやってくれます。私たちは椅子に座ってホムンクルスに指示を出すだけで暮らしていけるようになりました。料理さえも、ホムンクルスに指示を出せば彼らが作ってくれるようになったんですよ。彼らの学習機能は素晴らしいものです」

「だから町にはホムンクルスの姿しかなかったのですね。住民は皆、家でのんきに座っているというわけか」

「その通りです。もちろん、デメリットはありますよ。こういう生活をしていると、ご覧の通り太ってしまうのです。まあ、悪いことはそれくらいですかなあ」


 太った体を揺らしながら、町長は幸せそうに笑っていた。



※※※



「ねえ、なんであの町に泊まることにしなかったの? 歓迎してくれてたのに」


 ギュラの町を後にしてから、サターンが首を傾げてルトロスに尋ねる。食事の後、滞在したいと言う三人の意見をはねのけて、ルトロスは町から出ることを決めていた。


「アセディアの街に、できるだけはやく辿り着きたくてね。ホムンクルスを創っているとは、予想外だった」


 それに、と彼は続ける。


「おかしいとは思わないか? なぜアセディアの商人たちは、ギュラの人々に無償でホムンクルスを貸したり、食材を提供したりしているんだろうか。それをすることで、彼らに何の得がある?」


 その問いかけに、サターンとリリーは顎に手を当てて考え込んだ。フェルシは答えに思い当たったらしく、複雑そうな顔をしている。


「もしかして……」

「リリー、分かったの?」


 リリーは恐る恐る自分の考えを告げた。そうでなければいい、と思いながら。


「ホムンクルスたちに、美味しい料理の作り方を覚えさせることが目的……? ギュラの人たちの作れる料理と全く同じ美味しさのものが作れるようになれば、ギュラの町の人たちは必要なくなるから……?」

「そうだろうね。アセディアの商人たちの支援がなくなれば、確実にあの町は滅ぶ。そうなる前に、アセディアに行って現状を確認したいんだ」

「そんな……!」


 サターンは美味しい料理と町長の笑顔を思い出す。ちょっと太りすぎではあったが、悪い人ではなかった。


「助けてあげなきゃ!」

「アセディアに急ごう、みんな!」


 サターンとリリーは気がはやって走り出す。


「あ、おい、アセディアまでまだまだあるんだぞ!? 今から走ってたら着くまでにはへとへとになってるぜ!?」

「まあまあ。俺も、少し走りたい気分だ。フェルシ、置いてくぞ!」


 ルトロスまで走り出して、フェルシは頭をわしゃわしゃ掻いて仕方なく後を追って走り出した。

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