第7話 断罪の夜
全く散々な旅路だった。サターンはユーとくだらないおしゃべりをし続けて、フェルシは二人の笑い声が耳障りだと言って機嫌が悪かった。そんなフェルシをなだめつつ、分かれ道で全く違う方を選ぼうとするサターンとユーを止めて正しい方向へ歩かせるのがルトロスにとってどれだけ大変だったか、それは想像にお任せする。
とにかく、一行は目的地だったアバリティアの村外れ、森の奥のユー宅に辿り着いていた。それは小さい木造りの小屋で、慎ましやかだが雨風を凌ぐには十分な代物だった。
「やっと帰ってこれた、俺の大好きなお家! いやー、もうしばらくは外に出ないぞ!」
ユーは嬉しそうに宣言し、三人に手招きする。
「本当に助かったよ。お礼に約束通り、今夜は泊めてやる。さあ、入った入った!」
「では、お言葉に甘えるよ。サターン、フェルシ、いいな?」
「もちろん!」
「嫌だって言っても聞かねーだろ、あんた……」
もう辺りは夕焼けに包まれていて、小屋の中はロウソクの火がなければほとんど見えないくらいに暗い。三人はその小屋にどんなものがあるかあまり見えないまま、魔王城を出た時に持ってきた非常食を分け合って眠りについた。
※※※
それは真夜中のことだった。三人が雑魚寝しているリビングの隅に置いてある三人の荷物を、ごそごそと漁る影。その背後から、誰かがひっそりと近づいていく。そして荷物を漁る影に向かって勢いよく何かを振り下ろした。
ガツン!
「ぎゃっ!?」
その瞬間、見覚えのある金色の鎖に影はぐるぐる巻きにされていた。誰かがロウソクを灯して、部屋がうっすら明るくなる。
「まーこんなことだろうと思ってたから驚かねーわ。意外性ナシ」
「非常に残念だ。疑いたくはなかったが、こんな結果になるとは」
「ユー、僕らの荷物を盗もうとしたの?酷いよ……」
荷物を盗もうとしたユーを、フェルシが外で拾った木の枝で殴ったのだ。ルトロスが拘束魔法を放ち、サターンは燭台を持ってロウソクに火を灯している。
「許してくれ……。俺、こんなことするつもりじゃなかったんだよ!ただ、どうしても耐えられなくて……」
その言葉を聞きながら、三人は小屋の中をロウソクの火を頼りに見回した。そこには食べ物に困っている人間が持っているとは思えないような豪奢な家具や装飾品が雑多に積み重ねて置いてある。それらはどう見ても盗品だと思われた。
「これ全部、ユーが盗んで来たの?」
サターンの問いかけに、ユーは首を振る。
「違うよ。それは母さんが長年かけて盗んできた代物さ。母さんは盗みをやめられない人だった。あの人は物に囲まれていないと安心出来ない人だったんだよ」
「お母さん……?」
ユーは両手で顔を覆って、吐き出すように告げた。
「母さんは他人が持っているものすべてを欲しがる人だった。でも金なんかないから真っ当な方法では手に入らない。だから盗みを繰り返すようになった」
語るユーを見つめるルトロスとフェルシの瞳はどこまでも無慈悲で冷たい。サターンだけが、優しさの残る眼差しで彼の話を聞いていた。
「母さんは誰とも一緒になったことなんかないんだ。でも、子供が欲しくなった。それで、どっかから子供を盗んできちまったんだ。それが俺なんだとよ。病気で死ぬ間際に教えてくれた。母さんは人間なのに、なんで俺は人間じゃないのかずっと不思議に思ってたんだ。だから、それを聞いてすごく納得した」
語る盗人の息は荒く、目は血走っている。狂気を帯びたその眼差しに、サターンは恐怖を覚えてルトロスの側に近寄った。
「母さんの気持ちが全然分からなかった。なんで危険を冒してまでいらないものを盗んで来るんだって思ってた。でも、母さんが死んで分かった。母さんが死んでからぽっかり心に穴が空いたみたいだったけど、たくさんの物に囲まれてると、その穴が満たされる気がするんだよ。他人から盗めば、そいつらの幸せも俺のものにできる気がするんだ。なあ、俺、悪人なんかじゃないよな? たしかに盗みはやってるけど、生きてくためには仕方がないんだ。物がなきゃ生きていけない。物さえあれば良いんだ。だから頼む、許してくれ。あんたらからは何も盗らない、だから今のは見なかったことにしてくれ。な?」
サターンが何かを言おうと口を開く。だが、彼が言葉を口にする前にフェルシが手に持った木の棒を振り下ろした。
ガン!ガン!ガン!
「ゔゔっ!」
「フェルシ、やめて!」
無表情でユーを殴るフェルシの前に、サターンが立ちはだかってやめさせる。
「どけ、サターン。こいつはクズだ。殺しはしねーから安心しろ。でも、罰は受けるべきだ。分からないなら俺が教えてやるよ、盗人。お前は悪人だ。悪そのものだよ。がっかりすんな、お前の母親も間違いなく悪だから死んだら同じところに行けるさ。死後の世界があればの話だが」
そんなサターンにはお構いなしに、フェルシは断罪の言葉を告げてサターンを押し退けた。そのまま再び手を振り上げるフェルシを止めたのはルトロスの金の鎖だった。
「フェルシ、やめろ」
「……なんでだよ」
「理由は色々あるが……」
その時のルトロスの顔は、怒っている時よりよっぽど冷たくて恐ろしい。まるで知らない人のようで、サターンは思わず後ずさりしてしまった。
「お前が手を下すほどの価値はこの男にはない」
その答えを聞いて、フェルシは目を細めて笑った。悪を断罪している彼の方がよっぽど悪人に見えるような、そんな壮絶な笑み。
「その通りだな」
フェルシは木の棒を手放す。カランと乾いた音がした。ルトロスはそれを見て眠りの魔法をユーにかける。
「これで丸一日は眠っていてくれる筈だ。俺たちは明け方までここで眠らせてもらおう」
「りょーかい」
「……ユー」
「サターン、今は疲れているだろうし、早く寝なさい」
「……分かったよ」
悲しそうなサターンに、フェルシは吐き捨てるように呟いた。
「物欲に取り憑かれちまったら、もう幸せになんかなれないさ。お前が悲しんでやることもねーよ」
そう言ってさっさとフェルシは目を閉じる。ルトロスもサターンの頭を優しく撫でて横になった。サターンは寝転んでみたものの、どうしても眠ることができないままで。
「やっぱり、魔族も良い人ばかりじゃなかったな」
呟いた言葉は、誰にも届くことなく消えた。
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