12.選択

 

 僕は唐突に目を覚ました。いや、覚醒したと言った方が正しいのか、或いは意識を取り戻したと言うべきか。


 あれ?


 その時、僕は歯を磨いていた。洗面台で、じゃぶじゃぶと出した水で口を濯ぎ、吐き出したその瞬間、僕は自分を自分として正しく認識した。自我を。我思う故に我ありと。ベッドで寝ていたのではない。洗面台の前に立っていたのだ。

 

 じゃぶじゃぶと、水の音がとめどなく響いていた。


「あれ? 僕は──」

 少しの間、一体何が起こったのか理解できなかった。が、すぐに気がついた。そうだ、僕は帰ってきたのだ。草原から。彼女の中の、僕の記憶の奥底の、あの草原から。


 僕の右手には歯ブラシが握られている。正面の鏡を見ると、左目に眼帯をしていた。もう夢の中ではない。歯ブラシを置いて、右の掌を見つめる。ゆっくりと握りしめ、そして開いた。


 生きている。


 ここに居て、そして生きている。魂がこの胸にある事を、しみじみと感じた。


「どうしたの?」

 振り返ると、彼女がすぐそばにいた。髪をお団子のように後ろでまとめ、以前よりも大人びた? まさか、随分と時が流れてしまったのか? そう見えた。不思議と、懐かしいと思えるほど、久しぶりのような気もした。


「あ、あの、僕は──」

「お前、んん?」

「その──」

「あ! 戻ったの? 思い出したのね?」


 思い出す? そうか、僕は思い出したのだ。本当の自分を。


 だがどうやらそれ以前から、僕は起き上がり、食事をし風呂にはいり、日常生活を送っていたらしい。そんな馬鹿な? と思ったが、よく考えてみると、確かにそのような記憶も朧げではあるが、覚えている。そして今は歯を磨いていたのだ。不思議だが、僕というこの意識とは別の、別人格とでもいうのか、そんな知らない奴がこの体を動かしていた。そしてこの僕は、その知らない奴に乗っかり──、いうなれば、そいつの運転する車の後部座席に座り、ぼんやりとした世界の中を走る様を、まるで同乗者のようにずっと眺めていた、そんな風かも知れない。。


「お前が目を覚ましてから、今日で3日目よ」

「3日?!」

「よかったわ。流石に私も心配になったの。ショックで心を閉ざしてしまったのかとね。ずっとボーっとしてて、心ここに在らずって感じで。まるで別人のようにね。どこまでも逃げてしまって、もう帰ってこないのかなって」

「僕は、帰ってきたかったさ。どこにも逃げないよ。もう──」

「うん。そうね、意識の回路が正しく繋がっていなかったのね。ほんとよかったわ」

「不思議な感覚だね。それでも3日も過ごしていたなんて」

「ふふ、そうね、普通にご飯も食べるし。それに、夜は一緒にいたのよ。お前って、好きなのよね、お馬鹿で、スケベだから」

「なっ」

 嘘! そうなの? それこそ嘘でしょ? 別人格的な奴が? なんだか損したような、微妙に、嫌な感じだ。

 

 でも、そんな事よりも──、


 彼女はルイーズであり、そしてそのルイーズと僕は、幼い頃の一時期を一緒に過ごした。彼女は思い出の女の子なのだ。幸福な思い出の。僕が心のどこかで追い求めていた、思い出の女の子? こんな形で再会するなんて。運命なんて言葉が、陳腐に思えてくる。


 そして、


 僕は左目を失った。左腕と同じく。自分と彼女の為とはいえ、ひどい有様だ。いよいよ僕は、破滅に向かっているのだろうか。ところがこの事で、思ったほど動揺しなかった。すでに腕は失っているし、彼女との非現実的なやりとりのせいで、思考にも耐性がついてきたのだろうか? いいや、それだけではない。身体的に失いはしたものの、でもそれは、そもそも考えてもみれば、今更どうこう騒ぐ事ではないんだ。なぜなら僕は、たとえ身体的に問題がなくとも、元々破滅に向かっていたであろうから。


 思えば僕は、足りないものばかりだった。片腕や片目──、それ以上に、心は失ったものばかり。心に沁みついた劣等感のどうしようもない重さに、打ちのめされていたのだ。


「僕は左目を失ったんだね」

「うん。ごめんなさい」

「あまりに多くの事実を、目の当りにして、僕は戸惑っている」

「そう、それは仕方がないわ」

「君は、ルイーズは、僕の思い出の人だったんだね。理想の──」

「私は、正確には彼女じゃないけれど、彼女の想いも受け継いでいるわ」

「僕の想いも?」

「──そうね、そうかもしれないわね」


 彼女は理想──。僕は夢にまで見た理想を手に入れたのか? でもその実、自分はどうしようもなく欠点だらけの人間で、そして彼女は、自身を嫌悪の念、劣等感の溜りと言った。人間の持つ負の感情の塊なのだ。まるで呪いのような。呪い? 人の呪いの念なのか? 舞い降りた天使なのではない。いや寧ろ、僕のような奴には、お誂え向きというのか。


 考えてもみれば、彼女は僕の部屋に来た時からずっと、特に何もせず、食らい、寝て、娯楽を消費し、ただダラダラと過ごしていただけだ。自由気ままに、怠惰に。まるで、僕の中の歪んだ願望が、少女となって具現化したように。外に出て、社会に出て、前を向いて未来を見つめる、なんてことは微塵もなく。


 これは皮肉なのか?


 それでも彼女は、僕とルイーズの幸福の念によって、ここにやってきたのだ。


 これが僕の理想なのか?

 

「とてもひどい夢を見たようだよ。君の中で──」

「そうね」

「君は、僕に引導を渡すために、ここに現れたの?」

「そう思うの?」

「分からない」

「そうね、お前の考えるような、舞い降りた天使ではないかもしれない。残念だけど」


 では、悪魔? 


「君は僕の理想? 君の本当の目的はなに?」

「以前もそんな事を訊いたわよね、お前」

「そうかな」

「そんなのは、私が聞きたいわ。私は無理矢理この世界に引っ張りだされたの。私が、この世界に現れた目的なんて、あるわけない。そうね、私は、お前を救う女神でもなんでもないかもしれないし、人類を滅ぼす悪魔でもない。なんでもないのよっ!」

「僕は一体どうすればいいの?」


「なに? お前、本当の性分を知って、それでなにもかも嫌になった? そもそも、何もしてなかったのにね。そうね、それがお前の本質だものね」

「そうだね。僕にはそもそも何も無い」

「自分を見つめても、結局は堂々巡りね。前に進めない。お前はお前で、好きにすればいいわ」


 そう言って彼女はベッドに行き、布団に潜り込んだ。悲しそうに。


 劣等感とはなんだ? 自分が他人よりも劣ってるという感じか? 劣っている。自分が普通の人よりも、何も出来ない。だから自分が嫌い。普通じゃないないから嫌い? ──普通じゃない?


 あっ! 


 でも、もう今更、普通じゃなくてもいいじゃないか──?! 


 こうも考えた。彼女は僕の劣等感そのもの。でもそれは、その対極の、美しさ、賢さ、憧れ、欲求、自己実現、それらを具現化し、掴み取るための、だからこそ理想の存在なのではと。そんな風にも。


「ごめん。君、その──」

 

 彼女にかける言葉が、うまく出てこない。でも、それでも、少なくとも僕が今言えるたった一つの確かな事は、彼女が好きだということ。この想いだ。そう、僕はこの想いを中心に考えればいい。世間なんて、もう関係ない。


 彼女の事が好き、これが僕の希望。この世界で、行き場のない彼女を救うこと、これしかないのだ。


 布団にくるまり、蓑虫のようになってしまった彼女の傍らに僕は腰掛けて、そしてそっ触れた。


「ごめん、君を責めるつもりはないし、僕がダメな人間なだけなんだ。すぐ後ろ向きな事ばかり言ってしまうし。左目を失った事も、なんとも思っていない。君と僕との、真実を知るには、必要な事だったと思ってる。ただ、僕は、これからどうすればいいか、上手く考えられなくて──、こんな僕が、君のために何ができるのか、僕は──」

「……」

「君を捜索してる連中も、気がかりだし──」

 

 そうなのだ、彼女自身も本当は混乱し、困惑しているのだ。何故この世界に現れたのか、何故僕の元にやってきたのか、分からなかったのだ。それで、混乱しながら、日々模索して、答えを見つけようとして、そして今も悩んでいる。特別な力を持っていて、でもそれを持つ意味も、それをどう使うべきかも分からず。そう、それは寧ろ、分からないからこそ、幸福への想いただそれだけで、ここに現れたのかもしれない。微かな希望の光にすがるように。まるで以前の、僕のように。


「僕はただ、君はどうしたいのか、それが聞きたくて──、僕は、君の為に生きたいんだ。今僕にあるのは、それだけだよ。君の為に生きたい」


 すると彼女は、布団から頭だけをスルっと出して、こう言った。

「私はただ、静かに、幸せに過ごしたいだけよ。ルイーズの思い描いたような、幸福感に包まれて」


 僕はそのまま、彼女がくるまる布団の中に無理やり潜り込んで、そして一緒になって静かに眠った。

 

 この刹那を、永遠に引き延ばしたいと願うように。


 

 その後、僕が目覚めた時、彼女はすでに起きていた。ベッドの上にちょこんと座り、窓越しに夕空を見つめ、それこそボーっとしていた。


「あっ、起きてたの?」

 そう訊くと、彼女はこちらに振り向き、無言で頷いた。

 いつもなら、なにかしら僕をお馬鹿とからかい、皮肉か突拍子もない事を言うかの彼女だが、何も語らず静かに頷くその様は、とても儚く見えた。


 それから僕等は、二人の今後について、真剣に語り合うことにした。 


「君には力がある、世界をより良い方向へ、導くことが出来るかもしれない程の」

「より良い方向へ? そうかしら、私は負の念なのよ」

「いや、まあ、そうかもしれないけれど。でも、その力は使い方によっては、きっと役に立つよ。だから君を探してる連中がいるのかもしれない。世の中に役立てるために、とか」

 と、そう言いながらも、僕は、彼女を探している連中が、政府やら公的な機関としても、その力をよからぬ事に利用しようとしているのでは? と、そんな疑念が心の大部分で燻っていた。

「ふーん。世の中の役にね。例えば?」

「たとえば、その、──戦争の絶えない世界を、救うとか」

 世界を救う? 自分で言っておいて馬鹿馬鹿しくも思えた。歴史を振り返れば、対立や戦争を繰り返してきた人類が? そして今現在も、世界中の各地で紛争があり、そして、先進国は経済戦争の真っ只中だ。何が平和か?。なにか発明があれば真っ先に軍事利用する。いや現代のテクノロジー開発競争もすべて、経済的、軍事的パワーと優位を得る為のものだ。


「救うとか──。ふふ、そうね、この世界は美しいわ。動物も植物も自然に調和し、美しい世界を紡ぎあげている。宇宙だってそうよ。この世界は救うのに値するわ。確かにね。だけどね、一つだけ調和していない。それはお前の属する人類よ。人間は同種間で殺し合いをする。それも自然の摂理の度を超えるほどの。そして最大の問題は、自分たちの住むこの地球の自然環境を、自分たちをも危険にさらす程、破壊し続けているということ。周りの動物達や、調和のとれた生態系にとっては、たまったものではないわ」

 確かに、そうかもしれない。でも──、

「でも、人間も自然に発生した動物の一種じゃないか。それは何故なんだろう?」

「そうね、人間も自然から生まれ、自然によって進化した生物の一つよ。でもね、周りとの調和を乱す存在。この美しい生態系には在ってはならない生命体に思えるわ。言うなれば、無秩序に増殖し周りの組織を壊し、そして本体をも死に追いやるアレよ、ウイルス、または癌細胞ね。私にはそんな風に見えるわ、人類は」

「癌細胞──」

 知能と欲望が異常に進化増長した人間と、免疫にも勝りただひたすらに増殖し周りを破壊し続ける癌細胞。

「そんなもの、救うに値するかしら?」

「それは──」

「ま、だからといって駆逐もしないけど、めんどくさいし」

 と言って、彼女は僕の鼻をつまんだ。


「でも、人間も悪いところばかりでもないと思うよ」

「たとえば?」

「音楽や絵画、建築物、美しい街並、美しい芸術も生み出す」

「そうね、古代の遺物は美しいわ。でもね、それも富と権力の象徴、そして富を得るための経済活動その結果一つに過ぎないでしょ? または欲望を満たす手段の一つに。そうじゃない? そして、肥大し続ける人間の欲望は、とどまるところを知らない、止まらない。いつかこの星を食い潰す。そして散々破壊しつくして、最後は自滅するのかもね。癌細胞のように」

 と言って、彼女は窓の外の夜空へ目を逸らした。


「節度という言葉もあるよ。人間の欲も自然との調和を考えて、抑えられるのでは?」

「ふーん、節度ね。果たして本当に欲望は抑えられるのかしらね?」

「あと、人には他人を思いやる気持ちや、正義、愛もあるし、その──」

「正義、愛か──。そうね、人を思う気持ちというのは美しいわ。それは否定しない」

「うん」

「でも、それも、セックスをする相手を決める判断基準、心の作用の一つに過ぎないとしたら?」

「愛は、セックスだけが目的ではない、と、思う──」

「ふふっ、本当にそうかしら? お前も、私を大切にするのは、すぐ寝れる相手だからじゃなくって?」

 と言って、彼女は悪戯っぽく笑った。

「そんなことないよ。僕は──、そういう行為は、確かに好きだし、そう出来ることも嬉しいし。でも、誰でもいいわけじゃない。そんなの心が満たされないよ。それは寧ろ、大切な相手と、愛を確かめ合う為のものだと思う。快楽だけではないんだと、心に思うんだ。愛って──」

「そう言い切れる? お前は」

「腕も、目も失っても、僕は君を守りたいと思う。それは、それだけじゃ──」

「腕も目も失っても、セックスをとるの? お前は」

 と言って、彼女はベッドの上で仰向けに寝そべり、体を僕に見せつけるようにした。

「ちがうよ、そうじゃないよ」

「ふふふっ、嘘よ。冗談、怒らないでね。冗談というやつよ。お前、お馬鹿ね、分かってるから」

 そう言って彼女は、僕の髪に触れ、クシャっと握った。


 確かに、恋愛に性欲やセックスは密接に絡んでいると思う。でも、愛ってそれだけではないと感じる。恋愛経験は全くなかったけど、今、君とこう話していて、僕は感じる。心の繋がりにこそ、君とのかけがえのないものを感じているのだと。この一瞬一瞬に。


「ちょっとまって、僕と君の今後の話が、人類の今後の話とか、人間の本性の話になっている」

「あら、いけないかしら?」

「いや、駄目じゃないけど──」


 僕という人間は──、気がつけば、すぐ一般論や倫理、正論を持ち出して話してしまう。自分に自信がない故か、不甲斐なく、違和感すら覚える。それが正しくないという意味ではなく、ただ、自分の本心で考えなければ意味はない。


「そうだ、君の同類と思われる存在、それはすでに君を探してる組織に同調か、或は取り込まれている、そのようなんだよね?」

「──そうね」

「なら、その組織は、もしかしたら君たちを悪いようにはしない可能性も無くはないんじゃない? 或いはそういった組織が実は複数あるとか」

「そうかしら、まあ場合によっては、私に悪いようにしないかも知れないけれど、社会全体としてはどうかしら? そんな人類を超えた存在が、あの事故によって生み出されたなんて情報、どこにも出ていないのよ? 何故隠すのかしらね。その力を上手く利用して、人知れず上手くやりたい連中がいるんじゃないの? それが正義なの?」

「まあ、そう言われれば──」

 僕自身も直観として、彼女を探している連中に疑義や不審が無い訳ではない。が、ほんの少しでも、自分たちの味方になってくれるような存在もいるのでは、という希望を持ちたかったのだ。


「まあ、そうね、人類の正義なんて、どこまでいっても、自分たちの側から見た価値観に過ぎないわ。極端にいえば、一人一人正義の概念は全て違って、お前の正義も、あくまでお前の立場、それのみの正義ってことよ。きっとね」

 

 ──そうかもしれない。


「私の同類を使って連中が何をしたいのか、興味はないけれど、結局は、大国同士の下らぬ覇権争いでしょ。そんなものに巻き込まれるのは、私はごめんだわ。めんどくさいし、まっぴらごめんよ」

「──うん」


 彼女の力を世界平和のために、なんて考えは夢物語なのだろう。しかし、僕は人として、彼女の力を世間に知らせないという事も、これは本質的に正義なんだろうか? 僕は人類を裏切る事になるのか?


 裏切る?


 いやまて、そもそも、裏切るもなにも、正義の無いこの世界に、僕がわざわざちっぽけな正義を翳す必要があるのか? しかもその正義は僕が考えるだけの独りよがりの正義、そんなものに意味があるのか? 


 そもそも、僕は今まで世界によって何か救われたか?

 

 ただ単に、普通の男子大学生として、今はフリーターというかよく分からない状況だけど、そうして平凡に過ごしてきただけだ。ただ普通に。紛争地域や貧困に苦しむ地域に生まれた子供達にしてみれば、恵まれているのかもしれないけど。


 いや違うな。社会正義なんてものは関係ない。人類の大きなうねりなんてのも関係ない。大国の覇権争いなんて、もっと関係ない。ただ彼女は、静かに暮らしたいだけなんだ。

 

 思考が脱線していた。世界がどうのこうの、そんな議論は今の主題ではない。

 

 この世界が腐るならば、腐るがいい。大河がそう流れるなら、誰にも止められない。今はそんな天下国家を考えるより、僕は目の前の事を、彼女の幸せを中心に考えるべきなのだ。


 そもそも、普通じゃない彼女の力も、見方を変えれば、ちょいとネットに強くて、ちょいと生物的にも強くて、ちょいと姿を変えられる程度だ。世界は関係ない。すこーし個性的な少女というだけのこと。


「もう世界がどうとかは、この際考えるのはよそう。君と僕がどうするべきかだよね。僕は君のために何をするべきか、どう行動するかだよね」

 そう言って、僕は彼女の手を取った。

「ふふ、そうね、お前は、私に何をしてくれるの?」

「うん、それは──」

「私、美味しいものが食べたいのわ! 自分で作るのもいいけど、なんだか、そうね、外食というのもしてみたい! お前、私を美味しいお店へ連れてってよ」

「はっ! え!? いきなり何を言って──」

「食べたいのよ。一緒に、美味しいものが」

 ええ?

「嘘っ、外出は嫌いなんじゃ?」

「そうね、でも、美味しいお肉が食べたいの。外の世界の、飲食店の料理ってのも試してみたいのよ。うん、そう!」

「え!? 肉? 焼肉?」

 つい焼肉と口走ってしまった僕だが、もう遅かった──、

「うん、そうね、焼肉! それがいいわ。焼肉よ、色々な部位のお肉や変わった臓物も、その場で焼いて食べるのよね。私は生でもいいけれども。うん、すっごく楽しそうだわ!」

 臓物って、生生しいな。なんで突然そうなるかな──。

「ふふんっ、お前、決まりね!」

 

 そう言って、彼女はけらけらと笑ってみせた。とても幸せそうに。それまでの話しがすべて絵空事で、不安がすべて泡となって消え失せるほどに、可憐に。






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