9.思い



 僕が左腕を失ってから、もうかれこれ一週間が過ぎようとしていた。


 ハンバーグを作ってくれた日以来、彼女は甲斐甲斐しく、僕の看病というか介護というか、お世話をしてくれた。特に食事の面で。どうやら彼女は、料理をするのが好きみたいだった。それに、部屋の掃除や片付け、洗濯などもテキパキとこなした。ただ、ゴミ出しは僕がやった。


 そして基本的には、常に部屋でゴロゴロとして過ごした。ネットのゲームやら映画鑑賞やら、本や漫画を読み漁って過ごす。ただダラダラと。ケタケタと笑い、酔っ払い、好きに料理し食らい、体を重ね、眠る。怠惰に。それこそ引きこもりか、或いはニートのように。


 そう、僕等は二人でコンビニに行った日以来、もう外に出ようとはしなかったのだ。


 もしや、彼女はあのオッサンとのトラブルで、外の世界に何かしらの危険を感じているのだろうか? 或は、なにかの拍子に、彼女自身がしてしまう恐れがあるのだろうか。


 ともあれ、僕は彼女の手料理のおかげもあり、体力面ではかなり回復していたし、右腕だけの生活にも慣れ始めていた。


「たまには外へ買い物にでも、行かない? 僕の体調もすっかり良くなったし、外の空気を吸うのも、心地いいよきっと」

 と僕が尋ねると、

「このゲーム、とっても興味深いわね。敵味方に分かれて武器で撃ちあって、人がバンバン死んでいくというのに、プレイヤーはみんな馬鹿みたいにゲラゲラと笑ってて。人間の本性というのは恐ろしいまでに攻撃的。これほどまでに繁栄しているというのに、人類とは、実は救いようのない生物なのかしら? でも、そんな奴等を、私が狙撃して始末するのがたまらなく面白いわ」

 などと言いながら、マルチプレイヤー系のシューティングゲームをパソコンでプレイし、これに夢中で、そんなの小言耳にも入らない、といった感じで返してくるのだった。

 

 それでも、通販で新しい洋服を購入すると、すぐさま着て見せて、

「どう? こういうのも私には似合うと思うわ。お前、どう思う? こういう感じも、いいでしょ?」

 と、一人ファッションショーをして見せるのだった。


「うん。そうだね。じゃあ、せっかく可愛らしいんだから、それを着て出かけてみない? きっと楽しいよ。お買い物や、それに映画も映画館で見れば、きっともっと面白いと思うよ」 

 すかさずそう言うと、

「嫌よ、映画観なんて。知らない人間がウジャウジャといて、劇場の中に詰め込まれて、知らないオッサンの咳払いやら、お菓子やジュースを飲み食いする雑音を聞かされながらの鑑賞なんて、耐えられないわ。最低よ。それに目の前に見知らぬオッサンの後頭部があって、それが邪魔でよく見えないかも知れないし。そんなの、まっぴらごめんだわ。配信で十分よ!」

「あれ? 行ったこともないのに、どうしてそんな状況が分かるの?」

「お馬鹿ね、ネットで映画鑑賞のレビューを見れば分かるわ。そんな不満がいっぱいだもの」

「なるほど──」

 と、些か本気で反論するのだった。

 

 確かに、周りの人が気になる性分なら仕方がないが、しかし何かというとオッサンオッサンと、やはりコンビニでの一件を彼女は引きずっているのかもしれない。考えてもみれば、彼女という存在は、彼女曰く「私、突然この世に顕現したのよ」ということなので、他人というか、人間そのものに慣れていないのかもしれない。むしろ、だからこそあの時、あんなに簡単に、オッサンに喧嘩を売れたのかもしれない。


「じゃあさ、人通りの少ない夜中とかに、お散歩しない? 月が綺麗な夜に。月を見るの、好きでしょ? 綺麗だよきっと」

 と言うと、

「うーん」

 と口籠り、

「そうね、月は見てみたいわ。そのうちね、考えておくわ」

 と言って、──でも結局はダラダラと部屋で過ごし、外に出る機会は来ないのだった。


 とはいえ、そういったインドアな傾向があるにせよ、彼女は出会ってすぐの頃とは見違えるほど、人間らしく、女の子っぽく、それこそしおらしく、可憐な印象で、なにより僕に優しかった。


 だからこそ、僕はこの先どうすればいいか、考えあぐねていた。

 

 普通じゃない彼女と、この先どうやっていくのか。そもそも僕は、彼女をどうすればいいのか。この先ずっと、世間から彼女を隠し通して、生きていけるのだろうか? いや寧ろ、これはそうしてよい事なのだろうか? もし、モンスターとして、異界から来た謎の存在として、或いは生き返った? 生まれ変わった? 本人かどうかも分からないけどルイーズ・シャークとして、然るべき所? 公安やら政府の機関に通報したら、どうなってしまうのだろうか?


 考えてもみれば、これは途方もない問題だ。


 でも、すべてがどうあれ、僕自身の思いは決まっていた。僕は彼女と一緒にいたい。


 僕は、彼女の存在そのものについて、深く話し合うことにしたのだった。

 これは必然として避けることは出来ないし、しなければならない事だ。が、なるべくそう深刻にならずに、普通に、会話の流れとして自然に、そう、食事中などにでも──。


「──そうね、本来のの記憶が蘇るたびに、その思考や趣向といったものが私に影響を与えているのかもしれない。おそらく、ルイーズの残像に私が引っ張られているのだわ」

 お箸で器用に魚の骨を取りながら、彼女はそう言った。

「なにを覚えている? どんなことが蘇ったの?」

「そうね──、幼かった頃、家の庭、キッチンの窓から射す光、森でのピクニック、母の手作りの服、父と母と両手に繋いで通った道、雨上がりの水たまり、そんなとこかしら」

「君は、今、さみしい?」

「え?」

 彼女は、しばらく口を噤んだ。

「そうね。それらの記憶は温かいもの。そう感じるわ。でも、私自身がさみしいわけではない。これは彼女の記憶。彼女は寂しいと感じる、そう私が認識している。おそらくは──」

 

 彼女は「おそらく」という言葉をよく使う。全てを理解するのは、彼女といえど不可能なのだろうか?


「君は、ルイーズ・シャークとはまったくの別人なの? それとも、本来の彼女が、その、君へと変化してしまったの?」

 

 彼女はもう、僕の問いかけをはぐらかしたりしない。というのも、彼女自身も真実を探求したいと考えている節があった。会話することによって、自分を見つめ直すように。心の奥底を探るように。

 そして、注意深く考えをめぐらし、慎重に言葉を選びながら、彼女は話した。

「そうね、正直に言って、それは分からない。どうとも言えないわ。以前にも言ったように、私は彼女の精神、魂というのかしら? それに接触するまで、己を認識する自我なんてものは、持ち合わせていなかったと思う。でも、彼女に接触した時、すでに彼女の肉体は炎に包まれて、焼かれて──。人の生死の定義は分からないけれど、その精神エネルギーは、別次元へと昇華しようとしていた」

「精神エネルギー、つまり魂? 魂が入れ替わったの?」

「うん、そうかもしれないし、もしくは私という元の存在が、融合したのかもしれない。そうね、彼女の記憶の断片があり、それが今の私に影響を与えているならば、そう意味では、ある部分では本来の彼女なのかもしれない。でも──」

 彼女は再び口籠り、考えこんだ。まてよ、その前に、魂が別次元へと、ということは、死後の世界なるものが存在するのか?


「──私の中に、彼女を客観的にとらえようとする傾向が、確然とあるわ」

「じゃあ、そもそも、欧州のLHCの事故によって出現した、君というの存在があったってことになるの? それは一体何? なんなんだろう?」

 まさか、神とか悪魔とか、天使とか──。

「それは──、分からないわ。というか、私もそれが知りたいの。そもそも。馬鹿ね」

 因みに、彼女がよく口にする「馬鹿ね」という言葉、これもルイーズから影響を受けたものなのだろうか? だとしたら、やや高圧的な子だったんだな。僕の苦手な。  


 大型ハドロン衝突型加速器、これを使った高エネルギー物理実験の爆発事故により、彼女は出現し、ルイーズ・シャークとその家族は亡くなった。加速器の事故で、異世界、或はあの世に通じる扉が開いたとでも言うのだろうか。


「でも、そうね、おそらくは、あなた達人間の精神や魂というものに類似する存在だと、私は考えているわ。なぜなら、なんらかの作用により、彼女に接触したのだもの。だけど、自我なるものは無い。私に本来的な、個のイメージ、我、以前の記憶と呼べるものなどは一切無いのだから。──これは推測でしかないけれども、それはら漠然として抽象的もの、つまり、思念、観念、或いは概念、いうなればみたいなものかしら。エネルギーといったもの、そんな風に今は考えているわ」

「エネルギーの場?」

 やや僕の理解が追い付かなくなってきた。

「精神エネルギーみたいなものが存在するの?」

「そうね。熱エネルギーから運動エネルギー、さらにそこから発電して電気へと、そうやって今の社会はあるわよね。エネルギーは変換され形を変えるもの。生命活動のエネルギーも、その一つの形と言えるわ」

「じゃあ、君も元はなんらかのみたいなものだったのかな?」

「個の持つ魂ではないわ。この世界に数多いる生物のそれとは形の異なる、曖昧なものよ。おそらくは、あなた達人類の、心の思念の溜りのような、それ以外にもこの地球上の生命の念の溜りのような、つまりエネルギー場よ。その一つの形かしら。ある一つの念の集合体のような、エネルギーの溜り、そう、つまりは場よ。そんなものよ、きっと」


 場? 念の集合体、エネルギーの溜り──、もはや僕の知識や思考力じゃ上手くイメージできない。けど、それは、なんだか物理的なものというより、呪いのような、不気味な感じがする。


「そんな場というものが、異世界から出てきたの?」

「異世界? お馬鹿ね。ふふふ、お前が考えるおとぎ話やファンタジック英雄譚、そんなものじゃないわ、きっと。この世界には様々な次元が存在するのよ。今こうして話しているこの部屋、この次元以外にも、宇宙にも、素粒子の世界にも時空はある。全く異なる世界よ。でも、そんな別の次元から、あの実験施設で優秀とされる学者たちが、きっと危険な事をして──、それらを引っ張り出してしまったのよ。おそらくわ」


 別次元から、エネルギー場? を引っ張りだした。でもそれもある意味、ファンタジーのようにも感じるけど──、見方を変えれば、異世界はどこにでも存在するということなのだろうか? 考えてもみれば月面の世界なんて、この日常から考えれば、それはもはや異世界だ。

 

「もしかしてなんだけど、あのLHCの事故の瞬間、君のような念の集合体というか、エネルギー場というか、そういう存在が、君以外にも出現したの?」

「ええ、そうね。きっとそうよ。私以外にも、沢山飛び出したと思うわ。今どこに存在しているのか、さっぱり分からないけれども」

 やっぱり! でもそれってヤバことなんじゃ──、

「仲間って、わけではないんだ」

「お馬鹿ね。お前、そんなの知らないわ。そもそもエネルギー場に、自我は無いの」

「でも、この世界のどこかに、それらは君みたいに人間っぽく? いや人間になって、それで人と接触して、存在しているという事だね? その、人智を超えた力を持って──」

「うん、そうね、その可能性は否定できない。でも、そんな事は、私の知ったことではないわ。それで、だから世界がどうなろうと、私にはどうにもできないし、そんなの興味もないわ。そもそも原因を作ったのは人類でしょ?」

 いやまて、でもそれは、とても危険なことなのではないだろうか。


「君は、君の持つその特別な力で、人類を食べたり、滅ぼそうとか、そういうんではないんだよね」

 彼女は大きく吹き出し、大声で笑った。

「あはははっ! なにそれ? ばっ、馬鹿じゃないの? お前、ほんとうにお馬鹿だな。ふふふっ、ほんとうに可笑しいわ!」

「ごめん」

「人類を滅ぼすなんて、そんな面倒なこと、どうして私がしなくちゃいけないの? それこそ、めんどくさいし、馬鹿馬鹿しいわ。ほんとお前、お馬鹿ね、可笑しい。そもそも人類を滅ぼしちゃったら、誰があの美味しい松坂牛を育てるの? 誰がゲームを配信するの? 私は美味しいものを食べて、楽しく過ごしたいの」


 確かに。ここ一週間ほどの君を見ていると、そうとしか言えないような日常を過ごしてはいる。

「そうだね。でも、その一応ね。だって君、僕の左腕食べたし──」

 しかも、元の左腕に治すと言いつつ、未だに何もしてくれない。

「あれは、もう、ごめんなさい。あの時の私は、自己の能力に慣れていなかったし、自我も不安定だったのよ。とにかく生命力を補って、自分を修復してコントールしないとと、焦っていたの。精神もコントロールできていなかった。でも、今はもうあんなことにはならないわ」

「そ、それは良かったよ」

 じゃあ、なんで未だに治してくれないの?

「ほんとお前は、お馬鹿。意地悪なんだから。でもごめんなさい」

「もう食べられないのなら、安心したよ」

「今は私が美味しいものを作ってあげているのよ」

「そうだね、ありがとう」

 因みに、美味しい餌を与えて美味しい肉にするという、そんな飼育方法もあるらしいけどね。畜産業では。

  

「でも、そうね、私はあらゆるネットワークに瞬時に接続できるし、どんな情報にもアクセス可能だから、今現在この地球上に配備され可動できる、人類を消し去る程の爆弾やミサイルを、全部誤作動させる事だって、やろうと思えば出来るのよ。きっと」

「えーっ! マジで」

 真面目に!? というか、やっぱり出来るんだ。そんな恐ろしい事も。

「しないけど、そんな無意味な事。私も消滅してしまうかもしれないし、やるわけないでしょ。でもね、そもそも、そんな危険なものを作っているのも、人類なのよ」

「──確かに」

 

 話していて、今の彼女には攻撃性や好戦的な性分が無いという事は理解できる。しかし、これはもしかして、本来のルイーズ・シャークの記憶や性質に影響を受けた為、なのではないだろうか? そもそも、本来的な元の彼女には、自我が無かったというのだから。もし、彼女と同じように誰かにエネルギー場が接触して、そしてその誰かさんが、とても好戦的な人格だったとしたら──。


「あともう一つ、もしかしてなんだけど、君の中にはハムスターのハム次郎のように本当のルイーズ・シャーク本人が個として存在している、或いは再現出来たりするの?」

「え、なによ? 何を気にしてるのお前、残念ながら、個として彼女という存在は居ないわ。彼女と接触した時、彼女の魂は別次元へ昇華してしまったの。お生憎様ね」

 やはり彼女は、すこしムッとして、そう答えた。

「そう。いやその──」

 これはここ最近、僕がやや不思議に思っていたことなのだ。時折、僕が彼女に「以前より女性らしくなった」とか「可憐──」だとか言うたびに、彼女は少し不機嫌になり「そんなにルイーズがいいのか? お前!」と、わざと無骨で男っぽい物言いで返すのだった。

 もしかして彼女は、本来のルイーズという人格に嫉妬しているのか? という疑問だ。彼女はルイーズの姿をして、ルイーズの記憶の断片を持ち、心の一部分はある意味ルイーズかも知れないと言った。魂が入れ替わったか、融合したかは分からない。が、しかし、あきらかにルイーズを意識した心の動きを見てとれる。でも、元の彼女に、自我は無かったというのだ。そもそも、性別もない。そんな感情を抱くはずはないのだが。


 彼女は否定したけど、元の場としての本来の彼女にも、何かしらの思考や性分の方向性なるものがあるのでは? とそうも感じた。


「まあ、一応ね、その──」

「確かに、ネズミのあのコは私の中にいるわ。でもね、私の中に入るには魂を丸ごと頂かないと、そうはならないと思う。そもそも、私がルイーズと接触したとき、このような捕食の能力は無かったと考えられるわ」

「魂を丸ごと? 捕食の能力? あ、で、君の中っていうのは、君の魂というか、君の精神の中ってこと?」

「そうね。そして、肉体的にも再現できるわ。仮に情報さえあれば、何でもね」

 つまり、ひょっとして、だから僕の左腕も再生できるってことなのかな。


「でも今は、君はルイーズの姿をしているし、それは再現したということだね」

「そうよ。そうね、確かに。これは最初に接触したのがルイーズだったからかも知れないわ。それに彼女の魂にも触れた。でも、私が選択したわけではないのよ。自我が芽生えた時、私はルイーズの姿をしていたの」

 好きでルイーズの姿をしているわけではないということ?

「いや、その──、あっ、そうか!」

「なに? 何かお馬鹿なこと閃いたの?」

「いや、ちょっと話が逸れるけど、つまり君は、ルイーズの姿をしていて、でも、現実のルイーズは事故で亡くなったことになっている、だからそれを心配してるの?」

「どういうことよ、お前? 何が言いたいの? 回りくどい言い方しないで、もっとと分かりやすく端的に説明してよ」

「いや、だから、その、君は、ハム次郎を再生したり、或いは君自身がどんな姿にでもなれるということなんだよね?」

「そうね、個体情報さえあれば、なんにだって変身出来る──、あ! ちょっとまって、いいえ! イヤ、嫌よ!」

「え? 何? まだ何も言ってないよ。ただ姿を少し変えれば、外出してもルイーズとバレない──」

「いいえ、どうせお馬鹿なお前は! 私に、ネットの怪しいサイトでせっせと集めていたグラビアアイドルのセクシー画像とか、そんな女の姿に変身してくれとか、そう言うんでしょ!」

「えええっ! いや、そうじゃなくて──」

「なによ、この馬鹿っ! 変態っ、ヤりたいとか、下品なこと言うんでしょ!」

「いやいやいや、そんなこと言ってないからっ! 誤解だよ! てか、そんな手もあるのかっ!? 思いもつかなかったっ!」

 というか、やっぱり、この彼女の嫉妬心のような乙女な感情、いやまて、これはむしろ、元々のルイーズの性格に彼女が引っ張られて、こうなってしまったのか!?

 これだと、どっちが先でどっちが後からとか、分からないな。


「違うよ、もし君が街に出て、それで、事故で亡くなったはずのルイーズが日本の街中で目撃される──、みたいなことになったら、それこそ事件で、面倒な事になるだろうから、だから外出したがらないのかなって、その──」 

「ふん、そうね、それもあるわね。でもお前、いくらネットでもグラビアアイドルのゲノム情報なんて手に入らないわ。お馬鹿っ!」

「いやいやいや、そこの話引っ張らなくていいから! 別にわざわざそんなのにならなくてもいいよ。じゃなくて、君は君のままでいいんだよ。じゃなくて、君のままがいいよ僕は! ただ、姿が外出の障害になるのなら、例えば、少し髪の色を変えるとかすれば、目立たなくなるんじゃないかなと。黒髪とか、僕の生体情報があれば、黒くも出来るんでしょ?」

「うん、まぁ、そうね。それは、可能ね」

「なら──」

「でも、外に出るのは嫌よ」

「え、なんで?」

「──まぁ、考えといてあげてもいいけど、今は嫌。お前、そんなに外に出たいのなら、一人で買い物にでも行って来たらいいわ。そうね、それがいい! 私、今夜はパエリアが食べたいの。新鮮な魚介類が必要なのよっ!」

「えっ! なに、いきなりパエリアって? てか、あれ、オーブンとか必要なんじゃ?」

「そうね、お馬鹿のくせに、料理のことは詳しいんだから。そうよ、炒めて煮て焼くのよ。今夜、最新のスチームオーブンレンジが届くわ」

「なっ!? いつの間にそんな買い物!」

「ふん、うるさいわ! とっとと新鮮なムール貝とオマール海老を仕入れてくることね」

「ええーっ」

 ちょっと、まて、どうしてこんな話の流れになってしまう?! 料理の話しをしているのではないぞ。

「でも、お前だって、食べたいでしょ? パエリア。美味しく作るわ」

「えっ、あ、──うん」

「ほら、ならさっさと行ってきて!」

 と、いつの間にか彼女のペースで、本質的な話から、料理の話に移ってしまった。僕が少し脱線したのが悪いんだけど。


 

 そして結局、僕は一人でスーパーに行くことになったのだった。

 

 本当はもっと、本来の彼女という「場」について語りたかった。もう一つそもそもの事だが、何故彼女は僕の元にいるのか? これも大きな疑問だ。それに、彼女以外にも複数飛び出したという同様の、エネルギー場、の存在についても、話したかった。これらは直観的に危険だと感じる。


 ともあれ、頑なに引き籠る彼女。元来の彼女、エネルギー場としての、念の溜りとしての、その念というのは、もしかして引き籠りな念なのではなかろうか? なんてことを勘ぐる僕は、些か悪ふざけが過ぎるだろうか?



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