元勇者なおっさんは魔法少女(?)を育成する


 時は遡り、1999年7の月。

 宇宙から突如として、謎の生物群が地球に襲来した。日本のメディアは当初、彼らのことを面白がって「エイリアン」と呼んでいた。すでに世界的な人気を博していた映画に由来したものだが。その名は、瞬く間にして恐怖の代名詞へとすり替わる。

 最初の波は、後の騒動に比べれば恐ろしく静かなものだった。日本列島の真ん中、中国地方の山奥に隕石が飛来し、その表面から滲み出るようにして地球に降りたのが、奴ら。付近・・・といっても100kmは離れていたが・・・にあった限界集落が襲われ、一切の攻撃手段も持たない村人たちは一夜にして皆殺しにされ。

 喰われた。

 一人の女性が殺される前に110番通報していたことが功を奏して、警察、やがて自衛隊が出動し、計二十八人の犠牲者を出しながらも襲撃者を殺すことに成功。全体としてはトカゲに似ているが、金属で出来ているかのような硬い装甲、六本の足。しかも二足歩行するこの異形は、地球に存在するどの生物カテゴリにも属さない。

 政府は事態を重くは見なかったが、市民に混乱を招かないよう情報を秘匿。しかしどこから漏れたのか。どこぞの放送局がニュースとして報道し、この「エイリアン」は世界中で話題になった。加工か? 加工じゃない。宇宙人はいるのか? いやいない。

 否定派と肯定派に分かれはしたが、皆興奮していたのは間違いなかった。特に日本は、バブルが崩壊してまだ十年も経っておらず、国民のほぼすべてがこの夢中になれる事実にのめり込んでいたが。


 ただのエンタメが阿鼻叫喚の地獄に変化するのに、そう日はかからなかった。


 狙いすましたかのように、グアムに降下した巨大な隕石。制圧されるアメリカの準州。核を落とすか落とさないかで激しい議論が繰り広げられたたった二日の間に、船は日本にやってきた。

 「エイリアン」は自分たちを笑いのタネにした人間たちへと、嘲笑うように襲撃を繰り返し、狩りをした。弾丸と見紛うようなスピード、サメより鋭利な歯を持つ大きな口。強靭な生命力に10tトラックを容易に吹っ飛ばす腕力。対面して、自棄以外の感情をどう覚えようか。

 さらに、人でたっぷりと栄養を補ったあと分裂によって同性能個体が増える奴ら。最初に日本に渡ってきた個体など、ただの雑魚だった。偵察部隊に過ぎなかった奴らの戦力は、後に下級と分類されるようになる。

 自衛隊は結局、奴らの食糧として貢献して終わり。それから先、日本人はなすすべもなくやられるしかなかった。

 「エイリアン」の王国となった日本から、韓国、中国、インド、ロシア、そしてアメリカへと。都市も農村も関係なく潰滅させられる。奴らの勢力は日に日に大きくなっていく。「核兵器でどうにかなる」次元など、グアム占領からわずか二日で、もう大きく通り越していた。ゴキブリを核兵器で一掃しようと思えば、同時に人類も一掃されるのと同じような状況になっていた。

 とにかく人類は、滅亡に瀕していた。これこそノストラダムスの大予言が最終章だと、誰かが天を仰いだ。大半の人々が悲嘆にくれ、生存を諦めるほかなかった。これで終わりならと強盗やレイプ等の犯罪が世界中で横行した。

 まさに、世紀末の光景。


 この絶望を覆したのは、たった一人の少年だった。



◇◇◇◇



 現在、2019年1月。

 侵略生物によって人口が八割強も減らされた日本では、生き残った者たちで生活区域のコンパクト化が進み、文字通り東京に一極集中していた。二千万もの人々がすべて、かつての東京二十三区という狭い範囲にひしめき合っている。過密さは今も昔もまるで変わっていない。

 しかしそれは、環境に対する最適反応と言えるだろう。

 滅亡の憂き目は逃れたとはいえ、「エイリアン」はまだ生き残っている。

 虎視眈々と、人類から地球を奪う機会を狙っているのだ。各地に分散していれば、一つずつ順番に潰されていくだけ。だからと言って、「エイリアン」を全滅させるのは不可能だった。ならば一点に集まって、奴らの侵入を阻む硬い防御の中で暮らした方が良い。

 望月は遠目に、高く分厚い壁を見る。

 奴らに飛行能力はない。土中潜行能力もない。とされている。とすれば囲まれた東京に入って人類を貪るためには、あの壁をよじ登らなければならない。

 事実、登ってくる個体もいる。対処のために、壁の外側に奴らの活動を停止させる特殊なパルスを発生させる装置が埋め込まれている。登る間にこれを受け徐々に弱り、折り返し地点に至るまでには御陀仏。

 壁を超えた「エイリアン」は、現時点で一体も確認されていない。

 にもかかわらず。


「愛ちゃん! そっち行った!」

「オーケー志保ちゃん! ぶちかましたる!」


 どういうわけか、東京内部にも「エイリアン」は現れる。

 望月の目の前では、少女が四人、あの六本足のトカゲみたいな奴らと戦っている。下手な銃弾より鋭い敵の動きにも翻弄されず、しっかりと連携をとり的確に対処していた。。

 自分の体ほどもある重厚な鈍器を振り回す愛。決して軽くはない風圧を生むものの自らの正中線をまるで乱さない、見た目の年齢としにしては完璧な打撃である。「エイリアン」には間一髪で避けられたが。合わせるように、愛の隣で機を伺っていた少女、みどりが片手剣を叩きつける。

 「エイリアン」の右側の手は、二本ともぶった切られたが。再生能力の高い奴らにとって、手を失うことなどなんの痛痒つうようにもならない。直ちに復活を試みる。それでも、片側の重りを失ってバランスを崩すのは避けられなかった。ぐらつく。

 隙だ。


「志保ちゃん、莉子ちゃん!!」


 技後硬直より体勢の立て直しのまだ利いていない愛が、構える二人の仲間に叫ぶ。呼びかけられた少女たちは、大きく頷き。志保は刀、莉子は銃。自らの武器に付与された、「エイリアン」に効くパルス装置を起動させた。

 パキュンという身軽な音とともに、敵のドアタマにパルスを放つ鉄塊がめり込む。仰け反った時にはすでに、志保は刀を振り抜いていた。

 袈裟斬りで真っ二つにされた「エイリアン」は、もう再生することはなく、体液を撒き散らしながらドッと地に倒れるのみ。


「や、やったの・・・?」


 恐る恐る、志保は切り捨てた化け物を刀でツンツンする。動かない。

 勝ったのだ。

 四人の少女はお互い見合わせ、満面の笑みを浮かべて。


「「「「・・・やったーっっっっ!!!!」」」」


 万歳しながらジャンプする。


「私たち、強くなってる!」

「ついにここまで来たのね!」

「初の中級討伐」

「このまま上級も・・・」


 と、喜ぶ彼女たちを尻目に。周囲の様相を確認して、ハァと溜息をく望月。人民の避難は済んではいるものの、割れた窓ガラス、痛々しく折れた木々、アパートに出来た凹み、大きな穴。集合住宅地はめちゃくちゃだった。

 技術の粋が尽くされているのだが、舐めてるのかと常々思う、彼女たちのフリル満載なバトルスーツもほつれや汚れが目立つ。

 戦闘開始から一時間。実に六度のアタックを経て、望月が面倒をみる「魔法少女部隊」のある一班は、一匹の中級エイリアンを漸く倒したのだった。


◇◇◇◇


 ブロロロロと走り去っていくトラックがよく見える、ファミレスの日当たりのいい席にて。自分の財布の中身に、少々心許なさを感じてしまう望月。


「「「「いただきまーす!」」」」


 そんな彼の気持ちを汲み取ることもなく、四人の少女は美味しそうな豆乳パフェを前に、食欲を丸出しにして無慈悲に手を合わせるのみ。この「食前の合掌」という文化、実は戦後に作られ、テレビ普及による全国的なドラマ放送などを通じて食卓に根付いた似非伝統なのだということをこの子たちに教えたらどう反応するだろうか。

 望月は意地悪く、そんなことを考える。


「餅つき、あーん」


 莉子がスプーンにクリームのたっぷりついた生地を乗せ、食べるよう促してきた。「望月な」と訂正しながら、遠慮なくかぶりつく三十代中盤のおっさん。100%植物由来であるにもかかわらず、ホイップクリームさながらの旨さに思わず目を瞠る。生クリームは貴重なため出回らず、故に豆乳クリームをここまで進化させるほかなかったのだと考えると、涙が出そうになった。


「莉子! はしたないわよ!」


 カリカリしながら立ち上がる志保。翠もコクコクと首肯する。「・・・僻み?」と口を歪める莉子に対し、「ひ、僻んでなんか・・・」と顔を背けながら志保は座り直した。望月と莉子をジトっとした目で睨む翠に、そんな彼女を眺めてふふんと鼻を鳴らす愛。

 なんか知らんけど全員黙ったな、と判断した望月は、「中級初討伐お疲れさん」と少女たちに労いの言葉をかける。


「『エイリアン』を撃退出来るパルスが発見されて十九年。女性、特に第二次性徴前の子供にこのパルスを当てると身体能力及び感知能力を大幅に引き上げることが発見されて十年。初めの頃はパルス投射による身体への悪影響なども懸念されていたが、それが払拭され『パルス強化』の実用化に乗り出したのが五年」


 有能な家庭教師のように、望月は丁寧に歴史を復習する。


「そして。『エイリアン』に対抗するための手札養成として三年前から魔法少女部隊が発足し、君たちのような少女の実戦投入が開始されたわけだ」


 尤も、「魔法少女」だからと言って魔法なんて使わないが。少女を引き込むための罠、いや戦術である。

 以上のような、ありがたいレクチャーを真剣に聞いてくれているのは翠だけで、あとのメンツは興味なさそうにクォリティの高い豆乳パフェを堪能している。いつものことなので、望月はもう気にしない。


「君たちの班は、第3期魔法少女部隊として動き始めてから僅か一年にして、もう中級を屠った」


 この言葉にピクリと反応し、パフェを頬張る三人の手は止まる。


「部隊設立以来最速だ。設立からまだ三年経っていないが。時間がかかったとはいえこれは素晴らしいことだ。担当として、俺は君たちを誇りに思う」


 褒められた。

 四人の少女たちは、カァーッと赤くなる。照れを隠すように、志保は机をバンバン叩いて。


「とっ当然でしょ私たちなんだから! むのーなあんたが、私たちみたいな優秀な女の子たちの担当になれたこと。感謝しなさい!」

「感謝しよう」


 苦笑しながら受け答える望月の頭を、「よしよし、餅つきは無能じゃない」と莉子はなでなでする。「だから望月だ」と即座に訂正が入った。


「じゃ、じゃあさモッチー! 質問があんねんけど」


 愛がパッと手を挙げた。「どうぞ」とモッチーは先を促す。


「ウチら、半年、ううん。三ヶ月後には上級も倒せるように、なってるかな?」


 目を爛々と、怪しく輝かせながら。逸るように焦るように、訊ねる。望月は本来ならまだ小学六年生なはずの、この子の経験した壮絶な過去を知っていた。同情を禁じ得ない。

 だがあえて、一笑に伏す。


「ふっ、中級を倒すのに一時間もかかっているようでは、無理だ。そうだな、あれを自分たちだけで五分かけずに倒せれば、上級討伐も夢じゃないだろう」


 自分たちだけで、五分。

 目を見開いて俯く愛。今の自分たちでは到底無理なのが分かっているから。そこに至る自分たちのビジョンすら、浮かばないから。

 キッと望月を睨む。「なあモッチー・・・」と口を動かして。


「どうして非戦闘員の、部隊担当者に過ぎないあんたにそんなことが分かるんや・・・」

「ねぇ、愛ちゃんそれは・・・」


 翠は自信なさげに、愛の言葉を窘めようとするが。望月はそれを手で制した。


「さあな。なんでだと思う?」


 悪戯っぽく、だが自信ありげに微笑む望月に、心理的余裕のない愛は何も答えられない。その悔しさや不信感をバネに、この子にはより大きく成長してほしいとおっさんな彼は願う。


「質問を質問で返して悪いな。さて、他に聞きたいことのある人はいないか? いないなら、今日の反省会に移行するぞー」

「えー」


 嫌そうな顔を隠さない莉子を無視して、各々の至らない点や良かった点を指摘していく望月。この反省会だけは毎度熱心に聞いているはずの愛は、今日に限って。

 心ここに在らずといったように、終始昏い顔をしていた。


◇◇◇◇


 五年前、2014年。

 なんの前兆もなく現れた規格外の「エイリアン」により、東京の一角は大混乱に陥った。それこそ1998年、奴らに初めて襲われた時と同じように。

 私たちには、あの高い壁がある。そう、皆どこかで油断していたのだ。犠牲者は千に届く。愛の両親も、その中に含まれていた。

 父と母が殺された、次は自分だ。

 巨大な異形に見下ろされ。薄れゆく意識の中で彼女は悟る。


「傲慢だが、地球は人間のものだ」


 声がした。ふと眼に映るのは、「エイリアン」と対峙する男の背中。


「俺はお前らを、絶対に許さない」


 怒りにあふれたドス黒い声で宣言したかと思いきや、その姿は搔き消え。ぐちゃぐちゃに潰れていく「エイリアン」が、遠くにぶっ飛び、離れていった。


「ああ・・・」


 パタリと意識を失う愛。彼女が次に目覚めたのは、病院だった。

 それからずっと、誰かも分からないあの人の「絶対に許さない」が、彼女の未発達な脳内でも駆け巡る。


 親を殺されたんや。

 ウチも一緒。許せない。


 二年後、魔法少女部隊設立。年齢制限の関係で自分が応募出来るのは3期からと知り、孤児院で合格のための訓練を密かに重ね。2017年12月。無事一発合格した彼女の前に担当として現れたのが、望月だった。


◇◇◇◇


 反省会から解放された、帰り道。四人の少女は自室のある寮に向かう。高層ビルの少なくなった今の東京では、斜めに差し掛かる冬の太陽にも多くの人々の影を作る権利が与えられている。

 ビヨンと伸びる薄い影法師とにらめっこしながら、愛は不機嫌そうに口を開いた。


「上級って言うけど、ほんまにそんなに強いんか」


 寒いわね、と手をスリスリしていた志保は「そうなんでしょ」と素っ気なく答えた。


「授業で習ったじゃないの。上級は下位でも、中級平均より速さは1.5倍、力は2倍あるって。今日やったのは中級の奴らでも下から数えた方が早いやつでしょ? やんなっちゃうわよねー」


 パフェに次ぎ、さらに望月に奢らせた温かいハニーアンドレモンの缶をプシュッと開けて、チビチビと飲み始める。すでに飲み干してしまった翠と莉子は、羨ましそうに志保の手元を見つめた。


「モッチーの言うこと信じるんか?」

「まあそりゃ・・・。あいつの言う通りにして間違ったことないし」

「・・・志保ちゃんはモッチーのこと大好きやもんな」


 ブーッと生温かいハニーアンドレモンを吹き出した志保は、真っ赤な顔で「違うしっ!!」と大きく反論する。


「志保ちゃん・・・」

「ふーんやっぱり・・・」


 翠は不安そうに、莉子は意地悪そうに呟いた。

「違う、誰があんなむのーなやつ! 絶対違うし・・・」

「あれ、本当に中級の中でも下の方やと思うか?」

「ど、どういうことよ」


 追及を恐れた志保はこれ幸いとばかりに、提供された別の話題に飛び移る。


「曲がりなりにも優秀と名高いウチらの班がやで。倒すのに一時間もかかるような奴が、ホントにそんなレベル低いかっちゅーことや。ひょっとすると、もっと強敵やったのに、モッチーは嘘ついてんのかもしれへん」


 高くはないが、ビルの影に四人は入り込んだ。仄暗く、お互いの表情は見えにくい。「どうしてそう思うの・・・?」と、愛の後方から自信なさげに尋ねる翠。


「簡単なことや。ウチらにちょーし乗らせへんためやろ。腹たつわ」

「なるほど、一理あるわね」


 小学生の「一理ある」に一理あることなんてほぼないのだが、志保は賢そうに頷いてみせた。「そうなのかな?」という空気が、場に流れる。


「あー早く上級倒せるってモッチーも認めてくれへんかな。奴らをバッタバッタとブチ殺せるようになー・・・」

「なんか愛ちゃん、怖いよ?」


 若干身を引く翠に対し、ハイライトの消えた目を向ける愛。ビルの前を通り過ぎた。夕日の光が戻り、彼女の瞳に生気を宿す。


「上級を倒せるようになったら、モッチーすごい褒めてくれるかもしれへんで。それこそ大きく貢献したひとは、特別視・・・してもらえるかもな」


 特別視。

 プレミア感を隠さないその言葉の響きに、志保と翠はゴクリと唾を飲み込む。特別として見られたい。周りと差をつけたい。競争してでも勝ち得たい価値を提示されて、本能的に気が逸った。

 血気盛んな復讐者。闘争本能に火の点いた乙女たち志保と翠。彼女たちを眺める悪戯好きな少女はニンマリ笑って、ここ一年で一般公開され大流行しているSNSが映った端末を見せびらかす。


「諸君。これを見たまえ」


 そこには、滅茶苦茶に荒らされた住宅地の写真と「あれ絶対上級だって。Help me!」という書き込みが、記されていた。


◇◇◇◇


「あなたのとこ、もう中級討伐だって? 散々教えるのは下手だってゴネて担当やろうとしなかったくせに、この大嘘つき」

「下手だよ倉野さん。彼女たちが優秀なだけだ」


 元は池袋だった場所に拠点を構える「対侵略生物非常時特殊部隊」の本部の訓練場で、サンドバック相手に高速フックを繰り返す同僚の倉野。彼女を眺めながら、望月は念入りにストレッチを行う。


「実質ただの軍隊なのに、『非常時』の『特殊』な部隊を白々しく名乗っているここみたいだわ」

「声の大きい日本国民は、『エイリアン』に蝕まれようが憲法だけは変えたくない殊勝な人々ということだ」

「残念ながらあなたの信念は折れて、担当になってしまったようだけどね。何か裏取引でもあった、のっ!!」


 スパンとストレートが放たれ、吊り下げられる結節点を中心に一回転するサンドバック。「殴られたくないから言わない」と望月は秘匿の意思を表明する。


「殴られるようなことをしたの? 来なさい、殴るわ」

「開けて中身を見た瞬間に、箱の中の猫の存在は確定するんだぞ」

「知らない。疑わしきは罰するのが私のポリシー」

「猫が可哀想だろうが」


 汗だくの倉野に、「ほい」とタオルを投げてよこした。「ドリンクもよこしなさい」とふてぶてしく要求してくる彼女に、「猫を労ってくれるならな」と望月は条件を付ける。


「それは約束出来ないわ。話を元に戻すけど、あなたの大事な小鳥たちは、あとどれくらいで上級に対抗可能な戦力になりそう?」


 渋々ドリンクのボトルを投げながら、「そうだな・・・」と望月は悩み。「あと一年くらいかな」と自信ありげに言う。


「マジで。流石に誇張し過ぎじゃない?」

「いやイケる。あいつらは特別だ・・・うん?」


 端末からメッセージ音が鳴る。画面に書かれる、「上級発生」の赤文字。上〜中という曖昧な書き方ではなく、断言。これは偏に「やばい」という証。

 あいつら、ちゃんと安全な寮に帰ってるだろうか。望月は不安から、四人の位置情報を探る。プライバシーの問題から部隊の担当といえど、デバイスで確認出来るのは少女たちが寮にいるかいないかくらいだ、本来は。

 これは望月、固有の能力。


「! くそっ・・・」


 彼女たちはまっすぐ、上級の元へと向かっていた。「あいつらにはまだ早い」と呟き、望月は急いで外へと走る。


「・・・変わんないね」


 部屋の外へと消え去って行く望月の背中に、あのどうしようもなかった十九年前の、たった一つの希望を想起して。殴るのは許してあげようかと、残された倉野は微笑んだ。


◇◇◇◇


 太陽沈み、暗くなった東京。しかしパルスで強化された少女たちの視覚は、闇に紛れる「エイリアン」の姿を正確に捉える。


「強いけどっ・・・なんとか倒せそうじゃないっ!?」


 飛来する瓦礫を刀で粉々に切り刻みながら、志保は大見得を切る。「逃げなさい」「ありがとう」というやりとりの後、彼女の後ろから老人が去っていった。


「ふん、モッチーはやっぱり嘘ついてたってこと、やなっ!!」


 六本足のトカゲがどこに逃げるか経験と勘で予測しながら、力強く跳躍したのちハンマーを叩き込む愛。仰け反って躱す敵、しかしグンと余波が体を襲い。次の行動が遅れる。

 道路がすり鉢状に陥没するのを見計らって、息を潜めて瓦礫に隠れていた莉子は立ち上がり、銃を構える。愛の作った振動が、自分の足まで広がってきた。グラッと震える。不安定だ。しかも暗い。

 それでも、外す気は毛頭ない。


「チェックメイト」


 回転しながら放たれる鉛玉は、まさに敵の頭部に吸い込まれんが如く。パルスを出す弾によって脳天に風穴を開けられた「エイリアン」は、一秒だけ全ての動作を停止する。だが放っておくと再生するから、止まっている間に志保か翠が真っ二つに切るのだ。そうまでしてようやく死ぬ。

 今回は翠の番のようだ。いつものふんわりさは消え失せている。鷹のように、片手剣で叩っ斬るタイミングを探る。

 今だ。弾と対象が10cmというところで、翠はすり鉢のへりに足をかけた。その刹那。

 そらから引っ張られるように、「エイリアン」は放物線を描いて大跳躍した。どこにそんな力を残していたのか。「逃すか!」と志保は叫び、飛んで行った先に皆で向かう。幸いだったのが、敵が跳ぶ角度をミスったこと。打点はあの富士山よりも高いが、水平での移動距離はそこまでだ。滞空時間も長く行き先を観察しやすい。

 落下点へ、敵と同時に到達する。勝てないことを悟ったのか、「エイリアン」は逃げていく。それが少女たちに驕りを生んだ。


「昼間戦った中級よりは強いけど・・・」

「上級なんてこんなもん」


 追う。すでに鬼の首をとった気分で。どう望月に自慢してやろうか。「エイリアン」は、地面にぽっかり空いた穴へと飛び込んだ。覗き込む四人。かつての地下施設跡のようだ。うなずき合って、自分たちも入り込む。降り立った地点から、敵を探して少し歩くと。

 ぼうっと、淡い紫の光が自分たちを照らした。


「え・・・?」


 そこで見たのは、巨大な光る「エイリアン」だった。今まで自分たちが戦ってきたのとは比べ物にならない、圧倒的な強者。恐ろしい。勝てないと、判断を下す本能。ごとっと、志保の足が何かを蹴る。柔らかかった。

 敵から目を離してはいけない。望月から常々そう言われているが、どうしても気になった彼女は足元を確かめた。


「ひっ・・・」


 知ってる顔。よく知ってる顔だ。1期の、憧れの先輩。いつか追い抜いてやる、そう思っていた相手が、顔だけ・・で転がっていた。よく目を凝らせば、あたりは血だらけ。武器の破片だらけ。


「あ、あああ・・・」


 ようやく、彼女たちは気づく。自分たちは誘い込まれたのだと。

 猛獣の餌として、連れてこられたのだと。


「き、きゃああああああああああああああ!!????」


 志保が叫んだ。全員合わせて、踵を返す。尻尾を巻いて逃げる。死にたくない、喰われたくない! その想いだけに支配される。

 だがすでに。空気が揺れたと思ったら。愛の真後ろへ、光る「エイリアン」は迫っていた。


「愛ちゃん!」


 翠は無我夢中で彼女の後ろに立ち、片手剣で捕食者の手を弾こうとするものの。あっけなく力負けし、空中を錐揉み回転する。ドサッという音が、他の三人の耳に響いた。


「!! ・・・翠をよくも!!」

「このデカい的めっ、ぶち抜く!」


 駆ける足を止めて。友人を傷つけた化け物に立ち向かう志保と莉子。志保は一瞬で間を詰め刀を振り抜き、莉子は銃を二発、早打ちする。


「!? なんでよっ!?」


 だが攻撃が通らない。傷もつけられずに神速の刀は止まり、まためり込むことすらせず跳弾した。格が違う。

 望月は嘘をついていた。別の方向で。あの中級エイリアンを五分で倒せたところで、こいつは倒せない。そう悟った。

 全員、自らの軽率な行動を心底後悔した。

 大きく開け放たれ、後退する志保に迫る「エイリアン」の口。諦めずに、歯を刀で打ち返す。火花が散る。あえなく刀は折れ、彼女は後ろにぶっ飛ばされた。奴は自分でぶっ飛ばした相手をすぐに見失ってしまったらしい。だから、今度の狙いは莉子だ。

 銃しか持っていないあの子は、接近されれば終わる。動けるのは自分だけだと、愛はハンマーをぶん投げた。相当な質量攻撃、されども出来たのは食事を防ぐことだけ。無傷だ。

 化け物の無慈悲で、何を考えているのか分からない目が、愛を睨んだ。興味が自分に移ったのだ。武器もない、この身一つ。


「はよ、逃げ!!」


 戸惑う莉子に、急かす間に。床に亀裂を入れて、重心を沈ませて。巨体は跳躍し、愛へと襲い掛かる。


 あかんこれ死んだわ。

 復讐もまだまだ、終わってないのになぁ。


 愛の脳裏に、走馬灯が駆け巡った。壁に囲われた世界での、優しい両親との生活。「エイリアン」は怖いけど、特に関心も持たなかった幼稚園・小学校での生活。友達と遊んだ思い出。

 平和な時間がぱったり途絶えたあの日の悪夢。

 「エイリアン」にすべてを奪われ、いつか殺し尽くすと決めた日。

 助けてくれた男の背中が、不意に脳裏にちらついて。なぜか望月の、どこか飄々とした姿と重なる。あの怒りに塗れた雰囲気とは、似ても似つかないのに。


「助けてモッチー・・・」


 臭い口が閉じられる寸前。愛はボソリと、呟いた。


「了解だ、愛」


 後ろから、声がした。振り向く。振り向くことの出来る自分がいる。そこには涼しげな表情のまま、閉まる口を両手で抑える望月がいた。


「モッチー。やれば出来るねんな」

「まあな」


 どれだけ力を込めても口を閉めきれないことに驚愕し、後ろに跳躍する「エイリアン」。望月は微笑を浮かべながら、足取り軽く巨体へと歩いていく。


「なあ侵略者。昔話でもしようか」


 前方の男から放たれる得体の知れないオーラに、「エイリアン」は近づかれまいと後退っていく。無意識のうちに。自分が逃げていることに気づいた彼または彼女は、なんとか足を踏ん張った。


「二十年前かな。俺は変な世界に誘拐されて、『魔王を倒せ』『君は勇者だ』だのなんだの言われてな。強くなって倒したら王様とやらに裏切られて、この世界に戻ってきたんだ。嘘みたいな話だろ? これ本当なんだぜ?」


 六本足のトカゲは、右二本の腕を振るって、望月を殴り殺そうとする。渾身の一撃。地震と見紛うほどに揺れた。「危ないモッチー!」と注意喚起する愛を手で制し、もう片方の手で殴打を軽く受け流す。体の勢いを殺すことが出来ず、床にめり込む無様を晒すトカゲ。


「やっと平和な地球に戻ってきた。そう思ったら、だっさいフォームの魔物に何もかも奪われていた。世界も友達も、父も母も、妹も」


 言い終わるや否や。黒い、ひたすらに黒い憤怒の情が、廃棄された地下施設の一帯を支配する。


「・・・・・・ああ。これや・・・」


 愛は望月の後方で、納得する。自分を救ったのはこの怒りだと。

 自分が憧れたのは、この背中だと。


「だから俺は、復讐した。世界から半分減らしてやった。そしたら安全地帯なんてものを東京だったりニューヨークだったりに作る人々が出てきた。人々は、まともな生活を送れるようになった。だが」


 コンクリートから体を脱した紫色の「エイリアン」は、彼我の力の差を察して全力で逃亡を図る。尻尾を掴む望月。巨体はびたんっと倒れた。六本の手足をいくらもがけども、床に引っ掻き傷をつけるのみ。


「失われた命は戻らない。俺はお前らを、許さない。まだまだ、絶対に赦さない」


 クイッと尾を引っ張れば。巨体は簡単に、望月へと飛んでくる。空いている手をギュッと握って。


「いつか必ず。殺し尽くす」


 赤く光る拳を、「エイリアン」にぶち当てる。それだけで、爆散した。べちゃべちゃと周囲を汚す、体液と臓器。

 くるりと身を返し、「大丈夫か」と愛に声をかける。周りを見渡したのち、吐くような仕草を添えて「配慮が足りてないで」と強がる彼女。


「そうかもな」


 意識を失って倒れているだけの翠と志保、ヘナヘナと崩れる莉子を確認し、望月は安堵の溜息をつく。「なあモッチー」と愛は疑問を提示した。


「あんた、話からするとあの有名な英雄様やろ。人類を救ったっていう。本人の意向で顔と名前は公開されてないよな? なんで教えてくれたんや」

「別に。ただの気まぐれだ」


 座り込む彼女に「いるか?」と手を差し出下が。なおも訝しむ様子、愛は話を続けるようだ。


「それでや。なんであんたみたいなすごいのが、記念すべき魔法少女部隊の1期やのうて・・・中途半端な3期っていう数字を担当しとんねん」


 「べ、別に才能で負けとるとかは思うとらんで!」とも付け足す。さっき倉野にも聞かれたなと考えながら、すぐそこにいる少女の、五年前の姿を想起する。

 自分があと数秒早く到着していれば、この子の両親は助かったのだ。両親が生きていれば、この子はこちら側に来ることはなかったはず。

 復讐の炎を心に滾らせるその顔写真を、魔法少女部隊入隊希望者の書類の中から発掘することはなかったのだ。

 罪悪感と責任感から、愛のいる班の担当を引き受けた望月。他人にはあまり知られたくない情報だ。


「それはな、愛」


 膝を曲げてしゃがみこみ、愛の手を取る望月は、慈しむように口角を上げ目尻を下げて。


「お前がいたからだ」

「・・・なっ」


 ボフッと湯気を上げながら、一気に茹で上がる愛。はたから一連の会話を観察していた莉子は、「ほほう」とにやけた。


◇◇◇◇


 三日後。中級の「エイリアン」を倒した少女四人はまたもや望月にせがんで、あの豆乳パフェが美味しいファミレスに連れてきてもらう。難しい顔で財布と対面する望月の耳に、「予備の刀使いにくいのよねー、早く新しいの出来ないかしら」という志保の嘆きが届いた。


「安心しろ。オーダーメイドで急ぎ作らせてる」

「あらそ」


 メニュー表を開いて「これおいしそー」と姦しく騒ぐ少女たちに、「頼むからあのパフェより安いのにしてくれないか」と望月はお願いを申し入れた。「「「えー」」」」と一斉に残念がられる。


「でも。ウチのために、この班の担当なってくれたんやろ? ウチだけ特別・・に、な?」


 愛の言葉にぎょっとする志保と翠。極限に不安そうな翠とは裏腹に、背もたれに寄りかかって足を組む志保は、「嘘に決まってんでしょ」と余裕ぶる。


「いやこれホントっぽい。餅つきが言ってるの、私も聞いた」

「望月な」


 莉子の証言が入るや、ズルッと背もたれから滑る志保。目を白黒させて、望月へと顔を向けた。


「本当だが、調子に乗るなよ愛」

「はいはい、乗らん乗らん」


 冷や汗を垂らして、志保は望月と愛を交互に見る。涙目の翠。クックックと笑う莉子。

 「ううううう」とついに癇癪を起こした翠は、注文のボタンを押した。ピンポーンと鳴るとすぐにやってくるウェイトレス。


「ご注文は?」

「豆乳パフェビッグ・・・四つ」

「おい翠!?」


 素っ頓狂に叫ぶ望月から、知らないとばかりに「ふんっ」と首を背ける翠。


「これはこれは。お姫様のご機嫌取りは必須やなモッチー」

「くそっ・・・ウェイトレスさん、この子にさらに抹茶アイスを」


 翠を指して敗北宣言する望月に、「私にもいちごアイス!」と志保は要求した。今後給料日まで一週間、望月の困窮は間違いない。

 悲しむ望月の端末に、プルルルルと連絡が入る。電話の相手を見て「すまん」と立ち上がり、男子トイレに入っていった。


「何が分かった?」

「あの上級の、紫の光。パルスを妨害することが判明した」

「マジかよ。遂に現れたか・・・」


 ピッと電話を切って、望月は席へと戻る。無垢な笑みを投げかける、四人の少女。あの上級に全滅させられた、1期のスター部隊が頭に浮かぶ。普通の上級相手なら、なんとか立ち回れた部隊だったはず。


 奴らは、進化していっている。強くなっていっている。

 それでもこの子たちがああならないように。

 もっと強く育てよう。奴らの成長スピードに負けないくらいに。

 そしていつか、一緒に。「エイリアン」は必ず、殺し尽くすのだ。


 決意を新たに席に戻った望月へと、莉子がビッグ・・・パフェの値段を見せつける。普通サイズの倍の価格設定に、望月は泡を吹いた。

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短編集という名のゴミ箱のようなもの。 @Okko_Katsumori

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