第6話 春の手紙
ピーッと笛が鳴って体育の時間が終わる。まあ、少し暖かくなったかもだけど、瞬ほどではない。
「あっちぇー、汗かいた。」
体操着も、長袖を脱いでいつの間にか半袖になっていた瞬は、体操着の裾で顔の汗を拭いている。冬にそれほどの汗をかくなんてよっぽど健康的なんだな、とか思った。
「おーい!!タオル持ってるー?」
授業が終わった後も、サッカー部と混じってサッカーを楽しんでた瞬がこっちに戻ってくる。
「持ってねぇよ。そんな近づくな、汚い。」
「うわ、ひでえー。」
なんて笑いながら余計抱きついてこようとする瞬に、そこら辺に放ってあった瞬の長袖体操着を投げる。瞬はそれを肩に乗せて、帰ろうぜって言った。制服に着替えるために少し早めに終わった授業も瞬のサッカーを待ってたせいで通常の時間に戻ったみたいだ。正式に授業の終わりを伝えるチャイムが学校全体に響く。
「早く行こうぜ。着替える時間無くなる。」
「だな。」
そんなこんなで六時間目が終わり、終学活も終わって、今は放課後。瞬は剣道部で剣道場へ向かい、俺は寒い中外へ出るのが嫌で、皆が帰るのをぼーっと見ていた。だから教室にはもう俺だけで、電気も消された空間に1人でいた。窓際の後ろから二番目の席。窓の外がよく見える。外はすごく寒そうで、あー帰らなきゃなぁー、でも外出たくないなぁー。なんてことを頭の中で繰り返してた時、向かいの校舎に人影が見えた。なんか、サクラに似てる、気がする。思わず立って、窓に寄ろうとすると、椅子が大きな音をして倒れた。その音に驚いて後ろを振り返って、自分の椅子が倒れたせいだって気づいて、また校舎に目を向ける。もう人影は消えていた。でも、何故かすごく気になって廊下へと走り出した。確か人影が居たのは、4階突き当たりの美術室へと続く廊下だ。もう人が少なくなった廊下を走り、階段を駆け上がって4階へ着く。辺りを見渡して、サクラらしき人がいないことを確認して美術室へと繋がる廊下を歩き出した。この廊下は突き当たりが行き止まりなため、戻るにはもう一度この廊下を歩かなくてはならない。だからもしこの先にサクラがいて、戻ろうとするなら必然と俺とここで会うことになるんだ。でも俺のいた教室は2階、ここは4階。廊下を走って階段を駆け上がっている間に、サクラはもう、戻ったのかもしれない。普段運動しないから、階段を上がるの辛かったし、そのせいで少し遅くなったと思う。それでも居るかもって思って、廊下に面した教室を一つ一つ確認していく。空き教室、書道室、美術準備室、どれも居なくて、最後に美術室に着いた。美術室の入り口を開ける。絵の具の匂いがむわっとする。あー懐かしいな、って何となく思った。中学の頃は何かしらの部活動に属さなければならなくて、一番楽そうな美術部に入部した。真面目に活動したことはあまりないけど、毎日部室に行って遊んでたなぁ。美術室の壁に貼られた『美術部入部歓迎』のポスターを眺めながら、そう思う。美術室には結局誰も居なくて、誰かが置き忘れたのか机の上に真っ白な紙が1枚と鉛筆が1つ置いてあった。なんの前触れもなく、ふわりと机の上の紙が宙に舞う。外の光を受けて、あっちに行ったりこっちに行ったり左右に揺れながらパサリと静かな音をたてて紙が床に落ちた。その後を追うように鉛筆がカラカラと机の端の方まで転がる。窓が開いていた。そこから風が入ってきていた。でも決して寒くはなかった。暖かい春のような気候。カーテンが揺れて窓を覆い隠すように膨らむ。そしてまた窓が見えたとき、外に人が立っていた。綺麗な女の人。暖かい風が、彼女の透き通るような茶色い髪を優しく揺らす。サクラではなかった。多分、見たことない人。でも、少しサクラに似てる気がした。制服じゃなくて、白がベースの花柄のワンピースに薄いレモン色のカーディガンを羽織って、裸足で宙に浮いてた。その空間だけ季節が違う気がした。
「…誰」
掠れた声で彼女に問う。彼女は無言で柔らかく微笑んだ。そして一通の手紙を俺に差し出す。手紙を受け取って、もう一度彼女を見たとき、カーテンが風で大きく膨らむ。もう、彼女の姿は無かった。俺の横を冷たい風が通り抜ける。寒い、と独り呟いて窓を閉めた。残ったのは一通の一足早い春の手紙。
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