第1話 優しい詐欺師 ―2―

「わたし、昨年からハンドメイドでアクセサリーをつくるのにはまってしまって……レジンで作っているんです。最初は自分のものや娘のものだけ作っていたんですが、作れば作るほどいいものが出来るような気がして、面白くなったんです」

「ママの作るアクセサリーは、うちのクラスでも人気だったの」

 文果が私を見て「ねえ」と言う。私もうなずいた。

「前に文果がいくつか持ってきてくれたの。みんなで奪い合いになったわ」

「レジンというのはなんですか?」

 冬真が聞いた。

「えっと………こういうものです」

 そう言って雅子さんは自分の携帯を出した。そこにはストラップが下がっていて、先に透明な涙の滴のようなアクセサリがついていた。

「ガラスのようですね」

「レジン液という透明な樹脂を使って作ります。紫外線を照射して固めるとガラスのようになるんです」

「へえ、ゼリーみたいだ。中にいろいろ入ってる」

 秋実が長身を屈めて覗き込んだ。

「はい、その中になにをいれるか、どんな形にするかが楽しいんです」

「紫外線を照射、というのは?」

 冬真が首を傾げる。

「レジンを固めるためのUVランプも売ってるんです。その中にいれて固めます」

「ほお。女性にとっては紫外線は敵でしかないと思っていましたが、利用することもあるんですね」

感心した声をあげる冬真に私と文果はこっそり笑いあった。言い方がおじさんくさかったからだ。

「うちのクラスだけじゃなく、他のクラスの子も見に来たよねえ」

 私は文果に言った。文果はうなずいて、

「そのうち、お金を払うからオーダーメイドで作ってほしいってクラスの子たちが言ってきて」

 雅子さんはテーブルの下で組んだ指先を見つめているようだった。

「ええ、わたしも注文を受けて作るのが楽しかったんです。でもそのうち、テレビでハンドメイド作品を売ってるサイトが紹介されて……。わたしも好奇心でパソコン見てみたんです。そうしたら、すごくすてきな作品ばかりで……。わたしの作品もこんなところに展示されたらすてきに見えるのかなって」

「ママの作品はそのときだって、WEBに乗ってるものと見劣りはしなかったわよ」

 文果が言うと雅子さんは照れたように笑った。

「それでいくつかアクセサリーを出品してみたんです。「TETTE」というサイトで、ネットの登録や写真のアップロードなんかは最初は娘がやってくれました」

 雅子さんはようやく思いついたように紅茶のカップに手を伸ばした。

 一口飲んで、「おいしい」とびっくりしたように言う。

「ありがとうございます」

 夏月が微笑む。雅子さんは恥ずかしそうに視線を逸らした。

「それで……えっと、どこまで話しましたっけ」

「ネットに作品を出品されたところですね」

「ああ、そうそう。そうしたら、三〇分もしないうちにひとつ売れてしまったの」

 そのときのことを思い出したのか、雅子さんの声が明るくなる。

「それから二日の間に全部! とても驚いたわ。わたしの作品をぜんぜん知らない人たちが買ってくれたんだもの。作品を送付するときの住所を見たら、北海道の人や四国の人で。とってもうれしくて――それでもう、夢中になってしまったの……」

 雅子さんは途中で声のトーンを落とした。今現在、自分のおかれた状況を思い出したのだろう。

「夢中になって――TETTEに出すための作品を作り続けた?」

 秋実が言うと、雅子さんはうなずいた。

「わかりますよ。僕だって、僕のケーキをおいしいと言ってくれる人がいるから、作り続けるんです。ケーキや作品が売れること、それは自分を認めてもらったような喜びですよね」

「ええ――ええ!」

 雅子さんは力強くうなづいた。

「作品が売れること、届いたアクセサリーをみて、喜んでコメントを書いてくれること。そんなことがわたしも嬉しかったんです。パソコンの前では一人だけど、わたしは日本中の人とつながっているんだって、思いました」

「お金はきちんと入ってくるんですか?」

 冬真が聞く。やはりそこが気になるようだ。

「ええ。お金の処理はそのサイト──TETTEを運営している会社がやってくれるんです。提示値の一割がそのサイトの取り分です」

一割? けっこう良心的じゃん」

 春海が話にはいってきた。

「アマゾンの出品なんかひどいもんだぜ。四〇〇円で本を売ろうとしたら二二〇円とっていくもんなー。送料二五〇円分徴収してくれるけど、一六〇円で送ったら二七〇円にしかなんねえんだぜ」

「おまえ、アマゾンなんかに出品してるのか?」

「時々ね。やっすいのは近くのブックオフに売っちまう」

 冬真の言葉に春海は軽く返した。

「そのサイトの手数料が安いのは在庫を抱えないし、作家を多く確保しておきたいからでしょう」

 夏月はそう言って話を雅子さんに戻した。

「作品はとてもよく売れて――いい稼ぎになったでしょう」

「ええ、はい。月に一〇万になることもありました」

 ほう、と冬真が感心する。

「でも製作費もけっこうかかってるし……いい稼ぎって言いきれないですけどね」

「しかし、そんなに製作に熱中して、ご家庭の方は大丈夫だったんですか?」

 さすが元銀行員、バックグラウンドまでよく気が回る。

「ママは、作品もつくるけど家のこともちゃんとやるの。だから、」

 と文果は少し心配そうな顔になった。

「こないだ倒れちゃって」

「あれはたまたまよ、少し寝不足だっただけ」

「でも、救急車もきて大変だったんだから! パパもすごく心配して、おろおろして、」

 親子が言い合う。どうやら雅子さんは趣味も家庭も頑張る人のようだ。

「ママってちょっと完璧主義っぽいところあるよね」

 文果が言うと、「そんなこと……」と雅子さんはうつむく。ほめられたのかけなされたのかわからなかったのだろう。

「そういうことがあって、パパもママにハンドメイドはやめろって言い出したの、でも」

「でも、だって……わたしの作品を楽しみにしてくれてる人だっているのよ」

「そりゃそうだけどさ……!」

 文果の声のトーンがあがる。そこに絶妙なタイミングで夏月が紅茶をカップに注いだ。

「まあ、お茶をどうぞ」

「……あ、ありがとうございます」

 文果はつぶやき、カップに口をつけた。ふうっと大きなため息をつく。

 おいしい紅茶は人のささくれだった気持ちを落ち着かせる。

「それで、今現在の問題としては、その、詐欺の問題ですね」

 冬真が冷静に先に進める。

「あ、はい」

「その詐欺被害にあったお話を、最初の発端から詳しく話していただけますか?」

「はい……」

 雅子さんは体のどこかが痛いようなしかめ面をした。たぶん、思い出すだけでもつらいのだろう。

「最初はメールでした……」



 早瀬雅子が自分のスマホでそのメールを受け取ったのは、事件の起こる一週間前だった。

 メールはドコモやauなどの通信会社のメールでもなければ、ヤフーメールやGメールなどのフリーメールでもなかった。パソコン用の、プロバイダーの発行するメールだった。

 差出人の名前のところには、東京に住むものなら誰でも知っている大型バラエティストアの名前があり、差出人はそのバイヤーだと名乗っていた。

 TETTEで作品を拝見しました、とそのメールは始まっていた。

ハンドメイドサイトの作家さんからこれは、と思う作家をよりすぐり、バラエティストアの一階フロアでハンドメイドフェアを開催する、ぜひそこに作品を出品してもらえないだろうか、という内容だった。

 雅子は舞い上がった。

 そのサイトから何人ものプロ作家が誕生していたことも知っていたし、バラエティショップで作品が売られているという記事も見ていたのだ。

 言葉には出さなかったが、いつか自分も……と小さな希望を胸に秘めていた。

 メールには後日電話したいと書いてあり、電話番号を聞いてきていた。

 どうしよう、と雅子は考えた。夫に相談するべきだろうか。

 しかし、先日救急車騒ぎを起こしてから、夫は自分の作品づくりにいい顔をしない。頭ごなしに禁止はしないが、いつも心配そうな顔をしている。

 娘に聞いたところによると、自分が倒れたとき、夫はなにもできず、ただうろたえていただけだったそうだ。救急車を呼んだり、医者に話を聞いたのは娘の文果だった。

 女の子を産んでおいてよかった、と思ったのはこのときだ。

 たぶん、と雅子は思う。夫はその場で正しく対処できなかった自分自身をも責めているのだろう。

 倒れたのは雅子自身の体調管理がなっていなかったのだから、責任を感じることはないのに。

 とは思っても、夫がそれだけ自分のことを思っていてくれたのはうれしい。

 だけど。

「やっぱり、言えないわよね」

 だいたい、このあと電話で打ち合わせ、顔を見て話して打ち合わせ、という段階で、いつ話がぽしゃるかもしれない。

 だったら、本当に話が動いたときに改めて相談すればいいわ。

 雅子はそう判断して、メールに自分の携帯の電話番号を書いて、送信した。


 その日そのあと、そわそわして過ごした。あの有名ショップから電話がかかってくるかもしれないのだ。

 何度も雅子はその受け答えをシミュレーションして過ごした。

 晩ご飯の支度も気がそぞろで、いつもより食卓は寂しいものとなった。

 

 翌日はいつもより早く目が覚め、時計を見ては、ふつうの会社の営業時間は九時よね、と照れ笑いした。

 九時をすぎてから緊張が一気に高まった。作品作りも手がつかず、ハンドメイドサイトのほかの作家の作品を見て回った。

 どの作品も自分のものより出来がいいと思い、どうして自分に声がかかったのだろうと思ったりもした。

 作家の中には憧れの人もいた。

 作品もすばらしいが、なにより、リンクしている個人ブログが好きだった。

 そこにはどこの店に置かせてもらった、とか、どこそこのイベントに行って完売したとか、その売り上げで旅行に行ったとか、ご主人にプレゼントしたとか、幸せな主婦の姿があった。

 雅子はこの日初めて無料ブログに登録し、自分のブログを立ち上げた。


 ブログをいじっているうちに昼になった。

 デスクに置いていたスマホが振動する。雅子は椅子から飛び上がり、あわててタップした。

「も、もしもし!」

 声がひっくりかえった。

「――もしもし、早瀬雅子さんのお電話でしょうか」

「は、はい」

「わたくし、先日メール差し上げました東光ハンドの牧野と申します」

 来た!

 雅子の携帯を握る手に力がこもった。

「ハンドメイドサイトで早瀬さんの作品を拝見し、ぜひ、うちの店頭で取り扱わせていただけないかと思いまして」

 牧野は雅子の作品をほめ、主力製品になるとまで言ってくれた。雅子は自分の体がふわふわと空に登っていくような気持ちになった。

「それで、ぜひ一度、早瀬さんにお会いして、作品をじかに拝見したいのです。もし作品がそろっていれば、その場でお預かりしたいと思っています」

「はい――はい、ぜひ――」

「それでおうちの近くまでお伺いしたいのですがどこにしましょうか?」

「え、来てくださるんですか?」

「はい、先生にご足労いただくわけにはまいりませんし」

 先生!

 心臓を打ち抜かれたかと思った。

「近くにファミレスがありましたね、そちらでいかがでしょうか」

「あ、は、はい。あります、じゃあそこで」

「はい。明日の三時ではいかがですか?」

「わ、わかりました!」

 電話が切れた。

 あまりに強くスマホを握っていたので、間接が堅くこわばっていた。

 どうしよう、どうしよう。

 これはパパに言った方がいいわよね。文果にも教えよう。きっと喜んでくれる。

 お店に並ぶなんて私、プロみたい。ううん、プロよ。だって牧野さんが私のこと「先生」って言ったもの。

 ああ、なんて。

 なんてすばらしいの!



「なんてバカだったんでしょうね」

 そこまで話して雅子さんは目に涙を浮かべた。

「一人で浮かれて一人ではしゃいで。だからこんな目にあうんだわ。パパの言ったようにハンドメイドなんかやめておけばよかった」

 雅子さんは両手で顔を覆い、泣き出した。

「ママ、ママ、泣かないで」

 文果が雅子さんの背中を撫でる。秋実が魔法のようにハンカチを取り出すと、それを雅子さんに渡した。

「ご、ごめんなさい。とりみだして」

 雅子さんはハンカチで涙をふくと、鼻をすすりあげた。

「それで――」

 夏月が気の毒そうに、しかし、断固とした口調で先を促す。

「ファミレスで牧野という男と会ったんですね?」



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