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 寮に入ったのは4月1日にある入学式の3日前だった。一通り近所の寮生に挨拶をして、部屋に戻ってこれから段ボールと格闘する、というときに違和感に気付いた。

 部屋は小さかったが割と新しく、築5年ぐらいだったはずだ。それにしては部屋が古臭い感じがした。

 段ボールを開けようと床にしゃがんだときに違和感の原因を見つけた。埃だ。この部屋、床に埃がたまっている。見回ってみると、備え付けの本棚にも埃が積もっている。埃だけでなく、体毛のようなものもいくつかある。さすがにこれは気持ちが悪い。

 寮、マンションなどは入居者が入る前に、清掃業者などが部屋の掃除をするものではなかったか。確かその清掃料金も頭金に入っていたはずだが。本当に掃除したのだろうか?

 よく探してみると、『3月23日 清掃済』と書かれた業者からの通知が玄関前に置かれていた。これはいわゆるクレーム案件ではないか?

 こういうときにどう対処すればいいのだろうか、と埃の表面を撫でながら考えていると、さっき挨拶に回った寮生の一人が、部屋をひょいと覗いてきた。

「新入りちゃん? 何かお困り? 片付け手伝おうか?」

と言いながらもすでに3歩ほど部屋に入り込んでいる。それでも考えあぐねていた私にはいい助っ人だった。先輩に考えを聞くことにした。

「その、段ボールを片付けようとしたら、かくかくしかじか、うんぬんかんぬん、ああだこうだで……」

「なるほど、これはクレーム案件というやつだよ! 新人くん!」

呼び名を統一してほしい。

「そうなんです。こういうとき、どうすればいいでしょうか。業者さんに電話?」

「その前に、この部屋をしっかり調べて、証拠に写真を撮っておいた方がいいと思うよ!」

と言いながら先輩は部屋から出て行ってしまった。知恵は貸した、あとは一人でやれ、ということだろうか。

 私は部屋を詳細に見て回った。この物件は1Kだ。それとユニットバス、トイレがある。唯一の部屋はもう見たように埃まみれ。窓も汚い。幸い、掃除の面倒な窓の桟はあまり汚れていなかった。風呂にもカビが生えているだろうと覚悟していたが、意外にも綺麗だった。カビ一つなく、排水溝もキレイだ。キッチンも、コンロ周りが多少黒ずんでいたが、目立つ汚れはなかった。換気扇もキレイだ。

 これで一通り見ただろうと思ったときに、さっきの先輩が部屋に戻ってきた。驚いたのは、先輩が4、5人を連れ添ってきたことだ。

「こういうのは、みんなでやったほうがいいのよ。この人たちはみんな寮の仲間。ついでに片付けも手伝おうと思って」

「ありがとうございます。ですが、実はもうだいたいのところは見回ってみました。あとは特に見るところはないかと」

「ふふん、本当かな? じゃあアレは?」

先輩が頭上を指差す。天井まで見る必要はないだろうと思いつつ、指先を追ってみると、先輩が差していたのは天井ではなかった。

「エアコンを調べれば、掃除したのかがすぐわかるわ!」

 確かにそうだ。普通の業者なら特に入念に掃除する箇所だろう。しかし、部屋に埃を積もらせるような業者にとっては、見えない部分であるからして手を抜きやすいはずだ。

 先輩が連れてきた人たちの中で一人、脚立を持っている人がいた。先輩に脚を支えてもらいながら、私は脚立に乗り、エアコンの外装を開ける。

「どう……? 見るも無残な姿に……?」

「キレイです。とてもキレイですよ」

 想定外だった。部屋がこんなに汚いのに、なぜエアコンはこんなにキレイなんだろう。

いや違う。エアコンだけではない。風呂もキッチンも汚れはなかった。

であれば、なぜ部屋だけがこんなに汚れているのだろう?

「キレイなの? おかしいね。でも、床が汚れていることは事実なんだし、証拠の写真を撮ったら業者呼びましょ」

「でもやっぱり変ですよ」

「いいのいいの。とりあえず業者呼んで、話をしてから考えましょ」

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