第18話 勇者

 



 アマテラス様から光一が戻ってきたと聞いた翌日。


 俺は夏海を連れて方舟世界へとやってきた。ほかの婚約者たちはギルドと会社やお袋の世話で忙しいので、今日は連れてきていない。


 方舟世界の伊勢神宮に着いた俺と夏海は、以前来た時よりも建物が増えている新東京を眺めながら、甲板の黄金の石板が置いてある方舟管理者の建物へ移動した。そしてLight mare CO. LTD.所有の中世界フィールドへと門を開き移動した。


 この領地は相変わらずLight mareランドという遊園地のような名前のままで、俺がちょこちょこ持ってきた遊具で溢れかえっていた。中では真冬だというのに人種を問わず多くの子供たちが遊んでおり、それを年長の子供と日本人の大人たちが見守っている。


 周囲にはたくさんの孤児院が建てられており、今も建設中の建物があちらこちらに見えていた。


 俺も光一がいない間に退屈していたヴリトラを連れて、何度か様子を見に来ていたからな。ちょっと取り立てやらで忙しかったけど、この世界のお袋やLight mareに恩を感じている優秀な人材が多いから問題なく運営できているようだった。


 そして孤児院から少し離れた門の側にあるビルに着くと、中では夏美と神崎と兎人族のレミとナナ姉妹。そして天使のエマが事務所で昼食を食べているところだった。



「光希さん! 夏海! 」


「教官! 」


「「魔王様! 」」


「主よ……」


「おお〜みんな久しぶり! 一年振りくらいか? しかしみんな強くなったなぁ。相当キツイところだったみたいだな」


「夏美、心配してたわよ? 虫……大丈夫だった? 」


 俺と夏海が事務所に入ると、暗い顔をして食事をしていた夏美や神崎たちの顔がパッと明るくなり、俺たちが立つ入口へと駆け寄ってきた。


 その際に俺は全員を軽く鑑定し、その成長に驚いていた。夏美も神崎もあと少しでSランクになるまでになっていたし、ど素人だった兎姉妹もBランクだ。エマは成長できる創造の魔法を掛ける前に旅立ったから、能力はそのままだけどな。成長できるように創造魔法を掛け直してやらないと。


 それにしてもエイリアンを倒してもランクが上がるとはな。アマテラス様の言っていた通りだけど、そうなるとダンジョンの魔物はエイリアンなのかね? それともエイリアンも創造神が作った魔物? まあどっちでもいいか。使える魔法は増えてないみたいだし、ダンジョンがある世界に行くよりは収穫が少なかったみたいだ。


「うっ……大丈夫じゃないわよ……もう二度とごめんだわ。毎日毎日体液を浴びて……ううっ……」


「そ、そう……ごめんなさい。その話は聞きたくないかも」


「まあその……なんだ。災難だったな。ところで光一はどこにいるんだ? 」


「光一は中世界海フィールドにいます。帰ってきてから孤児院と海を往復する毎日で……」


「恋人に仕事を押し付けていい身分だな。まあ俺が気合い入れてきてやるよ」


「光希さん、光一は守りたい人たちを守れなくて、仲間を失って傷ついてるんです。蟲型異星人。あの世界ではインセクトイドと呼んでいるのですが、そのインセクトイドの最後の大侵攻の時に世界各地に多くのインセクトイドが同時上陸したんです。その時外国で戦っていた私たちは動くに動けず、日本への救援が遅れてしまって多くの人が犠牲に……光一はそれをずっと悔やんでいて……」


「そうか……わかった。俺に任せてくれ。俺も似たような経験をしてるからな」


 俺は夏美から事情を聞いて、あの時シルフィを救いにいけなかった頃のことを思い出していた。


「光希さん……お願いします」


「教官、お願いします。今の光一は夏美を失った時のようで見ていられないのです」


「魔王様お願いします。勇者様をどうかお救いください」


「主よ……お願い致します」


「ああ、任せておけって。夏海はここで待っていてくれ。光一が腹を空かせて帰ってくるから、夕食は豪勢にな? 」


「はい。みんなで美味しい料理を作って待ってます」


 心配そうに頭を下げてお願いをしてくる夏美たちに、笑顔で大丈夫だと言って夏海に彼女たちを任せて海フィールドへと転移した。


 しかし魔王に勇者を救えって言うレミもどこかおかしいよな。ナナもなんの疑問もなく隣で頭を下げてたし、二人とも天然なのか?



 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 俺が海フィールドに転移をして探知の魔法で光一の気配を探すと、数キロ先の浜辺に光一の反応を見つけた。


 このフィールドもLight mare所有のフィールドだが、夏に子供たちと海水浴をしたり釣りをする以外は使われていない。子供たちが大きくなったら漁業などさせるつもりだ。


 そんな1月の肌寒い季節の海に、光一は砂浜の上で体育座りをしてボーッと海岸線を眺めていた。


「よう、光一。なにガラにもなく黄昏てんだよ。お前らしくねえぞ? 」


「こ、光希!? いや……そうかな。そうだよな……」


「まあ大変だったみたいだな。デカイ虫の異星人だったんだって? 俺が呼ばれなくてよかったよ」


 俺が声を掛けると光一は首をこちらに向け、驚いた顔をした後に力なく下を向いた。


 俺はそんな光一の隣に座り、少しおちゃらけた感じで異星人の話を振った。


「ああ……2mの二足歩行の蟻と空飛ぶバッタに蜂が数千匹。5mのカマキリの群れに、10m以上あるダンゴムシ。それに20mの蜘蛛やらなんやらいっぱいいたよ。夏美なんて発狂しちゃってさ、なだめるのに大変だったよ」


「うえっ! マジかよ。ダンジョンの虫もデカイっちゃデカイが、さすがにその数は無いわ。20mの蜘蛛とか見るだけでもゾッとするな。俺の世界の奴らには絶対に火星に行かせないようにしないと」


 2mのバッタが数千匹に20mの蜘蛛とか、俺と夏海は数年はトラウマに悩まされそうだわ。


「そのうえ魔法みたいなの放ってくるんだぜ? 最後の方はかなり苦戦したよ。犠牲もたくさん出た……」


「そうか……日本にいなかった時に大侵攻があったんだってな」


「ああ……日本軍をインセクトイドと戦えるように鍛えたあと、外国から救援要請があってね。夏美も限界だったし、そんなの無視して帰ろうと思ったんだけど……あの世界各国はかなり追い詰められててさ。安全な日本に子供たちを頼むって、自分たちはインセクトイドと戦う。けど子供たちだけはって船で送ってきたんだ。大量の食料や貴金属を載せてさ」


「そこまで追い詰められていた世界だったのか……」


 まるでアトランのエフィルたちのようだな。死を覚悟して子供たちだけでも救おうとしてたのか……そりゃ光一が動かないわけがないか。


「多くの戦友を失ったよ。日本でも海外での戦いでも……日本を救えると思った。世界を救えると思ったんだ。そして光希のようになれるって本気で思っていたんだ。けど俺は……俺は救えなかった。勇者だなんだと呼ばれていい気になってた俺は、世界を救えなかったんだよ……」


「なに言ってんだ。日本を救うためにあっちの世界に行ったんだろ? 敵の親玉を倒してその日本を救えたから戻ってこれた。ミッションコンプリートじゃねえか」


 アマテラス様は光一が日本を救ってくれたと、今後インセクトイドが来ても戦える力を与えてくれたと言っていた。ならそれで勇者としての役目は果たした。数十年、数百年後にまたインセクトイドが来た時に、また世界が破滅しそうなら別の勇者が現れるだろう。光一の役目は終わったんだ。


 俺がそう伝えると光一は首を横に振り、子供たちのために世界を救うと自分で決めたことを達成できなかった。日本ほどほかの国は戦う術を得ていないと、まだ各国には多くのインセクトイドが残っていたと語り始めた。


 話を聞くと、どうやら光一はインセクトイドの大侵攻で、日本を救出するのが遅れたことで心が折れてしまったらしい。それで戦うことができなくなり、救おうと決心した世界を救いきれずに途中で放り出してきたことを気にしているようだった。


 次に大侵攻があった場合。戦う術を持つ日本はともかく、ほかの国は滅ぶだろうと。せめて各国に残るインセクトイドを殲滅してから、戻ってくるべきだったと後悔しているようだ。


 俺ってそんな完璧主義者だったか? いや、昔はそうだったかもな。今は全てを救うことなんてできないって理解してるからな。その違いか。


「お前は限界まで戦った。そして敵の親玉を倒した。それで十分じゃねえか。それだけの大侵攻だったんだ。少なくとも今後数十年は大丈夫だろうよ。その間に日本を中心に人類は地上のインセクトイドを殲滅して、次の大侵攻に対抗できる力を得ているはずだ。お前はよくやったよ。救ったあとのことなんか気にするな。元はその世界の人間が処理すべき問題だ。あとはその世界の人間が上手くやるさ」


 やるだけのことをして死なないで戻ってこれたんだ。恋人も失うことなくな。


 恋人を失い、救った人たちによってエルフや獣人たちを滅ぼされそうになった俺よりはマシだろ。


「もっと上手くできると思ったんだ。この世界を救った光希みたいに……でも俺は仲間を……最後の大侵攻で京都が壊滅して……あんなに祖国を真剣に想い戦っていた仲間を救うことも、その家族も救うこともできなかった。今この時も世界各地でインセクトイドが暴れ回っていて……子供たちがインセクトイドに……」


「だあぁぁ! ウジウジウジウジうるせえ! 俺みたいに救いたかっただ? お前アトランで何を見てきたんだよ! 救った人族が救ったエルフたちを滅ぼそうとしてたんだぞ!? 恋人を失ってまで救った世界がそんなんになってたんだ! あんなのを見て俺が本当にアトランを救った勇者だとでも言えんのか? 確かに俺と蘭は魔王を倒した。でもその後のことなんてどうしようねえんだよ! 結局はその世界に生きている者たちがどうにかするしかねえんだよ! それにお前は勘違いをしているぞ? 勇者ってのは世界を救う存在なんかじゃねえぞ? 」


「え? でも……アマテラス様やリアラ様は日本を、世界を救って欲しいって……」


「それは違う光一。勇者ってのは、勇気を与える者という意味なんだよ。滅びかけ絶望しか無いその世界の人々に勇気を与える者なんだ。俺たちはその身を削って戦い、世界に希望を与えるのが役割なんだよ」


 たった一人で世界を救う? そんなことできるわけがねえんだ。そうして無理をした勇者はみんな途中で死んじまった。


 俺たちは勇者は現地の人々に希望を与え、その世界の人々に戦う勇気を与える存在なんだ。


 俺だってたった一人で魔王を倒せたわけじゃない。俺と蘭がヴェール大陸にたどり着くまでに、師匠を含め世界中の人たちが戦いその命を落とした。俺は彼らが命懸けで開いてくれた道を通り、ヴェール大陸にたどり着くことができたんだ。


 世界に希望を、勇気を与えることができたから、俺と蘭は力を温存したまま魔王城へと侵入できたんだ。


「勇気を与える者が……勇者」


「そうだ。お前と夏美たちは日本に、世界に戦う勇気を与えるためにあの世界に呼ばれたんだ。インセクトイドに殺される未来しか見えない人々の前に、ある日突然お前という希望が現れた。自分たちが敵わなかった敵をあっさり倒すお前たちを見て、現地の人々は戦う勇気を持つことができた。未来への希望を持つことができたんだよ。そして皆が武器を取り日本を、世界を取り戻すために戦った。その時点でお前の勇者としての役割は終わってんだ。お前一人で戦って世界を救うなんてことは、女神たちだって望んでねえんだ。大侵攻も残ったインセクトイドの処理もオマケだ。そのオマケをやり残したからって気に病む必要はねえんだ。あとはその世界の住人たちが戦う。お前の役目は終わったんだ。もう休んでいいんだよ」


「俺は……勇者としての役割を果たしていた……みんな……戦った……家族を守るために……俺の呼びかけに応えてくれて……倒せた……強かったあの蜘蛛の化物を……でもみんなが……村田さんも野山さんも寺田もジェフリーにセルバチョフもみんな……みんな死……うぐっ……ひっく……うあぁぁぁぁ! 」


「辛いよな勇者ってよ……家族と引き離され、恋人や戦友を失い……なんでこんな辛い想いをしなきゃなんねえんだろうな」


 この一年我慢していたのだろう。砂浜に額をつけ失った仲間を思い泣く光一に、俺は静かにそう言葉を投げ掛けた。


 失った仲間の名前なのだろう。光一はずっと彼らの名前を泣きながら呼んでいた。


 ごめんみんな。俺がもっと強ければ。もっとたくさんのインセクトイドを倒せる力があればって……


 そんなかつての自分と同じ光一を見ていると、光一を勇者に推薦したことへの罪悪感がジワジワと湧き上がってきた。


 あ〜これは悦司には体験させられねえわ。分身である光一にしか無理だな。すまんな光一。


 さて、ここで心折れられると、俺と光一以外の人間が犠牲になりかねないからな。ここは光一に復活してもらわないと。我ながら鬼畜だけど、俺の分身なら大丈夫だ。


 光一をやる気にさせる手はある。けどその前に、コイツがどんくらい強くなったのか確認してからにしないとな。


 俺は泣き喚く光一の隣でそっと鑑定を掛けた。




 佐藤 光一


 職業: 勇者


 体力:SS


 魔力:SS


 物攻撃:SS


 魔攻撃:SS


 物防御:SS


 魔防御:S


 素早さ:SS


 器用さ:S


 運:B



 魔法: 上級風魔法


 備考:紋章魔法使用可能: 転移・天雷・天使の護り・探知・氷結世界、雷矢、鑑定、遮音




 お〜お〜SSランクになってるな。こりゃ最前線で相当戦い続けたな。


 全属性を扱える勇者なのに魔法を風魔法しか覚えていないのは、アトランから帰ってすぐに勇者になったから魔法書をやるのは少し様子を見ようと思ってたんだよな。そしたらいつの間にか並行世界に行っちまったからな。


 まあこれならあとは技量をテストして、その後の光一の気持ち次第で強化してやるか。



「光一。いつまで泣いてんだ。強くなりたいなら止まってたら駄目だろうが。勇気と希望を与えたうえに、勇者の本分を超えて人々を救いたいなら、今よりもっと強くなるしかねえだろうが。それとももう勇者をやめるか? リアラに言ってその勇者の称号を取ってもらおうか? まあそうなったら二度とインセクトイドに襲われてる世界には行けねえけどな」


「ぐすっ……ど、どういうことだよ光希……あの世界から俺は帰ってきたんだ。もう二度とあの世界には行けないはずだ」


「おいおい、俺がしょっちゅうこの世界に来てるのを忘れたのか? 俺はこの方舟世界の人間じゃねえぞ? 」


 アマテラス様に頼めば、俺が光一が行っていた世界に行くのは簡単だ。俺が一度行けばいつでも行けるようになるし、帰ってくることもできる。つまり光一はやり残したことをしに戻れるってことだ。


 俺は戦わないけどな。虫は嫌だから見たくもない。勇者は光一だし。


「え? でも召喚されたのは俺で、光希はあの世界には……まさか……いけるのか? 」


「アマテラス様に頼めばな。なんたって俺は現人神だからな」


「え? 現人神? 神? え? え? 」


「お前のせいだよ! お前がアトランで布教しただろ! アレのせいで信仰が集まって神への道まっしぐらになったんだよ! 」


 俺はアトランでの光一の行いを思い出し、思いっきり光一の頭をどついた。


 結果的には破壊神シーヴから召喚されなくて済むようになったからよかったが、それとこれとは別だ。


「イデッ! え? まさか本当に? ぶっ! わははは! マジか! 光希が神!? 光希神か! ざまぁ! 俺を教祖なんかにするからだ! わははは! これから光竜教の教祖として、光希神を毎日祈ってやるよ! わははは! 」


「この野郎……詫びるどころか笑いやがったな! 上等だ! 帰ってきたらヤキを入れるつもりだったのを忘れてたぜ。四肢を切り取って目の前で燃やしてやるよ! オラ立て! 」


「あぎゃっ! ぐっ……イテテ……じょ、上等だ光希! やれるもんならやってみろ! お前が俺の四肢を切り取って記憶を消してるのを知ってるんだからな! ちょっと覗いたくらいでダルマにしやがって! お、俺だって強くなってんだ! 前のようにはいかないからな! 」


「人の女の風呂を覗こうとするお前が悪いんだろうが! そうやって開き直るならこっちにいるお前の恋人のサキュバスのルミと、ダークエルフの鈴を俺のヌーディストビーチに招待してやるよ! これでお互い様だな」


「なっ!? ルミと鈴に手を出すんじゃねえ! ぶっ殺す! 『天雷』! 」


 俺が覗いたことを開き直った光一に同じことをルミたちにすると言うと、光一は真っ赤になって怒りいきなり天雷を放ってきた。


「フンッ! 『氷結世界』! 『冥界の黒炎』! そういうのは俺を殺せるほどの力を身につけてから言え! オラッ! 」


 俺は氷結世界で自分と周囲を包み、光一の天雷を全て受けきった。そしてすぐさま光一に向けて冥界の黒炎を放つと同時に聖剣を抜き、全力で砂浜を駆け斬り掛かった。


「て、転……くっ……間に合わない! 『天使の護り』! アガッ! ガッ! 」


 光一は俺の魔法により中級結界を壊され、下半身を焼かれながらも黒魔剣を取り出し俺の剣を受け止めようとした。しかし俺の攻撃を受け止めきれず後方へ吹っ飛ばされた。


「そんなもんか? なんだ、虫の異星人は経験値だけ多いボーナス的な存在だったのか。ハンデだ。転移と結界は使わないでおいてやるよ」


 俺は砂まみれになり倒れる光一を見下ろし、そう言って鼻で笑ってやった。


「く、くそっ! 俺だって死に物狂いで戦ってきたんだ! ルミと鈴を兄貴に取られてたまるかよっ! 『転移』! 」


「格上の転移使いに転移を使って攻撃しようとすんじゃねえ! 」


 俺は相変わらず転移を使いまくる光一にそう言い、探知を全開にかけて光一が現れる場所へ斬り掛かった。


「うわっ! ガッ! ぐぅぅ……ま、まだまだぁ! 『雷矢』! うおおおお! 」


「そうだ。それでいい。『雷矢』 」


 光一が50本の雷矢を俺に飛ばすと、俺は同じく50本の雷矢でそれを迎撃した。そして砂浜を駆け斬り掛かってくる光一に、稽古をつける感覚で剣を交えた。


 それから3時間ほどが経過しただろうか?


 光一は俺に魔法は通用しないと見て、純粋に剣のみで挑んでいた。


 危ない時だけ転移を使うようになり、時おり鋭い一撃を俺へと放つこともあった。


 光一は強くなった。


 追い込まれてからの判断が確実に早くなった。特に攻撃を受ける時に急所を外す動きなど、目を見張るものがある。この技術は死地を幾度も経験しないと身につくものじゃない。


 どうやら俺から与えられた魔法で、ただ無双してただけってわけじゃなさそうだな。恋人を、仲間を守るために必死に戦ってきたんだな。


「はぁはぁはぁ……強え……なんだよ光希……どんだけ高みにいるんだよ……」


「なんたって神だからな。まあ強くなってるのは認めてやるよ。さて、そろそろ終わりにしてやるか。そのあとレミと鈴の裸はこの目にしっかり焼き付けるとするかな」


「ぐっ……この魔王が! いいぜ! とっておきのを見せてやるよ! 」


「オイオイ、俺相手に全力じゃなかったってのか? 舐められたもんだな。いいだろう。お前の全てをぶつけてみろよ。一撃でも入れれたらルミと鈴には手を出さないでやる」


「言ったな! その余裕な顔を青ざめさせてやるよ! 『雷矢』! 」


「なんだ? 足狙いか? 『雷矢』 」


 俺は光一が地上スレスレで放った30本ほどの雷矢を、同じ本数の雷矢を放ち相殺しようとした。


「『重圧』 『雷糸』 」


「なっ!? ぐっ……『風刃』」


 しかし俺が光一の雷矢を相殺すると同時に、いきなり身体が重くなった。


 俺は予想していなかったその攻撃をモロに受け、片膝をついてしまった。


 光一を見ると手に魔石のような物を持って俺へと向けていた。


 まさか重力魔法が付与された魔石? いや、しかしそんなもの光一には渡した覚えがない。


 そう俺が考えていると、次に光一はもう一つ魔石を取り出しそこから雷をまとった糸を放った。


 俺はスパイダー○ンかよと心の中で毒づきながらも、それを迎撃するために数十枚の風刃を放った。


 キンッ キンッ


「なんだと!? ぐあぁぁ! 」


 しかし俺の風刃は糸に弾かれ、俺は糸により全身を包まれた。そして糸がまとっていた雷により、ダメージを受けることになった。


「わははは! これが蜘蛛型のボスから奪った能力だ! トドメだ! 」


「なめんなっ! 『プレッシャー』 フンッ! 『轟雷』! 」


 俺は嬉しそうに高笑いをする光一を睨みつけ、駆け寄ってくる光一に魔力を多めに込めたプレッシャーを放った。


 そして聖剣で身体にからみつく糸を切り裂き、砂浜にうつ伏せでへばりつく光一へと轟雷をお見舞いした。


「あぎっ! ぎゃあぁぁぁ! 」


「調子に乗りやがって……くそっ! 舐めてたわ。まさか光一が重力魔法を使えるとはな。それになんだあの糸。魔法耐性があんのかよ」


「じ……じぬ……ポ……ポーション…………んぐっ、んぐっ……はぁはぁはぁ……い、一撃……入れたぞ……へへへ……ビビったか……あの魔法には俺も苦労したんだ」


「チッ……負けだ負け。鑑定に頼り過ぎてたわ。まさかそんな魔法が付与された魔石を持っていたがなんてな。てかそのポーション中級じゃねえかよ。『ラージヒール』ほら、立てよ」


 俺は黒こげのまま気持ち悪い笑みを浮かべ嬉しそうな光一に、ラージヒールを掛けてから腕を掴み立たせた。


 そしてパンツまで焼けて、すっぽんぽんになった光一にローブを渡した。


 お互い鎧を装備してなかったからな。


「へへへ、魔法を付与した魔石じゃないんだなこれが。インセクトイドの特殊能力は、この魔石に魔力を流すことで発動すんだ。俺はその魔石を奪って魔道具として使ってるんだ。本当は剣に取り付けたかったんだけど、あっちにはドワーフがいないからな。そのまま使ってるってわけだ」


「なんだよその便利な魔石。最初から魔法付きの魔石が手に入るなんて、こっちは商売上がったりだな」


 ミスリルなどの希少鉱石も、付与魔法を使わないでも魔法を放てる魔石とか、こっちにインセクトイドが現れたらうちの商売上がったりだ。


「まあね。蟻とバッタは特殊能力がなかったけど、カマキリ型から風刃のような特殊能力付き魔石を持ってたんだ。だから日本軍の戦力を上げるのは割と楽だったよ。倒したインセクトイドの魔石を持てばみんな魔法使いさ。でも千体くらい倒した時に、カマキリ型のインセクトイドの魔石は使えなくなった。だから多分これも回数制限があると思う」


「それだって数を揃えられるんだから、ダンジョンの魔物と戦うよりは有利に戦えるだろうさ。確かにこれなら一年で帰ってこれるな」


 俺は光一たちが短期間で日本を救った理由がわかり納得した。


 兵士全員が魔法使いならそりゃ強いわな。その人間が死んでも、魔石さえ回収できれば戦力は落ちないわけだし。


 俺も軍だけだけど、スクロールや魔石への付与魔法で似たようなことをしているしな。


「へへへ、光希に一撃入れられた……俺が光希に……へへへ……」


「チッ……それを悟らせないために3時間以上打ち合ってたってわけか。そして地を這う雷矢で俺の意識を下に向けさせて、とんでもなく強力な重圧の魔法を不意打ちで浴びせて動きを止めた。そうして俺が魔法でしか迎撃できない状況を作ってから、魔法を弾く糸を放ったわけだ。やられたよ」


 光一のくせに頭使いやがって。


「いやぁずっとドキドキしてたよ。とっておきの手とか宣言した時は余計なこと言っちまったって焦ったし! 通用してよかった〜」


「くっ……まあいいか。合格だ。とりあえずこれをやるよ。欲しがってたろ? 」


 俺はそう言って光一に上級火魔法書と上級錬金書。そして上級闇魔法書を投げ渡した。


「え? マジで!? 闇魔法書キターーー! 火魔法に錬金も!? やったー! これで契約魔法が使える! 豪炎を撃てる! 鉄から武器だって作れる! ありがとう光希! 超愛してるよ兄貴! 」


「うおっ! よせっ! 抱きつくな! ほらっ! それを覚えて練習して、インセクトイドのいる世界を最後まで面倒みてこい! だが夏美さんを説得するのはお前がやるんだぞ? 俺は知らないからな」


 俺は光一を引き剥がし蹴り飛ばしながら、夏美の説得をちゃんとするように言い聞かせた。


「ぶべっ! ううっ……わ、わかった。なんとか説得してみる。でももう二度と行かないって言ってたからなぁ。でも世界中を回るから長期戦になりそうだし……今度はルミと鈴も連れて行きたいし……」


「まあせいぜい頑張って説得しろ。鈴のことは里長に俺から言っておいてやる。さて、もう日が傾いてきたし帰るぞ。夏海たちが夕食を作ってくれてるはずだ」


「ああ、そうだな。帰るか。よーし、明日から練習しまくるぞ! へへへ、どのフィールドに行こうかなぁ」


「まったく、単純なやつだ……」


 俺は最初とは打って変わって嬉しそうにしているもう一人の弟を見て、世話の焼けるやつだと呆れていた。


 それから俺たちは色々荒れた砂浜を元に戻してから、転移で光一の家に帰った。


 光一の家ではこの世界のお袋と夏美たちが料理を作って待っており、俺が戻った時は皆が未だに心配そうな顔をしていた。しかし光一が上機嫌に現れて、皆に心配掛けてごめんと。もう大丈夫だからと言うと夏美たちは、目に涙を浮かべて光一に抱きつき喜んでいた。


 その後は皆で楽しい夕食を過ごし、そこで俺は元の世界のお袋が見つかり弟とも再会できたと、方舟世界のお袋に報告した。その時に俺のことを受け入れてくれたということも、少し照れながら伝えた。


 そしたらお袋は泣きながら良かったって。だから言ったでしょって、そう言って俺を抱きしめてくれた。


 光一も夏美も神崎もみんな喜んでくれてさ、俺はめちゃくちゃ恥ずかしかったよ。


 そして夜遅くまで皆と色々な話をして、俺と夏海は家へと戻った。




 俺たちは勇者だ。


 末期世界に召喚され、その世界に勇気と希望を与える者だ。


 なりたくてなったんじゃないし、なんで俺がって思うことも数えきれないほどあった。


 けど、何もない俺が人を救った。


 ただの大学生だった俺が世界を救ったんだ。


 家族や恋人を失ったりもしたさ。


 でも最後は全部取り戻せた。


 それだけじゃない。苦労した分、痛い思いをした分。たくさんのご褒美をもらえた。


 だから光一。


 お前も勇者として頑張れ。


 その先には俺と同じ幸せな未来が待ってるからさ。


  頑張れよ、二代目勇者光一。




※※※※※※※※※※


作者より。


次話とうとう最終話です(இ௰இ`。)

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