第16話 美魔女

 




「異世界に魔王ねえ……信じられないわ……信じられないけどさっきの魔法と光希を見ていると、信じざるを得ないわね」


「僕は信じるよ。さっき魔法を見たからね。異世界だなんて創作の世界だと思っていたけど、本当に存在してたなんて驚きだよ。でも兄さんが勇者かぁ……あの兄さんが勇者……勇者? 」


「オイ、 悦司! 露骨に首を傾げんな! 」


 誰よりも俺の過去を知る弟の反応に、俺はテーブルを叩いて抗議した。


 まあ4年前のお気楽ご気楽大学生だった頃の俺の記憶のままだからな。そりゃ信じられねえわな。





 お袋と弟と再会を果たした後。


 俺と婚約者たちは庭から玄関へとまわり、実家のリビングへと移動した。


 そして凛たちをソファーや持ち込んだ椅子に座らせて、俺はキッチン前にあるダイニングテーブルへとお袋たちを座らせた。


 そのあと俺は蘭とシルフィを左右に座らせ、まずは蘭たちを一人一人紹介した。まあみんなお袋とは二度目だからリラックスして挨拶していたよ。お袋は全員が俺の将来のお嫁さんだと聞いて、未だに信じられない感じだったけどな。


 婚約者たちの紹介を終えた後は、4年前に突然姿を消した理由をなるべく簡潔にお袋たちに説明した。神になったことは伏せてある。また死んだと思われそうだしな。


 30分ほどかけて魔王を倒し並行世界の日本に住んでいるところまで話すと、お袋はやっぱり理解できていない様子だった。


 まあ勇者だの魔王だの魔物だのはお袋にはサッパリだろうな。ただ、俺がこことは違う世界で戦っていたことは理解できたみたいだ。その点、悦司はファンタジー物のアニメやラノベを昔から見ているので理解は早かった。


 だからなのか、物語の勇者の自分の兄を比べて微妙な顔をしている。気持ちはわかる。あの頃の俺はなんも考えていないただの大学生だったからな。


「アハハ……いや、あの優しい兄さんが剣を持って戦うとか想像できなくてさ。ケンカとかもしたことなかったよね? 」


「まあな。人間環境が変われば中身も変わるさ。戦わないと死ぬという環境に放り込まれれば、俺でさえ戦わざるを得なくなる」


「光希……目を見ればわかるわ。辛い思いをしてきたのね光希」


「そうか……それもそうだよね。兄さんからものすごいオーラみたいなのを感じるし。なんというか絶対に敵わないって感じの。それにその身体。相当鍛えているよね? 最初別人かと思ったよ」


「ずっと戦い続けてきたからな。色々あったんだよ。でも彼女たちに支えられて俺は戦うことができた。生き延びることができたんだ」


 俺は隣に座る蘭の手を握りながらお袋と弟にそう答えた。


 出会いと別れ。喪失に絶望。そして再起。


 弱かった俺をいつも支えてくれたのは蘭だった。蘭がいなかったら今の俺はなかった。


「主様……」


「そう……皆さんありがとうございます。光希を支えてくれて……光希を私のもとに戻してくれて本当にありがとうございます」


「お義母様! 頭を上げてください。ダー……光希さんに助けられたのは私たちの方です。ずっと私たちを守ってくれてたんです。そんな愛する彼を支えるのは当然のことです」


「そうですお義母様! 私など本来ならこの世にいないはずの存在です。それを光希が繋ぎ留めてくれたんです。そしてずっと私を支えてくれているんです。感謝すべきなのは私の方です」


「蘭も主様に出会わなかったならとっくに死んでいました。主様のおかげて神狐にまでなれたのです。主様を支えるのは当然なんです」


「私もですお義母様。滅びかけた二つの世界のエルフがコウに助けられたんです。こんな素晴らしい男性をこの世に誕生させてくれたお義母様に感謝します」


 お袋が蘭たちに頭を下げると皆が慌てて反論した。


 リムとミラなんて立ち上がって両手を振ってオロオロしている。


 しかしこの状況は照れるな。俺は彼女たちがいなければ動かなかったような、勇者失格の男なんだけどな。魔王にもなったし。


「皆さん……光希。いい子たちと出会ったのね。全員がお嫁さんというのは驚きだけどね。まさかあんなにモテなかった光希が……毎年バレンタインデーはお母さんからしか……」


「ちょっ! 今ここでそれを言う必要はないだろ! 」


 お袋からのチョコはノーカンだろ!


「凄い……あの兄さんがこんなに綺麗な女性たちから想われて……あれ? でもいま蘭さんは神狐とか言ってませんでした? シルフィーナさんでしたよね。貴女もエルフとか……」


「はい。蘭は神狐です」


「言ったわよ? だって私はエルフだもの……あっ、そういえば隠してたわね。コウ、もういいんじゃないかしら? 」


「ああそうだな。お袋、悦司。俺のお嫁さんに恋人たちなんだけど、凛と夏海以外は人族じゃないんだ。蘭、幻術を解いてくれ」


「はい! 」


「え? どういうこ……頭に耳!? え? 角!? 」


「うわっ! エルフに狐耳!? それに竜人? に……もしかしてサキュバス? 」


「正解だ悦司。エルフと神狐、それに竜人種にサキュバス種だ。みんな進化しているから、凛と夏海も正確には人族じゃないけどな。まあ俺もなんだけど。とにかく種族が違えど全員俺が愛する女性たちだ」


 俺は驚くお袋と悦司に蘭とシルフィの肩を抱いて自慢げにそう言った。


「な、なんというか個性的な子たちね……でも本当に異世界にいたのね……お母さんもう完全に信じたわ」


「す、すごい……美しい……に、兄さん! ほ、ほかには? ほかにエルフの人たちはいるの? 」


 お袋は顔を引きつらせながらも完全に俺の話を信じたようだ。一方悦司はシルフィをガン見した後にテーブルから身を乗り出し、興奮した様子でほかにエルフがいないかを俺に聞いてきた。


 気持ちはわかるよ。ファンタジー世界の住人が存在してるなんて知ったらな。そりゃ食いつくわな。


 しかしこの食いつきようは……


「なんだお前エルフスキーだったのか? 俺の住む並行世界にはエルフもダークエルフもいるぞ? 」


「ダークエルフも!? 行く! 行きたい! 兄さんの住む世界に行きたい! 」


「え、悦司!? 」


「ははは、いずれ呼ぶつもりだったからいいさ。とりあえずもう夜は遅いし、続きは明日話そう。彼女たちとここに泊まるからさ」


 俺はひと通り説明はしたし、時計の針も12時を回っていたので今夜はここまでにすることにした。


「あ、もうこんな時間なのね……お部屋はどうしようかしら? この人数じゃリビングに寝てもらうしかないけど、お布団が足らないわ」


「大丈夫だよお袋。俺の部屋に全員泊める。そういう魔法の道具があるんだよ」


「え? 魔法の道具? この人数が光希の部屋に泊まれるほどの? 」


「そうだよ。あとで見せるからとりあえず部屋に行くよ。悦司。約束は果たしてあるよな? 」


「え? あ、うん! 男の約束だ。ちゃんとやったよ」


「よし。よくやった。褒美だ。お前にはエルフを紹介してやろう」


 俺はパソコンとエロ本の処理をしてくれた愛すべき弟に、エルフとお近づきになるチャンスをやることにした。


「え!? ほんとに! 一生付いていきます兄さん! 」


「ははは、うまくいくかはお前次第だけどな」


 俺よりイケメンだからな。つまりエルフ基準じゃ微妙かもしれない。あとでシルフィに聞いてみるか。


 俺はインテリチックなイメージはどこへやら。昔のように無邪気に喜ぶ弟の頭を撫で、蘭たちを連れて自分の部屋へと向かった。


 そして階段を上がりすぐ左手のドアの前で立ち止まった。ドアには小学生の頃に親父と作ったネームプレートが掛けられたままで、そこにはひらがなで『こうきのへや』と書かれていた。


 懐かしい……親父との思い出の品だから、ずっと掛けっぱなしだったんだよなこれ。

 これを作った次の年に、俺が小学4年の頃に親父は病気で逝っちまったんだったな。


「主様? 」


「ん? ああ、ここが俺の部屋だ。6帖の狭い部屋だからちょっと片付けてくる。少し待っててくれ」


 俺は魔導テントを置くスペースを先に作らないとなと思い、そう言ってドアを開き懐かしの部屋へと入っていった。



「ははは、あの時のままかよ」


 部屋の中はこの世界で4年前のあの時のままだった。机の上には大学の教科書や参考書にノートが置きっぱなしで、ベッドもそのままだった。ただ一つ、パソコンが無くなっていたのは悦司が処分してくれたからだろう。ちゃんと水没させたあとに捨ててくれたに違いない。


 俺はクローゼットの中やベッドの下を確認して悦司の仕事の完璧振りに頷いたあと、ベッドと机をアイテムボックスに入れてスペースを作った。


 そして魔導テントを展開し、蘭たちを部屋へと招き入れた。


 部屋に入ると蘭たちは部屋中を見回したあと、凛が棚から卒業アルバムを引っ張り出してきてみんなでワイワイと見始めた。


 絶対探すと思っていたよ。


 ミラだけはニヤニヤしながら、クローゼットの中で別の物を探している様子だけどな。残念だったな。俺に死角はない。


「ちぇっ! 光魔王様の好みを知りたかったのに、えっちな本が一つもないや〜」


「やっぱりな。エロ本なんかあるわけないだろう。俺はピュアで真面目な学生だったんだ。それよりほら、狭いとこで立ってるな。みんなテントに入ってくれ」


 俺はミラに余裕の表情で返したあと、魔導テントを展開してさらに狭くなった部屋で卒業アルバムを見ている凛たちをテントへ誘導した。


「「「はーい! 」」」


 凛たちはアルバムを開いたまま、キャーキャー言いながらテントの中へと入っていった。


 そして最後にミラが入っていったところで、お袋が布団を抱えて部屋へとやってきた。


「光希一応お布団を……あら? 皆さんは? 」


「テントの中だよ。これは魔導テントといって見た目よりずっと広いんだ」


「このテントに!? 」


「ほら、中を覗いてみなよ」


 俺はイマイチ信じられない様子のお袋から布団を受け取り、テントをまくって中を覗くように言った。


「どう見ても4人入ったらもう入れないようにしか……ええ!? 」


「な? 中は広い2LDKになってるんだ。寝具も余分にある。8人くらい余裕で寝れるよ」


 俺はテントに顔を入れ、リビングを見て驚いているであろうお袋の背中に向かってそう言った。


「蘭さんたちがソファーでくつろいでいたわ……なんだかもう……何が何やら……お母さん今日は一生分驚いてるわよ」


「ははは、そりゃそうだろうな。4年振りに息子が現れたと思ったら異世界に行っていて、その異世界の女の子たちを嫁さんにするって連れてきて魔法まで使えばな」


「ほんとよ……こんなこと夢なんじゃないかってまだ思っているわよ。本当に帰ってきたのよね? 」


「ああ、夢なんかじゃないよ。俺は帰ってきた。20年振りにこの家に……」


 俺は存在を確かめるかのように手を握ってきたお袋に、夢なんかじゃないと俺はここにいると言ってその手を握り返した。


「20年? 4年でしょ? 」


「ん? ああ、そこは説明してなかったか。俺は異世界に15年以上いたんだ。だから24歳じゃなくてもう40になってるんだよ」


「え? なにを言ってるのよ、20歳くらいにしか見えないわよ? お母さんをからかってるの? 」


「からかってないよ。時の魔法で歳を取らなくしてるんだ。蘭が神狐だって言ったろ? 彼女の寿命は長いんだ。俺は彼女と同じ時を生きるためにこの魔法を手に入れたんだよ」


「ええ!? 時を止める!? 歳をとらない魔法だなんてそんなものが……」


「あるよ。見せてあげるよ。じっとしていてくれ『時戻し』 」


「え? ちょっ! なに? きゃっ! 時計!? え? え? 」


 俺は未だに信じられない様子のお袋に、時戻しの魔法を掛けた。


 お袋は俺の手から現れる無数の歪な時計に驚き、俺から離れようとした。しかし俺はその手を握り、動きを封じた。


 そしてお袋はあっという間に、歪な時計に全身を包まれていった。


 さて、ご近所さんの目もあるからな。10年くらいにしておくか。30代半ばかそこらならごまかせるだろう。


 俺は歪な時計に包まれるお袋を見ながら、時計の針を逆回転させていった。


 そしてだいたい10年ほど時を戻したところで針を止め、魔法を解除した。


 時計が消えたあと、そこには怖かったのだろう。涙目になったお袋が俺を睨んでいる姿が現れた。


 その顔はシワが無くなっており、痩せ細った身体も健康的な体型に戻っていて顔色も良くなっていた。


 うん、中学の時のお袋ってこんな感じだったな。


「ちょっと! 何よ今の! お母さんに何をしたの! びっくりしたじゃない! 」


「イテッ! 時の魔法を使えるって言ったろ? 時を止めることもできれば、戻すこともできるんだよ。ほら、見てみなよ」


 俺は涙目で頭を叩くお袋にそう言い、部屋にある姿鏡の前に立たせた。


「時を戻すってあんたそんな……ひえっ!? あ……な……わ、わたし? わ、若返って……る? 」


「な? だから言ったろ? まあそのなんだ……お袋ごめんな。心配かけて。この4年でやりたい事もあっただろ? 俺がいなくなって、できなかったことをお袋にはやって欲しいんだ。俺はもう帰ってきたんだしさ、リスタートってやつだ」


「こう……き……お母さんは光希が戻ってきてくれただけで……それだけで……ああ……光希……」


「お袋……」


「光希……ああ……でもどうしよう……」


「ん? なにが? 」


「お母さん……お母さんナンパされちゃうかも! 」


「は? 」


 あれ? これどこかで……デジャヴ?


「お母さん若返って綺麗になったから、街に出たらナンパされちゃうかもって言ったのよ! ああどうしよう! 昔の服まだ着れるかしら? もう今日はなんて日なの! あっ! マスクしないとお隣さんに怪しまれるわね! 光希! お母さんも光希の住む並行世界? そこに行くわ! そこならもっと若返っても平気よね! 光希も綺麗なお母さんの方がいいでしょ!? いいわよね? 青春よ! リメンバー青春よ! あの頃のトキメキをもう一度よ! 」


「え? あ、うん……ええ!? 」


 そんなあっさり移住を決断していいの!? いや、国籍取得とかは女神の島の光魔王国のを発行すればいいけどさ。でも青春て……哀れ親父……


「そうと決まったら明日、光希が外国で成功して帰ってきたって心配してくれた人たちに伝えないと! それでお母さんも海外に移住するってことにするわよ! 光希、明日はお母さんとご近所周りするからね! そのあと旅立ちましょう! 新しい人生に! 」


「新しい人生って……まあいいけど……」


「決まりね! お母さん魔法も使ってみたいから使えるようにしてね! 昔アニメで憧れてたのよね。テクマクマヤココ〜♪ あっ! 光希のとこでは20代にしてね! 永遠の20代よ? そうよ! 悦司にも引越しの準備をさせなきゃ! 悦司〜! お母さん美魔女になったの〜! 見てー! 」


「あ、オイ! お袋……いっちゃったよ……」


 俺は言いたいことを言って部屋を出て、悦司の部屋に突撃していくお袋を呆然と眺めることしかできなかった。


「ぷっ! 陽子さんは世界が変わっても陽子さんね」


「ふふふ、陽子さんは陽子さんでした」


「陽子さんはああでないとね。本当に元気いっぱいの女性よね」


「見てたのかよ……恥ずかしい……あんな義母で本当に申し訳ない」


 俺はいつの間にかテントから顔を出していた凛と蘭とシルフィに、頭をかきながらそう言って詫びた。


「なに言ってんのよ! 私たちは明るい陽子さんが好きよ? また会えるのを楽しみにしてたんだから」


「そうです。蘭も陽子さんが好きです。また一緒に遊びたいです」


「私もそうよ。一緒にいると楽しいもの」


「そうか、まあ嫁姑でうまくいかないとかはお袋に限ってないからな。あんなんだし……ははは」


 しかしあそこまでテンションが上がるとはな。やっぱり女性に若返りは強烈な効果があるよな。


 再会してからはしんみりしてたけど、あれがお袋だ。底抜けに明るくて能天気で行動的な、太陽のような女性。それがお袋なんだ。


 だから親父がいなくなってもうちは笑いが絶えなかったし、俺も悦司もグレることなく育った。


 あれが俺の会いたかった自慢のお袋なんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る