第15話 ただいま

 




「ただいま。実家があったよ。転移は問題なく発動したから、間違いなくここは俺の故郷だ」


「あっ、主様! 」


「ダーリンおかえり〜」


「コウ、おかえり。それならみんな行きましょうか」


 俺が戻ると蘭たちは椅子から立ち上がり、飲んでいたティーカップを片付け始めた。


「でも光魔王様。ここって魔素が薄くない? ボク魔力切れになったらどうしよう……」


「確かに薄いな。でもこの世界には魔物がいないからな。魔法を使うこともそうそう無いだろうから大丈夫だろ。それに万が一の時用に魔力回復ポーションも大量に渡してあるだろ? 」


 ミラの言うようにこの世界には魔脈から魔力を抽出するダンジョンが無いからか、魔素濃度はかなり薄い。


 けど神力を有する俺には関係ないし、魔力回復ポーションも魔石もあるから何があっても大丈夫だろ。


「あっ、そうだった! ここには魔物がいないんだった! ボクすっかり忘れてたよ」


「ふふふ、ミラったら。それよりコウ、準備できたわ」


「ああ、じゃあ実家の庭にゲートを繋ぐかな」


 俺は椅子やテーブルをアイテムポーチに入れ、集まってきたシルフィたちにそう言ってゲートを繋ぐ準備を始めた。


「ダーリン、いきなり庭とかに出て大丈夫なの? 」


大国主神おおくにぬしのかみ様からお告げを聞いてるみたいだし、ゲートの光と共に現れた方が説明がはぶけそうだしな。それに4年間行方不明だったし……まあそういうことだ」


 神様のお告げのあとに、庭が光って俺たちが現れれば異世界にいたことも信じてくれるはずだ。


「主様は陽子さんに怒られるのが怖いんです」


「ふふふ、陽子さんなら泣きながらコウを引っ叩きそうね」


「ぷっ! ダーリンは神になっても陽子さんには敵わないのね」


「そう言うなって、小さい頃からお袋は俺と弟にとって恐怖の大魔王だったんだからさ」


 お袋が魔王だったら俺と蘭は勝てなかったろう。まさかシーヴが光一対策に召喚したりしないだろうな?


「あはは! 勇者なのに旦那さまが勝てない大魔王って強敵だよな! 」


「ふふっ……陽子さんは、光希が唯一敵わない魔王なのですね」


「男にとって母親ってのはそういうもんだ。だから後ろで笑うなよ? んじゃゲート繋ぐから。『ゲート』」


 俺は婚約者たちのからかいの言葉にそう返し、先ほど登録した実家の庭のなるべく端っこの方にゲートを繋いだ。


 うちの庭は方舟の実家と同じだから結構広い。


 その懐かしの毎年雑草刈りで苦労させられた庭に、俺はゲートを繋ぎ皆を潜らせた。





「よし、みんな通ったな」


 俺は全員がゲートを潜ったのを確認してゲートを閉じ、庭を見渡した。


 そこは懐かしの家の庭で、中央にはお袋のお気に入りの白いテーブルと椅子がポツンと設置されていた。


 俺は婚約者たちをその場に残し、『遮音』の魔法を庭に掛けながら二歩三歩とリビングに繋がる大きな窓へと向かっていった。


 するとゲートが現れた時の光に気付いたのだろう。リビングの窓のカーテンが開き、20歳くらいの男が現れた。


 その男は庭の中央にいる俺に気付き、一瞬険しい顔をした後に目を見開いて固まった。


 悦司……最後に見た時よりだいぶ大人っぽくなったな……髪もパーマなんかかけやがって……眉も手入れしてやがんのかよ……ったく、相変わらず俺よりイケメンだよな……それになんだよその眼鏡はよ……インテリ気取ってんのか?


 ちきしょう……会いたかったぜ弟よ……方舟世界では生まれなかった俺の弟……


 俺は当時高校1年だった弟の成長した姿を見て、自然と涙が溢れ頬を濡らしていった。


 そして1分ほどそういていただろうか? リビングで目を見開き口を開けていた悦司が、視線を俺に固定したままゆっくりと窓を開けた。


「あ……に……兄さん……? 」


「よ……よう……ただいま……えつじ……」


「ゆ……幽霊とか? 」


「アホっ! この通り生きてるよ! 」


 俺は悦司が固まってたのは幽霊を見たと思ってたからかとガックリしながらも、胸を叩いて生身だと伝えた。


「本当に? にい……さん……ああ……兄さんが……兄さん! 」


「おっと! 心配掛けたな……悪かった」


 俺は裸足のままリビングから庭に飛び出してきた悦司を抱きとめ、背中をさすりながら詫びた。


「兄さん! 兄さん! いったいどこに行ってたんだよ! ずっと探してたんだ! 母さんも僕も! ずっとずっと……うっ……うう……うわああぁぁん 」


「ちょっと迷路に連れてかれてな……やっと出口を見つけて戻ってこれたんだよ……やっと……」


 長い迷宮だった……でも俺は途中で宝物をたくさん手に入れて戻ってくることができた。


「ちょっと悦司? どうしたのよ突然……さっきの光は……あら、誰かそこにい…………え? 光……希……? 」


 俺が泣き叫ぶ悦司の背中をさすっていると、エプロン姿のお袋がリビングに現れた。


 そして悦司の姿を見てから俺を見て、方舟のお袋よりもシワが目立つその目を見開いて固まっていた。


「た、ただいま……お袋……その……突然異世界に連れて行かれててさ、 大国主神おおくにぬしのかみ様と天照大神様のおかげで戻ってくることができたよ。お告げ聞いたろ? 」


 俺はキッチンにいたのだろう。お袋が手に持つ包丁を見ながら必死に言い訳をしていた。


「うそ……そんな……こんなことって……本当に光希なの? こう……き……ああ……神様……ううっ……ごうぎーー!」


「のわっ! ちょ! 包丁! 危ねえって! 刺さる! 切れる! 」


 俺は信じられないといった表情をしたのちに、顔をしわくちゃにして泣きながらリビングから飛び出してきたお袋を受け止めた。そしてその手に持つ包丁を取り上げた。


 包丁なんかで俺は傷つかないけど、悦司に刺さりそうだったからな。


「ごうぎ! ごうぎ! おがあざんずっどじんばいで……うわあぁぁぁ」


「兄さん……母さんは兄さんがいなくなってからずっと……毎日探して……警察も動いてくれなくて……ううっ……僕も……」


「ごめん……お袋……悦司……ごめんな……」


 俺はもう二度と離さないと言わんばかりに強く抱きしめてくるお袋に、その痩せ細った身体を抱き返しながら二人に謝った。


 こんなに痩せ細って……まだ40代なのに顔もこんなに老けて……


 俺は末期がんを患っていた方舟のお袋と初めてあった時のような、衰弱したその姿に胸が苦しくなっていた。


 ずっと探してくれてたのか……突然子供が行方不明になったんだ……そりゃそうだよな……突然お腹を痛めて産んだ子が消えたんだ……ラノベなんかでは描かれないけど、残された家族はそりゃ心配して探し続けるよな……こんなに痩せ細ってしまうほどに俺のことを心配して……それなのに俺は……ごめんなお袋……


 俺は残された家族の気も知らず、並行世界でハーレムを作りもう戻れなくていいやとか思っていたあの頃の自分を殴りたくなっていた。


 それから5分ほどしただろうか? 俺はお袋の背中をさするのをやめ、涙を拭った。そして庭の隅でお互いに抱き合いながら泣いている蘭やシルフィたちの姿を見て、そろそろ紹介しないとなと思いお袋の背を軽く叩いた。


「お袋……それで紹介したい……」


「ううっ……あんだどごいっでだのよ! おがあざんじんばいしてたのよ! 」


「うおっ! 痛っ! ちょ! やめっ! だ、大学の帰り道に神様に拉致られたんだよ! まあ信じられないかもしれないけど、お告げ聞いたろ? 神様に頼んで元の世界に戻してもらったんだ! 」


 俺は婚約者たちを召喚しようとしたら、いきなり泣きながら俺の頭をポカポカ叩くお袋にいなくなった原因を慌てて説明した。


 庭の端から凛の吹き出す声が聞こえる。くっ……恥ずかしい。


「ううっ……お告げ……府中の……ええ私も悦司も聞いたわ……光希は元気だって……違う世界で幸せにしてるって……でもお母さん天国のことかと思って……」


「そうだよ兄さん……神様が違う世界にいるっていうからてっきり……」


 おいっ! 二人とも俺がこの世にもういないとか思ってたのかよ!


「違う世界ってのは異世界や並行世界のことだ。勇者召喚ってやつをされて、なんかいろんな世界で戦わされてさ。悦司ならわかるだろ? 」


「勇者召喚!? 嘘でしょ? そんな漫画やアニメみたいな事が現実に起こるわけが……」


「光希……何かの薬の影響なの? お母さんがきっと元に戻してあげるから一緒に病院に……」


「ちげーよ! 危ない薬とかの影響じゃねえし厨二病とかでもねえよ! その証拠に見ててくれ……『土壁』」


 俺は予想通り信じてくれなかった二人に、百聞は一見に如かずと言わんばかりに土魔法を発動した。


「うわっ! 壁が生えた! こ、これ兄さんが!? まさか魔法!? 」


「なっ!? は? な、なによこれ……」


「魔法があって魔物が徘徊するような、そういう世界にいたんだよ。ほら、『ミドルヒール』」


 俺は突然横に生えた壁を見て驚く二人に、回復魔法を掛けた。


「え!? なに!? 」


「え? え? なによこの白い光……」


 ミドルヒールを受けた二人の身体は白い光に包まれていき、二人とも驚いて俺から離れ白く光る自分の両手を見つめていた。


「あれ? なんか身体が軽い……」


「お、お母さんも凄く軽くなったわ……それに腰の痛みも消えてる……」


「それは回復魔法だよ。さて、これで少しは信じたろ? 異世界のことはあとでゆっくり話すから、まずはあそこにいる女性たちを紹介させてくれ。みんなこっちに来てくれ! 」


 俺は証明のための魔法はこの辺にして、婚約者たちを呼んだ。


 俺が呼ぶと蘭たちは涙を拭い、身だしなみを再度整え緊張した様子でゆっくりと歩いてきた。


「あっ! さっきからあそこにいた綺麗な女性たちはやっぱり兄さんの知り合い? どういう関係なの? 」


「え? 気づかなかったわ……光希のお友達? 」


「ああ。俺の婚約者と恋人たちだ」


 俺は隣にやってきた蘭と凛の肩を抱き寄せ、胸を張りそう言った。


「え? 婚約者と恋人……たち? え? たちって……」


「光希、まさか全員……そうなの? 」


「ああ、そういうのがオッケーな世界にいたからな。婚約者5人に恋人が3人だ。いずれ全員と結婚するからよろしく! 」


「「え? ええーー!? 」」


 俺のハーレム宣言に、お袋と悦司は再会した時よりも目と口を限界まで開けて驚いていた。


 まったく、もう夜の23時になろうとしているってのに。遮音の魔法を掛けているからいいものの、近所迷惑な二人だよな。


 俺は蘭たちと俺を交互に見ながら驚くお袋と、庭をキョロキョロしてドッキリだよね!? と言っている悦司にんなわけあるかとツッコミをいれながら、ああ……やっぱりこの二人は俺の家族なんだなと実感していた。



 ただいま。俺のたった一人のお袋。


 ただいま。俺のたった一人の弟。




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