第14話 始まりの地

 



「セルシア、そんなに足を出して寒くない? 」


「コート羽織るから大丈夫だって」


「お姉ちゃんどう? 変じゃないわよね? 」


「凛ちゃん可愛いわ。私はどう? 」


「バッチリよ。義弟になる悦司君に惚れられちゃうかも」


「それは褒めすぎよ」


「リム姉さんボク変じゃないよね? おとなしそうに見えるよね? 」


「ああ、見た目だけはそう見えるな。そんな服も持ってたんだな」


「見た目だけとかひどいや〜」


「うふふっ、リム姉様。私も清楚な感じにしてみました」


「それのどこが清楚なのだ? こ、恋人のお母様に会うのにその胸の谷間は必要なかろう」


「将来義理の弟になる子がいるのですわ。姉弟の仲を良くするためですわ」


「ユリは籠絡しそうだよね。浮気して光魔王様に捨てられる未来が見えるよ」


「酷いですわミラ姉様! 私は浮気などしません! この身体は光魔王様にしか触れさせませんわ! 」


「わかったわかった。だったら無駄に露出するな。勘違いされて義弟との仲がギクシャクするぞ」


「う……わかりましたわ。着替えてきます」


「うふふ、主様。蘭とセルちゃんは準備ができました」


「そうか。まあ二度目だ、みんな気楽にな」



 俺はソファーに座りながら、リビングでお互いに身だしなみのチェックをしている婚約者と恋人たちにそう声を掛けた。


 リムたちも方舟でお袋の魔法訓練に付き合ってたからな。ここにお袋と初対面の子はいない。


 しかしみんな楽しそうだな。それにもう21時半か……



 今朝アマテラス様の知らせを受けたあと、リムたちもやってきたので俺の生まれた世界が見つかったことを話した。リムもそうだけど、特にミラが大喜びしていてさっそく買い物に出掛けたり美容室に行ったりそれぞれが出掛ける準備を始めた。


 俺はというとあっちでの資金として、換金しやすいように金とダイヤなどを多めに使ったアクセサリーを用意していた。


 そしてみんなが帰ってきて夕食を食べたあと、それぞれが着替えてリビングへと集合したところだ。


「ダーリンみんな靴を持ったわ」


「んじゃちょっと早いけど行くか。『ゲート』」


 俺は靴を持って準備が整った婚約者たちを見てソファーから立ち上がり、ゲートを伊勢神宮の御正宮裏にある転移用に用意した建物の中へと繋いだ。


 ゲートが現れるとベージュのコートを羽織る蘭を先頭に皆が次々とゲートを潜り、最後に俺も潜っていった。


 建物の中は硬い土の壁に覆われ、床には石が敷き詰められている広い部屋になっている。

 俺はゲートを閉じると聖魔法で光球を浮かべ、みんなを連れて出口へと向かって行きそこで靴を履いてから建物を出た。


 そして正殿へと着くと改めて婚約者と恋人たちに目を向けた。


 みんなハーフやロングコートを羽織り、おとなしめの服装をして髪もメイクもバッチリだ。


 しかし8人も家に入れるか? まあ自前の椅子を置けば大丈夫か。悦司は落ち着かなさそうだけどな。寝る時は俺の部屋に魔導テントを張ればいいだろう。


 俺の部屋か……悦司は約束を果たしてくれているだろうか?


 俺はお互いにもしものことがあった時に弟と結んだ名誉協定を思い出していた。


「いよいよね。ダンジョンの無い平和な日本なんて、テレビで44年前の日本の映像というのでしか見たことがないわ。どれだけ違うのかしら? 」


「私もダンジョンが現れずそのまま文明が発達した世界には興味があります」


「戦闘機とかミサイルの技術はそんなに変わらなかったかも。家電や携帯電話なんかも若干機能の違いがあるだけで同じだしな」


 俺は44年前にダンジョンが現れなかった世界の日本と、この世界との違いに興味を持っている凛と夏海にそう答えた。


 この世界の方がアナログなところがまだ多いけど、スマホも5年前からあるしな。10年くらいの遅れって感じかな。あくまでも俺が召喚される前の記憶ではだけど。俺が召喚されてから4年経過しているから、故郷の日本はもうちょっと先を進んでるかもしれない。


 そこまで差がないのは、確かにこっちの世界はダンジョンが現れて多くの国が滅び数億という人命を失った。けど魔物という人類共通の敵がいることで兵器関連の技術がかなり発達している。そういった技術が民間にも応用されているからだと思う。


「でも壁もなくて電車が通っている横浜駅はあるのよね? 新宿駅も。ダンジョン化しなかったらどうなってたのか見てみたいわ」


「ボクは最新のゲーム機を買い占めるんだ! 」


「こらっ! ミラ! 遊びに行くのではないのだぞ! お、お母様にご挨拶しに行くのだからな」


「わかってるよ〜、でも光魔王様が面白いゲームがあるっていうから楽しみなんだ」


「ははは、まああっちでは転移が最初から使えるからな。怪しまれないよう頑張ってあちこちで換金してくるよ」


 ミラとはベッドの上で愛し合ったあと、毎回面白かったゲーム紹介をし合ってるからな。


 こっちの世界にはないゲーム機に大興奮していたミラだ。俺の故郷に行くのを楽しみにしているのは仕方ない。


「やったー! ボクもヘソクリの金時計やネックレス持ってきたから一緒に行く〜」


「ははは、大丈夫だ。みんなが買い物を楽しめるように十分な量を持ってきたから。手が足りなかったら弟に手伝わせるさ。さて、そろそろ時間だ。アマテラス様を呼ぶからみんな固まっててくれ」


「はーい」


 俺が一ヶ所に集まるように言うとミラは飛び跳ねながら凛に抱きつき、凛は苦笑いをしながらミラを背負うように蘭と夏海に寄り添った。そして蘭は俺の腕を抱えシルフィやリムたちも俺の周囲に集まり身体に触れた。


 みんな楽しそうな表情をしている。まあ今まで行った異世界は滅びかけた日本とか、銃や飛空艇以外は中世のヨーロッパレベルの文明とかだったからな。この世界と同等かそれ以上に物がある世界に行くのが嬉しいんだろう。


 俺はそんな愛する女の子たちを見ながら、心話でアマテラス様に呼び掛けた。


 《アマテラス様。準備ができました》


 俺が婚約者たちにも聞こえるようアマテラス様に心話で呼び掛けると、突然周囲が神力が溢れ御正宮前が白い空間に様変わりした。


 そしてそこには白い着物のような神御衣かんみそと呼ばれる衣服を纏い、首から勾玉のネックレスを下げた黒髪の美しい女性が姿を現した。


 俺と婚約者たちは、久々に姿を現したアマテラス様の美しさに見惚れていた。


 《ふふふ、見てましたよコウキ神。ずいぶん賑やかでしたね》


 《ははは、お騒がせしてすみません。俺の故郷に行けるのと、平和な世界に初めて行けるものですから》


 《確かにどの世界も平和とは程遠かったですね。創造神ほか神々の導きとはいえ、コウキ神には苦労を掛けました》


 《今となってはその導きに従って良かったと思えてますよ。こんなに素敵な女性たちに出会えたんですから》


「コウ……」


「ダーリン……」


「光魔王様……」


 《ふふっ、初めてここでそこの可愛い神狐と会った時も同じことを言ってましたね。全ては創造神様のお導きによる運命だったのかもしれません》


 《その都度俺は呪いの言葉を吐いていましたけどね。終わり良ければという奴です。ああ、もう勇者召喚は御免ですよ? 光一を使ってください》


 《ふふふ、そうですね。さすがに下級神を使うのは創造神様のお叱りを受けるやもしれません。日本を救い、今は世界のために戦っている勇者光一に頼むことにしましょう》


 お? 光一は依頼達成したか。世界まで救うために動いてるってことは、あっちで外人美女にでも惚れたかな?


 どれだけ成長して帰ってくるのか楽しみだな。


 《是非後継者の光一をご贔屓にお願いします。では転移をお願いできますか? 》


 《ええ、この人数ならば私だけの力で送れるでしょう。ではコウキ神、いえ勇者光希よ……その役目を終えた貴方を生まれ故郷へと送還致します》


 アマテラス様はそう言って優しい眼差しを俺へと向け、両手を広げ膨大な神力をその身から溢れさせた。


 その瞬間目を開けられないほどの白い光が俺たちを包み込み、一瞬の浮遊感を覚え地に足を着いた感触を覚えた。


 そして光が徐々に収まっていくのを感じ、ゆっくりと目を開けた。


 目の前には転移前と変わらない姿の伊勢神宮の御正宮があり、世界転移の経験がない者には転移が失敗したのかと思うほど周囲の景色も変わりが無かった。


「『遮音』 蘭、幻術を周囲に」


 俺は恐らく転移した時に発する光に誰かが気付くであろうと思い、遮音の魔法を広範囲に掛けたあと蘭に幻術を張るように指示をした。


「はい! 」


「うっ……だいぶ慣れて立てないほどではなくなったけど、やっぱり気持ちが悪いわ」


「ふう……凛ちゃん椅子を持って来てるわ。状態異常回復ポーションを飲んで少し休みましょう」


「うえっ……気持ち悪いやぁ……でもお義母様と最新ゲームのためなら……」


「ミラもユリもポーションを飲んで椅子に座れ。蘭奥様が幻術を掛けてくださってるから少し休憩するとしよう」


「転移酔いだけは慣れるしかないからな。みんな少し休もう」


 俺はお馴染みの転移酔いで気分が悪くなった婚約者たちの前に、椅子とテーブルを次々に置いていった。


 そして状態異常回復ポーションを飲ませた後、割と軽症な蘭とシルフィがハーブティーを皆に振る舞っていった。


 それから10分ほどしてみんなが落ち着いたのを見計らい、ここが自分の故郷の日本なのか確認することにした。


「みんな聞いてくれ。アマテラス様を疑っているわけじゃないが、念のためここが故郷の世界かちょっと確認してくる。すぐ戻ってくるから待っててくれ」


 俺が皆にそう言うと皆は思い思いに頷いてくれた。そして俺は記憶にある場所を思い浮かべた。


 転移魔法は一度行った場所にしか行けない。俺がダンジョンのある凛たちの世界に送られた時は使えなかった。それは地理的には同じ場所でも、別の世界の土地だったからだ。


 凛たちの世界では存在していなかった俺の家とあの場所。そこに行ければここは間違いなく俺の故郷の世界だ。


『転移』


 俺が運命の始まりともいえる場所を思い浮かべ転移の魔法を発動すると、それは問題なく発動した。


 そして目の前には俺の記憶に深く刻み込まれている公園が存在していた。


「池に砂場に変な馬の乗り物……間違いない……碑文公園だ……」


 俺は幼い頃からよく遊んでいた公園を目にして、ここは間違いなく俺の故郷だと実感していた。


 そして俺が立っているこの場所。


 あの日大学の帰りに家への近道でこの公園を通った際、俺はここでアトランに召喚された。


「ここだ。ここで俺は魔法陣に包まれて……」


 俺は足もと見つめ、召喚された時のことを思い出していた。


 突然足もとが光って金縛りにあって、気が付いたら石壁に囲まれた部屋で魔法使いの爺さんどもに囲まれていて……魔王を倒さないと帰れないと脅迫されて、死ぬほど辛い訓練を受けて蘭に出会って……


 ここが全ての始まりの場所。


 ここが多くの命を奪う存在になった俺の始まりの場所であり、愛する女性たちと出会うことのできた始まりの場所。


「20年か……長かったなぁ。やっと帰って来れた」


 平和な日本。魔物もダンジョンも方舟もない日本。


「役目を終えた勇者の帰還か……」


 俺はアマテラス様の言葉を思い出し、長きに渡る勇者としての冒険が今やっと終わりを告げたことを実感していた。


「家を確認しなきゃな……『転移』」


 俺はしばらくして実家があることを確認しようと、家の近くにあるマンションの屋上へと転移した。


「あった……電気が点いてる……お袋……悦司……」


 そして5階建てのマンションの屋上から見える実家を目にし、溢れ出る涙を抑えることができなかった。


「帰ろう……家に……」


 お袋……今行くから、大勢のお嫁さんたちを連れて帰るからな。


 俺は涙を拭い、水筒の水で顔を洗ってから愛する女性たちのいる場所へと戻っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る