第7話 改心

 



 4月も半ばになった頃。


 俺は毎日忙しく過ごしていた。


蘭と共に地下の錬金室で自衛隊用のスクロールを作ったり、女神の島でエルフとドワーフたちの家造りを手伝ったり、アフリカからの魔物討伐の依頼にサキュバスやエルフたちを連れて行き、報酬のダイヤを入手したりと本当に忙しい。


 アフリカは完全にオーストラリア化しており、街と畑を壁で囲って魔物と他部族から身を守って生きている。多分地球で一番カオスな大陸だと思う。ダンジョンと魔物の数は中華大陸の方が多いが、あそこは国ごとの紛争がないだけまだマシだ。中華広東共和国も以蔵の教え子が起こした政党が選挙で大勝してからは、かなり落ち着いているみたいだしな。


 オーストラリアも資源が豊富なこともあり、うちのドラゴン輸送のおかげで経済が回っているし、十兵衛さんたちが頑張っているから魔物の被害は少ない。


「しかし十兵衛さんたちが、あんなにオーストラリアで人気があるなんてな。日本から追い出……移住させて正解だったな」


 俺は凛と交代でお昼休みで家に戻って来ていた夏海に、感慨深げにそう言った。


「お祖父様たちが人の役にたっているなんて……本当に信じられません」


「現地じゃ色んな都市を魔物からの氾濫から守ってるみたいだ。最近は多田一族の銅像まで立ってるらしい。ヤンからもロットネスト支店に、毎日のように感謝の手紙が届くと言ってたよ。きっと人の役に立つことの悦びに気付いたんじゃないかな」


「銅像まで……あのお祖父様たちが……光希……私泣きそうです……」


「いいんだ。今まで苦しかったもんな。シルフィと一緒に警察に謝りに行ったり大変だったしな。日本はあの人たちには狭すぎたんだ。野生のライオンを檻に閉じ込めたら頭もおかしくなるってもんさ」


 俺はソファーで隣に座る夏海を優しく抱きしめてそう言った。夏海は俺の胸の中で静かに泣いていた。


 苦労したからな。きっと手の付けられないほどの不良の子供が、真面目に働く姿を見た母親の心境なんだろう。しかしこんな簡単なことになんでもっと早く気付かなかったんだろうな。上海の氾濫の時にあのまま置いていくのがベストだったんだ。あの時置いていけば、その後に俺とシルフィと夏海が方々に謝りに行くことも、身元引受け人として警察に行くことも無かったんだ。


 でもいいさ。俺たちはあの狂人たちを広義の意味で更生させることに成功した。適材適所というわけだ。


「あら? 夏海も帰ってたの? 」


「シルフィも休憩か? 」


 俺が夏海の背中を撫でていると、シルフィが転移で目の前に現れた。


「ううん、コウに相談したいことがあって来たのよ」


「相談? 」


 何かギルドに変な依頼でも来たか? 中華広東共和国のは断りまくってるしな。政権が変わろうと、あの時さんざん舐めたことをしてくれたからな。あそこの国に前政権の支持者がいるうちは関わりたくない。


「そうなのよ。実は十兵衛さんたちのことなんだけど、警備の仕事を辞めたいらしいのよ。500人全員」


「は? 全員!? まさかホームシックか!? 」


「こ、光希! どうしましょう! お祖父様たちが戻って来たら…… 」


「また問題を起こす可能性があるな……夏海には悪いが生家と道場を更地にするか」


「この際致し方ありませんね。帰る場所が無くなれば諦めてくれるかもしれません」


「ちょっと、なんの話をしてるの? 十兵衛さんたちはオーストラリアから離れないわよ? 現地でギルドを作りたいらしいのよ。十兵衛さんと千歳さんはSランクになったらしくて、Aランクも200名に増えたそうなのよ。ギルド設立の条件は軽くクリアしてるから、作ってオーストラリアを魔物のいない土地にしたいんですって」


「なん……だと? 」


「なんてことなの……」


 俺と夏海はシルフィからの発せられた内容に耳を疑った。いや、かなり混乱した。


「ビックリよね。あの人たちが人助けのために立ち上がるなんて。オーストラリアの惨状があの人たちを改心させたのね。もともと魔物によって親しい人を失った人たちの集まりですもの。最近の活躍ぶりを見てると、警備の仕事をしながらだと救えないと思ったに違いないわ」


「まさかそこまで成長していたとは……男子三日会わざればというやつだな」


 驚いた。そこまで人を救いたいと思うようになったとは……確かにシルフィの言う通り、元々は魔物に親しい人を殺された者たちが集まってできたような集団だ。オーストラリアでの氾濫で亡くなる人たちを見て、自分たちと重ね合わせたのかもしれないな。


 ダンジョンを壁で覆っている日本では、それほど大規模な氾濫は無かったからな。オーストラリアに住んで覚醒したか。やはりもっと早くあの土地に行かせるべきだったな。いや、終わり良ければか。


「やっと……やっとお祖父様やお父様たちが正道を歩むことに……ううっ……光希……私は夢を見ているようです」


「夏海……苦労した甲斐があったわね。私も嬉しいわ」


 シルフィは夏海の隣に座り、俺に抱きついて泣いている夏海の背中を優しく撫でながら感慨深げにそう言った。


「シルフィ……色々迷惑を掛けたけど、光希とシルフィのおかげでお祖父様たちは改心したわ。ありがとう、本当にありがとう」


「いいのよ夏海。ここまで劇的に変わるなんて、私も報われたわ。だから気にしないで」


「そうだよ夏海。俺たちは500人という狂人集団を更生させたんだ。まずはそれを誇ろう」


「シルフィ……光希……ありがとう……ううっ……ありがとう」


「よしっ! 多田一族のドラゴン事業部の退職を許可しよう! 彼らの新しい門出のために退職金も奮発しよう! そしてギルドの運転資金として20億円支給しよう! 夏海は凛に伝えて手配してやってくれ。凛もこの話を聞いたら喜んで出してくれるさ」


 十兵衛さんたちのギルドが成功するように、そしてオーストラリアを救うためにも最大限バックアップしてやらなきゃな。十兵衛さんたちが欲しがっていたミスリルの刀をやるかな。ついでに門下生の武器も総黒鉄製にしてやるか。預けた二頭の岩竜も、ランクが上がるように創造魔法を掛け直してやらなきゃな。広い大陸だ、追加で移動用に火竜とグリフォンも必要になるだろう。そうそう、いざという時のスクロールも大量に渡してやらなきゃな。


 あの狂人たちが、人助けのためにギルドを立ち上げようっていうんだ。この奇跡を永続させる為なら、俺は支援を惜しまない。


「光希、ありがとうございます。愛してます」


「俺もさ。将来家族になるんだしな。全力でバックアップしてやるつもりだよ」


「……光希。嬉しい」


「うふふ、コウのプロポーズが楽しみね。もちろん私にもしてくれるわよね? 」


「当然だろ。結界の塔の完成に目処が立ったら全員にするさ。子作りも解禁だ」


「嬉しいわ。エルフはできにくいからいっぱい頑張ってもらわないとね。アナタ♪ 」


「が、がんばるよ……」


 蘭とシルフィには避妊なしでずっと頑張ってるんだけどな。今以上を御所望か……

 俺は超精力剤のさらなる改良をしなければと、心に決めたのだった。


 それにしてもあの多田一族が変われば変わるもんだな。

 是非ギルドを立ち上げてオーストラリアのために、いや世界のために魔物と戦って欲しい。


 こりゃそのうちアマテラス様とリアラに推薦してもいいかもしれないな。今までは異世界で魔王になりそうだったからその思考は無かったが、オーストラリアを救ったとしたなら資格は十分にあるだろう。光一と共に是非頑張ってもらいたい。


 俺は泣いて喜ぶ夏海の髪をシルフィと撫でながら、そんなことを考えていた。





 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





「勇……光希よ。魔銃と魔砲の改良版が完成したぞ」


「アンネット……あ、ああ。こんなに早くユニットが完成するとは思わなかったよ」


 十兵衛さんたちが奇跡の改心をした事を、恋人たちと祝った翌日。


 俺が家の二階にある執務室で多田一族に渡すスクロールを見繕っていると、白衣に身を包み紫の髪をアップにしてキッチリと化粧をしたアンネットがやってきた。


 アンネットは俺を勇者と呼び掛けたが名前で呼び直した後に、魔銃の改良が終わったことを告げてきた。


 俺はいつもボサボサ頭で目の下に隈を作っている彼女が、髪をセットして化粧までしている姿に一瞬見惚れていた。が、気を取り直し、ユニットの完成が思ってたより早かったと答えた。


「フフッ、増幅装置の設計図まで渡されてできないはずが無かろう。集束装置と組み合わせて小型化するだけなら、とっくにできてたさ。この世界の銃に後付けできるよう形を整えるのと、魔導回路をコピーされないよう自滅機構を付けるのに時間が掛かっただけさね。あとは光希が何度も覗きにくるからね。それで遅れたってのもあるねぇ」


「あははは、悪い悪い。アンネットの唇の感触が忘れられなくてさ」


 アンネットとキスをしたあの日以降。俺はちょくちょく研究室へと足を運んでいた。そしてアンネットに事あるごとにキスを迫り、研究の手を止めさせていた。


「よく言うよまったく。私の胸と尻もだろ? さんざん触りまくってさ、忘れていた感覚を思い出させた責任は取ってもらうから覚悟するさね」


「喜んで取るさ」


 俺はソファーに座って少し頬を赤らめているアンネットの横に座り、彼女の肩を抱きながらそう答えた。


 アンネットは以前より雰囲気が柔らかくなり、さらにいい女になった。恐らく生きる目的だった魔銃が手に入ったことで、自分の幸せを考えるようになったんだと思う。だからなのか、俺がキスを迫ると目をつぶって受け入れてくれる。ついでに胸と尻を揉むのは条件反射的なものだ。


「あれだけ美女を侍らせておいて、いくら見た目が若くなったとはいえ、こんなババアに手を出すなんて物好きな男だよまったく」


「おいおい、シルフィに怒られるぞ? なんたってシルフィはアンネットの倍生きてるんだからな」


「エルフと一緒にするんじゃないよ! 私は人族さね! 今は若い見た目だけどまたすぐシワだらけになるさ」


「そしたらまた時を戻してやる。ほら、エルフと変わらないだろ? これだけ美しいんだ。自信を持てよ」


 俺はそう言ってアンネットを強く抱き寄せ、濃いめのキスをした。


「あ……ん……んん……まったく……人の寿命を勝手に……酷い男だよ」


「魔王らしいからな」


「ククク……確かにリムたちにそう言われてるねえ。ああ、そうだった。これを見ておくれ。結界の塔の設計図ができたんだ。あとは光希の女神の護りを魔結晶に付与して貰って、何度か実験をしてから建造することになるね」


 アンネットは俺から少し離れ、マジックポーチから設計図を取り出して目の前のテーブルに広げた。


 そこには4つの塔が描かれており、上級ダンジョンの魔結晶と俺の結界の付与魔法があれば、永久に結界を張れると書かれていた。結界のほかに認証機能もあり、魔力登録した者しか結界内には入れない仕掛けが施されていた。


「おお〜、要望通りだ。もうここまで研究が進んでいたとはな。ん? 魔結晶じゃなく普通の魔石でも攻撃を受けなければ、張りっぱなしで1ヶ月は保つのか……これはいいな。色々なとこで使えそうだ」


「Bランク以上の魔石が複数必要になるけどね。まあ光希なら問題ないさね」


「ああ問題ないな。そうか、上手くいけば年内にも完成しそうだな。いよいよか」


「蘭とシルフィたちと早く身を固めるさね。リムたちも紫音たちも順番待ちしてるんだ。いいかい? 全員まとめて式を挙げるとかするんじゃないよ? 時間を置いて一人づつやって新婚旅行も行くといい。出会った順にやるといいさね。それなら愛情の違いで決めたとは思われないからね」


「うっ……式は全員一緒にって考えていた……やっぱ駄目なのか」


 やっぱまとめてってのは女性からしてみれば嫌だったか?


「あれだけの数の女を平等に愛してる割には、そういうところは鈍いんだねえ。結婚は一生に一度だからね。女にとっては特別なもんなんだよ。毎回人を呼ぶのも大変だろうから、身内だけでやるといいさ。日本政府やらアメリカやらに来られても迷惑だろう? 」


「まあな。過剰に祝われて余計な仕事を頼まれそうだ。そうか、そういうのでもいいのか……」


 蘭は俺と番になった時点で火狐の世界ではもう夫婦だから気にしないと思うが、シルフィや凛に夏海やセルシアはそういうのを気にしているかもしれないな。時間を置いて一人づつか……蘭、シルフィ、夏海か凛、セルシアってとこかな。それから1年ほど置いてからリムたちと式を挙げるイメージでいいだろう。数年間は結婚ラッシュだな。もうリア充なんてレベルじゃないなこれ。


「その時はその子だけのために式をしてやるのがいいんだよ。その後に1週間ほど新婚旅行に行っておやり。まったく、いいかい? 私がしっかりレクチャーしてあげるからしっかりお聞きよ? 」


「お、おう……頼むよ」


 俺はなぜかやる気満々のアンネットに、紙に結婚計画まで書かされチェックを受けた。


 何度も書き直したあとにアンネットにより合格を受けた結婚計画書の最後には、アンネット(予定)としっかり書かれていたのであった。




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