第4話 ケアンズ防衛戦

 



 ーー オーストラリア北東部 クイーンズランド都市連合 ケアンズ市 ジェミー・バーティ ーー




 《 火熊の群れの攻撃で西門が破られそうだ! 戦える者は西門へ行け! 》


 《 それよりも南門だ! あっちには王猿が率いる魔猿の群れが門を飛び越えようとしといる! 女子供を地下へ避難させろ! 》


 《 大丈夫だ! 援軍の要請はした! とにかく耐えろ! 耐えていれば街は助かる! 》


 避難所の外から次々と街の男の人たちの怒声が聞こえてくる。


 《 もう駄目だ……こんな大規模な氾濫に耐えられるわけない! 》


 《 2ヶ月前の3倍の数らしい……恐らく6千はいるはずだ。さすがにもうこの街も終わりかもな……》


 《 港に逃げよう! そこから南の首都ブリスベンに避難するんだ! 》


 《 無理だ。防衛隊による発見が遅れたんだ。今から街を出て港に行っても途中で魔物に襲われる 》


 《 と、とにかくこの避難所じゃ駄目よ! 街の中央の市庁舎に移動しましょう! 》


 《 何言ってんだ! 移動中に街に侵入した魔猿に襲われたらどうするんだ! 地階はないがこの避難所がドアも窓も補強されていて、ここらでは一番安全だ! ここで耐えるしかない! 》


 《 そうだ! 市長が応援を呼んだと言っていた。ここで助けを待つしかない! 》


 《 半日耐えきればきっと前みたいにLight mareが助けてくれる! 西門も南門もLight mareのリーダーが魔法を掛けてくれたから頑丈だ! 》


 《 そうだよ! Light mareが来てくれれば魔物なんて一瞬で殲滅してくれる! 》


 《 でも半日も耐えられるのか? もしも門を飛び越えられたら…… 》


 《 Light mare……頼む! 早く来て助けてくれ! 》


 外だけじゃない。避難所の中にいる年老いた男の人たちも、過去にない魔物の大氾濫に右往左往している。



「おねえちゃん、まものがまちにはいってくるの? 」


「大丈夫よ。前回の氾濫の時みたいにきっとLight mareが助けにきてくれるわ」


「ほんと!? あのドラゴンにのったひとたちがきてくれるの!? 」


「ええ、きっと来てくれるわ」


 私は怯えるまだ7歳になったばかりの弟に、Light mareが来ることを伝えて安心させた。

 弟はLight mareが来てくれると聞いた途端に目を輝かせている。周囲にいる子供たちも、大人たちのLight mareが助けにきてくれるという言葉を聞いて窓から見える空をチラチラ見て落ち着かない様子だ。


 Light mare……私たちの国であるクイーンズランド都市連合へ半年前に現れ、当時の議長ほか市長全員を辞任させアメリカへと連れて行った冒険者パーティ。彼らは多くのドラゴンを操り、その圧倒的な武力でもってこの都市を無血開城させた。


 その際にドラゴンのブレスで外壁と門を破壊されたけど、Light mareのリーダーのミスターサトウの魔法により元に戻された。しかも以前よりも強固な外壁と門にしてくれた。それ以降2度の魔物の襲撃がこの都市を襲ったが、一度も門を破られていない。


 Light mareは当初私たちに平和と苦悩を与えた。平和とは正統オーストラリアとの戦争が無くなったこと。これまで多くの大人たちが正統オーストラリアとの戦争で命を落とした。それが無くなったことは素直に嬉しい。けれどLight mareは小港を残して大きな港を破壊していった。その事により他国との貿易が一切できなくなり、私たちはパース市を通して中型輸送船での貿易しかできなくなった。


 これまでパース市の住人を安価な労働者として使っていた私たちは、彼らによる報復を受けることとなった。今度は私たちが職に困り、パース市の企業の安価な労働者となった。余程恨みがあったのか酷い経営者も最初はいたが、それらの企業はLight mareのドラゴン事業部と契約ができずすぐに消えていった。


 Light mareのドラゴン事業部による輸送便は私たちの生命線だ。外国からの食糧と嗜好品や衣類のほとんどは彼らが輸送してきてくれる。中型船は主に石油などのエネルギーの輸送専用だからだ。岩竜による輸送は大型船ほどの積荷を数時間で運んできてくれる。さらにはついでと言わんばかりに、近くのダンジョンへ向かう道路の魔物も掃討していってくれる。これにより私たちは以前より安全に生活ができることになった。最近では街の拡張の話も出ていたほどだ。


 正直以前の政府よりは安心して暮らせている。同郷のパース市の人たちを酷使していた富豪もいなくなった。市長たちが連れて行かれ港が破壊されたことで、街の将来を悲観した生活に余裕のある人たちはパース市を経由して他国にみんな逃げて行ったからだ。それにより街の人口が一気に減った。


 残された私たちは街を維持するために、一般市民もダンジョンに挑まなければならなくなったが、それは世界中どの国でもそうだ。それを苦悩と感じる私たちが今まで異常だっただけ。結果的には人口減少による人手不足から、ダンジョンから得た素材の下処理や加工の仕事も新たにでき、私のような15の子供にも仕事が回ってくるようになった。税金も下がったし、両親のいない私たち姉弟はスラムで生活することがなくなった。私は今の方が以前より生活が遥かに楽になったと感じている。


 ただ良いことばかりではなく、3ヶ月前に首都ブリスベンで魔物の氾濫により大きな被害が出て、2ヶ月前にこのケアンズもゴブリンとオークの群れによる襲撃を受けた。そのどれもがドラゴン輸送便の無い日だった。


 魔物には知能がある。彼らはドラゴンを恐れ、ドラゴンが現れない日に今までより大きな群れで街を襲ってくるようになった。

 いずれの襲撃もLight mareに応援を要請して事なきを得たが、それでも彼らが救援に来るまで半日以上の時間を必要とした。


 弟には大丈夫と言ったけど、この街は森が近い。魔物の大氾濫を発見してまだ3時間しか経過していない。過去にこれほど早く門まで辿り着かせたことは無かった。明らかに魔物たちは今回の襲撃を計画していた。恐らくかなりの上位種が今回の大氾濫を指揮しているはず。もしかしたらニホンで命名された、猿の頭と狸の胴体に虎の四肢を持つヌエという魔物かもしれない。


 確かドラゴン輸送便の竜騎士のお兄さんの話では、ヌエはAランクと言っていた。ヌエは動きが早く、岩竜のような大型の竜では仕留めるのに周辺に大きな被害を出してしまうから、街が近いところでは戦いたくないと言っていたのを覚えている。


 そんな強力な魔物に率いられた群れをどこまで防ぐことができるのか……


 《 マズイ! 南門からの無線を傍受したが、門を飛び越えられたらしい! 魔猿が街に侵入したぞ! 扉を閉めろ! 》


 《 窓の補強が終わっていない! 男は武器を持って窓を破って侵入してくる魔猿を倒せ! 》


 《 大丈夫だ! 動きは速いがたかがEランクだ! 数さえいなきゃ防げる! 》



「お、おねえちゃん……まものが……らいとめあはまだたすけにきてくれないの? 」


「今こっちに向かってくれてるはずよ。大丈夫……大丈夫……」


 ああ……間に合わなかった……恐らく仲間を足場にして門を飛び越えたんだわ。それほどの数がいるということ。もしも門を内側から開けられたら……Light mare……お願い……助けて……たった1人の家族の弟だけでも……どうかお願い……


 しかし15分後。私の願いは届かなかったのだと実感することとなった。


 ガンッガンッ!


「ひっ!? 魔猿!? 」


「おねえちゃんこわいよ〜」


「だ、大丈夫よ……大丈夫……」


 この避難所の6つある窓の一つに、灰色の体毛の複数の魔猿がアクリル製の窓を叩いている姿が見えた。私はその恐ろしい形相の魔猿に怯える弟を抱きしめ、大丈夫だと根拠のない言葉を投げかけることしかできなかった。


 《 魔猿だ! くっ……数が多い! そんなに保ちそうもないぞ! 》


 《 背後に擬猿もいる! 壁の色と同化しているから見落とすな! 》


 《 擬猿!? Dランク魔物も街に入ってきているのか!? 》


 《 マズイ! 窓枠を壊されそうだ! 来るぞ! 槍で突け! 》


 ああ……窓が……


 私の目にはアクリル製の窓を叩くのをやめ、窓枠を殴り枠ごと破壊して窓を引き剥がして中に入ろうとしている魔猿の姿が目に映った。

 その魔猿の視線は、柱の陰にほかの避難民と共に隠れていた私と弟を真っ直ぐ見つめていた。


 私はその視線に耐えられず、弟に覆い被さるようにして目を瞑った。


しかしその時。


避難所の外から力強く、それでいてよく響く男性の声が聞こえてきた。



『多田流抜刀術 『夢幻』



 



「え? な、何が……」


 私は背後から聞こえる魔猿の断末魔の声に、弟に覆い被さっていた身をお越し窓の方向へと視線を向けた。

 するとそこには長い黒髪を後ろで束ね、口元と顎に髭を生やした中年の男性が銀色に輝く反りの入った剣を手に立っていた。そして彼の足元には、つい先ほどまで窓を叩いていた魔猿が血を流し倒れていた。


「カカカカカッ! 危なかったのう! ワシらはLight mareドラゴン事業部の用心棒! 多田一族じゃ! たまたま近くで稽古をしておっての。救援要請を聞いて飛んできたんじゃ! 街に侵入した魔物は我が門下生たちが掃討中じゃ! 街の外におる魔物どももドラゴン2頭で引き剥がした! もう大丈夫じゃ! あとは我ら多田一族が引き受けるでの! カカカカカッ! 祭りじゃ祭りじゃ! 門を開けよ! 打って出るぞ! 」


 《 Light mareだ! Light mareのサムライの一族だ! 助けに来てくれたって言ってる! 》


 《 街の外にドラゴンが二頭いるらしいぞ! 彼らはタダイチゾクだ!近くで訓練してたらしい! パーティの始まりだって笑ってる! 》


 《 彼らがLight mareのクレイジーサムライか!? ならもう大丈夫だ! 》


 《 やった! 助かった! 近くで訓練してただなんて! なんて幸運なんだ! おお……神よLight mareよ、感謝します 》



「Light mare……タダイチゾク……ああ……助かった……」


 私は日本語がわかる老人たちの言葉を聞いて、安堵のあまり目に涙を浮かべていた。


 Light mareが助けに来てくれた。ドラゴンを従えた人類最強の冒険者たちが……


「おねえちゃん! ドラゴンがたすけにきてくれたの!? みたい! たたかってるドラゴンみたい! 」


「そうよ。Light mareが助けにきてくれたからもう大丈夫よ。でももう少し待ちましょう。安全宣言が出るまでここを動いたら駄目よ」


「ええー! ドラゴンのたたかってるとこみたい! 」


「まだ街に魔物がいるかもしれないわ。もう少し我慢しなさい」


「うーー! わかったよ……でもぜったいぼくはしょうらいドラゴンライダーになるんだ! 」


「ふふふ、そうね。そのためには強くならないとね」


「うん! らいとめあにはいってつよくなる! おねえちゃんをまもるんだ! 」


「ふふっ、ありがとう」


 私は弟の頭を撫でながら、私もいつかロットネスト島に行きLight mareの仕事のお手伝いをして恩を返そうと考えていた。


 それから30分後、街から魔物が引き剥がされたと無線が入った。私たちは大人たちの後を付いて避難所から出た。大人たちは皆がこぞって高い建物へと登っていった。最初から高い建物に避難しなかったのは、ハーピーや魔鷹や風切鳥がいつ現れるかわからないから。逃げ場の無い上階で飛行系魔物に侵入されたら終わりだし、一階に火熊が現れて火をつけられても終わる。だから頑丈な造りの避難所に避難することになっている。


 私は弟に良い場所があると言われ、街の中央にある時計塔へと連れられて行った。ここは子供たちの秘密基地らしい。危ないから入ったら駄目と言っておいたのに、弟は興奮して忘れてるようだ。これはあとでキツく叱らないといけない。


 それでもこの時は、私もLight mareの姿を見たかったので黙っていた。そして時計塔に登るとそこは街の子供たちで溢れかえっていた。弟は良い場所を取られたとぶつぶつ言いながらも、下に降りて点検用の扉の鍵をベルトに仕込んでいた針金で開けた。


 どうやらこの子は盗賊に適性があるみたい。


 私は呆れながらも弟が開けたドアから街の外壁の外を見た。


「うわぁ〜すごいや! おねえちゃん! ドラゴンだよ! ぶれすをはいてる! 」


「凄い……なんなのあの人たち……圧倒的多数の魔物が逃げてる……あれはまさかヌエ!? あっ! さっきの髭の人! 」


 ドアを開けてまず私の目に飛び込んだのは、外壁の外に大量に倒れている魔物の死骸。そこから少し離れた場所で、魔物を追い掛けている300人ほどの男女と、空中でブレスを吐いている二頭の白に近い灰色のドラゴン。そしてその真下で体長5mほどはある猿の顔と虎の胴体の魔物の上で、細い剣を掲げて高笑いしている男性が見えた。


 あの男性はさっき私たちを助けてくれた人だ。恐らくあの魔物はヌエに違いない。ドラゴンの存在と、あのヌエを倒したから魔物が逃げたのかも。


 私が呆然とその男性を見ていると、槍の先に長い剣のような物を付けた武器を持つ女性が跨るドラゴンが男性を襲った。


「ええ!? おねえちゃん! 」


「味方じゃないの!? 」


 男性は突然ドラゴンの爪により捕まれ、そのまま魔物の群れの中へと向かって行きそこで落とされた。

 が、男性は魔物を足場にして地面に降り、ドラゴンに向かって何か叫んだかと思ったら周囲の魔物を斬り始めた。そうしているうちに仲間たちが合流し、再び逃げる魔物たちを追い掛けていった。


 やだ……あの人たち全員笑ってる? 怖い……


「すげー! つよい! かっこいい! タダイチゾクすごいや! 」


「そ、そうね……ちょっと付いていけないようにも感じるけど……」


 私は彼らの戦い方に戦慄を覚えた。仲間を魔物の群れに放り投げるとか頭おかしいし、それをされても平気なあの男性は異常過ぎる。なにより笑いながら戦っているあの人たちが怖い……


「ぼくタダイチゾクにでしいりする! 」


「駄目よ! あの人たちは駄目! 冒険者にならなくても街は守れるわ! 防衛隊にしなさい! 」


「えーやだよ。ぼくつよくなりたいんだ」


「駄目ったら駄目! 」


 私は弟があの人たちのようになることを想像して、弟が弟じゃなくなると思い必死に止めた。


 強くなるために何か大切なものを失ってしまいそうで……




 そして日が暮れた頃、タダイチゾクはドラゴンに乗り街へと戻ってきた。彼らは倒した魔物を全て街の前に置き、ドラゴンを一晩見張りに置いていくと。そして私たちに魔石の剥ぎ取りを依頼し、報酬として魔物の素材は街に譲ると言って帰っていった。


 市長も大人たちも大喜びで、私も多くの報酬の高い仕事が回ってくると思い歓喜した。

 その後、街の危機を救ってくれたLight mareとタダイチゾクの銅像がすぐに市庁舎の前にでき、彼らは街の住人から大人気の存在となった。


 ちょっとおかしな人たちだったけど、私も凄く感謝している。


 ただ一点のことを除いては……



「おねえちゃん! タダイチゾクのドウジョウがまちにできるんだって! ぼくはいりたい! 」


「ええ!? だ、駄目よ! それだけは駄目! うちは家計が苦しいの! 月謝なんて払えないわ! 」


「それがタダなんだってさ! いじひっていうの? それはぼくたちがまものをたおしてかせぐんだって」


「キャアアア! 駄目よ! 絶対駄目! やめて! お願いだから入らないで! 」


 道場の維持費を魔物を狩って稼ぐとかその思考がおかし過ぎる! 最初から魔物と戦わせるつもりにしか思えない! 弟が死んじゃう! 生き延びてもあの人たちのようになっちゃう!


 しかし私の必死の引き留めも虚しく、弟は私に隠れて多田道場に入門してしまったのだった。


 返して! 私の可愛い弟を返してよ!




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