第3話 年越しBRAVE
《 真斗! 右は俺がやる! ヒナタ! 魔法で牽制を頼む! 》
《 わかったわ! 『風刃』! 》
《 清四郎無茶すんなよ? こちら『天上の剣』! 俺たちのパーティは左のトロール4体を引き離す! 》
《 『新宿闇狩人』了解! 》
《 おうっ! 『試される大地』了解だ! うちは右をやるぜ! 》
《 こちら『ドラゴンスレイヤーズ』了解だ! うちは正面を突破する! 》
《 毎度『ファイヤーダンサーズ』了解だよ! 援護は任せな! 全て焼き払ってやるよ! 》
新進気鋭のAランクパーティの天上の剣が左翼にトロール4体を引きつけ移動すると、新宿ダンジョンの下層で活躍している新宿闇狩人が天上の剣が抜けた穴に素早く移動した。そして桜島解放戦に参加をし、最近Aランクになったばかりのドラゴンスレイヤーズが、その若さを武器に正面の6体のトロールへと突っ込んでいった。
それを後方から魔導師4人を抱える超攻撃型パーティのファイヤーダンサーズが、魔法を絶え間なく撃ち続け援護をした。
12月31日大晦日。天気は曇り。
18時に年越しBRAVEが開幕したと同時に、コロシアムのグラウンドには5組の勇者パーティがHero of the Dungeon用の剣と弓、そして魔法の杖を使い、立体プロジェクターによって映し出された体長5mはある20体のトロールと激戦を繰り広げていた。
開幕の挨拶は17時から行われており、それまでは和やかな雰囲気がコロシアムに満ちていた。
しかし18時に開幕の合図があったと同時に、グラウンドはトロールの群れで埋め尽くされた。前座も何もなく、突然現れたトロールの群れに観客席からは驚きと悲鳴の声が聞こえた。
それはそうだ。コロシアムにはHero of the Dungeonで使用している立体プロジェクターを数多く取り付けている。そのリアルさは折り紙付きだ。
そして会場がざわめく中、グラウンドの中央に新設したリフトより5組のAランクパーティが地下から現れた。彼らは皆がHero of the Dungeon用の装備を身に付けており、剣からスキル、杖から魔法を放ち次々とトロールを討伐していった。
今日この日のために2日前からコロシアムで練習させた甲斐があったというものだ。
そして最後の一体を倒し切ったところで、お馴染みの進行役であるKSTテレビアナウンサーの女性の声が聞こえてきた。
『勇者様ありがとうございます! これでエルフの国を魔王軍の侵攻から守ることができました』
《 凄いぞ! 圧倒してた! 》
《 あれってHero of the Dungeonの装備よね? テレビで見るのとは全然違うわね。こんなにリアルだったなんて 》
《 カッコよかったわよー! 》
《 ファイヤーダンサーズ愛してる! 今日こそ『くっころ』してくれよな! Light mare頼んだぞ! 》
《 毎回あと一歩なんだよな〜 》
《 まさかオープニングから乱戦だとはやられたぜ! 》
冒険者たちは観客席からの声援に剣や杖を掲げて応えていたが、ファイヤーダンサーズの子たちは微妙な表情だ。彼女たちの人気が凄くてほぼ常連になってるんだよな。今回もオークって言ったら、絶対私たちを剥こうとしてますよね! って凄い睨まれたんだよ。だから仕方なく今回だけピチピチュの実を報酬にすることにした。三十路を過ぎたリーダーとサブリーダーのやる気は凄かったとだけ言っておく。
そしてグラウンドから魔物の姿が消え、会場の声援も落ち着いた頃。
突然全ての照明が落とされ、立体プロジェクターによりコロシアムの上空に、魔王軍十二魔将役のハンゾウとエルフの姿が映し出された。
ハンゾウは黒髪に二本の角と牙を生やしており、その姿はまさに悪魔と呼ぶに相応しい姿だった。
そしてそのハンゾウの背後には、檻に入れられた薄い緑のドレス姿の銀色のティアラを頭に乗せたエルフの姿があった。
『フハハハハ! 勇者よ! 全てはエルフの姫を攫うための陽動よ。まんまと引っ掛かったな。エルフの姫を助けたくば、悪魔城へ来い! そして私の用意した魔物たちと戦うのだ! 』
『勇者様! 来てはいけません! 私はよいのです! 罠です! 来てはなりません! 』
《 大変です! エルフ王国の第一王女が魔王軍に攫われてしまいました! 勇者様! どうか助けてください! 》
進行役のアナウンスに冒険者たちは再度剣を掲げ、了承の意を会場中に伝えた。そしてそれぞれが入場ゲートへと走り出した。
「今回はなかなか手が込んでるわよね〜。さすがダーリンが企画しただけあるわ」
Light mare専用VIPルームの最前列で観覧しているスーツ姿の凛が感心したように言う。
「プロジェクターを導入したのは正解ですね。多人数の戦闘など、前座的に使えるので盛り上がります」
その隣で凛の補佐役でもある夏海も、黒のスーツ姿で腕を組み頷いている。今日は取引先の人たちを招待しているからな。二人はお仕事半分プライベート半分モードだ。
「次はオーガ200体とかのがいいんじゃねえか? その方が乱戦って感じがするし」
「セルシア、さすがにその数のオーガは捌ききれないわよ。負けちゃったらつまらないじゃない」
シルフィの言う通りだな。さすがにオーガ200体は全滅する可能性がある。
「ボクなら余裕なんだけどなー! あの魔法の杖のリミット外せば光魔王様の天雷を撃てるし」
オイオイ………いつの間にそんなの仕込んだんだ? 確かにミラは開発に関わっていたけど、デビルバスターの藤原社長は知ってるよな? あの会社はミラに甘すぎだから心配なんだよな。
「ミラ? またそんな隠しコードをプログラムに忍ばせたのか? それもよりにもよって光魔王様の魔法をプログラムに入れるとは」
「リムお姉様、今に始まった事じゃありませんわ。確か結界も忍ばせたとか言ってましたわ」
リムは俺がプレゼントした黒のワンピースの胸元を両腕で押し上げ、腕を組んでミラを睨みつけた。そしてどんな時でも短いスカートを履いているユリが、わざわざ横向きに椅子に座り変えて俺にデリケートゾーンが見えるように足を組み替えつつそう言った。
ぶっ! 履いてないのかよ! ユリはこの部屋以外で座らせないようにしよう。
しかしミラの忍ばせた結界は、Hero of the Dungeonのゲームバランス崩れるんじゃないかね?
「あっ! ユリ! それはナイショだって言ったじゃないか! 」
「ミラ? そういうのはダメよ? 利用者さんの反感を買うじゃない。企画に無いことをすると騒がれて、あっという間に実装しろコールが巻き起こるわ。藤原さんに言って消してもらうからね」
凛がさすがに結界は駄目だろうと却下した。結界なんか実装したら盾職が空気になるからな。これは仕方ない。
「う〜……せっかく単独攻略して目立とうと思ってたのに……ちぇっ! 」
「うふふ、ミラちゃんそういうのは確かチートと言うんですよ。ズルはダメですよ」
「は〜い……でも天雷はいいよね? 光魔王様の雷魔法をボクも使いたいんだ」
「それなら雷竜牙の魔法を紋章魔法で付与するか? 天雷はミラは魔法操作能力が低いから駄目だけど。リムとなら大丈夫かな。ミラは雷竜牙の方が合ってると思うんだよな」
ミラは猪突猛進だから範囲魔法は危なくて渡せない。けど雷竜牙ならその強力な貫通力で道を開けるからミラにぴったりだ。
「え!? ホントに!? ゲーム内じゃなくて実際に光魔王様の雷魔法を使えるようになるの!? それなら天雷じゃなくてもいいや! 大好きな光魔王様の雷魔法を使いたかっただけだからさ! ふへへへ……ボクが雷竜牙を……」
「い、いいのですか? 天雷を私に……あの天雷を……」
「いいさ、3人はもう俺の恋人だからな。転移と天使の護りを付与した時も言ったろ? 傷付いて欲しくないんだよ」
リムたち3人には既に転移と天使の護りの魔法を付与してある。魔導結界の腕輪もあるし、ビキニアーマーとマントも上位竜の革で作り渡した。守りはそれでいいとして、次は攻撃力を増強させたいと思っていたところだ。ユリは凛のように氷河期を使いたいと言っていたから、それを付与すれば枠はいっぱいになるな。あとは中級魔法をいくつか選ばせればいいだろう。
「ふへへへ……光魔王様大好き! 」
「おっと! ちゃんと練習するんだぞ? 転移もまだまだだからな。転移をまずは使えるようになるんだぞ? 」
俺は飛んで抱きついてきて俺の頬にスリスリするミラの尻を、ハーフジーンズの上から撫でながらそう言った。
「うん! 危なくなった時に逃げれるようにだよね! いざとなればスクロールもあるし平気さ! 」
「こらっ! ミラッ! スクロールに甘えるんじゃない! 光魔王様は私たちの身を案じて言ってくださってるのだぞ!」
「これは雷竜牙の練習ばかりしそうですわ……」
「わかってるよもう! ボクだって転移が使えるのが嬉しいんだしさ。全国のゲーセン巡りが楽になるし」
「そ、そんなことに使うつもりなのか!? 」
「あははは! いいよいいよ。凛もトイレ行くのめんどくさいって言って使ってるくらいだしな」
「ちょ! ダーリン! そんなことここでバラさないでよ! もうっ! 」
俺が朝起きた時にベッドで凛がめんどくさいと言って、転移でトイレにしょっちゅう移動していることをバラしたら凛は顔を真っ赤にして俺へと怒った。
「運動不足にならないか心配なんだよ。最近俺の作った痩せ薬を飲む量が増えてないか? 」
「「「ギクッ」」」
おや? 凛だけじゃなくてシルフィとセルシアもか? まあ仕事が内勤だから仕方ない部分はあるけど、早朝にHero of the Dungeonで運動でもさせるかな。
「そ、そんなことないわよ……ダーリン、気のせいよ。ちゃんと販売分はあるわ」
「そうか。まあ太っても好きな気持ちは変わらないけどな。でも、できれば今のままがいいな」
「ダーリン……お、お姉ちゃん! 3階のジムでの運動を私もやるわ! 」
「え!? 凛ちゃんが? 続くのかしら……」
凛が突然思い立ったかのように夏海と一緒に訓練をやると言い出したが、魔法以外の訓練に関しては凛の信用は皆無のようだ。
「大丈夫よ! その後の地下訓練所の近接戦闘訓練も参加するわ! 」
「そう……なら毎朝誘うわね」
夏海はまったく信用していないな。まあやる気になっただけ前に進んだということか。
俺たちがそんな話をしていると、グラウンドが急に暗くなった。
そしてグラウンドの上をスモークが漂い、紫色の照明がそれを照らしおどろおどしい雰囲気を演出した。
そしてそこに5組の冒険者が、ダンジョン攻略用の完全装備姿で現れた。
とうやら着替えが終わったようだ。
さて、ここからは命懸けの戦闘だ。死ぬなよ?
『勇者様一行が悪魔城に辿り着いたようです。ですが入口が5つあります。どうやら勇者様は5手に別れてそれぞれ進むことにしたようです』
冒険者たちは進行役の言う通り、天上の剣を残しそれぞれがゲートへと戻っていった。
これから1組ずつ戦わせていき、最後は全員揃う手はずになっている。ちょっと強力なのを出すからな。アイツらには言ってないけど。
『それではまずは『天上の剣』のご紹介をいたします。彼らは仙台の迷宮タイプの上級ダンジョン下層に到達した新進気鋭の冒険者パーティで……』
例のごとく冒険者たちの紹介が始まり、その戦歴に観客席からは惜しみない拍手が送られた。
ああ……あいつら全員泣いてるよ。BRAVEに出たいってダンジョン攻略頑張ってたらしいからな。彼らは難易度の高い迷宮タイプのダンジョンで、過去に仲間を2人失ったそうだ。それでも仙台を守るためにって不人気なダンジョンに潜り続けていた。今回の出場者は冒険者たちによる投票も考慮に入れたんだけど、ファイヤーダンサーズの次に票を集めていた。ファイヤーダンサーズはまあアレだ。オーク専門になったからな。
お? 亡くなった仲間の紹介もするのか……これは堪えるな……膝をついて泣いてるよ。戦えるのか?
観客席からもすすり泣く声が彼方此方から聞こえる。凛と夏海ももらい泣きしているようだ。
みんな大切な人を失っている。それでも前に進んでるんだ。
そして紹介が終わり、運営責任者の半蔵が気を遣ったのか10分ほどしてから魔物のゲートが開いた。
そこには全長5mにも及ぶデザートミノタウルスが10体現れた。
ファイヤーダンサーズ以外は、直前のくじ引きで対戦カードは決めてある。天上の剣はまあハズレを引いた感じだ。このデザートミノタウルスは、このコロシアムでかなり戦闘経験を積んでいる。しかも天上の剣はこの魔物と戦うのは初めてだ。いくらCランクに能力が落ちているとはいえ、かなり苦戦するだろう。
そして案の定、天上の剣は大苦戦をしていた。初手で遠距離から全力の魔法で数を減らすべきだったのを、彼らは初めて戦う相手だからと様子見を選択した。狭い迷宮を狩場にしている悪い癖だな。
それからは巨体と数に押し込まれ、3体を倒したところで防戦一方となった。リーダーはデザートミノタウルスの持つ斧で、全身を切り刻まれ血だらけだ。盾士の持つ盾ももうそろそろ限界だろう。これはこのままドクターストップかな?
俺が初戦からリタイアかと思っていると、リーダーの男が突然叫び声を上げてデザートミノタウルスに突進していった。このパーティの要である剣豪のリーダーは攻勢に出ると群を抜いて強く、力技で数体の足を斬ったところで形勢は逆転した。
動きが止まりスペースを確保した魔導師が、竜巻刃の魔法でリーダーによって分離されたデザートミノタウルス3体を切り刻み、槍使いが果敢に攻勢に出て次々と突き刺していった。盾士は魔導師をよく守り、盗賊は撹乱に専念していた。そして体力が無尽蔵にあるのではないかと思えるほどの運動量で、リーダーがグラウンドを走り回りトドメを刺していった。
そして最後に残ったデザートミノタウルスを倒したところでリーダーと槍士が倒れ、ゲートへと搬送された。
「無茶苦茶だな。アイツらは一度鍛え直した方がいいな。アレじゃ命がいくつあっても足りないだろう」
「最初は慎重かと思ったけど、始まってみたら恐ろしく脳筋だったわね……」
「あははは! アイツらガッツあるな! あたしは好きだけどな! 」
セルシアは嬉しそうに言うけど、アイツらは早めに更生させないとオーストラリアにいる人たちのようになりかねない。
しかし重傷を負いながらも立ち向かい続けるその姿勢はたいしたもんだ。アイツらはもっともっと強くなるだろう。
天上の剣の死闘を目の当たりにした観客席は絶賛ドン引き中だ。さすがに初戦から血が流れ過ぎた。
テレビでみるのと大きな違いに、何人も医務室に運ばれている様子だ。
でも子供は1人も具合悪くなってないんだよな。それどころかマントを羽織ってスティク型の杖を握りしめ、目をキラキラさせてるよ。頼もしい次世代だよ。
子供たちには魔法使いの衣装を貸し出しているんだ。天上の剣が戦っている時も、一生懸命杖を振って魔法を放とうとしていたよ。かわいすぎだろ。
それから新宿闇狩人にはハイオーガの群れを。試される大地にはアイアンゴーレムを。ドラゴンスレイヤーには地竜3頭を対戦させ、全員が怪我を負いながらも討伐に成功した。
そして彼女たちが現れた。
『それでは次にファイヤーダンサーズの戦いを見てみましょう! 』
《 キターーー! 待ってたぜ! 》
《 今日こそ期待してるぞ! 》
《 キャー蓮花様〜! 素敵です〜! 》
《 貴子様〜抱いてください! 》
グラウンドにファイアーダンサーズが現れると、観客席に多くの横断幕が掲げられた。そこには『今日こそくっころを! 』 やメンバーの名前にハートマークが付いているものなど様々な物があった。
高杉たちもそうだが、このコロシアムに出た冒険者は芸能人ばりに忙しい日々を送っている。コロシアムに出ていない冒険者も、次に出る冒険者パーティ候補という切り口でメディアに多く紹介されるようになった。冒険者兼モデルや、冒険者兼歌手、冒険者兼解説者など毎日が忙しそうだ。
でも誰も冒険者を引退しないんだよな。みんな限界まで戦い続けるんだってさ。長く冒険者をやっていると、それぞれ背負っているものがあるんだろう。それでも引退後は仕事に困らないだろうな。
そうそう、高杉は今KTSテレビでこの年末BRAVEの解説をしているよ。VIPルームのテレビで恋人たちとニヤニヤしながら見てる。まだアイツ堅いんだよな。それが面白くてさ。
《 チッ! どいつもこいつも毎回私たちが剥かれることを期待しやがって! 》
《 男はエロ目線。女からは百合目線……どうしてこうなった 》
《 それも今日このイベントが終われば変わるはずよ! なんたって5歳若返るんだから! 》
《 そ、そうだよな! 私が20代に……よっしゃ! どうせまた数だけ多いオークだろ! ちゃっちゃとぶっ倒してピチピチュの実をもらうよ! 》
《 おーー! 》
グラウンドではファイアーダンサーズの女の子たちが、剣と杖を掲げてやる気満々の様子だ。
『ああ! 魔物がやってきます! 勇者様どうかご無事で! 』
そして進行役の合図と共に魔物用ゲートが開け放たれた。
ゲートからはオークキング10体とオーク30体。そしてアラクネ10体が次々と現れ展開していった。
《 ふ、ふざけんなよ佐藤さん! アラクネとか聞いてないよ! 》
《 こんな事だろうと思ったわ……》
《 盾持ちオーク!? オークキングも多くない!? 》
《 どれも能力が落ちてDランク相当とはいえ、数と糸が厄介ね……》
《 糸で拘束されて公衆の面前でとうとう剥かれるのね……ハァハァ 》
《 愛奈! 真剣に戦いなよ? わざと捕まらないでね!? 》
ファイアーダンサーズは俺のいるVIPルームを恨めしそうに見たあとに、目の前のオークとアラクネの群れに対峙した。
すまんな。年末イベントなんだ。客の要望もあっていつもより難易度は高めなんだよ。サービスでこっそり時戻しを掛けてやるから頑張ってくれ。
『アラクネです! 勇者様糸に気を付けて! 』
《 うおおおお! 俺たちの嘆願が通ったぞ! 》
《 佐藤さんアンタ最高だよ! 》
《 これだよこれ! 素早い動きのアラクネから繰り出される糸に捕まり、身動きの取れなくなった愛奈ちゃんが……》
《 男の人たちってどうしようもないわね。いつも審判が間に入るのに、何を期待しているのよ 》
《 ハプニングじゃない? ポロリを期待してるのよきっと 》
観客席の女性たちからは、冷たい目線が男どもに送られているようだ。まあこれもいつものことだ。
そんな観客席からの声援を受け、グラウンドではファイアーダンサーズが先制攻撃と言わんばかりに魔導師4人から一斉に炎槍を撃ち放った。
しかしオークたちはもう何度もファイアーダンサーズと対戦している。オークたちの要望で与えた盾を構え、炎槍でのダメージを最小限にし一気に間合いを詰めていった。そして中央付近でアラクネは左右に展開し、素早く移動を繰り返し糸を放っていった。
その糸を2人の魔導師が炎壁で防ぎアラクネへ炎槍を放ちその数を減らし、残りの魔導師が攻撃魔法をオークたちへ放つ。そしてリーダーが剣を振りかざし突撃していった。
しかしいつもより魔法の援護が少ないことと、彼女たちと戦い慣れているオークキングの統率によりファイアーダンサーズは苦戦を強いられた。
そしてついに1人の魔導師がアラクネの糸に捕まってしまった!
《 きゃあ! みんな! 私のことは放っておいて! 目の前の敵を!》
《 愛奈! お前絶対わざとだろ! 》
《 ちょっと愛奈! 援護できないわよ!? 》
グラウンドでは前衛がオークキングの処理で手一杯のようだ。ほかの魔導師も残ったアラクネ4体と、側面から襲い掛かるオークの対処で余裕がない。そんなタイミングで糸に上半身を拘束され倒れた魔導師へ当然のごとくオークが襲い掛かった。
《 うおおおおおお! 》
観客席からは男たちの魂の叫びがコロシアム中に響き渡った。
「ダーリン大丈夫なの? 生放送よ? 」
「大丈夫さ。オークには言い聞かせてある。そもそも創造で造ったオークには性欲がないからな」
「あら? それもそうね。ダーリンもサービス精神旺盛ね」
「見えそうで見えない。脱げそうで脱げないのが一番効果があるからな」
俺は心配する凛にそう言ってからグラウンドを改めて見ると、オーク2体によりローブをめくり上げられ、ズボンを半脱ぎにされている魔導師の姿が見えた。しかしオークの動作は遅く、そうこうしている間にほかの魔導師から魔法が飛んできてオークは倒されることとなった。
《 あああ! 惜しい! 》
観客席の男たちは残念そうだ。しかしホントに剥かせるとでも思ってるのかね? ちびっ子もいるのに。ん? あそこの男性は横に座っている奥さんと娘からの白い目に気付かないんだろうか?
そして仲間により拘束を解かれ解放された魔導師は、脱げかけてパンチラ状態だったズボンを履き直し少し紅潮した表情で戦闘に復帰した。
それから10分後。アラクネを倒しきった魔導師たちはオークキングへと攻撃を集中させ、その全てを倒しきった。
ファイヤーダンサーズは全員が肩で息をしており、リーダーは額から血を流し腹部を押さえていた。もう1人の前衛も腕がダラリと垂れ下がっており、どうやら骨折をした様子だった。いくらDランク相当まで能力が落ちているとはいえ、これまで様々な冒険者と戦った経験を持つ魔物であることと、その数の多さに相当苦戦したようだ。
彼女たちはダークエルフと元探索者のスタッフにより回収されるオークをよそに、お互いに肩を貸しあってゲートへと退場していった。そんな彼女たちに、観客席からは惜しみない拍手と黄色い声が鳴り響いていた。
そして1時間の休憩を挟み、治療を終えたこれまで戦った5組の冒険者が再びグラウンドへと現れた。
『クククク……なかなかやるではないか。よかろう。約束通りエルフの姫は返してやろう』
『ああ……勇者様! 私のためにこんなに傷付いて……』
『君を救うためならこれくらいどうってことないさ』
グラウンドの中央のリフトからから現れたエルフの姫と、くじ引きで当たりを引いたドラゴンスレイヤーのリーダーが抱きしめあっている。リーダーはなかなかのブサメンだ。エルフは頬を赤らめている。お互い役得と思っているようだ。
『ククク……約束は守ったぞ。しかし生きて帰れるかな? 』
『なんだって!? 』
『そのエルフを守りながら戦えるのかと聞いているのだ。魔王様よりお借りした黒竜王ヴリトラとな! 』
半蔵がそう言うとコロシアムの上空に、全長50mはある黒い竜が現れた。その背には悪魔に変装した半蔵がまたがっており、コロシアムの上空で滞空し冒険者と観客席の全てを見下ろしていた。
観客はそのあまりにも圧倒的な存在感に、全員が上空を見上げ固まっていた。そしてあまりの恐怖から倒れる人が続出していた。これにはさすがの子供たちも泣き出すかと思ったが、クオンとエメラが大好きな子供たちにはドラゴンは怖い存在ではないようで、きゃーきゃーとあちこちで楽しそうに騒いでいる。
『た、大変です! 悪魔城上空に魔王の騎竜であるヴリトラが現れました! ヴリトラは上位竜であり、SSランクに最も近い竜と言われています。勇者様! 逃げてください! 』
《 マジかよ……SSのドラゴンて……》
《 き、聞いてないぞ! そんな強力なドラゴンと戦うなんて! 》
《 あ、あたし抜けるわ。アレは無理! 絶対クオンより強いって 》
《 中位竜に勝てない俺たちがいけるのか? 》
《 どう考えても無理だよな……》
しかし冒険者たちはその力量差を正しく測ることができた。それゆえに既に腰が引けており、いつでもゲートに逃げ込めるように全員が腰を低くしていた。
さすがここまで生き残ってきた冒険者たちだ。逃げる判断が早い。
俺は本当に逃げられたら困るので、そっとファイアーダンサーズのリーダーへと心話を送った。
《 蓮花大丈夫だ。ヴリトラは攻撃するフリしかしない。好きなだけ魔法を撃ち込め 》
《 ひゃっ! な、なに!? 佐藤さんか!? ど、どこから!? 》
《 魔法で話しかけている。まあそういうことだから胸を借りるつもりで思いっきりやれ。それで俺が合図したら全員倒れろ 》
《 魔法って……わ、わかった。アトラクションってことだね? 絶対大丈夫なんだろうね? 信じていいんだろうね? 》
《 大丈夫だ。思いっきりやれ 》
俺はそう言って心話を切り、半蔵へと心話で合図をした。
「んじゃ行ってくる」
「いってらっしゃーい。ほんとダーリンは無茶するわ」
俺は恋人たちに声を掛けて転移でコロシアムの屋根へと移動した。万が一の時の結界要員だ。
そしてコロシアムの天井の結界を解除し、ヴリトラをグラウンドへと降下させた。
《 いいかい! 今説明した通りだ! ブレスは無いよ! 爪もやる気ない攻撃しかしないそうだ。胸を借りるつもりで戦いな! 》
《 絶対だろうな!? 嘘だったら恨むからな! 》
《 恨むなら私じゃなくて佐藤さんにしておくれ! ほらっ! 来たよ! 》
《 だあああ! やってやるよ! 俺たちはドラゴンスレイヤーだ! 》
覚悟は決まったようだな。
俺がグラウンドを見下ろしていると、冒険者たちが散開しそれぞれが攻撃の準備を行っていた。
ヴリトラは観客たちを吹き飛ばさないようゆっくり降下してきている。そしてグラウンドの地面スレスレを飛び、再び上空へと舞い上がった。その際に冒険者からの魔法の一斉攻撃を受けていたが、その全てが魔法障壁により防がれていた。
冒険者たちは自分たちの攻撃が全く通用しなかったことに放心状態だ。
ここまで実力差があるとは思わなかったのだろう。その後も再度降下してくるヴリトラに剣を叩きつけ槍を突き刺し、魔法を放つが一向に魔法障壁を壊すことはできないでいた。
俺はそろそろだなと蓮花に合図をした。
俺の合図を受けた蓮花はホッとした表情を見せた後に、6度目のヴリトラの降下で半数が、7度目で全員がその場に倒れた。
『ああ! 勇者様が! エルフの姫を庇うように力尽きてしまいました! このままでは全員がドラゴンの餌になってしまいます! 会場にいる魔法使いのちびっ子たち! みんなでヴリトラと戦いましょう! これだけの魔法使いがいればきっと追い払うことができるはずです! 』
進行係がそう言うと、観客席にいる魔法使いのマントを羽織った数千人のちびっ子たちが立ち上がった。
『さあ! みんなの力を合わせて黒竜の弱点である聖魔法。それも最上級聖魔法を放ってください! せーの!『セイクリッドクロス』! 』
《《《 せいくりっど くろすー! 》》》
進行係の掛け声と共にちびっ子たちが一斉にスティック型の杖を振るった。
その瞬間
ちびっ子たちの杖から光が発生し、その光はグラウンド中央へと集まった。
そう、これはプロジェクターの光だ。このために子供たちにスティック型の杖を渡していた。
グラウンドの中央に集まったプロジェクターによる光は次第に大きくなり、やがて6つの光の十字架に姿を変えた。そして光の十字架は回転をしながら上空のヴリトラを包囲し、一斉にヴリトラへと襲い掛かった。
《 ヴリトラ! 悲鳴をあげろ! 》
《 ヴオォォォォ…… 》
俺の合図でヴリトラは悲鳴をあげ、身をくねらせてコロシアムから去っていった。
『やりました! ちびっ子たちの聖なる魔法でヴリトラを撃退しました! 力を合わせればどんな強力な魔物にも対抗できる! 会場のちびっ子たちは勇気を持ってそれを証明してくれました! ここに新たな勇者が誕生したのです! 』
《《《 おおおおお! 》》》
《 凄かった! なんて演出だ! 》
《 子供たちも凄いぞ! よくドラゴンを前にして立てたもんだ 》
《 こんなに強い子供たちがいるなら日本の未来は安泰だな! 》
《 おとうさんみた!? ぼくドラゴンをおいはらったんだ! 》
《 ああ見てたよ。凄いなあ。お父さんにはできそうもないよ。これからもお友達と力を合わせて弱ってる人を助けるんだぞ? 》
《 うん! みんなで協力していじわるする子とたたかう! 》
《 わたしまほうつかいになりゅ! ぜったいなりゅ! 》
《 ふふふ、なれるといいわね。お父さんもそこそこ魔力があったから可能性はあるわよ 》
「ふう……うまくいったようだな。さて戻るか」
俺は観客席の熱狂振りを見て、このイベントが成功したことを実感していた。
それからは年越しカウントダウンの時間まで休憩時間となり、俺は冒険者たちの各控え室に労いに行った。当然とも言うべきかそこでさんざん文句を言われたが、俺は彼らをなだめつつ報酬を渡していった。冒険者なんてサバサバしているもので、上級ポーションを受け取った途端にニコニコしだしていたよ。
蓮花たちファイヤーダンサーズの控え室に入った時は、もう期待満面の顔で全員が待ってた。そして俺からピチピチュの実を受け取って直ぐに全員がその場で食べていた。俺は三十路超えのリーダーとサブリーダーの背中にこっそりと時戻しを掛け、実と合わせて10年ほど若返らせた。
そして控え室の鏡を見た全員がほとんど絶叫に近い声を出して喜び、身体のあちこちを鏡で確認していた。もう俺の存在なんて忘れててさ、全員が服を脱ぎ出して俺は慌てて控え室を出たよ。あとで裸を見たとか言いふらされるのも嫌だしな。冒険者の噂はすぐ広まるからな。
カウントダウン開始の時刻となると俺は恋人たちを連れてグラウンドに出た。その際に今回対戦した魔物たちもグラウンドに放出した。
そして魔物たちに囲まれて落ち着かない冒険者たちと、それを見て大笑いしている観客と全員でカウントダウンを行った。
俺と恋人たちはカウントが0になった途端に打ち上げられた大量の花火と、上空を飛ぶヴリトラを眺めながら新たな年を迎えたのだった。
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