第35話 現人神(自称)と半神(他薦)




ーー オルガス帝国 帝城 皇帝 ドルキッシュ・オルガス ーー




《 現人神であり全世界の支配者。生きとし生けるものすべてに繁栄と栄光を与えたもう慈悲深き皇帝! ドルキッシュ・オルガス陛下の御降…… 》


「黙れ! 」


《 ひっ! 》


余は先ほど耳にした報告に苛立ちつつ謁見の間へとやってきた。

謁見の間は領地に急ぎ戻った貴族どもがいなくなり、閑散としていた。


「軍務長官! 南に現れた亜人とドラゴンはどこから現れたのだ! 」


「は、ハッ! 今朝突然古戦場に現れました。リンデール王国の砦を同時攻撃した件といい、どうやら魔王軍に失われた空間魔法の使い手がいると思われます。空間魔法の使い手は過去に勇者のみ。やはり330年前の勇者が現れたとしか思えません」


「空間魔法だと? あの一度行った場所であれば瞬時に移動できるという転移魔法か? 確かに使い手は過去に勇者しかおらなんだ。しかし勇者は魔王と……いや……メルリンガーが言うのであれば……」


軍務長官のメルリンガーは忠臣だ。リンデールとの戦争の英雄でもある。この者がそう判断したのであれば、勇者が現れたという可能性も考慮せねばならぬか……

しかしそうだとして330年もの間、騎竜をアトラン大陸に残しヴェール大陸で何をしていたというのだ?

それになぜ今さら侵攻してきた? くっ……情報が足らぬ。処刑した情報局長の怠慢が帝国をここまで追い詰めるとは……


「勇者かどうかは今は置いておく。それで? 南から来る軍の規模はどれほどか 」


「ハッ! およそ2000でございます。ドラゴンは帝都の防衛軍と対空砲で十分迎撃が可能でございます。さらに前線から5千の部隊を引き抜き急ぎこちらへ向かわせております。足の速い飛空戦艦に乗せてござりますれば、本日中には帝都に到着するはずでございます」


「たったそれだけか? ならば対竜連装魔砲の餌食にしてやろう。前線の部隊が背後から襲えば挟み撃ちができるか……うむ、ならばよい。それで? 北の反乱軍の対処はどうなっておる? 飛空戦艦の攻撃で全滅したか? 」


たった二千で帝都に向かってくるとは……いや、それだけしか用意できなかったのやもしれぬ。数からいってやはり転移魔法が存在すると見た方がよいか。


しかし勇者の存在だけは信じられぬな。勇者が魔族と結託する理由がわからぬ。救った世界を破壊する理由がどこにあるというのだ?

しかしそれよりも2日前に突如反旗を翻した亜人どもだ。亜人の監視をしている部隊の怠慢で武器を奪われ、ほかの地区にいた亜人どもと合流まで許すとは……部隊長以下一族郎党皆殺しにしてくれようぞ。


「は、ハッ! そ、それが……げ、現在反乱軍は帝都北部の貴族領で暴れており……」


「なぜ未だに存在しておるのだ。先行して派遣した5隻の飛空戦艦は、反乱軍を見失ったとでも言うのか! 」


「そ、それが昨晩魔族の奇襲にあいその……飛空戦艦はサキュバスに恐らく奪われたかと……申し訳ございません」


「う、奪われたじゃと!? 反乱軍に魔族が加担しておるのか! 」


ここでもまたサキュバスか! いったいどれだけの数が帝国に浸透しているというのだ!


「ハッ! ダークエルフとサキュバスにインキュバスを確認しております。し、しかし本日中には帝都の精鋭部隊1万が反乱軍と接敵いたします。必ずや撃滅し奪われた飛空戦艦を取り返します! 」


「なんということじゃ……魔王がこれほど策を巡らせておったとは……必ず反乱軍は殲滅せよ! 」


リンデールを攻めながらこのムーアン大陸にも工作部隊を派遣しておったとは……ぬかったわ!

北と国境、そして帝都のすぐ南に遊撃部隊。帝都を包囲するつもりか……

だがそうはさせぬ。国境の軍は完璧な布陣で魔王軍を迎え撃っておる。北は飛空戦艦が奪われたのは誤算だが、亜人どもに操縦ができるはずがない。これは使われることはないであろう。であれば、最新の装備を身に付けた帝都の精鋭部隊1万で烏合の衆の亜人2万などすぐに鎮圧できよう。


ダークエルフやサキュバスは数がいる種族ではない。精鋭部隊に奇襲をするくらいしかできぬであろう。警戒さえしておけば、我が帝国の魔導兵器の前ではなにもできぬまま死ぬしかあるまい。


「ハッ! 必ずや反乱軍を殲滅し……」


ドーーーーン!


「な、なんだ! なんだ今の音は! 」


余が魔王軍の姑息な策を打ち破る算段をしていると、突然大きな音が響き渡った。そしてその衝撃波なのか帝城が大きく揺れた。

軍務長官が急ぎ謁見の間の非常魔導通信機で状況の確認をしておるが、立て続けにまるで雷が落ちた音や建物が崩れる音が次々と聞こえてくる。


まさか城壁を攻撃されておるのか?


「へ、陛下! ご報告申し上げます! 帝都正門前に突如ドラゴンに乗った黒ずくめの男が現れ、け、剣のひと振りで正門を破壊致しました! そ、そしてドラゴンが街壁の上の対空魔導砲を次々とブレスで破壊してまわっております! 」


「なんじゃと! 単騎でこの帝都に攻撃を仕掛けたと言うのか! しかも正門を一撃でじゃと!? さ、先ほどの衝撃がまさか……」


信じられぬ! 信じられぬが先ほどの音と衝撃はそれほどのものであった。

ドラゴンに乗りそれほどの力を持つ者……まさか本当に勇者が?

い、1万の兵で防げるのか!? そもそも対空連装魔導砲はどうしたのだ!


「ドラゴンはなぜ落とせぬ! 新兵器は機能しなかったのか! 」


「こ、効果はありました! 10門の連装砲の一斉斉射により、ドラゴンの魔法障壁を打ち破りはしましたが、どうやら二重の障壁が張られていたとのことです。詳細は途中で報告が途切れてしまい……」


「二重の障壁じゃと!? そんなドラゴン聞いたことがないぞ! なんだそのドラゴンは! なんなのだ! 」


あり得ぬ……ドラゴンの障壁は破られれば本体にダメージが通るのが常識じゃ。それを二重の障壁などと……それでは無敵ではないか!


「急報! 急報! 」


「 何事か! 」


余がドラゴンの能力に愕然としていると、謁見の間入口に鎧のところどころに煤がこびり付いている兵士が現れた。その兵士に対しメルリンガーが立ち上がり対応した。


「へ、陛下! お逃げください! 炎に包まれた大狐が帝城に真っ直ぐ向かっ……」


トゴオォォォン!


「ぐおっ! 」


謁見の間にやってきた兵士が報告を終えるや否や、最初に聞いた音より遥かに近くから帝城が大きく揺れるほどの音と衝撃が伝わってきた。

そのあまりの衝撃に余は座っていた玉座より放り出され、階段を転げ落ちた。



「ぐっ……な、なにが……なにがあった! 」


余は階段下にいたメルリンガーと、その両隣にいた騎士に抱き起こされながらなにが起こったのか問いかけた。しかし入口にいた兵士は答えられず、顔を青ざめさせているだけであった。


すると先ほどとは別の兵士が謁見の間へ現れた。


「ほ、報告いたします! て、帝城の城門と入口に炎の大狐が突入し門を破壊! 一階にて爆発いたしました! 現在負傷者の救出と消化活動を行なっております! 陛下! 屋上の緊急脱出用小型飛空艇へ! ここは危険でございます! 」


《 ヒッ! へ、陛下! わ、私もご一緒しますぞ! ここは危険です! 》


《 わ、私がお守り致します! 私が同行いたしましょう! 》


《 わ、私の家は200年前にその武勇で皇家のお役に立ちました! ここは是非私を! 》


「黙れ! 逃げたくば逃げるがよい! 余は神ぞ! ここは聖なる城であり聖地! 神である余がいてこそ余すことなく帝国に加護を与えられるのじゃ! 逃げたくば逃げよ! 」


余は情けなくも狼狽える貴族どもに喝を入れた。

余のいない帝城など神界に神がいないのと同じ。余がここから離れれば帝国は加護を失う。

神として臣民を祝福する義務を放棄などできぬ。


《 へ、陛下! まさに神……わ、私はこの身をもってお守り致します! 剣を持って参りますのでしばしお待ちくだされ! 》


《 ??……ハッ!? わ、私も陛下をお守りするために武具を領地より持って参ります! す、すぐ戻ります! 》


《 私も戦わねばなるまい……陛下! このテキンゼン侯爵家のトーボスの献身をとくとご覧ください! では一旦失礼! 》


武具? 余を守るじゃと? 逃げるための口実になんと情けない……これが帝国貴族か……200年前にこのムーアン大陸を征服した時の、勇ましき貴族たちはもうこの帝国にはおらぬ……なんと腑抜けたものよ。

これではリンデールを攻めきれぬはずよの……余はこのような者たちをアテにしていたというのか。


「神衛隊はどうした! 帝城が攻め込まれているというのになぜ1人も余のもとに来ぬのじゃ! メルリンガー! 」


「ハッ! 恐らく侵入したと思われる賊によりここまで来れないのではないかと……」


あり得ぬ! 信仰心の厚い高位貴族の師弟でのみ編成されている神衛隊は、いつ何時であろうと余を守るために秘密の通路を使ってどこからでもこの謁見の間に来れる! も、もしやあれほど可愛がってやった神衛隊までも余を?


ふと謁見の間を見渡せばメルリンガーと、守護騎士の10名以外は誰もいなくなっていた。


「なんということじゃ……余の配下がこれほど脆いとは……これほど信仰心が無かったとは……メルリンガー! ここで余を! 神を守れ! 余はここから動かぬ! 魔王であろうが勇者であろうが余は退かぬ! 媚びぬ! 返り討ちにしてくれる! 余の前ではなんびとであろうとひれ伏すのじゃ! 」


「ハッ! このメルリンガー命に代えましても神をお守りいたし……なっ!? 」


『雷矢』


『狐月炎弾』


「グハッ! 」




「メ、メルリンガー!」


突然メルリンガーとその両隣にいた騎士が胸から雷の矢を生やし、壁際に立っていた守護騎士が燃え上

った。余は突然のことにいったい何が起こったのか、先ほどの声はと視線をメルリンガーの後方に移した。

すると謁見の間の入口に不敵な笑みを浮かべ佇む黒髪の人族と、その男を守るかのように青白い光を放つ扇を広げ、斜め前方に立つ狐獣人の姿が目に入った。


恐らくこの2人がこの現象を起こしたのであろう。

一瞬で、たった一撃で余を守る者たちを……


「グ、グフッ……へ……陛下……お逃げくだ……陛……」


「よ、余は神ぞ! ここは神の座す聖域ぞ! そ、その方ら! 何者じゃ! 」


「ぷっ! 神だってよ蘭」


「うふふ、主様の前では禁句ですね」


「な、なにがおかしいか! 余はこの帝国を統べるか……」


「黙れ! 『プレッシャー』 」


「ぐあっ! 」


な、なんだか、身体が重く……つ、潰れる……神である余が地に頭を……ぐっ……苦しい……


余は地に頭をつけながら黒髪の男を見やった。男は階段下でひれ伏す余の前までゆっくりと近づき……


「神になりすます馬鹿と、なりたくもないのに半神にさせられた俺。まるで喜劇だな。お前は公開処刑コースだ。神ならその運命から逃れてみろ」


「ガッ! 」


男は……いや神に仇なす悪魔は、そう言って余の顔を蹴り上げた。


余は頭が真っ白になり、意識が遠のくのを感じていた。


余は現人神であり全世界の支配者……生きとし生けるものすべてに……繁栄と栄光を与えたもう……慈悲深き皇帝……ドルキッシュ……おる……が……す……で……ある……ぞ……


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