第29話 救いの神
ーー リンデール王国 王都正門 佐藤 光一 ーー
「う〜ん……黒竜が邪魔で見えにくい……もうちょっと頭を下げてくんないかなあの竜。鑑定魔法も遠くてダメだな……届かない」
「ほ、包囲されておる! ゆ、勇者よ! ここは危ない! 儂を解放しろ! ここにいては死んでしまう! 」
「うるせー! 黙ってろ誘拐犯! 」
「ぐえっ! 」
リムさんに似た魔力反応を感知した俺は、急いで正門の方へとやってきた。
そして双眼鏡で黒竜の付近を覗いてみてみたが、黒竜の背にあるらしきその三つの反応は黒竜の頭と首が邪魔で目視できなかった。
俺は足もとでギャーギャーわめく王の腹を蹴り黙らせ、どうしたものかと考えていた。
近づいて確認するか? いやあの黒竜を刺激したくないな。超怖いし。
できればあの黒竜は王国軍に相手をしてもらいたい。その間に魔物を減らせるだけ減らして、レミとナナを連れて逃げたい。アレは今の俺では無理だ。1対1で光希からもらった回復薬を全部使って、死ぬ気でやってギリギリ倒せるかどうかってところだろう。とてもじゃないが、その黒竜とSランクが6人もいる軍と戦って勝てるとは思えない。
「あ〜でも魔力の質? みたいなのが少し違うが、リムさんに似てるんだよなこの力強い魔力。この静かだけど凝縮されたような魔力はユリさんで、このあっちこっちに跳ねてるような魔力はミラさんだよな。この3つが揃うなんてやっぱあの3人ぽいんだよなぁ。」
でもあの3人がなぜここに? 魔力の質みたいなのが違うからやっぱり並行世界の3人か?
戦闘になる前になんとか接触したいけど、あの黒竜がなぁ。
俺がリムさんたちと酷似している魔力反応の前に悩んでいると、突然東側に展開していたトロールが盾を構えて動き出した。
「ん? なんだ? トロールとオークに……オーガもか。千、いや二千匹だけなんで前進してんだ? 命令無視の跳ねっ返りか? 」
包囲しているのにあの一角だけが前進している。もしかしてあっちにも探知魔法を使える者がいる?
んで俺の魔力反応を見て探りを入れてきたか? それか知能の低いトロールやオークの独断専行か……
俺の力が知りたいなら牽制しておくか。そうすれば安易に総攻撃を仕掛けてこないだろう。その間にリムさんかどうか確認して、別人だったならいつでも逃げれるようにすればいい。
そしてもしも本人だったなら、光希のいる場所に行く方法を教えてもらえるはずだ。あの3人が光希と離れるなんてあり得ないからな。
最悪彼女たちもなんらかの事故でここに召喚された可能性もあるが、それならそれでお互い協力して魔王を倒せばいい。魔王軍にいるのは恐らく同じ魔族だからだろう。本意ではないはずだ。
「ならいっちょ派手にやるか。『天雷』 」
ドゴオォォォン!
俺は先頭のトロールの手前に、広範囲に落ちるようイメージして天雷を発動した。
天雷はイメージ通りトロールの手前に落ち地面を穿ち、トロールやオークたちの進軍を止めることに成功した。
「ふぅ……これでもうヘタには動かな……ってええええ!? 」
トロールの動きを止めることに牽制に成功し、正門の前にいる黒竜に視線を戻すと黒竜が翼を広げ上空へ飛つ姿が目に映った。
そして黒竜は俺のいる場所目掛けて真っ直ぐと向かってきた。
「逆効果だった!? 危険人物認定されてボス自ら処理しにきた!? 」
ヤバイ! 自爆した! どうする? 逃げるか? いや、今逃げても追い掛けられる。なら王国軍を盾にしつつ黒竜の背にいる人たちに接触した方が……別人だったら逃げる。3人同時は無理だ。転移があるから逃げ切れるはず。
俺は遥か上空からこちらへ迫ってくる黒竜を見つつ、王国軍が攻撃を開始するのを待った。
そして少しして対空魔導砲の射程に入ったのだろう。城壁に設置されている対空魔導砲から一斉に砲撃が開始された。
ドーン ドーン ドーン
パシーン パシーン パシーン
しかしどの砲撃も全て黒竜の黒い魔法障壁に阻まれ、鱗一つ傷付けることさえできないでいた。
魔法障壁強っ!?
まあいいさ、ヘイトさえ稼いでくれればいい。もうすぐ急降下してくるはずだ。
その時に黒竜の上空に転移をする。そして背に乗る人たちと接触をする。
この愚王はどうするか……邪魔だな。まあいいか、逃したら保険が無くなるし連れて行くか。
転移して顔と身体だけ確認して少し声をかければ、リムさんかどうか分かるしな。鑑定も届くし確実だ。
というか向こうから気付いてくんないかな? 魔力反応とかでさ。まあ無理か。俺のことなんて殆ど見てなかったしな彼女たち。光希以外どうでもいいって感じだったな。羨ましい。
「あれ? 降下してこない? 」
黒竜が間近に迫り俺は急降下してくるを警戒していたが、黒竜は高度を下げる気配が無かった。
向こうも俺に対抗して牽制のつもりか?
俺が結界を張り警戒をしつつもそんな都合の良いことを考えていると、黒竜はあっという間に頭上を通り過ぎていった。逆光の中、目を細めて黒竜を視線で追っていると黒い3つの点が太陽を背に飛んでいるのが見えた。
「あの3人だ! 黒竜はただの足か! こっちに向かっている! 双眼……って逆光で見えねえ! 」
くそっ! やっぱり俺が狙いか! 甘くねえなあの3人! 行動もリムさんに似ている。
俺は翼を広げ三方向から急降下してくる3つの黒い点を、サングラスを取り出して肉眼で確認した。
そして中央で槍を手に持つ魔族の顔と胸が見えた時、俺は歓喜に震えた。
リムさんだ! 間違いない! 前より胸が少し大きくなってる気がするし、角もやたら立派になってるけど間違いない!
念のためにこの距離なら……『鑑定』!
よしっ! やっぱりリムさんに間違いない! ランクもいつの間にかSランクになってる。ん? 聖魔人? なんかサキュバスから進化した? まあ今はそんな事はいい。
リムさんがいた! この世界に光希の親衛隊がいた! 俺はもう1人じゃないんだ!
「おーーい! リムさーーーん! 俺だよ俺! オレオレ! ミラさんもユリさんもオレだよ! おーーい! 」
《 光魔王様の障害は我らが排除する! 死ね! 》
《 ボクたちの必殺技を喰らえ〜! 》
《 あらあら。剣を振り回してますわ! お姉様気をつけてください! 》
《 トライアン○ル・アタック! 》
「ぎょえーーー! 気付いてない!? せめて鑑定してくれよ! 」
オレオレ詐欺みたいな言い方がマズかったか!? でもいつもこの3人にやってるネタだから気付いてくれると思ったんだけどな。
俺は三方向から決死の表情で槍を構え急降下していく3人に、ギリギリまで剣を振って声を掛けた。
「気付いてくれよ! くっ! もう駄目だ! 『転移』! ぬおっ! 」
パシーン パシーン
パリーン!
キンッ!
「ぎゃあああああ! 」
俺は3人の顔がハッキリと見えるところまで粘って声を掛け続けたが、完全に戦闘モードの3人は全く気付いてくれなかった。しかしこのままでは槍の突撃を食らうと思い、急降下してくるリムさんのすぐ近くで声を掛けようと愚王と共にリムさんの真上へと転移をした。
しかしその瞬間リムさんは急停止し、俺のいる真上へと後ろ向きのまま槍を鋭く突き出した。さらには左右からも槍と闇刃が飛んできた。
闇刃とリムさんの繰り出す槍は結界で防げたが、所詮は中級結界。リムさんの魔力のこもった強烈な槍の攻撃と、初級魔法とはいえかなりの魔力を込められていた闇刃ということもあり結界を破られた。
俺は攻撃を防がれたことに驚くリムさんをとりあえずは放置し、左右から飛んでくる槍を手に持つ剣と王で防いだ。
その際に愚王の腹部に槍が刺さってしまったが、俺の身体は無事だ。
3人がギョッとした顔をしているが、注目を集めた今がチャンスだ!
「味方を盾にした!? ……え? ありゃりゃ!? 」
「とんでもない男ですわ……ね……あら? 」
「貴様! 転移に結界魔法まで持ってい……ん? 」
「リムさん! 俺だ! 光一だ! ミラさんも! ユリさんも! 方舟世界の光一だよ! この愚王に召喚されちゃったんだ! 助けてくれよ! 」
俺はやっと気付いてくれたのか、目を見開いて俺を見る3人に必死に声を掛けた。
愚王は落下と転移を繰り返して滞空する俺に掴まれたままグッタリしている。
「こ、光一殿!? な、なぜここに!? 」
「ええーー!? ほ、本当に光一だ! なんでこの世界にいるの!? 」
「これは驚きですわね……」
「勇者召喚だよ! しかも女神の加護なし! 酷いんだよ! そ、それより光希は!? 魔王軍にいるってことは、まさかリムさんたちもこの世界に迷い込んだとか? 」
俺は少しずつ高度を落とし、それに付いてきてくれるリムさんたちに光希の所在を聞いた。
「こんな時でも私たちの胸を見て話すその態度……光一殿で間違いないようだな」
「光一だよねー」
ぐっ……久々に見たからつい……そのビキニアーマーも悪いと思います。
「まさしく……それなら転移も天雷も納得がいきますわ。光一さん、光魔王様はこの世界にいらっしゃいますわ。旧魔王軍を従え、この世界の人族を滅ぼすために光魔王軍を率いておりますわ」
「この世界に光希がいるの!? くうぅぅ! 助かったーーー! やった! 俺は帰れるんだ! ……ん? 光希が魔王軍を率いてる? え? 魔王なの? 光希が!? 」
光希が自分が救った世界で魔物を率いて人族を滅ぼす? 勇者が? どういう……いや、獣人たちのためか。この世界の人族はもう救いようがない。かつての仲間を奴隷にしてるんだ。光希が怒るのも無理ないな。
でも光希がこの世界にいるなら俺は確実に帰れる! 光希が魔王だろうがなんだろうが俺は合流して何でもやってやる! 夏美と玲のもとに帰れるなら魔王の配下にだってなんだってなってやる!
「ククク……そうだ。光魔王様は私の夢を叶えるために魔王となってくださったのだ」
「そ、そうか……と、とりあえず俺はリムさんたちと合流するよ。んで光希のところに案内して欲しいんだ。ちょっと獣人の姉妹を連れてくるからさ、後ろの人たちに俺を攻撃しないように言っておいてよ」
「わかった。言っておこう。光魔王様も驚きになるだろうな。楽しみだ」
「まさか光一とここで会うとはねー! せっかく強い相手と戦えると思ったのに〜ちぇっ! 」
「私は転移と天雷と結界を使いこなす光一さんが、人族側でなくてよかったですわ」
「それはこっちのセリフだよ。ああ、この死にそうなのはこの国の王なんだ。獣人を解放させようと思って攫ってきたんだけどさ、光希が率いてる魔王軍なら安心だな。これ置いていっていい? 」
もうこの愚王は用無しだな。王都はすぐに陥落するだろうし、光希が獣人を保護しないはずがないからな。
「その醜く太った男は王だったのか!? 光一殿もよくやる……置いていってくれ。私たちには必要ないが、エルフや獣人たちは色々思うところがあるだろう。止血だけしてその辺に放り投げておいてくれ」
「わかった。それじゃあすぐ戻るからよろしく! 」
俺は愚王に無理やりポーションを飲ませた後、その辺に放り投げてから転移でレミとナナのいる大聖堂へと転移をした。
一時はどうなるかと思ったが、光希がこの世界にいる。
俺は元の世界に帰れるんだ。
今日ほど光希の存在が神に思えた日はないな。
俺も光竜教の信者になってしまいそうだ。
あ、教祖だったわ。
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