第25話 罠




ーー リンデール王国 大聖堂 地下 禁書庫 ーー




「この本も駄目か……あとは過去の勇者を召喚した記録の残りだけだけど、これは光希もよく読んでたって言ってたよな。ならそこに魔王の魔石以外の帰還方法が書かれていたらとっくにやっているはずだ。そもそも召喚の記録だし送還方法なんて書く訳ないか」


召喚されて5日目の朝を迎えた。寝食は結界を張って光希からもらった魔導テントでしているが、さすがに室内に篭りっきりは気が滅入るので、一昨日から昼は教会内を散歩したりしている。


夜もフードを目深に被りこっそり街に出たりしたんだが、黒髪の見た目が目立つから酒場にも入れないし娼館も教皇の手が回ってそうで危なくて入れない。結局獣人を虐待している奴らが目に入る度に、路地裏に転移で連れて行き闇に葬ったりして終わってる。


しかし昼の散歩もシスターがやたら声を掛けてきて全然気分転換になりゃしない。

教皇め……正攻法できやがった。恐らく勇者の恋人になったら女神の加護をもらえるとかそんなことを吹き込んだんだろう。確かに過去に勇者パーティーにいたエルフが加護を得て、精霊が強くなったという記述はあった。実績があるから否定しにくい。というか俺だって勇者として加護を受けてないんだけどな。


シスターのアプローチは純粋な信仰心からなるものだからタチが悪い。てかモテてるのに拒否しないといけないとかどんだけもったいない事してんだよ俺!

それでも一度取り込まれたら終わりだ。情に流されてこんな獣人を奴隷にしているような国に力を貸すなんて真っ平御免だ。


しかし禁書庫にある文献には同じことしか書いていない。こりゃ魔王を倒さないと帰還は無理そうだな。


教会内は昨日から魔王軍との決戦が始まったようで、神官やシスターが王都の民をなだめたりと忙しそうだ。

決戦の結果がどうあれ兵が戻って来る前にそろそろ動くか。


王城に乗り込んで王を人質にして獣人を解放する。その際にできるだけ武器を回収していく。

王城近くの創魔装置があるという建物も嫌がらせに破壊していくか。あれで魔石を作ってるらしいからな。あれがなくなれば継戦能力を失うだろう。そうなれば追っ手も減るだろう。


「あとはタイミングだな。ちょっと屋根に登って王城の様子を見てみるかな」


俺は気分転換も兼ねて禁書庫を出て隠し階段を昇り、礼拝所に隣接する部屋に出たところで違和感を感じた。


「んん? 教会内に人がいない? いつもなら朝の礼拝が終わってシスターたちが清掃をしている時間のはず……おかしいな。『探知』……やっぱり誰もいない」


こりゃ決戦で負けてトンズラこいたか?

いや、教会の外は人がいるな。てことは王や教会関係者だけが逃げたか?

それならそれで奴隷解放しやすくていいな。魔王軍が来る前に急いで解放すればいいか。


しかしこりゃ昨日決戦が始まったばかりなのにすぐ負けたのなら結構ヤバいだろ。もしかしたら魔王軍はたいして損害を受けていない可能性がある。だとしたら急いだ方がいいな。


そう判断した俺は、光希からもらった上位黒竜の鎧と黒鉄と魔鉄でできた『黒魔剣』を腰に差し、まずは王城に行き様子を伺うことにしようと礼拝所の出口へと向かった。

すると教会の外にあった反応が突然動き出し礼拝所へと向かってきた。


「ゆ、勇者様! どうかお助けください! 西の外れの広場で姉さんが無実の罪で兵士に処刑されてしまいます! どうか! どうか姉さんをお救いください! 」


「……そう来たか」


俺はボロボロの衣服をまとい、俺の前で泣きながら片耳しかない兎耳の頭を地面に擦り付けている12歳くらいの女の子を見て、これは教皇の罠だとすぐに気付いた。

過去の勇者の記録みたいに、平和ボケした世界から来た召喚されたばかりの者たちならいざ知らず。

こっちは物心ついた時から大人に混じって魔物相手に戦ってきたんだ。汚ねえ奴らもたくさん見てきた。

だからわかるんだ。これは罠だって。

教会内に人気が無いのも、俺がテントから出てきそうな時間帯に来たというのもわかりやすいしな。


恐らくその処刑場には俺を殺すための兵器や兵士がズラリと並んでるんだろう。そしてこの子に連れられて現れた俺と、この子もこの子の姉もまとめて吹き飛ばすつもりなんだろうな。

やるだろうな。獣人を家畜としか思ってないこの国の奴らなら躊躇わずやるだろうな。


「ゆ、勇者様! ど、どうかお願いします! 姉さんを! どうか! 」


「大丈夫だよ。そんなに震えなくていい。姉を人質に広場に俺を連れて来いって言われたんだろ? 大丈夫だ。俺がお姉さんを必ず助けてあげるよ」


俺はそう言って女の子を立たせて頭を撫でた。

さっきからずっと目を合わせようとしないからな。かわいそうに。俺のせいで人を騙すことをさせられて……身内を人質に汚いマネをこんな女の子にさせやがって。


「……う……ううっ……ごめんなさい……でも姉さんが……殺されるから……勇者様ごめん……なさい……」


「いいんだ。俺のせいでごめんな? こんな汚いマネをする奴らはきっちり皆殺しにしてやるから。広場がある場所だけ教えてくれるか? すぐにお姉さんを連れてきてあげるから」


「うっ……ううっ……お願い……します……姉さんを……私のたった1人の姉さんを……場所は西のスラム街にある広場です……ここからは……西に……スラム街で……です……ごめんなさい……ごめんなさい」


「あっちに結構行ったところか。わかった。ちょっとここで待っててな。すぐ戻ってくる『天使の護り』。結界を張ったから動かないでな」


俺はそう言って礼拝所を出て、一つしかないこの出入口にも結界を張り誰も中に入れないようにした。

そして魔力回復促進剤を飲みながら向かいの建物の屋根に転移で移動した。


「待ってろよ屑ども! 家族愛を利用した汚ねえ手を使いやがって! 皆殺しにしてやる! 」


俺は久々にキレていた。大切な人を人質にして他人を罠にはめるのに使う王国の奴らのやり方に、はらわたが煮えくり返っていた。


そして西へ西へと探知を掛けながら転移を繰り返していくと、ボロボロの家に囲まれた広場が見えた。

その広場の中央には両腕を後ろ手に縛られて立っている10代後半くらいの男の格好をした白い兎耳の女性と、その首に剣を当てている兵士2人がいた。探知ではその広場を囲むように強い魔力反応が20以上あった。

そしてそこから少し離れた場所には教皇とBランク程度の兵士の魔力反応もあった。


恐らくこの20近くあるものは魔導砲と呼ばれるものなんだろう。一つ一つが中級魔法程度の魔力を発している。既にいつでも撃てる状態みたいだ。


こりゃあ確かに俺のこの結界じゃ5発も受けたら破られそうだ。

でもよ? 教皇も王国も俺の能力を過小評価し過ぎじゃねえか?


「『転移』 死ねっ! 」


「え? あぎゃっ! 」


「ぎゃっ! 」


「きゃっ! 」


「大丈夫だよ。妹さんに言われて助けに来たんだ。『転移』 」


俺は広場の中央にいる兵士の背後に転移をし、一瞬のうちに2人の首をはねた。

そして突然目の前に兵士の生首が転がり、血を浴びたことに驚く女性に一声掛けてから触れ、教会へと転移をした。


「姉さん! 」


「え? え? ナナ! 」


「ちょっと待っててな。今縄を切るから……よしっ! ほらな? 姉さんを連れてきただろ? 」


俺は短剣を取り出し、両腕を縛られていた女性の縄を切ってから妹のうさ耳にドヤ顔でそう言った。


「はい……はい……ありがとうございます勇者様……」


「勇者……様? こ、ここは教会? これはいったい……私は広場にいたのに」


お? 落ち着いた感じで透き通る綺麗な声だな。見た目が男っぽいのは襲われないためにしてたのかもな。


「俺の名は佐藤 光一。勇者なんかじゃないさ。俺は転移の魔法が使えるんだ。一瞬で遠くに行ける魔法をね」


「転移? おばあちゃんがエルフに聞いたという勇者様が使っていた魔法……」


「あはは、光希も有名だな。まあ俺は勇者の弟だから使えるんだ。それより俺のせいで迷惑を掛けて悪かった。安全な場所に案内するから付いてきてくれ」


「勇者様の弟? え? あ、はい! す、すみません何から何まで……あ、あの私はレミと言います! 助けていただきありがとうございました! 」


「俺のせいだから気にしないでよ。巻き込んで悪かった」


そう言った俺にそんなことはないと返す2人を連れ禁書庫に行き、魔導テントの中に入ってもらった。

そして悪いとは思ったが夏海の部屋に行き、新品の下着とワンピースを用意して彼女たちに渡した。

俺の好みで揃えたのかTバックしか無かったな。玲のにしておけば良かったか? いやきっと彼女も色が違うだけで同じだろう。

ちょっと大胆な下着だけどまあいいか。しかし姉の方は肩にかからないくらいの短めの青い髪と耳で、布をキツく胸に巻いて男みたいな格好をしているが絶対美人だと思う。ぜひお風呂上がりを見てみたい。


「さあ、お風呂があるからこっちに来てくれ。ここを捻ると丁度いい温度のお湯が出るから。これが石鹸ね。2人で入るといいよ」


「お、お風呂!? 貴族しか入れないというあの!? い、いいんですか!? 」


「うわぁー凄いよ姉さん……着替えのお洋服も凄く綺麗……でもお風呂ってなーに? 」


「いいんだよ。ゆっくりしていって。んで次にこっち来て。ここがキッチンでこれが冷蔵庫。中にあるものは好きに食べてくれていいよ。ああ、お腹減ってないか? これ作り置きだけど2人で食べてよ」


俺は2人にお風呂の使い方を教えたあと、玲が作ってくれた料理を取り出した。時が止まっている収納バッグだから熱々のままだ。


「え? あ……勇者様? こ、こんなに……」


「す、凄い……姉さんご馳走だよ……」


「遠慮なく食べて。それと俺が迎えにくるまでこの部屋からは出ないようにね? 俺はちょっとアイツらにお仕置きしてくるからここで待っていてくれ。それじゃまた後で」


俺はよだれが出そうなナナと呼ばれていた妹のあまりの可愛さにうさ耳をひと撫でして、テントを出て広場の手前へと転移をした。


すると俺が殺した兵士の周りにほかの兵士が集まっていた。

よしっ! まだ教皇もいるな。10分くらい経ったからいなくなってたらどうしようかと思ったよ。


「わははは! 馬鹿め! 黒魔剣の餌食になるがいい! 『冥界の黒炎』んでもって『天雷』 」


俺は上空に転移した後に、広場にいた20人ほどの兵士の中央へ光希に剣に付与してもらった冥界の黒炎を放った。そして次に魔導砲と思われる反応がある位置に天雷も放った。


ドーーーーン! ドーーーーン! ドーーーーン!



《 あ、熱い!なんだこの黒い炎は! 消えない! ひ、広がってあぁぁぁぁ! 》


《 ぐっ……か、雷……ま、魔導砲が……暴発…… 》


《 ぐあぁぁ! う、腕がぁぁ……い、いったいなにが起こったのだ……ぐっ……団長……わ、 私を守れ……私は教皇……だぞ 》


俺が放った黒炎は一瞬で10人ほどを燃やし尽くし、広場にいたほかの兵士たちにも次々と燃え移っていった。燃え移り延焼し、消えない冥界の炎は広場にいた兵士たちを1人残らず灰にしていった。

そして天雷の直撃を受けた魔導砲は暴発し、大きな爆発音とともに近くにいた兵士ごと周囲を吹き飛ばした。


教皇は腕が吹っ飛んだか。まあ死んでないならいいか。


『転移』


俺は這いつくばり助けを求める教皇と、それを抱き起こそうとするなんだか偉そうな鎧を着た男の背後に転移をした。

そして剣を振り上げ教皇を抱き起こそうとする男の首を斬り飛ばした。


「おいおい、まったく気付かないとか対人レベル低すぎだろ……よう、教皇。ナメたことしてくれたじゃねえか。お前さ、楽に死ねると思うなよ? 」


「ゆ、ゆ、勇者か! こ、これは貴様が! い、いったいどうやって! と、突然現れ……ままさか転移魔法か! ふ、浮遊島はもうないと言うのにどうやって!? 」


「ああ、光希からもらったんだ。残念だったな。探知魔法もあるからお前のもくろみは全て見えてたよ。魔法の無くなった世界てのは対抗手段も忘れられていくんだな。ん? おいおい、まだ片腕が付いてるじゃねえか。バランス悪いだろ? 俺が整えてやるよ」


「な、なんと転移魔法まで……ヒッ! や、やめろ! やめてくれ! あ、謝る! あやま……ぎゃあぁぁぁ! 」


「え? なんだって? 聞こえなかった。次は足な? 出血はポーションで止めてやるからせいぜい苦しめ。関係ない獣人の姉妹愛を利用しやがってこの屑が! 」


俺はそう言って教皇の足の付け根に剣を刺し、ゆっくり左右にねじ込んで切り落とした。


「あぎゃあああ! あ、足! あ……し……ぐううぅ……あ……し……」


「おっと!『雷矢』 気を失ってんじゃねえよ。次はもう一本の足だ」


俺は気を失った教皇の肩に雷矢を突き刺し意識を覚醒させた。

そして残りの足に剣を突き刺し今度は一気に切断した。


「はぎっ!? カハッ……や、やめ……やめて……ぐぎゃぁぁぁ! い、痛……ぐっ……ポ、ポーションを……頼……し……死ぬ……」


「んじゃ時間を掛けてゆっくり死ね。じゃあな。『天使の護り』 」


「ガハッ! あぁぁぁぁ!! 」


最後に教皇の腹に剣を突き刺し、結界を張って誰も助けることができないようにしてその場を去った。

長い時間苦しんで死ね。


俺は教皇の断末魔を聞きながら広場を後にし、魔力回復促進剤と魔力回復薬を飲みながら王城へと向かって行った。


教皇がいるって事は王も逃げてないってことだろう。なら魔王軍はまだ来ない。

王国が俺を殺しにきた以上、ここは一気に反撃しないとまた関係のない獣人を人質を取られる。

教皇が王国の兵を動かせるわけがないからな。これは国王も絡んでるはずだ。


やる前は不安だったが、この国の兵士があの程度なら余裕でいける。王を人質にとって奴隷を解放して逃げきってやる。


俺はここで一気に勝負に出るべく王城へと走っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る