第24話 開戦




ーー リンデール王国 謁見の間 国王 トルキス・リンデール ーー





「なぜだ! なぜ勇者は動かぬのだ! 」


「申し訳ございません王よ。あの者は警戒心が非常に強く……やはり勇者コウキの別世界の同一人物であり、本人と接触をしたというのは本当のようです。その証拠に文献を読む前から正確な勇者コウキの行動を知っておりましたし、文献に描かれていた似顔絵とも瓜二つでございました」


クッ……召喚の報告の際に勇者コウキが元の世界に戻っていたと教皇から聞いた時は、はらわたが煮えくり返ったものだ。

恐らく魔王に負け囚われていたのだろう。そして祖先が相討ちでもって倒した魔王の魔石を横から掠め取り、それを使い元の世界に帰ったに違いない。なんという卑怯者よ。


まさか別世界の同一人物が本当に存在したというのか?

確かに前教皇がいつぞやその存在を話していたが……確か過去に召喚された勇者たちが、明らかに同じ時代同じ国から来たというのに、国の名前や元いた世界の歴史が違っていたというものであったな。


教皇の話を信じるのであれば、召喚時から推定だがAランク以上あり魔法も使えたようだ。そんな奴は過去の勇者で1人もいなかった。

見た目が似ていて魔物のいる世界から来たというのであれば信じざるを得ないが……

しかし我々の思い通りに動かない勇者など、害悪以外なにものでもない。

しかもあの娼館通いの卑怯者勇者と同一人物など信用などできるものか。


「決戦はもうすぐだというのに役立たずめ! もうよい、殺せ! この状況で王都内に思い通りにならぬ獅子身中の虫など置いておけぬ。多少強かろうが所詮は1人、若い男なら女をあてがい殺せ」


「それがもう何度も試みておりますが王都一の娼婦も、モントレール伯爵家の末娘でさえ追い返される始末でして……恐らく前勇者から王国に対して警戒するよう言われているのかと」


「チッ……ならば獣人を使え。確か勇者は代々獣人好きであったな。 ギルセリオの家臣団がその影響を受けていたくらいだ。相当な獣人好きであろう。若い獣人の姉妹あたりを使って……いや、知能の低い奴らに謀や暗殺は無理だな。外に誘き出すのに使え」


確か娼館勇者の従者が狐獣人であった。その前の勇者も獣人と共にいたと聞く。あんな家畜のどこに惹かれているのかわからんが、利用できるならすればいい。


「おお、それは思い付きませんでした。確かに世話をする神官に獣人のことを詳しく聞いてはいましたな。承知しました。適当な獣人を見繕い誘き出しましょう。しかし勇者は結界の魔法の使い手でございます。兵と魔導砲の王都内での使用のご許可をお願いします」


「スラム街でやれ。兵は第三騎士団を好きに使って構わん。が、確実に仕留めよ。決戦はもう目前だ」


12万。魔王軍の動きが遅いことからこれだけ集めることができた。帝国も魔物の存在を認めたことから停戦に応じた。王国が帝国の軍使を受け入れることで、一時国境を越え展開していた軍も帝国領へと下げた。

まあそこでさらに兵を集めているようだが。それは今はいい。


あとは南西にある平野で決戦を行うだけだ。


魔王軍に追加兵力は無い。奇襲に備え王都の周囲に2万の兵と対空兵器を展開している。

そして万が一の脱出用飛空戦艦以外、全ての飛空戦艦を決戦の地へと配備した。

魔王軍5万に対しこちらは倍の10万。そして最新鋭の兵器の数々。ドラゴンさえなんとかできれば勝てる。


勝ったあとだが、恐らく帝国は攻めてはこないだろう。ヴェール大陸から第二陣の魔王軍が来る可能性があるからな。我が王国を盾に使いたいはずだ。

それならそれでいい。その間に魔物を狩り兵の能力を底上げすることができる。そうなれば帝国との兵数差など気にしなくてもよくなるであろう。


しかし勇者召喚に成功したと聞いた時はこれで魔王軍の切り札が手に入ったと思ったが、ここまで思い通りにならぬとは……せっかく高ランクの魔法まで使える勇者を召喚できたというのになんともったいない。


惜しいがそのような力を持ち、王国に非協力的なのであれば消えてもらうしかあるまい。

膨大な魔力を使ったというのに現れたのは反抗的な勇者とはな。リアラ様も良かれと力ある者を寄越してくださったのであろうが……勇者を殺したあとは教会へ行きリアラ様に詫びねばならぬな。


リアラ様もわかってくださるはずだ。いつ何時儂の命を奪いにくるかわからん者など近くに置いてはおけぬ。


「承知致しました。少々王都内が騒がしくなりますがどうかお許しください」


「構わん。勇者を殺したあとはスラム街の獣人どももまとめて一掃しておけ」


儂はそう言って教皇を下がらせた。


教会も勇者如きを御しきれぬとはな。リアラ様も召喚陣に隷属の術式でも組み込んでくれれば良いものを……まったく儂の代になってから災難続きだ。






************





ーー 王都南西 平野部 光魔王軍陣地 佐藤 光希 ーー





「10万てとこか。よく集めたもんだな」


俺の眼前には王国軍が光魔王軍を包み込もうとするがごとく展開している。

最前列には魔力障壁を発生させるらしい車両を大量に並べ、その後方には戦車と装甲車。そして魔銃を持った歩兵がいる。


防具は鉄製のお粗末な物だが、武器に関しては300年前とは比べ物にならないほど良い物を持っている。

まるで地球世界での戦争のようだ。


「はい。飛空戦艦も8隻滞空しています」


俺の呟きに隣にいたエフィルが反応し、王国軍の後方で滞空する飛空戦艦を睨みつけながらその数を口にした。


「エフィル、アレは俺たちが鹵獲するから、エルフたちには無視するように言っておけ。セルシアも竜人たちに手を出さないように言っておいてくれ。陣地の後方に着陸させるつもりだ」


俺はエフィルとエフィルとの打ち合わせに来ていたセルシアに、各部隊の者に手を出さないように伝えておくように言った。


「さすが勇者様です。私たちを苦しめた飛空戦艦を物ともしないとは。リムさんにも伝えておきます」


「わかった! あたしも参加したいけど、あたしの転移じゃまだ無理だしな」


「セルシアはもっと練習しないとな。すぐ翼で飛ぼうとするから上達しないんだぞ? まあでもこの間の夜ははなかなかアクロバティックな夜だったけどな」


「ちょっ! だ、旦那さまエフィルがいるとこで……は、恥ずかしいじゃんか……」


「……羨ましい」


「ははは、悪かったよ」


数日前にセルシアと夜の空中デートに行ってそのまま空で愛し合ったからな。

翼を広げて飛ぶセルシアは、飛翔のネックレスで飛ぶ蘭や凛たちとした時と違って上下に凄く揺れるから良かったよ。やらしい声をあげて乱れつつも、滞空を維持しようと必死なセルシアを攻めるのはなかなかに興奮した。


俺はセルシアとのやり取りを聞き隣でボソッと呟くエフィルの言葉をしっかり記憶に留め、地球に帰ったらララノアと一緒にどれだけ成長したか確認しないとと考えていた。


「さてと、もういいかな。ここに布陣して5日だし魔族どもも煩いし、そろそろ暴れさせてやるか」


「おっ! いよいよだな旦那さま! 竜人族もしっかり鍛えてあるからいつでも大丈夫だ! 」


「この地で……10年前に多くの者が散ったこの地で今度こそは王国軍を討ち滅ぼしてみせます! 」


「死霊ではない不死の軍団の恐ろしさを思い知らせてやるか」


俺はそう言ってテントでくつろいでいるであろう恋人たちと、朝からこの世界のサキュバスたちを訓練しているリムに心話を送り、戦闘準備をするように伝えた。


そして2時間後。俺たちの動きを察知した王国軍も戦闘態勢を整え、光魔王軍と王国軍はお互いに殺気を漲らせ一触即発の雰囲気を戦場に充満させていた。


さすがに獣人とエルフたちの殺気が凄いな。10年前のリベンジか……


俺はシルフィと共に滞空するドーラの背から光魔王軍と王国軍を見下ろし、エルフと獣人たちから発せられている只ならぬ殺気を感じていた。


「シルフィ、声を」


「ええ、シルフお願い」


『聞け! リンデール王国の愚者たちよ! 俺の名は佐藤光希! 330年前にこの地に召喚された勇者だ! 』


俺は聖剣を取り出し魔力を込め、戦場全体を照らすほどの白い光を発生させながら王国軍に向かいそう叫んだ。

恐らくまさか魔王軍から過去の勇者がいることも、その剣から聖属性の光が発せられるとは思っていなかったのだろう。王国軍内の至る所からからは動揺した声が聞こえてきた。


『魔王討伐のために共に戦った獣人とエルフを迫害する愚か者たちよ! お前たちのその行いと、大地から無尽蔵に魔力を抽出し世界を壊そうとする行為を止めるため、俺は再びこの地に召喚された! そう、お前たちの信じる女神リアラによってだ! お前たちがどのような歴史を学んだかは知らない! しかしエルフと獣人を迫害し、家畜のように殺したお前たちはその報いを受けてもらう! 俺はそのためにヴェール大陸の魔族を従え、お前たち人族にとっての魔王としてこの腐った王国を滅ぼしにやってた! 』


俺の言葉にエルフたちの戦意はさらに向上し、王国軍兵士はこれまで学んだ歴史と違う俺の言葉に動揺していた。それを見た各指揮官は大声で騙されるなと、魔族の魔法だと叫んでいた。


まあ別に離反なんて狙ってないさ。ギルセリオを使ってもよかったが、奴を使うのはここではなく王都だ。

ここであの正義馬鹿に話をさせても裏切り者と言われてお終いだろ。無駄にギルセリオに負担を掛けるつもりもないしな。

だから奴には後方で待機させている。参加するするうるさかったけど、影縛りで縛っておいたから当分動けないだろう。


『魔法など使っていないさ。お前たちは1人残らずここで死ぬからな。なぜ死なねばならないか理由を教えてやろうと思っただけだ。さて、始めるとしようか』


《 凛、蘭。できるな? 》


《 はい! できます! 》


《 やれるわ。私はダーリンの伴侶になる女ですもの。ダーリンのためならなんだってできるわ 》


《 好きな女にそんなことを言わせるなんて俺は悪い男だな 》


《 あはは、魔王に惚れたんだから仕方ないわ。愛してるわダーリン。どこまでも一緒に行くわ 》


《 俺も愛してる。だから俺のために悪魔になってくれ。その代わり俺が死んで神になっても凛から離れないと約束する 》


《 私はリムたちが好きなのよ。喜んで悪魔になるわ。そして私の魂もダーリンにあげる 》


《 ははは、まさに悪魔の契約だな 》


凛はずっと俺に相応しい女になろうと、俺の隣で肩を並べて戦おうとしていた。

けど俺はそれをずっとさせなかった。夏海と凛を俺のような同族を大量に虐殺する存在にしたくなかったからだ。

恐らく夏海は心も身体も俺に捧げきっていることから、人を殺しても俺のためだと耐えられるだろう。それはこの世界に来て強く感じた。けれど凛は恋人たちの中で一番普通の女の子だ。俺は凛が壊れるのが怖かった。


でも必死に俺の隣に立とうと無理をして失敗を繰り返す凛を見て、砦を攻撃したあとに一生懸命耐えている凛を見て、俺は彼女の気持ちを過少に見ていたことがわかった。

凛は夏海と同じくらい俺に身も心も捧げてくれている。


だったら押さえ付けたら駄目だ。凛が俺の隣に並び立ちたいなら、俺は黙ってそれを受け入れればいい。

魔王の伴侶として受け入れ、支えてやればいい。


《 凛! 蘭! 四天王妃の恐ろしさを王国軍の奴らに思い知らせてやれ! 》


《 《 はい! 》 》


《 リム! 魔力障壁は凛たちが取り除く! 混乱している王国軍に突っ込め! 》


《 ハッ! お妃様の攻撃の後に全軍突撃させます! 》


《 夏海はシルフィと2人で各飛空戦艦に乗り込み操縦士以外皆殺しにしてまわれ! 俺が操縦士に隷属の魔法を掛けていく 》


《 はい! 光希……凛ちゃんのことありがとうございます 》


《 俺に勇気が無かったことで2人を苦しめた。辛い思いをさせて悪かった。愛してる 》


《 私も愛してます。この身体も魂も光希に捧げます 》


《 ははは、夏海も悪魔の契約かよ。わかった。その魂をもらい受ける。死んでもずっと一緒だ 》


俺はそう言ってから、あれ?これって死亡フラグ的なセリフじゃね? とか思ったが、圧倒的強者側が言うなら問題ないかと思い、上空に飛び立つ凛と蘭に目を向けた。


《 蘭ちゃん行くわよ! 過去最大級の魔力を込めるわ! もう失敗しないから! 今の私ならできる! ダーリンに心から受け入れてもらえた今なら! 》


《 凛ちゃん……蘭は凛ちゃんが大好きです。無理をしているのはわかってました。それでも凛ちゃんと一緒に戦うのが蘭は好きです。どれほどの魔力でも蘭が必ず制御します。ですから思いっきり撃ってください! 》


《 蘭ちゃん……蘭ちゃんに出会えてよかった。親友の蘭ちゃんに全て任せるわ! 大好きよ、蘭ちゃん 》


《 うふふ、任せてください! 親友の凛ちゃん! 》


《 よ〜し! それじゃあ蘭ちゃん行くわよ〜! 賢者の杖よ! 魔力全開! 『豪炎』! 》


《はい! 行きます! 魔力全開! 『竜巻刃』》


《 凛と! 》


《 蘭の! 》


《 《 『真・暴虐の炎』! 》 》


俺は2人の会話を聞きながら、俺の選択は間違いではなかったと感じていた。

彼女たちはお互いを想い合い、そして支え合っていた。

しかし……


「シルフィ? この魔法だけで終わっちゃわないか? 」


「す、凄まじいわね……ハイヒューマンって凄かったのね……」


凛と蘭が発動した炎の竜巻は、中華大陸で数万の死霊を蹂躙し十兵衛さんたちを追い回していた竜巻よりも数倍大きかった。


どうすんだよ……エルフと獣人たちのリベンジ戦なのに全部持っていって。

皆の殺気が吹っ飛んでるんですけど。


あっ! 急がないと飛空戦艦が巻き込まれる!


「シルフィ! 急ぐぞ! 飛空戦艦を確保だ! 」


「あっ!? 夏海を連れてすぐ行くわ! 」


俺はシルフィに声を掛け、すぐに飛空戦艦の滞空している方向へと転移した。


魔法の制御はできている。あれほどの大魔法を今までと比べ物にならないほど安定させてはいる。

俺でもあれだけの制御をするのは苦労する。


けど……やっぱりあの2人はどこか抜けてると思うんだよね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る