第20話 妙案





―― リンデール王国 王宮執務室 国王 トルキス・リンデール ――





「い……今なんと言った? 」


「……ヴェール大陸の魔族が魔物を引き連れこのアトラン大陸へ侵攻してまいりました。昨夜全ての砦からドラゴンや魔物、そしてエルフや獣人に竜人までもが攻めてきたとの通信がありました。その後すぐに各砦と音信不通となったため、付近の街の守備兵に確かめさせに行かせたところ、今朝になり全ての砦が陥落したとの報告を受けました。現在砦周辺を捜索しておりますが、各砦の生き残りは付近の街で休暇を取っていた者以外は確認できておりません。そしてこれをいち早く察知したオルガス帝国軍は国境を越え、最前線にあった王国東の砦跡に軍を展開しております」


「馬鹿な……魔族とエルフどもが? そ、そんな馬鹿なことがあるものか! そもそも300年以上ヴェール大陸から魔族の侵攻など無かったのだぞ! それが今になってこのアトラン大陸の全域に上陸したと言うのか!そもそも 一体どうやって海を渡ってきたのだ! 」


たった一夜で全ての砦が陥落しただと……?

我が子ミハイル諸共?

しかも魔族とエルフどもが一緒にいた?


ありえん……この軍務宰相は何を言っているのだ? ヴェール大陸に魔族が上陸した? 海には水竜に海竜やクラーケンなど凶悪な魔物がいるのだぞ? 空もヴェール大陸に渡ろうとしただけで飛空戦艦が暴嵐竜に落されているのだ。それなのに一体どうやってこの広いアトラン大陸の全域に上陸などできたというのだ。


「お、恐れながら魔王が現れたと仮定すれば、海の魔物を従えつつ上陸は可能かと。過去の魔族の侵攻は全て海を渡ってきましたので……そしてエルフや獣人どもを奴隷とし尖兵とした可能性も考えられます」


「なっ!? 魔王だと!? 魔王はダンジョンからしか生まれぬのだぞ! ま、まさかヴェール大陸にはダンジョンが残っておると言うのか!? 」


「可能性の問題でござりますれば……しかし魔物の組織だった動きは過去の文献にある魔王軍のそれと酷似しております。そのことから魔王、もしくはそれに準じた知能の高い魔族が率いているのはほぼ間違いないかと」


なんということだ……魔王が存在する? まさか本当にヴェール大陸にダンジョンが残っておったのか?

ダンジョンのある大陸からやってきた魔物の軍団に、ダンジョンの無くなった大陸の我らが勝てるのか?


いや、我々は古代兵器を復活させ強大な力を得た。300年前より遥かに強力な武器を持っておる。

問題はドラゴンと魔物の数だ。

ドラゴンは暴嵐竜でなければ、守りに徹すれば討伐や撃退は不可能ではない。


魔王軍は過去の文献では、最低でも3万から5万の魔物がいる軍団が複数同時侵攻してきた。アトラン大陸とムーアン大陸に上陸した兵力は50万とも言われておる。

それに対し王国軍は最前線の砦が陥落し兵の安否がわからぬ以上、貴族の軍をかき集めたとしても7万から8万が限界であろう。

そこに飛空戦艦と魔導兵器を加えれば辛うじて防衛はできようが……


それでも数を集めたらの話だ。砦が全て陥落しているということは、もうすぐ近くまで来ておるはずだ。

それでは王都防衛軍の2万しかおらぬ。

まずい……このままでは王都が魔物に……儂の命が……


「軍務宰相! ま、魔物は今どこにおるのだ! 」


「そ、それが総勢5万ほどの軍勢が、西から村や街を通ってゆっくりとこの王都へと向かってきておりまして……偵察用飛空艇を出しましたが、その他の砦を攻めた魔物は忽然とその姿を消し行方がわからないままであります。なぜ周囲の街を無視して砦のみ攻めたのかも不明ですし、そのまま王都を包囲するように侵攻しなかった理由も不明です」


「なんだそれは……本当に砦を攻めた魔物は姿を消したのだな? その辺に潜んでいるのではないのか? 」


信じられん……砦を攻めて王都にそのまま来ないだと?

街や村も無視した? 魔物がか? ありえん、山や森などに潜んでいるとしか考えられん。

西の5万は本隊か? それにしては伝承より少ないが……

しかし本当にその程度の戦力であれば、ドラゴンさえなんとかできれば我々の軍と兵器で勝つことは可能だ。

もしも先陣の軍だとしても撃退できれば時間は稼げる。


「日が出てからくまなく周囲を偵察しましたが、見つけられませんでした。砦を陥せるほどの軍勢です。隠れるのは不可能かと存じます。恐らくなんらかの高速移動手段で海へと撤退したのかと……ドラゴンとハーピーなどで空から離脱した可能性も、それができるかどうかはさておき考えられなくはありません」


「空か……いやしかし突然現れたことから可能性はゼロではないと思うが……いや、そもそも空からの奇襲だと考えればそれほど数がいなかった可能性も……しかしドラゴンがいるのだ、王都の守りを固めねばならぬ。オルガス帝国軍には至急周辺の貴族軍をあてよ! オルガスには停戦を申し込む。オルガスの奴らもヴェール大陸の魔物が海を渡ったと知れば、自国の防衛にあたらねばならぬであろうし我が王国にも滅んでもらっては困るはずだ」


200年以上前にヴェール大陸の魔物が侵攻してきた際は、人類は力を合わせてこれを撃退すると各国と交わした協定がある。オルガスも当時は小国ながらこの協定に参加していたはずだ。

協力は無理でもこの協定の話を出すことで、最低でも調査のための一時停戦は可能なはずだ。

オルガスの工作員も各都市にいるであろうしな。


「ハッ! 至急国境近郊の貴族軍を向かわせます! 」


「ギルセリオはどこにおるのだ! 至急召集しろ! 」


「そ、それが3日前に西に演習に出かけたまま連絡が取れず……恐らく途中で魔物と遭遇し全滅した可能性がございます」


「なんだと! あの役立たずが! 肝心な時に使えぬ奴らだ! ぐぬぬ……王国の最高戦力が……もうよい! ギルセリオ家の資産を没収し戦費の足しにせよ! そして西は捨てる! 西の貴族たちには至急軍を率い王都へ集まるよう勅令を出す! 東の貴族たちにもオルガスと相対している者以外は集めよ! なんとしてでも王都を守るのだ! 急げ! 」


「ハッ! 」


ギルセリオめ! まったくなんの役にも立たぬ! あの正義馬鹿のことだ、演習に出て魔物の軍団に遭遇して馬鹿正直に挑んだのであろう。とことん脳筋の使えぬ男だ。


第一騎士団とミハイルに付けた第二騎士団がいないのは厳しいが、まずは王都だけでも守らねばならぬ。

最悪儂の命と創魔装置さえあれば魔物に土地が荒らされようが復興は可能だ。農地が少なく山や森の多い西は捨ててもかまわん。街がいくつか滅ぼうが良い口減らしになるくらいだ。

王都と東と南の工業と穀倉地帯さえ守れば王国はなんとか持ちこたえられる。


しかし魔王が攻めてきたと仮定するのであれば、今回の侵攻を防げた後に第2陣が来るやもしれぬ。

そしてたとえ全ての魔物の侵攻を防げたとしても、そのあとにオルガス帝国に対抗できるほどの兵が残っておるかどうか……


「誰か! 教皇を呼べ! 魔王が現れたのだ、勇者召喚をさせる! 」


「ハッ! 至急大聖堂へ伝令を送ります! 」


そうだ。勇者を呼べばいいのだ。これまで先王たちが戦争に勇者を使おうとしたが、リアラ様の加護を得られぬと教会の抵抗にあい叶わなかった。しかし魔物が侵攻してきた今、教会も首を縦に振るであろう。


勇者さえいれば切り抜けられるやもしれん。

前回のような娼館通いの役立たずの勇者でも、ドラゴンを従えヴェール大陸に乗り込む程度の実力はあったのだ。召喚には相当な魔力が必要らしいが、創魔装置があれば召喚は可能であろう。

複数人召喚できれば手間が掛からぬのだが、世界に1人のみしかできぬらしいからな。

うまく育てばオルガスどもへの切り札となるやもしれん。


なんとしてでもこの国難を切り抜けねばならぬ。

これを切り抜けられれば魔物を倒しランクアップする者も多く現れよう。

そうなればオルガスどもより遥かに強い軍となるうえに勇者までいる。


そうだ。勇者さえ召喚すれば、ゆくゆくは王国が世界を手に入れることができるやもしれぬ。



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