第16話 記憶





ゼルムたちによりオーク繁殖施設から救い出された獣人の女性たちが、施設の前に集められている。

その介護に凛たちを向かわせてしばらくした後、俺は女性たちが落ち着く頃合いを見計らって施設の前へとやってきた。


そこには200人ほどの様々な種の獣人女性が毛布に包まれ座っていた。

彼女たちの年齢は幅が広く、ここにいる子たちはだいたい15歳から40歳くらいに見える。

その彼女たちをエルフやダークエルフ、そして同じ獣人の女性兵と凛たちが慌ただしく介抱していた。



《 モウコロシテ……オネガイ…… 》


《 ヒッ! や、やめて! こないでぇぇぇ! 》


《 ………… 》


《 私はオークの子を身籠ってます……どうか一緒に殺してください 》


《 うっ……ううっ……おとうさん……おかあさん…… 》


《 いやああああああっ!! 》



「しっかりして! 気を確かに持って! もう大丈夫だから! 私のダーリンが救ってくれるから! 」


「あっ! 桜! 後ろの子がスプーンで自分の目を! ポーションをすぐに! 」


「ええ!? あっ! だ、駄目よ! 手を放して! なんてことを……さあこれを飲んで! 夏海奥方様ありがとうございます」


「……大丈夫。大丈夫だから。光希様が助けてくれるから。私たちと同じように。だからもう少し待って」


「もう大丈夫ですよ。オークは全部死にましたから。貴女たちをこんな目に遭わせた王国も蘭が滅ぼしますから。大丈夫ですよ。もう安全ですよ」


「男どもはこっちを覗いてないであっちにいってなさい! 死にたいの!? 『シルフの暴風』 」




「チッ、あの馬鹿どもが……シルフィ、自殺した者はいるか? 」


「あっ! コウ! 今のところ大丈夫。なんとか防いでいるわ。これでもやっと落ち着いたほうなのよ」


「そうか、この大陸には魔物がいなくなって久しいからな。こんなことが起こるなんて思ってもいなかったんだろう。そのおかげで生存者が多いのかもしれないが……今回に限りそれは良いことなんだけど、可哀想にな……」


330年前ならオークに攫われることは頻繁に起こっていた。だから村娘などは親や旅人からそういった話を聞いており、いざそうなった時の心構えもしていたし親や長老からも対策を教えられていた。

対策といっても自死なんだけどな。


まあ自死しようとしても、オークも舌を噛み切らないよう女性の歯を抜いたり対策をしてくるからなかなか死ねないこともある。それでもオークに攫われたらどうなるのか、事前に知っているのと知らないのとでは大違いだ。


そういう前知識のないここにいる彼女たちは、なぜ自分がこんな目に遭っているのかわからないまま、ひたすらその身に降りかかる暴力に傷付けられたんだろう。

そして誰かがきっと助けに来てくれるという希望を捨てきれず、長い期間正気を保ったまま苦しんだのだろう。

死ねばオークの餌になるのを目の前で見せ付けられたのかもしれない。だから死ねなかった可能性もある。


「今は辛いでしょうけど、生きていてくれて良かったわ。コウがいるんだもの」


「ああそうだな。それにしても餌にされたほかの獣人は全滅か。やってることは魔王と同じだな」


「ええ、子供の遺骨があったわ……」


「それをやった奴らはもうこの世にはいない。指示をした王国にはきっちりケジメをつけさせるさ。ところで彼女たちはここへ連れてこられてどれくらいだと言っていた? 」


「一番古い子で恐らく3週間前ね。農業奴隷として働いていたら突然兵士たちに連れてこられたらしいわ」


「そうか、わかった。ならそろそろやるかな。シルフィ、10人ずつ付き添い付きで連れてきてくれ」


「わかったわ。コウ、お願いね。テントには着替えと食事とお風呂が用意してあるわ」


「ああ、ありがとう。すぐに元に戻すさ」



そして少しして一人に二人付いた状態で、俺の前へと被害女性が並べられた。


「ひっ! も、もう酷いことしないで……お願いしますお願いします……」


「今その苦しみから解き放つ魔法を掛けるからじっとしていてほしい。これは決して君たちを傷つけるものじゃない。約束する」


「わ、私たちを……」


「ああ。なにもかも無かったことにしてやる。身体も元どおりだ。くノ一はしっかり支えてやってくれ……『時戻し』 」


俺は狸人族の被害女性の言葉に頷き、女性たちに付き添っているダークエルフにしっかり支えるように言い時戻しの魔法を発動した。

俺の手から出る歪な時計を目にした彼女たちは怯えていたが、付き添いのダークエルフたちに耳元で大丈夫大丈夫と囁かれなんとか逃げることなく魔法をその身に受けた。


そして個別に時を戻すのは面倒なので、全員まとめて記憶も身体も1ヶ月前の状態にした。

サービスで少し歳を重ねている女性は、記憶以外の身体の部分を20代後半ほどまで戻してやった。


「え? あれ? なんで私こんなところに? 」


「ど、どこですかここ! と、砦!? え? 寝ている間に攫われ……ダ、ダークエルフと人族が一緒にいる!? 」


「あら? 子供のご飯をご主人様にお恵みいただきに行ってたはずなのに……」


「はじめまして。俺たちは勇光軍だ。貴女たちが王国の兵士にそこのオーク繁殖施設に連れていかれそうだったところを、俺たちが直前で救い出した。恐らく薬で意識を朦朧とさせられていたんだろう。いま魔法で目覚めさせたところだ。色々記憶に混乱があるかもしれないけど、着替えを用意してあるからあそこの魔導テントに入ってほしい。お風呂も食事も用意してあるから、好きなだけ食べていってくれ」


「ええ!? 王国の兵士に!? オークって……あ、危ないところを助けていただきありがとうございました」


「まあ!? 勇光軍の方だったんですね。助けていただいてありがとうございました」


「そんな……オークの施設に入るところだったなんて……ありがとうございますありがとうございます」


「礼はいい。さあ、ほかの女性たちの意識もハッキリさせないといけないからテントへ。くノ一たちは誘導してやってくれ」


「「「 はっ! 」」」


俺はこの世界のダークエルフたちにそう指示をしてテントへと誘導させた。

テントではセルシア率いる竜人女性たちが食事を作っているそうだ。



そしてその後も凛が引き連れてきた若い女性たちや、夏海の引き連れてきた妊婦集団にも時戻しを行なった。

妊婦に関してもお腹の子がいなかったことになる。これが人の子ならさすがの俺も抵抗はあるが、オークの子ならなんの躊躇いもなく処理できる。


こうして220人全員をもとの身体に戻し記憶も消したあと、彼女たちにはこれから勇光軍は反攻し村や街にいる獣人奴隷たちを解放していく予定であることを告げた。

そして全てが終わるまで、安全な場所で農作業を手伝ってもらえるよう頼んだ。


テントで泣きながら美味しい美味しいと食事をしていた彼女たちは、それを快く引き受けてくれた。

どうも彼女たちは貧しい村の奴隷だった者や、街で働かされていた者ばかりだったようだ。

ここ数ヶ月まともな食事をとらせてもらっていなかったらしい。


今夜はこの砦でゆっくりしてもらうことにして、明日ゲートでほかの女性たちと一緒にヴェール大陸に送る予定だ。


そう、今夜全砦に一斉に夜襲をかける。

本当は王国とこの西の砦にある残り2つの砦をじわじわと攻め、王都の前に王国軍を結集させるつもりだった。

しかし獣人女性がオークの苗床となり、また餌にされてるのであれば一刻も早く救出しなければならない。


王国から東の大陸のオルガス帝国との国境である、大陸と大陸を繋ぐ場所までには5つの砦がある。

この砦と西の2つの砦の7ヶ所全てを今夜攻める。


俺は砦の塔の執務室に戻り軍の地図を広げ、昔からある砦と新しくできた砦を分けた。

どうやら3つが新しくできた砦のようで、俺は蘭とシルフィを呼び過去に行ったことのある場所で記憶にある場所をお互いに地図で指し示した。


そして俺の知っているところより、砦に近い場所にある森を覚えているシルフィに転移で連れていってもらいその場所を記憶して戻ってきた。

蘭と俺の記憶ではほとんど同じ場所だった。ずっと一緒だったから当然か。


場所の確認が終わるとリムに魔族を6軍に分けるように指示をした。

そしてその編成とは別に、ダークエルフと吸血鬼とサキュバス隊の混合部隊を各砦近くへと先行させた。


彼らには砦攻めをすると同時に、オーク繁殖施設でオークの処分と獣人の救出をさせる。

吸血鬼隊にはダークエルフも混ぜるように言ってあるから多分大丈夫だろう。

吸血鬼に救出されても絶望しかないだろうからな。


こうして夜を迎え、俺は恋人たちと別々に砦を攻略することとなった。





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