第13話 ギルセリオ家






ーー リンデール王国 王宮執務室 国王 トルキス・リンデール ーー





「なんだと! カッサンの軍が壊滅しただと! 」


「ハッ! 西の砦の報告によれば暴嵐竜を確認したとのことでございます」


「くっ……暴嵐竜が現れる前に短期決戦で獣人どもを仕留めるというから、最新の装備を渡したというのにあの馬鹿者が! 」


大型魔導砲を積んだ戦車100輌に兵1万を動員しておきながら壊滅するとは……

燃料である魔石の産出も減少しておるという時に、貴重な魔石を無駄にしおって。


「それで生き残りはどれほどいるのだ? 残った車両を含め至急再編成をせよ。カッサンにも逃げずに報告に来るように伝えよ」


「そ、それが……」


「なんだ? それほど被害が大きかったのか? それでも装備も人員も4割は残っておろう? カッサンは飛空戦艦で高みの見物をしてたのだろう? 」


「い、生き残りも無事な車両もただの1人も、ただの1輌も無いとの報告でございます」


「なっ!? な……なにを言っておるのだ? 1万人だぞ? 車輌も500はあったはずだ。それが全滅? ひ、飛空戦艦はどうしたのだ! 10隻しかない飛空戦艦は無事なのだろうな? オルガスの増長した馬鹿どもよりただでさえ保有数が少ないのだぞ? 当然戻ってきておるのだろうな? 」


馬鹿な! ありえん!

5年前のバルム公爵家による侵攻ですら、5000の兵士と500の車輌を動員して4割は戻ってきた。

あの戦いで暴嵐竜は縄張りから出ないことを学んだのだ。そのことを知っていて公爵軍以上の被害を出すことなど考えられん。


戦車や装甲車に兵員は惜しいがまだ諦めがつく。戦車などは魔石が厳しいがまた作れる。兵員もオークでの育成に時間は掛かるが替えはきく。だが飛空戦艦、いや浮遊石だけは替えがきかない。

浮遊石を所有している数だけ戦争では有利になるのだ。


オルガス帝国は15隻の飛空戦艦を所有している。これは浮遊島での採掘に出遅れた我が国の失態だが、それでも10隻は製造することで帝国と対等に戦えていた。

その浮遊石だけはなんとしても失うわけにはいかないのだ。


「ひ、飛空戦艦は西の砦より墜落するのを確認したとのことです。二つに折れ地上に突き刺さっている状態で、深夜に確認しに行ったところ浮遊石はなかったとのことです。搭乗員も原型を留めておらず、殿下も行方不明と……」


「なんということだ……暴嵐竜が縄張りから出たということなのか? に、西の砦が無事ならここへはもう来ないだろうが……」


カッサンめヘタを打ちおって……なにがあっても飛空戦艦だけは必ず戻すようにあれほど言ったというのにとことん使えない奴だ。この手で八つ裂きにしてやりたいが、生きていたとしても今ごろエルフどもに捕まっているだろう。魔族に捕まったのだ。まともな最期は送れんだろうな。


それよりも暴嵐竜だ。娼館勇者の災厄の置き土産がもしもこの王都にやってくれば、タダでは済まない。

あのドラゴンだけはほかのドラゴンとは違う。我が国の軍事力ではまだ倒すことはできない。

だから暴嵐竜がいない隙を狙ってエルフどもを駆逐しに行ったというのに……

万が一の対策をしておかねば。


オルガス帝国との前線から念のため第一騎士団を呼び戻すか。エルフどもを攻撃するのではなく、王都の防衛なら奴も文句は言うまい。


「軍務宰相。東の砦より第一騎士団を呼び戻して王都の防衛にあたらせよ。そして失った兵員の補充のためにオークの増産を急げ。獣人のメスを放り込んでおけば勝手に増える」


「ハッ! 第一騎士団及びギルセリオ団長を呼び戻します。しかし……オークを増やすのは良いのですが、成獣になるまでの餌はいかがなされますか? 現状、作物の生育が悪く食糧が庶民になかなか行き届いておりません。とてもオークに回すほどの量は……」


「そんなもの使えなくなった獣人を与えればよかろう。オークの子を産み終わったメスでもよい。とにかく至急数を増やせ。各砦にあるオーク施設にそう伝達せよ」


「は、ハッ!……そ、そのように伝えます。失礼いたします」


まったく頭の回らん男だ。獣人などオークと同じ魔物だというのに。

我が国の食糧に余裕がないのだ。であれば奴隷の獣人を減らせばよいことではないか。その際にオークの餌にすれば一石二鳥ではないか。そんなことも思いつかんのかあの男は。


ギルセリオが戻る前にやっておかねばあの一族はうるさいからな。

なにが勇者の師の末裔だ。魔王に殺された使えない娼館勇者よりも、魔王の討伐に成功した我が祖先をなぜ敬わぬのだ。

330年前の魔王戦での功績により第一騎士団長に末代まで就任させよとの王家の家訓と、あの武力と庶民からの人気さえなければ殺しているものを……最前線でもしぶとく生き残りおって。


まあいい。あやつらはいちいち反抗的だが武力だけはある。

暴嵐竜が万が一王都に現れた時には役に立つだろう。暴嵐竜に傷を負わせそのまま巣まで誘導させればよい。


オルガス帝国との戦争は膠着状態だ。ここ数ヶ月侵攻してきていない。

ミハイルに任せておけば大丈夫だろう。カッサンがいなくなったことであやつも張り切るだろうよ。

しかしミハイルを鍛えるためにカッサンをなにかと扇動したが、まさかこんなことになろうとはな。

本当に使えない奴だ。









ーー 魔王城 光魔王執務室 佐藤 光希 ーー






「ああ、アイツ死んだのか。それで情報はなにか持ってたのか? 」


「はい。魔力を吸い上げる装置。王国では『創魔装置』と呼んでいるようですがその正確な場所と、王都の軍備にオルガス帝国との戦争の状況。そしてオークの養殖施設の場所と騎士団の配置を聞き出せました」


この世界に来てから2週間が過ぎようとした頃。

俺は魔王城の執務室でエフィルから報告を受けていた。

どうやら捕えた王国の王子は情報を聞き出されたあとに、獣人たちにさんざん嬲られて殺されたらしい。

捕えた3日後には報告できると聞いていたんだが、俺も創造や訓練で忙しくてずっと後回しにしていた。


やっと軍備が整ったので、王国の情報を聞こうとエフィルを呼び出したというわけだ。

小太郎は呼んでないけどここにいる。なにか用があるんだろう。


「そうか。オーク牧場はどうせ砦に隣接させてるんだろ? 」


「はい。各砦に隣接させた施設の地下で養殖しているそうです。そして創魔装置ですが……」


エフィルの報告では創魔装置は王都に隣接されていて塀で囲まれたかなり巨大な施設らしい。警備は厳重で決まった者しか出入りがでないとのことだ。

オルガス帝国との戦争は基本防衛戦で、東の砦で帝国の侵攻を防いでいる形らしい。

ここの司令官にはミハイル・リンデールとかいう第一王子が就いているらしく、その補佐に第一騎士団長のアラン・ギルセリオがいるそうだ。


ギルセリオ家……俺の師匠だったグレン・ギルセリオの子孫だ。

とっくに王国に疎まれてあの家は取り潰されていると思っていたがな。


「殿。そのことでお話があり参上仕りましたでござる」


「ん? 師匠のことか? そういえばあとあといくつまで生きたんだ? 」


「グレン殿は殿と蘭様を魔王城に送るための、あの大反攻作戦で戦死したでござるよ」


「……そうだったのか。相変わらず馬鹿真面目な男だな」


そうか……あの戦いで師匠は……


10年前のシルフィを失ったあの反攻作戦の時。俺をシルフィのところではなく、最前線に配備したことをずっと悔やんでいたからな。

俺が腐っていた時も何度も訪ねてきたと蘭が言っていた。

別に俺は恨んじゃいないってのにさ。それからは俺は王国と距離を置いて何年も会ってなかったな。


でも最後のあの戦いで王国に陽動をするように言いに行った時に、久しぶりに会ったんだったな。



《 光希……強くなったな。俺などもう一瞬でやられてしまうほどに 》


《 師匠もいい歳だ。若返らせてやるから俺が魔王を倒したあとの世界を頼むよ。人族が調子に乗らないようにな 》


《 フッ、俺は普通に老いて普通に死ぬ。王国は息子が見張る。子々孫々までその役目を果たさせよう。魔王という強大な敵がいなくなった後、またエルフを迫害しないようにな 》


《 そうか……今回の戦いはニコルが騎士団を? 》


《 ああ。息子が第一騎士団を率いる。俺はこの最後の戦いでは好きに戦わせてもらうことにする。エルフと共にな 》


《 ……まだ気にしていたのか。もう8年も前のことだ。それに師匠はなにも悪くなどない。あの時最大戦力である俺を最前線に配置したのは間違っていない。憎むべきはエルフを見捨てて逃げたバルム公爵だ。その公爵も俺が殺した。もう終わったんだよ 》


《 俺の祖先はエルフに助けられエルフに名を贈られた。ギルセリオ。エルフ語で『正義の剣』という名だ。俺はエルフに詫びなければならん。公爵の裏切りを予見できず、さらに族長に禁忌を使わせた恩知らずの男として。今度こそ必ず守ってみせるさ、風精霊の森の一族をな 》


《 そうか……師匠の正義がそこにあるというならそうすればいい……アイテムポーチだ。ミスリルの大剣と回復ポーションが入ってる。師匠には色々世話になったからやるよ。それよりも死ぬなよ? 俺が魔王を倒したら久々に一杯やろう 》


《 これは……相変わらず心配性な男だ。これは有り難く使わせてもらおう。この大剣があれば老いた俺でも戦える。エルフの森で余生を過ごさせてもらえるよう、精々よい働きをしてくるさ。光希も死ぬなよ? そして世界を頼む 》


《 魔王なんて余裕さ。俺には蘭がいるからな。ああそうだ。引きこもりのエフィルディスという女の子に会ったら言っておいてくれ。幸せになれと…… 》



そうか……あのあと師匠は……


「エルダーリッチとの相討ちでござった。風精霊の森の者を守って見事な最期でござった。我らエルフの者は皆ギルセリオの名を心に刻んだでござるよ。そしてその後もギルセリオの一族はなにかと我らエルフを気に掛けてくれたでござる。息子のニコル殿もその息子のシラク殿も、そのまた息子のカイン殿も皆……しかし王国の増長激しくエルフと対立するようになってからは、ギルセリオ一族はオルガス帝国との戦争に駆り出され我らとは距離を置かされたでござるよ。それは現在も続いているようでござる」


「ギルセリオ一族は風精霊の森にもよく顔を出していました。長老たちといつも楽しそうに話していたのを覚えています。皆私の名前を知っていて勇者様が心配してくれていたと、そう言ってくれていました。それを聞くたびに私は、勇者様に心配を掛けないように強くなろうと頑張れたものです。魔物の掃討で忙しくはありましたが、とても懐かしく平和な日々でした」


「フッ……相変わらず義理堅い一族だ。普通は代替わりの途中で変なのが当主になったりするんだけどな」


あの名前はエルフの呪いかなんかじゃないのか?

まあ王国の唯一の良心だろうな。久々に戦場で会えるかもな。


今度は敵としてだがな。


さて、あの一族の正義はどう動くかな。


俺は懐かしい名前を聞いて、王国への侵攻の楽しみが増えたのだった。


テストしてやるか。合格なら国を作らせてやるのもいいかもな。



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