第4話 鳴き竜
ーー アトラン大陸西の果て 守護竜の聖域 風精霊の森のエフィルディス ーー
ルオォォォン……
ルオォォォン……
ルオォォォン……
「今年も始まったか……」
「悲しい鳴き声……」
「準備はしておかねばな。また5年前のようにドーラ様が留守の間を狙い、砦の奴らが攻めてくるかもしれない」
冬が終わり暖かくなってくるとドーラ様は三日三晩鳴き続ける。
これはもう330年続いている。
そう、今日のこの日は勇者様とランランがこの地からドーラ様にまたがり、海を渡りヴェール大陸へ旅立った日。
あの日から毎年ドーラ様はヴェール大陸に向かって鳴き続けている。
シルフが言う。とても悲しい鳴き声だと。まるで母親の帰りを待つ幼子が泣いているようだと。
早く帰ってきてよ
どうして戻ってきてくれないの?
ずっと待ってるんだよ?
早く会いたいよ
そう言っているようだと。
330年もの間、彼女は主を待ち続けているのだ。
そして三日三晩鳴き続けたあとは、ヴェール大陸に向かって飛び立っていく。
3日から4日ほどで帰ってくることから、恐らく大陸を一周しているのだろうと言われている。
この時期だけは私たちも警戒を厳にしなければならない。
それは5年前にリンデール王国軍による攻撃を受けたからだ。
聖域にいたとしてもいつかは来ると思っていた私たちは準備をしていた。
しかしドーラ様がお戻りになるまで防衛戦は苛烈を極めた。
結果としては3日守り切りドーラ様がお戻りになり王国軍を壊滅させた。
それ以来王国軍は私たちのいる森の前に建てた砦から、こちらをじっと監視するに留まっている。
だが去年あたりから砦の人の出入りと車両の出入りが激しいという情報が、ダークエルフたちから上がってきている。
同時に王国内にいるドワーフの協力者も、物資を届けてくれた際に王位継承で王族内で揉めていると言っていた。
どうやら現国王が王太子を指名する時期に差し掛かっているらしい。
これは今年か来年あたりにまた攻めてくるかもしれないな。
「あの時より多くの落とし穴を作りましたから、次はもっと楽に戦えると思います」
「そうだな。魔導車の動きを止めるだけでだいぶ楽になる。この聖域に住まわせてもらってから10年……今のところはなんとかなっているが、年々食糧が厳しくなってきている。森の恵みも作物の育ちも悪い。これほどの森で影響を受けているのだ。人族がなぜ人口を維持できているのか不思議でならない」
「恐らく魔脈から吸い出した魔力で精製した、魔石の粉末を大地に散布しているのでしょう。吸い出した魔力の10分の1も大地に還元できていない非常に非効率的なやり方ですが、その場しのぎにはなりますから作物を育てることはできるでしょう。あと何年それができるかはわかりませんが……」
「ダンジョンの無くなったこの世界で、魔石と魔力を大量に使う道具と兵器を作り、それによる悪影響を知りながらも見て見ぬ振りをする。そしていずれ大地の魔力が無くなり作物が育たなくなる。最後に食糧が無くなりこの世界は滅ぶ」
愚かな者たちよ……ムーアン大陸のオルガス帝国との対立で軍事力拡大に歯止めが利かず、大蛇がお互いの尾を喰いあっているかのように滅びへと向かっていっている。
私たち力なき者はそれを黙ってみていることしかできないでいる。
シル姉様が命を懸けて救ってくれた里を失い、勇者様とランランが命を懸けて救ってくれたこの世界もまた失いかけている。
無力……私たちはあまりにも無力過ぎる。
「大地が魔力を回復するよりも早く魔力を消費していけば当然ですね。私たちも里を失い人族に泉と森を穢され、精霊神様からの御加護が得られなくなりました。大地の魔力が減ってきている今、森と泉の再生は絶望的です。今後生まれる子は精霊と心通わせることができなくなるでしょう」
「人族どもめ……精霊の住まう森を焼くなど。過去の愚行を忘れるとは……」
風精霊の住まう森と真宵の森を焼かれ、水精霊の住まう泉を穢された。もうあの場所に精霊石は生まれない。それはつまり私たちエルフ種に子が生まれても、その子は精霊と心通わせることができなくなるということ。
エルフだけではない。森を再生するには膨大な大地の魔力と長い年月が必要となる。過去に森を焼いた人族たちは、大地の魔力を森に取られ森周辺の土地は広い範囲に渡り作物が育たなくなりその国は大飢饉を起こし滅亡した。
そういった過去の歴史は教会で教えられるはずなのだが……そもそも教会がまともに機能していれば人族のあの増長ぶりはないであろう。
いずれにしろ精霊と共に生きる私たちにはもう未来がない……しかし私たちは奪われた先祖の精霊石を取り返さなければならない。そしてエルフ以外の種の者たちのためにも、あの大地から魔力を吸い上げる装置を破壊しなければ。
必ずできる。勇者様とランランはもっと強大な敵に挑み勝ったのだ。
私にもできる。必ず……
ルオォォォン……
ルオォォォン……
春の夜。 満天の星空の下、勇者様とランランを想うドーラ様の鳴き声を聞きながら、私もまた勇者様とランランを想い自らを奮い立たせるのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
ーー 西の砦 リンデール王国第二王子 カッサン・リンデール ーー
「暴嵐竜はまだ動かぬのか! 」
「殿下。あと1日でございます。明後日の早朝にはこの大陸からいなくなります」
「昨晩もずっと鳴き続けおって! うるさくて全く眠れぬ! 」
この砦にきてもう半月以上が経つ。
最初のうちは連れてきた獣人の魔物どもに殺し合いをさせて暇を潰していたが、それももう飽きた。
新兵器の試し撃ちの動く的にも使ったが、魔物の動きが鈍くて全く役に立たなかったな。
魔物のくせに魔石を残さぬからオークどもの餌にしかならん。
どうにかして黒と白のエルフ種の魔族を捕まえたいが、奴らはすぐ自害する。
それどころか当たりを引いたら周囲一帯を吹き飛ばされると聞く。試してみたいが、過去に魔王軍の四天王直属軍を壊滅させたほどの威力と聞けば、私がいる場所で試すわけにもいかぬ。
私は兄上を出し抜き次期王となる男だ。こんなところでつまづく訳にはいかぬ。
「もう少しの辛抱でございます。しかし殿下。3日であの山に囲まれた森の魔族どもを殲滅できますでしょうか? 時間が掛かれば5年前のようにその……」
「私をあの愚かな公爵と一緒にするな。今回は最新の大型魔導砲を搭載した魔導戦車100輌と、出力を最大限に上げられる魔力障壁発生装置を積んだ車両を50輌持ってきた。たとえ暴風竜が現れようと討伐できるであろう」
5年前に父の命を受け魔族討伐にこの地に来た公爵軍は暴嵐竜により壊滅した。
それは対魔族用の装備しか用意していなかったからだ。
私はそのような愚はおかさぬ。
この司令官には言ってはいないが、私の目的は暴嵐竜だ。
暴嵐竜を倒せば私の武功は凄まじいものになるであろう。
そうなればオルガス帝国との戦争で、膠着状態になっている兄上を追い落とすことも可能だ。
魔族のエルフや獣人の魔物どもをいたぶりながら、魔導戦車を配置していき暴嵐竜が現れるのを待つ。
暴嵐竜が現れたなら100輌の大型魔導砲で一斉攻撃を仕掛ける。
暴嵐竜がいる間は配置ができぬからいなくなった時が好機よ。
過去に北の山に住む上位竜を、これより性能の低い魔導砲200輌で倒した実績があるのだ。
この最新型大型魔導砲であれば必ず狩れるであろう。
私は最新型の飛空戦艦でそれを高みの見物するだけだ。
「おお……最新式の大型魔導砲を100輌も……それならばたとえ暴嵐竜だとしても狩れましょうぞ」
「ふんっ! 元は勇者の愛竜だかなんだか知らぬが、魔王討伐に失敗した者のペットの分際で我らがヴェール大陸へと侵攻する邪魔をしおって。自身の主人ではなく、我が偉大なる先祖に魔王を討伐されたのがよほど悔しいと見える。私が引導を渡してくれる」
魔王討伐に失敗した役立たずの勇者の置き土産程度が、いつまでも我ら人族に逆らい続けられると思うなよ?
私は暴嵐竜を倒し、偉大なる先祖トンビーノ・リンデール王子のようにヴェール大陸へ乗り込む。
そして先祖が魔王討伐に力を使い果たし、力尽きてしまいやることのできなかった生き残りの魔族どもの殲滅を私がこの手で引き継ぐ。
それなれば次代の王に相応しい功績と称えられよう。
私が王位を継ぐことに文句を言う者など現れないであろう。
圧倒的な武力と功績。
それをもって私はこの国の、いやこの世界の王となる。
エルフなどはそのための生贄に過ぎぬ。
せいぜい足掻くがいい。
虫のように踏み潰されながらな。
フッ……フハハハハハ!
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