9章 勇者の帰還

プロローグ






ーー 勇光軍 指揮所 風精霊の森のエフィルディス ーー






「報告します! 獣王軍壊滅! 獣王ライガ殿は戦死! 獣王軍は総崩れです! 」


「なんですって! そんな……あのライガが……」


「エフィル…… 」


あのライガが……我が軍最強の男が戦死した……


「エフィルディス、主力が崩壊したんじゃ。退くしかあるまいて」


「そうでござる。認めたくないでござるが、人族に拙者たちは敗れたのでござる。斯くなる上は民たちを聖地へ」


「師匠が!? くそっ! 人族め! 勇者様との約束を違えるどころか、勇者様の功績すら我が物にし我らを滅ぼそうなどと! 」


「すまない動揺していた。どうやらこれまでのようだ。トータス殿は竜人部隊を、小太郎殿はダークエルフ部隊を、ゼルムは獣王の後継者として獣人たちをまとめ民を連れ聖地へ。私がリンデール王国軍を足止めする」


この戦いは私たち勇光軍の総力を結集した戦いだった。

その主力が崩れたのならこの戦いに敗れたということ。あとは後方にいる民たちを逃さなければならない。

そのためにはエルフの族長の家系にのみ受け継がれる禁忌の精霊魔法を……シル姉様と同じように仲間を守るためにこの身を……


「なっ!? エフィルディス! まさか! 」


「エフィル! 駄目です! それは絶対に駄目です! やるなら私が! 」


「ララノア殿もなにを言ってるでござるか! エフィルディス殿、それはならぬでござる。シルフィーナの後を追ってはならぬでござる」


「そうだぜエフィルディスの姐御。姐御がいなきゃ勇光軍は誰がまとめるんだ? 勇者様に可愛がられ、勇者様のお考えを受け継ぐ姐御がいるから俺たちはまとまっていられるんだ。姐御がいなくなったらこの軍はバラバラになっちまう。そうなれば滅亡するしかねえ。それこそ勇者様の望んだ未来じゃねえんじゃないか? 」


「しかし誰かが王国軍を押し留めなければ民たちが……遠くムーアン大陸から私たちを頼ってきてくれた民たちが……」


「我が竜人族から決死隊を募ろう」


「水精霊の泉のエルフからも募ります」


「真宵の森忍軍からも募るでござる」


「獣人軍からも募るぜ! 」


「なっ!? 決死隊を!? …………わかりました。風精霊の森からも募ります。聖地にて力を蓄え反攻の機会を得るために」


私はそう言って皆を解散させた。

そして控えていた里の者に決死隊を募るよう指示をした。

親友のララノアも配下の者に指示をし、辛そうな表情を浮かべている。


これでまたエルフが失われていく……


「エフィル……」


「ララノア……」


「聖地に行くにはエフィルが必要です。それはわかってるはずです 」


「ああ……しかしかれこれ300年以上お会いしていない。私のことを覚えていないかもしれない。ならばここで族長の血を引く私が禁忌で……」


「それは駄目です。私たちエルフはシルフィーナ様の犠牲によって守られました。けれどエルフ族最大の恩人である勇者様を悲しませてしまったことを後悔しています。もう二度と風精霊の森のエルフには禁忌の精霊魔法を使わせません。次は私たち水精霊の泉のエルフの番なのです。それにエフィルはこの軍に必要です。勇者様とラン様の意思を受け継いでいるたった一人のエルフなのですから…… 私たちは勇者様に救われ、この世界の未来を託された者同士だからまとまっていられるです。貴女はその象徴なのですよ? 」


ララノア……私はシルフィーナ様のように強くはないんだ。人族により森を焼かれ精霊の力も弱まり、この20年にも及ぶ戦いに疲れただけなのだ。私はシル姉様と同じことをして逃げようとしたのだ……それに勇者様の意思なんて……あの時引きこもっていた私には……


それでもあの時まだ幼なかったとはいえ、勇者様を慕い憧れているララノアにはそんなこと言えない。


「ああそうだったな。いつも支えてくれてありがとうララノア。私が頼りないばかりに婚期まで逃させてしまって申し訳なく思ってる」


「こ、婚期はこれから……です。人族でいうならまだ30歳くらいの見た目ですから。勇者様が『あらさー』は女として最高に輝く年代だって言ってました。 きっと勇者様のような強くて凛々しい、確か『いけめん』て言うのでしたね。そういう人がこれから現れる……か生まれるのです。エフィルだってずっと独り身ではないですか」


「そうだな。里の男どもは皆命を懸けて戦っていて凛々しいが、勇者様と比べてしまうとどうしても見劣りしてな。それにアレがな……」


私は決して魅力のない女ではない。里の男どもからの求婚を今でも受けている。しかし勇者様を知っている身としてはついつい比べてしまう。容姿もそして強さも誰一人として勇者様の足元にも及ばない。それにアレのが……


「私も同じです。どうしても勇者様と比べてしまい……比べてはいけないのはわかっているのですが……せめて里の男たちもアレさえなければ……」


「勇者様はいったいあの発情期の魔猿製造ポーションをいくつ置いていったのだ? 尽きる気配がないのだが……」


「超精力剤って言うらしいです。私の里もダークエルフたちもまだまだあるそうです。恐らく素材を大量に譲り受け、調合の方法を教わったのではないでしょうか? たまに里の外れで異臭がしますので」


そうか、調合をしているのか……確かにうちの里もたまにもの凄い臭気を感じることがある。長老たちはなにも臭いなどしないとトボけていたが……


里の男どもは勇者様にエルフを増やすように言われていると、これは使命なのだと御託を並べて迫ってくるが目が怖い。皆がヤリたいだけとしか思えん。強い男なら強い子孫を残すためにそれでもいいかとは思うが、弱い男の欲望の贄となるほど私は落ちぶれてなどいない。


しかし魔王がいなくなってから200年での人口の増加は凄まじかったな。



勇者様にランラン……2人はむかし人族が言っていたように本当に魔王と相討ちとなったのだろうか?

その後ヴェール大陸には誰も近付けず、確認することもできず終いだ。人族でさえ聖域を越えヴェール大陸に行くことはできない。


魔王が滅んだことは魔物の侵攻がぴたりと止まったことから間違いない。

では魔王を倒したはずの勇者様とランランが戻ってこなかったのは、やはりそういうことなのだろうか……


私はもう何百年も考え尽くしたことを、未だに考えずにはいられなかった。

それはあの最後の日に、勇者様とランランとちゃんとお別れできなかったことへの後悔からきているものだと私は理解していた。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





「王国軍の追撃が止まりました! 」


「決死隊の安否は!? 」


「…………」


「そうか……ご苦労だった。皆を急がせよ。聖域はすぐそこだ」


「ハッ! 」


全滅か……すまないみんな。


人族から奪った魔導車の助手席で、馬に乗った鼠人族の伝令の報告を聞いた私はそのまま静かに黙祷した。

隣で運転をするララノアも辛そうだ。


前方には魔導車に引かれた、たくさんの荷車に乗った民が見える。

エルフは400を切ったか……ダークエルフも相当減らしたはずだ。なにより最大数いた獣人たちのダメージが大きい。味方してくれたドワーフとホビットたちはなんとしても守らなければな。彼らは反攻の要となる。


魔王が倒れてから320年……あの時のように種族滅亡の危機がやってきたというわけか。

今度は人族の手によって……


過去にも人族によるエルフ狩りや獣人狩りなどはあった。しかしその都度我々に味方してくれる人族の国家があり、ともに協力し合い乗り越えてきた。そういった国家がない時には勇者様の手によって救われたことも多々あったらしい。それはエルフに限らずどの種族もだ。


しかし今回は違う。アトラン大陸とムーアン大陸はそれぞれ2つの国家によって統一され、その2つの国家が人族至上主義を唱えている。教会ですらだ。


今から70年ほど前、まずムーアン大陸にある獣人国が滅ぼされ、アトラン大陸でもエルフ種と獣人と竜人狩りが始まった。エルフは精霊石を奪われたうえに里を滅ぼされてしまった。


私たちは20年前に獣王国の生き残りと各種族の力を結集し、勇光軍を結成した。これは勇者光希様の意思を継ぐ軍という意味だ。


しかしその長きに渡る戦いも撤退に次ぐ撤退で、とうとうアトラン大陸の端にまで追い込まれ、起死回生の今回の決戦も完敗してしまった。


魔法も使えない非力な人族にだ。


300年前にはアトランとムーアン大陸のダンジョンは全て無くなり、地上に残る魔物のみとなりそれも人族と協力して掃討した。それから100年で人族で魔法を使える者は数えるほどしかいなくなった。

ダンジョンが無くなれば魔法書を手に入れる手立てが無いからな。


獣人たちは勇者様の残した遺産でムーアン大陸の南に国を興し、人族はせっかく復興した国々で戦争に明け暮れた。我々は愚かな者たちだとそれを静観していた。


しかし戦争によりとんでもない技術がリンデール王国で復活してしまった。

その技術とは、魔脈から無尽蔵に魔力を吸い出せる古代装置の製造技術と、魔銃と呼ばれる魔力の塊を撃ち出す古代兵器の製造の技術だ。


人族は人族同士の戦争をする際は、過去に地上の魔物を掃討する際に捕獲し隠しておいたオークを養殖して身体能力を上げていた。どの兵士も生まれつき身体能力の高い獣人と同じレベルにしていたのだ。

その兵士に新技術により造られた武器を持たせたことにより、人族の武力は私たちを圧倒した。


そこからはあっという間にリンデール王国がアトラン大陸を、リンデール王国の技術者を拉致してその技術を奪ったオルガス帝国が獣王国含めその他の国を滅ぼしムーアン大陸を征服した。


女神リアラを信仰する聖紋教会は、リンデール王国の愚王に味方し教義を曲げ亜人を魔物と認定した。そして信じられないことに歴史を改ざんし、リンデール王家の者が勇者が討伐に失敗した魔王を倒したと吹聴した。


オルガス帝国皇帝は自分こそが神だと、女神リアラの信仰及びその他の全ての信仰を禁止した。



私たちは勇者様も人族であるということと、人族の持つ可能性を完全に見誤っていた。

もっと早い段階であの大地から魔力を吸い出す装置を破壊すべきだった。あの装置は勇者様の遺産で作られている。その遺産である魔結晶を奪えば二度と使えなくなるものだ。


私たちは人族と距離を置き過ぎた。常に人族の動向を監視しておくべきだった。

愚かな者たちと距離を置いていた結果が種の滅亡の危機とはな……愚かなのは私たちだった。


あの日、シル姉様がまだ生きていて幼かった私に勇者様がおっしゃった『大きくなってどんなに強くなったとしても、人族を決して侮ってはいけないよ? 』というお言葉。今になって身に染みることになろうとはな。




「エフィル、もう到着します」


「ああ、皆を停めてくれ。 シルフ、私をドーラ様のもとへ」


ララノアの言葉に幾度も繰り返した後悔をやめ、私は魔導車のドアを開けて外に出て空へと飛んだ。

そして長い隊列の先頭を追い越し、ドーラ様のいる聖地である山岳地帯へと向かった。


「確かこの先のヴェール大陸が見える崖が……」


《 ルオォォォン! 》


「ドーラ様! 」


私が山を越え大陸の一番端が見えるところまでくると、山の陰から美しいエメラルドグリーンの身体に、白銀に輝くミスリルの竜鎧。そしてミスリルの兜をその身に纏った一頭のウィンドドラゴンが現れた。


このドラゴンかこそ勇者様の愛竜であり、ランランが溺愛していたドーラ様だ。


ドーラ様は聖域に足を踏み入れた私に怒っているようで、シルフが逃げて逃げてとしきりに叫んでいる。

Sランクに辿り着き、シルフも上位精霊になったというのに私たちは恐怖に身を強張らせていた。


駄目だ。固まっていたら殺されてしまう。

私はドーラ様の圧倒的な魔力を前に固まる自分を叱咤し、シルフに呼び掛けた。


「シルフ、ドーラ様に私の声を頼む」


私の決死の願いにシルフも恐怖を振り払い応じてくれた。

私には勇者様のようにドラゴンと念話はできない。だけどドーラ様は私たちの言葉を理解していると、ランランが幼い頃に言っていた。

ランランは素直で正直な子だ。彼女が嘘をついたことは一度もない。だから私はランランの言葉を信じる。


「ドーラ様! 風精霊の森のエフィルディスです! 昔私の里に勇者様と来られて、その背にランと共に乗せていただいたあの幼きエルフです! 覚えていらっしゃいますか? 」


《 ……ルオン 》


ドーラ様の魔力の圧力が無くなった……覚えていてくださったんだ。

シルフもドーラ様が懐かしむ感情を持っていると伝えてくれた。

これなら……


「私たちは勇者様がお救いになられた人族に迫害されています! 今にも滅ぼうとしています! ドーラ様がここから離れられないのは存じ上げています。ですが、どうかこの聖域にかくまってはいただけませんでしょうか! 聖域の入口にある廃村付近に住むことと、その周辺での狩りをお許しください。決してここには参りません。どうか! どうかお願い致します! 私たちの未来と幸せのために! 」


《 …………ルオン! 》


「あ……ありがとうございます! ドーラ様ありがとうございます! 」


頷いてくださった……ドーラ様が私たちが聖域に入ることをお許しくださった。


これで種の滅亡は回避できる。ここで力を溜めていつか必ず皆の精霊石を取り返し、あの大地と精霊の力を奪い続ける悪魔の装置を破壊する。


私はシルフと一緒に空中で深々と頭を下げ、去っていくドーラ様を見送りながら再起を誓うのだった。





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