第10話 リアラ





俺は恋人たちと、どうしても付いてくると言ってきかないリム三姉妹に以蔵を連れて女神の泉のある場所までやってきた。

それまで強烈な光で辺りを照らしていた泉の像だが、俺たちが泉に近付くとその光を弱めていった。

そして俺たちが像の前に立つと、周囲が白い空間に変わった。


これはアマテラス様の時と同じだな。

この白い空間には俺と蘭とシルフィとセルシア、そして以蔵だけがいる。

凛と夏海とリムたちだけなぜいないんだ? この白い空間はアマテラス様の時同様に、神域的なものだから別に俺と蘭じゃなくても女神が呼びさえすれば来れるはずなんだが……


『勇者よ……聞こえますか? 勇者よ……』


「リアラ? リアラなのか? 」


俺が凛たちがいないことに疑問を感じていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。それは蘭やシルフィたちにも聞こえているようで、皆が辺りを見回していた。


『ああ……よかった……聞こえるのですね。姿を現せられずに申し訳ありません。今は声を届けるので精一杯で……』


「いやいいさ。こうして会話をするのは初めてだな」


『ええ……勇者には大変な思いをさせてしまったこと、申し訳なく……私のいる世界でお話をしたかったのですが、教会で一度も祈りを捧げていただけませんでしたので……』


「ぐっ……」


「あっ……」


「シル姉さん……」


そういうことだったのか……アトランでリアラからなんの助言も説明もないと文句ばっかり言ってたが、教会で祈りを捧げる必要があったのか。考えてみれはアマテラス様も伊勢神宮の内宮に行かないと俺と会話ができなかったな。今は加護のおかげで同じ世界ならどこにいても会話ができるらしいが……


俺はリアラにムカついて教会で祈りなんて一度も捧げたことはない。それどころかシルフィの提案で教会が秘匿していた上級ポーションのレシピを奪いに、シルフィと一緒に襲撃したくらいだ。その際に女神の像を盛大に破壊したりした。シルフィが。


そのことに心当たりがある俺とシルフィは、お互いに顔を合わせた後にどちらからともなく目を逸らし合うのだった。

蘭、今はシルフィを見つめるのはやめてやれ。


「あ〜その……教会を襲撃したことは謝る。俺には聖魔法の適性がなかったしな。それに聖魔法を使える仲間もいなかった。魔王を討伐するためには、どうしても教会が秘匿していた上級ポーションのレシピが必要だったんだ。あとリアラの像を壊したのは俺じゃない」


「ちょっ! コウ! アレは不可抗力よ。屋根が崩れてたまたまリアラ様の像に当たってしまっただけよ! 壊そうと思って壊したわけじゃないわ……よ」


「え? シル姉さんはあの時魔力全開でした」


「ラ、ランちゃん! リ、リアラ様、申し訳ありませんでした」


『フフフフフ……良いのですよそこのハイエルフ。あの頃の教会の聖女は、勇者に全ての技法を渡すように言った私の宣託を正確に受け止めれる者ではなかったですから。人族が減り私の力も弱っていたために勇者には苦労をかけました。そのうえシーヴが生み出した魔王から我が子たちを救っていただいたのに、元の世界に戻して差し上げられず申し訳ありません』


確かにあの聖女は聖水を作る以外は役に立たなかったな。

しかしそうか。女神も信仰によって力を得るのか。俺も望まぬ信仰によって半神になったからな。そういうことか。

あの時の世界はアトラン大陸にあるリンデール王国にエルフと竜人族の里以外は魔王軍に滅ぼされ、人族の人口は激減していた。リアラは人族が信仰する女神だから相当力を落としていたというわけか。

それでもリアラの塔はその前の魔王出現の時に作れたと思うんだけどな。創造神による制限みたいなのでもあったのかもしれないな。

これでリアラが加護と聖剣と鎧以外は手助けしてくれなかった理由がわかった。リアラ自身力が落ちていたのと、俺が教会でリアラと接触しようとしなかったからだ。俺の自業自得でもあるか。



「リアラ、俺は貴女を長く恨んでいた。だけど確かに色々辛いこともあったが、今の幸せはそういった出来事がなければ得られなかったことも事実だ。リアラが俺を召喚しこの世界に送ってくれたことで、俺は最愛の女性たちと出会うことができた。今はリアラに感謝している。そして俺をずっと支え続けてくれた蘭にも」


「主様……」


俺は蘭を見つめながらリアラにそう言った。

魔王を倒すまでの戦いは、その時々は本当に辛かった。だけど俺はそれらを乗り越えてきた。それができたのは蘭の存在が大きい。

俺は文献で見た過去の勇者ほどリアラの助言や助力はほとんど得ることができなかったが、蘭と出会えた。

俺にとっての女神は蘭なんだ。


『……ありがとうございます。そう言っていただけて心が軽くなりました。これは言い訳になりますが、勇者は強くなり過ぎました。まさかあのヴリエーミアの加護まで得るとは思いもしませんでした。それにより、こちらの世界の神々によって転移途中に強く引き寄せられることを想定できませんでした。それがとても心残りでした』


「過去最強の勇者らしいからな。その件はもういいさ。それよりリアラは俺の元いた世界がわかるのか? 」


『いえ……召喚時は無作為に魔力の高い者を選んでおり、その際に帰還の刻印をしてますので特に保存のようなことはしておりません』


あ〜なるほど。手にあった刻印に元の世界の情報が記録されていて、その刻印を使っちゃったからもうわからないと。途中でこの世界の神々に横槍を入れられたのは想定外のことだったと。だからもう俺がいた世界がどこなのかはわからないというわけか。

色々納得いかないこともあるが召喚された勇者は俺だけじゃないしな。いちいち記録してないか。


「そうか……その件はアマテラス様にお願いしているからまあいい。それにしてもなぜわざわざあらかじめ手に帰還の刻印を? 」


『そこのエルダーエルフのいた世界で勇者が魔王になったことがありまして……ほかの並行世界でも度々 』


「魔王ノブナガですね……」


「あ〜いたな〜そんな奴。魔王倒した勇者が自分を召喚した王国を滅ぼしたんだったな〜あたしの部族も結構やられたって聞いた」


ノブナガか……前にシルフィから聞いた召喚しちゃいけない人物を召喚しちゃったってやつだな。ノブナガを知ってる者たちからしたら、第六天魔王を勇者として召喚するとか正気の沙汰とは思えないけどな。

確かに人族を滅亡させる魔王を倒すために勇者を召喚したのに、その勇者が魔王になったら本末転倒だよな。だから魔王を倒したら強制的に元の世界に戻すようにしたのか。


「でも魔王を倒した力を持つ者が元の世界に戻って大丈夫なのかしら? 」


「勇者のその後ってやつか。それは俺も疑問に思ってた。ノブナガみたいになる奴ばかりじゃないと思うが、ノブナガのようになりそうな奴が強大な力を持って元の世界に帰って大丈夫なのかってな。現に俺は世界征服しようと思えばできるし」


『 ダンジョンの無い世界は魔素がとても薄いので、魔法を使っても回復はほとんどしません。魔力が無ければ聖剣も勇者の鎧もその力を発揮できませんので』


へぇ〜、やっぱりダンジョンの無い世界は魔素が薄いのか。確かにそれなら俺のように吸収の魔剣や魔石を大量に持ってないと厳しいな。魔力回復促進剤じゃそれほど効果は無いんだろう。魔力回復薬があれば違うが、これは古代のレシピで作れるのは俺と蘭だけだしな。


普通の勇者じゃ最初は戦えても持久戦になればいずれ殺されるか。魔力が無ければ身体強化もできないからな。そう考えるとダンジョンのある世界に来てよかったのかも知れない。


「なるほど。色々疑問が解けたよ。そうそう、リアラにもう一つ聞きたいことがあったんだ。な? 蘭」


「はい! リアラ様! 風精霊の森のエフィルディスと水精霊の泉のララノアは元気にしてますでしょうか? 」


『 エフィルディスにララノア……春の花嫁と微笑む太陽ですね……ええ、強い力を感じますよ』


春の花嫁? ああ、確かエフィルの名前の意味だったか。ララノアは泣き虫だけど笑うと可愛かったからな。ピッタリな名前だな。


「ああ……よかったです。エフィルちゃん……」


「強い力ってことは元気ってことだな。しっかり立ち直ったみたいで良かったな。ああ、そうだ。リアラ、国の復興は進んでいるのか? 」


『ええ、人族は数を増やし今まで以上の発展を遂げていますが問題が……』


やべっ!


「そうかそうか! それは良かった。それじゃあ凛たちが心配しているだろうから俺たちはこれで! リアラと話せてよかったよ。これからはリアラに感謝の気持ちを持って生きていくことにする。ありがとうなリアラ。さあ、みんな帰ろう! 蘭もほら! ご挨拶して! 」


「は、はい! リアラ様、お話できて蘭は嬉しかったです。またいつかきっと恐らく機会があったりなかったりした時にお会いできればと蘭は願ってたりするかもしれません! それでは失礼いたします! 」


「え? なに? コウ、どうしたの? どうせならこの機会に私の里のこととかもっと……」


「お、お屋形様は急にどうされたというのだ? 」


「ん? もう帰るのか? まあ、あたしのいた世界じゃないしいいけど」


俺は無駄だと思いながらも話を切り上げ、蘭とシルフィの手を引き回れ右をして歩き出した。

しかし女神からは逃げられない!

いつら進んでもこの白い空間から出ることはできなかった。


『フフフフフ……アマテラスから聞いていた通りの行動ですね。楽しみにしてました』


女神の掌の上だった。


「…………なにかリアラの管理する世界で問題でもあったのか? 」


「やっぱり無駄な抵抗でした」


『はい。勇者に救っていただいた世界で人族が暴走してしまいまして……』


リアラが言うには俺が魔王を倒してからダンジョンが徐々に消えていったそうだ。これは創造神から試練が終わったことを意味する。当初人族とエルフたちなどほかの種族は手を取り合って復興に励んでいた。ダンジョンが無くなった地域から地上にいる魔物を一掃したりして、アトラン大陸だけではなく、隣接するムーアン大陸も魔物から取り返すことに成功した。人族は次々と祖国を復興し、魔王軍に滅ぼされた多くの国が再興した。


最初この話を聞いた時は俺も蘭もシルフィも喜んだんだが、リアラの話が進むに連れおかしいことに気付いた。あれだけ大陸を魔王軍にめちゃくちゃにされたのに、2年にも満たない期間で多くの国が復興した? 長年魔王軍に占領され、ダンジョンが氾濫し放題で魔物の巣窟と化したあのムーアン大陸の魔物を一掃した? しかもその土地に国を興した? おかしい。なにかがおかしい。


「リ、リアラ。話の途中ですまん。俺と蘭が魔王を倒してから2年も経ってないのにもうそれだけの復興を成し遂げたのか? いくらなんでも早すぎないか? 人口だってどの種族もかなり減っていたまずだ。とてもじゃないが、ムーアン大陸まで復興できたとは思えないんだが……」


『2年? そうでしたね。そちらの世界ではまだそれだけの時しか経過していないのでした。勇者がそちらの世界に戻った際の時のズレがあるのですよ』


「なっ!? し、しかしアマテラス様の時は……」


『並行世界であれば時の流れは同じです。女神の力により多少戻すことはできます。ですがまったく次元の異なる世界ではそれは難しいのです』


つまり異世界の時の流れとこの世界の時の流れは違うと。

現代の並行世界であるならば時の流れは同じで、方舟に行った時のように神の力により並行世界での一年をこちらの世界での2ヶ月にすることはできる。

だが、異世界だとそれはできない。つまり異世界の時の流れの影響をそのまま受けるということか。


という事は異世界で15年過ごしてこの世界に来た時には1ヶ月と少ししか経過していなかったのは、これは女神の力ではなくそういう時の流れの差があるということ。

つまりこの世界での1ヶ月は、異世界では10年以上ということか! おいおいおい、てことは20ヶ月経過しているから異世界では魔王を倒して300年は確実に経過しているってことかよ。


「つ、つまり俺と蘭が魔王を倒してからアトランでは300年以上経過していると?」


『ええ、もう少し経過していますがそれくらいでしょうか? 』


「な、なんてこと……」


「つまり我らのいた世界もそれほどの時が経っているということか……」


「ええ!? あたしの一族みんな年寄りになったのか!? 」


これは二つの世界の記憶があるシルフィはもとより、以蔵もセルシアもドワーフにホビットたちだってショックだろう。彼らはダンジョンや女神の島によってこの世界に連れてこられ、たとえ元の世界に戻れたとしても家族や親戚はもういないのだから。

これは皆に伝えるのは気が重いな……


『この島を転移する際に巻き込んだ者たちには申し訳なく……魔族が占拠しているタイミングが一番巻き込みが少なく済んだものですから。それに島ごとの転移のため次元の狭間を通るのに時間が掛かってしまい、こちらの世界に現れるのが遅くなってしまいました。そのことも申し訳なく』


そういうとか……ガンゾたちが女神の島で来た時に、既にこっちでは40年経ってるのにシルフィの存在を知ってたからおかしと思ったんだ。

確かに女神の島はセルシアのいた世界の冒険者ギルドが運営していて、多くの人がいたらしいからな。そのタイミングで転移されるよりはいいタイミングだったんだろう。占拠していた魔族もたいして強くはなかったしな。

俺としてはリムたちに出会えて感謝しているが、ドワーフやホビットたちは……あのまま魔族に家族と離され奴隷にされたままでいるよりは良かったのかもしれないな。それを決めるのはガンゾたちだが……


「リアラの考えは理解できる。巻き込まれた者たちには俺から説明しておこう。ダンジョンと共に来た者はリアラの責任ではないしな。創造神やらシーヴの都合だろう。それより300年以上経過したあの世界でいったいなにが起こったんだ? 」


『はい……人族が………』


俺たちはリアラの話すアトラン世界での人族の愚行に呆れ、そして憤怒した。

蘭をはじめ、シルフィも以蔵もセルシアもみんな怒りで我を忘れそうだ。

俺はあの世界の人族ならやりそうだなと呆れつつ、あの世界を救った勇者として人族の愚行を止め、まだ生きている友人たちを助けなければならないと思っていた。


あの日、魔王討伐に行く時に、友人たちに必ず幸せな未来を迎えられるようにすると約束したことを守るために。



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