第4話 ギルド設立
「え? 冒険者連合を辞める!? 」
「ええ、私とセルシアとリーゼリットは冒険者連合を辞めるわ」
8月ももう終わりを迎える頃。
朝からスクロールを作り過ぎてクタクタになっていた俺は、1階のラウンジに併設されているリビングで昼休憩をしていた。
するとシルフィが仕事から珍しく早く戻ってきたようで、リビングのドアを開けて開口一番に冒険者連合を辞めることになったと言い出した。
「いきなりどうしたんだ? まだ発足して1年くらいだろ? これからもっと大きくなるのに……それに後継者は誰がなるんだ? 」
「ちょっと私がギルドのトップだとマズイ状態になったのよ。このままだと冒険者連合の存続が危ぶまれそうだから、谷垣やほかの理事や各国の理事長と話し合って決めたの。後継者は谷垣よ。私より仕事できるから問題ないわ」
「シルフィがトップだとマズイ状況……そういうことか。悪……いや、ありがとう。愛してるよ」
これは間違いなく俺のせいだな。ドラゴンを多数所有し、小国とはいえ正統オーストラリアとクイーンズランド都市連合を降伏させた。そんな好き勝手に世界にケンカを売る俺の恋人が、世界からその独立性を認められ、Bランク以上という普通の人間からしたら人外と思えるような冒険者を多く動かせる組織のトップなのは確かにマズイ。冒険者連合を私物化するんじゃないかと疑われてもおかしくない。恐らく俺の知らないところで加盟国以外の国から相当叩かれたんだろうな。
それに冒険者連合の各国の理事長は全員異世界人だ。そのことでいずれ世界を征服するつもりではないかと危険視する国が以前からあるとは聞いていた。シルフィが退いてこの世界の人間をトップに据えることで、その疑念を払拭しようとしたのかもしれないな。
しかしシルフィは探索者や冒険者に人気がある。それは常に最前線で彼らと共に戦ってきたからだ。そんな探索者協会の設立時から、ずっと組織に貢献してきた人間が辞めることに反発する者も多くいるはずだ。今後、冒険者連合の求心力の低下は避けられないだろう。
だけどそれでも俺と別れることより俺と共にいることを選んでくれた。
だからここは謝るより感謝の言葉を伝えるのが正解だ。
「私もよ。コウと離れるくらいなら冒険者連合を辞めることなんてなんてことないわ。それに完全に離れるわけじゃないしね」
「ん? どういうことだ? 」
「ギルドを作るのよ。許可はもらっているわ。というかギルドを新たに作るのを条件に辞めさせてもらえたっていうのが正確かしら? 」
「ギルドを作る? 冒険者連合がアトランでいうところの冒険者ギルドだと認識していたんだけど? 」
「まあやってる事は同じね。でもこの世界では冒険者連合の下部組織として、ギルドを設置することにしたの。ほかに適当な名前が無かったのよ。ギルドは加盟国以外の国の探索者または冒険者クラスの実力がある者たちに作らせるわ。そして冒険者連合から依頼を回すの。どこどこの中級ダンジョンの間引きをやって欲しいとかね。そうやって冒険者連合のシステムに慣れさせて、加盟国を増やした時にそのギルドを中心として支店を設立するのよ」
「なるほど……冒険者連合の依頼をアウトソーシングしつつ教育もしていくのか。考えたな」
現状探索者や冒険者に正式に登録できるのは冒険者連合加盟国のみだ。各国政府の影響力が強かった探索者協会は、完全に冒険者連合の下部組織として組み込まれた。
前みたいにいつまでも国や企業が関わって探索者をいいように使い潰すなら、いずれ冒険者連合がEランクも受け入れると言い出すだろう。そうなれば探索者たちは待遇も稼ぎも良く、名誉も得られる冒険者になるために頑張っている者がほとんどだ。
探索者協会に残る探索者は激減し潰れるだろう。
それなら今後運営方針に口を出せなくなるが冒険者連合の下部組織に完全にして、Bランクまでは探索者協会、Bランクから冒険者連合と棲み分けした方が、国としては探索者たちが持ってくる魔石の利権を手放さなくて済む。
話が逸れたが、探索者や冒険者と呼ばれる者は全て冒険者連合加盟国の国民だ。それ以外の国は各国が主導して独自にハンター協会やらダンジョン攻略組合やら色々な名称の組織を作っている。
そこでだ。冒険者連合が今後加盟国を増やしていく上で最大の問題が、その国の探索者たちのモラルと冒険者連合のシステムの移行だ。
国によっては魔石をダンジョンから隠れて持ち出すことなんて日常茶飯事なところもあるし、強化された身体に溺れ民間人に暴行をしたり略奪したりする者もいる。そのままマフィアになったり、反政府組織を作ったりすることもザラだ。
世界は日本みたいに平和ではないということだ。
そんな国が加盟国になったとする。そしてその国のハンター協会などにいる者たちがそのまま探索者協会か冒険者連合に加入したとして、いきなり厳しい規則に従えるわけがない。
それならその国の人間を今から探索者協会や冒険者連合に受け入れ、国ごとにギルドを作らせてこちらの仕事をさせつつ教育していこうというわけだ。ブラジルギルドとかアラブギルドとかそういう風になるのかもな。
そしてその者たちの出身国に将来支店を作ることになった時に、ギルドをそのまま支店要員兼冒険者として運用しようというわけだ。
恐らくそういう目的でギルドというシステムを作ったんだろう。冒険者連合に加盟したい国は喜んで人材を派遣してくるだろうし、そうでなくとも女神の島を餌にすれば人は集まるだろうな。あそこは加盟国以外の国からは軍人しか受け入れていないからな。
「それでシルフィがギルドを設立してどっかの国の奴らを教育するのか? それとも異世界人だけのギルドでも作るのか? 」
「そんな面倒なことしないわよ。『ギルドLight mare』のサブマスターになったから今後ともよろしくね」
「は? 」
「だからコウのギルドを作って登録しておいたからよろしくね。ギルドマスター♡ 」
え? ちょっと待て。理解が追い付かない。つまりシルフィは冒険者連合を辞めてその下部組織のギルドを設立したと。そしてそのギルドはLight mareのギルドだと。そのギルドマスターに俺がなって、サブマスターにシルフィがなる。セルシアとリーゼリットの仕事はなんだろ……って違う! そういう問題じゃない!
そもそも非加盟国の加盟をスムーズにするための組織なんじゃないのか? なんで日本人の俺たちが?
まさか厄介払いか!? 俺たちのやることに冒険者連合は直接関与してませんとでも言いたいのか? 確かにシルフィが冒険者連合の議長じゃないなら今後の行動に気を使おうなんて思わないけどさ。
だいたい俺がギルドマスターだって? ギルドマスターの仕事ってなんだ? 思い出せ。リンデール王都のギルドマスターは何をしていた? 確か副マスターが王国から仕事を取ってきたり冒険者の管理をしたりと忙しくしていたが、マスターのアイツは……執務室にこもって秘書や受付嬢の尻を触ってはそれを聞いた冒険者たちに殴られてたな。うん、俺でもできそうだな。
「色々と言いたい事はあるが……まあシルフィがそうした方がいいと判断したなら俺は言われた通りにするさ。ただ、ギルマスの仕事とかわからないからそういうのは全部任せる」
「ふふっ、コウならそう言ってくれると思ってたわ。勝手に決めてごめんね? 全部私がやるからコウはいてくれるだけでいいわ」
「いいさ。でもそれなら俺がサブマスターの方がいいんじゃないか? 」
「駄目よ。私がマスターだと他国の人たちがうちに直接文句を言ってくることになるし、依頼をしようと来るかもしれないわ」
「そういうことか。まあ俺がマスターなら誰も文句を言いに来ないだろうし、依頼なんか無視できるからな」
ギルドとは名乗っても仕事は冒険者連合から受けるんだろう。他国からの依頼は冒険者連合を通せと突っぱねればいいが、シルフィは元々長年組織の長をやっていたからな。他国の政府関係者とそれなりに繋がりがあるんだろう。
そうなるとシルフィがLight mareのギルマスになったと知った他国のやつらはこぞって言い掛かりをつけたりして、ダンジョン攻略の依頼を受けさせようとやってくるかもしれない。だけど俺がマスターならそんなことをする度胸がある国などいない。俺を怒らせて正統オーストラリアみたいになりたくは無いだろうしな。
俺の作ったアイテムさえ悪用しなければ、別に他国が国民を奴隷にしようが何をしようが俺は関与するつもりは無いんだけどな。やましい事をしている奴らからしたら、いつ自分たちも正統オーストラリアみたいにやられるか不安なんだろう。
「そういうことよ。コウがマスターでいてくれるだけで運営が格段に楽になるわ」
「しかし俺たちだけギルドをなぁ……厄介払いされた感が凄いな」
「ふふっ……私がいなくなった後にLight mareへの指名依頼を断ったり、クレームやらの対応をするのが嫌みたいなのよね。谷垣に必死にお願いされたわ。ただ、ギルドは非加盟国の加盟をスムーズにするために作ったけど、加盟国にも作っていくわ。能力の高いレイドチームにはどんどんギルドを設立させていこうって話にもなってるの。今後加盟国が増えたら冒険者連合も今以上に忙しくなるから、能力の高い冒険者たちは独立させた方が楽なのよね」
「なるほどな……色々考えてんだな。でも他国の奴らはともかく、加盟国の人間にギルドを設立するメリットはあるのか? 」
「もちろんよ。高ランク冒険者がまとまっているギルドには高ランク冒険者にはそれ用の高額報酬の依頼を優先的に回すし、冒険者連合の中間マージンも減らすわ。それにギルド独自で加盟国から直接仕事を取ってきてもよくなるわ。もちろんその際にトラブルが発生した時は冒険者連合は関与しないけどね」
なるほどな。多数の冒険者をすぐに集められるから、それ用の依頼を優先的に回してくれるというわけか。それと、確か国からの依頼を全てこなせてはいないと前に言ってたな。ならば実力がある者たちに国から直接受けさせようというわけか。
それなら冒険者連合は事前の調査をしなくていいし、各国からの依頼を減らすことができる。冒険者連合を通さなければ報酬は交渉次第で上げることも可能だし、やる奴は多いだろう。
でも事前にしっかり調査しないと、受けた依頼が過去に間引きがされてないダンジョンの間引き依頼なんかだったら目も当てられない。横浜ダンジョンの二の舞いになる可能性だってある。
「直接国からの依頼をか……それだといずれギルドが成長して冒険者連合の商売敵になるかもしれないぞ? 」
「それならそれでいいのよ。探索者協会もそうだったけど、大きな組織はいずれ腐敗するわ。世界中の上級ダンジョン攻略なんてあと何十年掛かるかわからないもの。ダンジョンを攻略する商売敵ならいくらでも増えて問題ないわ。今からそういう芽を育てておく必要もあると考えてるくらいよ」
「そうか、そうだったな」
そうだった。冒険者連合は世界中の上級ダンジョンを攻略するために設立したんだったな。権力を持ったり、魔石の市場を独占しようなんて最初から考えていない。冒険者への優遇も全てダンジョンを攻略するためのものだ。
だけど大きな組織になればなるほど、いずれ代替わりを繰り返すごとに当初の理念は薄れ、組織の利益第一主義のようになっていくだろう。そうならないためにも、そうなっても世界のダンジョンの攻略が止まらないように、いつか商売敵となる者たちを組織が健全な内から作っておくというわけか。
こんなの欲のないエルフや獣人たちじゃなきゃやろうなんて思わないよな。
「加盟国のギルドは30名から作れるわ。条件はAランク以上がが最低10名いること。非加盟国のギルド……便宜的に準ギルドと呼んだ方がいいかしらね。その準ギルドには制限はないけど、待遇は全く違うわ。そうね……正規のギルドのマスターは冒険者連合理事と同等の権限を持つと思ってくれていいわ。連合の飛空艇の使用も申請さえしてくれればできるわ」
「理事と同等か、それは凄いな」
理事と同等ならレイド戦での指揮権を持つということだ。SSランク以上の者がいれば別だが、俺と蘭とシルフィ以外はこの世界にはいない。それに飛空艇をギルドで使えるのは魅力だろうな。ギルドメンバーの士気も相当上がるだろう。飛空艇は現在量産しているから、冒険者連合としては貸し出しは全く問題ないだろうしな。
しかし聞けば聞くほどうちにメリットは無いな。やっぱり厄介払いか……
仕方ない。身に覚えはあるし、今後シルフィに迷惑を掛けないで済むようになるのは大きい。
うん、これがメリットだな。
「もう一つ狙いがあるわ。それは、ギルドは組織を維持するために必然的に後進の育成をしないといけなくなると思うの。これまでは探索者協会である程度やってきたけど、手が回りきってないのよ。だから各正規ギルドによる探索者や冒険者の育成には期待しているのよ」
「それはうちには関係ないな。既に大所帯なうえに現在進行形でSランクへ育成中だしな」
「それはそうなんだけど、後に続くギルドのためにもお手本としてこの世界の人間も育成して欲しいのよね」
「いやいやいや、うちの育成は方舟のあんなんだぞ? あっちの世界は尻に火がついた奴ばかりだったから耐えられたけど、こっちの世界のヌルい奴らには無理だろ」
方舟世界の日本人とオージーたちには本当に後がなかった。そして家族や国民を救うという大きな目的があった。だからアイツらは腕がもげようが、はらわたが飛び出ようが不眠不休で必死に戦って強くなった。
だけどこの世界の奴らはダメだ。管理されたダンジョンで稼ぐことを第一に戦っているのが多すぎる。
冒険者連合ができて幾分かマシにはなったが、これから探索者になろうって奴らの中に本気で日本のためにダンジョンを攻略しようと考えてる人間がどれだけいるか……
「訓練の手を緩めるって気が全くないのね……」
「うちのギルドに所属してLight mareを名乗るなら、ハンパな気持ちのやつはいらないからな。そんなのは毎日必死に訓練しているリムたちや以蔵たちに失礼だろ? 」
「だったらLight mareの下部組織を作ったら? Night mareでもSmall mareでもなんでもいいわ。それなら育成に時間を掛けてもいいんじゃない? 」
「下部組織か……まあそれなら……でもギルドへの加入試験はするぞ? 本気で強くなりたいと思っている奴以外はいらない。それに今すぐは無理だ。コロシアムの開催もあるし来年落ち着いてからだな」
冬には全国の冒険者学園の卒業試験をリアラの塔で行う。横浜校の子供たちを招待した時に他校に約束しちゃったからな。これは毎年やらないといけなくなった。それにロットネスト島で夢のイベントもある。育成なんかに手を出して忙しくてヌーディストビーチができなくなったらどうすんだよ。
「ええ、そんなにすぐにやってもらおうとは連合も思ってないわ。育成をするという意識だけ持ってくれればいいのよ。試験は当然ね。うちに入ったら確実に強くはなるから選別は必要よ」
「ならいいよ。とりあえずギルドは凛と相談して会社の空いているフロアを使って運営してくれ。リーゼリットのセキュリティカードは、リムと宇佐美さんに手配してもらってくれ」
「わかったわ。さっそく凛に話してくる。これからはずっと近くにいるからね? 愛してるわコウ」
「それは嬉しいな。俺も愛してるよ」
俺がそう言うとシルフィはスキップしそうな勢いで凛のいる会社のビルに向かっていった。
そういえばセルシアはどうしたんだ? 引き継ぎかなにかしてるのかね?
しかしギルドか……まあ冒険者連合を追い出されたわけじゃないし、うちは今までと何も変わらなさそうだからいいか。
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