8章 研究と新たな事業と救った世界のその後
第1話 アンネット
ピンポーン
「アンネット〜 私よ」
『シルフィーナか……開いてるよ』
「入るわね。コウ、入りましょう」
「ああ」
ロットネスト島に多田一族を捨ててきてから10日ほどが経過した頃。
俺はシルフィと一緒に飛空艇開発の根幹部分である増幅の魔法回路を作った、アンネット婆さんの家に来ていた。
アンネット婆さんの家は、40年前にダンジョンと共にこの世界に来た異世界人たちの自治区である千葉県の舞浜にある。以前から思っていたことだけど、舞浜に異世界人てシャレが利いてるよな。鼠人族とか見てこの場所に決めたに違いない。
ここに住む人たちの多くは獣人で、エルフはロシアから救出したリーゼリットのみでドワーフもロシアにいたエイムの一人だけ。人族はアンネットの婆さんと数人しかいない。人族の子供たちは独立し日本の社会に溶け込んでいるのでここには住んでいないからだ。ここは純粋な獣人と、人族と獣人のハーフが殆どだ。
ハーフは長命種のエルフや竜人族やドワーフにはいないんだが、寿命が人族と変わらない獣人やホビットには稀にハーフが生まれる。基本的にはどちらかの種族になるが、ごく稀に血の薄い子供が生まれる。外見的特徴は耳が短いとか尻尾だけ無いとかその程度なんだが、人族と獣人やホビットのハーフは魔法の適性がある者が多い。先祖がえりであるニーチェの魔法の適性がズバ抜けているのが良い例だ。
ハーフはアトランやムーアン大陸では差別されていたが、こっちの世界に来てからはそういったものは無くなったらしい。この世界では圧倒的少数派の異世界人同士で、差別なんてしている場合じゃないからだそうだ。
おっと、そんなことよりアンネットの婆さんだ。
どうも体調を崩しているらしく、最近は東京にある政府関連の研究所に行くこともできていないそうだ。以前飛空艇の発注の時に会った時もしんどそうだったが、Bランクの魔法使いとはいえもう130歳を超えている。やはり体力的にキツくなってきたんだろう。
でも俺はそんな婆さんに鞭を打つために来たんだけどな。
「ああ、勇者コウキも一緒だったのかい? こうしてはいられないね」
「アンネット、寝てていいのよ。無理しないで」
「アンネットの婆さん急に来て悪かったな」
「いいんだよ勇者。気づかいは無用だよ。私がそうしたいんだ。少し待ってておくれ」
俺とシルフィが平屋の家に入り、リビングを通って寝室に行くとベッドに横たわっていたアンネットが俺を見るなり起き出した。そして隣の部屋へとフラつきながらも歩いて行った。
前に会った時は身だしなみに気を使っていた印象があったな。そういうのを気にする人なんだろう。いくつになっても女であることを忘れない女性っていいよな。
「待たせたね。リビングにおいで。お茶でもいれるよ」
「いいわ、私がいれるからアンネットはソファで座ってて」
俺とシルフィは黒いワンピースに着替えてきたアンネットと共にリビングへと向かい、キッチンに立とうとするアンネットをシルフィが止めて代わりにお茶の用意を始めた。
アンネットは肩をすくめて両手を腰の高さまで上げ、ヤレヤレって感じのジェスチャーをしてから俺の向かいのソファーに座った。
なんというか細身で背もあって長い白髪の髪を流して背筋も伸びていてさ、動作もいちいち様になっているんだよなこの人。そう、カッコいいんだよね。本当に130歳なのかと疑うよ。そんな女性だから俺も年寄り扱いし難くてあまりしていない。
「久しぶり。具合が悪いそうだがどこが悪いんだ? 」
「しばらくぶりだね勇者。そうさな、あっちこっち全部かね。まあ老化による機能低下だからどこがってわけでもないよ」
「人族で130か、Bランクの魔法使いなら肉体年齢は90歳くらいか。長生きしてるな」
「もう限界だね。そろそろお迎えが来る頃だよ。魔力集束回路を完成させたかっんだけどねぇ」
「増幅に集束か……武器か」
「ああそうだよ。私は古代文明の時代に存在した魔銃と呼ばれる物を作りたかったんだ」
「魔銃……確か魔石を燃料にした銃で、魔力を撃ち出すんだったか? 使用者の魔力は一切使用せず、両手で持つサイズの魔銃でゴブリン程度なら仕留めることができる威力があるらしいな 」
確かマリーたちが翻訳してくれた、恐らく軍用書だと思われるものに載っていたな。ほかにも魔砲や魔導砲などこっちの世界のバズーカ砲や大砲みないなデカイものもあって、魔砲の場合はそれ単体でオークやオーガも倒せて、魔導砲に至っては竜にもダメージを与えられたようなことが書いてあった。まあほとんどが戦争で使われたそうなんだけどな。
古代軍用書を見て兵器って人間が使う以上、どこの世界でも形が似たようなもんになるだなと思ったよ。
「驚いた……詳しいんだね。エルフの口伝か何かで知ったのかい? まあその通りだよ。魔銃があれば力のない一般人でも魔物から身を守れるからね……」
「お待たせ。コウには冷たい麦茶にしたわ。アンネットは暖かいお茶ね」
「ありがとうシルフィ」
「悪いねシルフィーナ」
「それで?少し聞こえたけどアンネットの研究の話? 」
「ああ、魔銃を作りたいそうなんだ。誰でも魔物と戦えるようにしたいんだってさ」
「ああ、その話ね。確か魔法を撃ち出すこっちの世界の拳銃とかライフル銃だとか言ってたわね。古代の増幅魔法回路の復刻はあくまでもそのついでだったのよね。まあそのおかげで飛空艇を作れたんだけど」
「でもね、もう限界なんだよ。どうにも行き詰まってしまってね。70年研究したけど増幅の魔法回路しか作れなかったからね……ところで今日はなんの用で来たんだい? 」
「ああ、アンネットに結界の塔を作るのを協力してもらおうと思ってさ」
「結界の塔だって!? あれは最低でも上級結界の魔法と、飛空艇に使ったのとは比にならないほど強力な増幅の魔法回路が必要なんだ。そのうえ魔結晶だってかなりの大きさのが必要だよ? 」
お? 結界の塔の事は知ってるんだな。それなら話が早い。
「心配ない。上級結界魔法は使えるし、魔結晶も上級ダンジョンクラスの物を丸々複数持っている」
「なっ!? 結界の魔法を!? それに上級ダンジョンのコアを丸々とだって? そんなものどうやって……いや、確か横浜ダンジョンのコアをそのままの大きさで手に入れてたんだったね。さすが勇者だね……」
「まあそういう事だ。必要なのは増幅の魔法回路と人の出入りを指定できる制御装置だ。設計図ではないが、理論的なものが書いてある文献は持っている。翻訳済みだが俺が見てもサッパリでね。古代の魔法回路研究の第一人者であるアンネットに協力してもらおうと思って今日は勧誘に来たんだ」
「こ、古代文明の文献を持っているのかい!? しかも翻訳済みだって!? エルフでさえ完全には無理だというのにどうやって……いや、でも残念だよ……見たいし知りたいけど私にはもう時間が無いんだ。ヘタに見てしまってこれ以上この世に未練を残したくはないね……勇者の力になれるならなりたいが悪いね……」
「研究する時間があれば協力してくれるってことでいいか? 」
「そりゃ時間があるならそうだけどこればっかりは寿命だからねえ……」
「じゃあ商談成立だな。少しジッとしててくれよ? 」
「な、なに? なにをしようと? 」
「ふふっ、アンネットは研究ばかりしていたからコウのことよく知らないのね。テレビくらい見なさいよ」
確かにこの家にはテレビが無いからな。前は俺の周囲にいる人が若返ったニュースとかよくやってたのにな。まあそれはピチピチュの実の件なんだが、今回は戻す年数が年数だからな。
「さて、どれくらいにするか……まあ見ながらでいいか。『時戻し』 」
「ひゃっ! な、なんだいその時計……は……」
「ちょっと楽しみね。アンネットって絶対美人だったと思うのよね」
俺もそう思う。この婆さんには美人だったオーラがある。
そう期待を込めて俺は魔法を発動した。
俺の手から放たれた無数の歪な形をした時計は、ソファに腰掛けるアンネットの全身を覆いその針を一斉に逆回転させていった。
俺は時計の隙間から目を見開いてこちらを見るアンネットの顔と、歪な時計の一つである『月』の盤面を回る針の回転数を数えながら魔法を維持し続けた。
3年……10年……20年……50年……70年……100年……ここだ!
俺は盤面とアンネットの顔を見ながらベストな年齢で魔法を止めた。
よしっ! 思った通りだ! 20代後半くらいか? やっぱりとんでもない美女だったな。それになんて色っぽいんだ……おお……胸が……
時魔法を解除し歪な時計が消えたその場所には、黒いワンピースを身に纏い、艶のある濃い紫色の髪の美しい女性が座っていた。皺だらけの目もとはキリッと切れ長の目に、たるんでいた頬は張りが戻り顎にかけての逆三角形の輪郭をはっきりと主張していた。皺で存在が隠れていた顎の小さなホクロもクッキリと見え、それがとても色っぽかった。
そしてなによりワンピースを内側から押し上げ自己主張をしている胸だ。おそらく垂れていたからかブラジャーを付けていなかったんだろう。ワンピースを押し上げている胸の中心に小さな突起が2つ存在しており、俺の目を釘付けにしていた。
「あらあら……アンネットってサキュバスだったのかしら? 」
「んなわけないだろ。言いたいことはわかるがな」
「手……手が……な、何がどうなって……」
「若返らせた。ホラ、見てみろ。予想はしていたが凄い美人で驚いたぞ? 」
俺は自分の手を見つめて混乱しているアンネットの前に、アイテムボックスから姿鏡を取り出して置いた。
「なっ!? わ、私!? こ、これは……若返っ………ハッ!? 勇者!? まさか貴方は時の古代ダンジョンを!? 」
「ああ、攻略した。恋人の蘭と同じ時を生きたくてな」
「あ……あの、時の古代ダンジョンを……過去のどの勇者でさえ攻略ができなかったあの……」
「確かに魔王を倒す方が楽だったな。まあそんな事よりこれで研究する時間は手に入った。研究室は用意してあるし、うちに住み込みで働いてもらう。翻訳済みの古代書読み放題で研究費無制限、必要な素材は言ってくれれば例え上級ダンジョンのガーディアンの素材だろうがすぐに用意する。取り敢えず年俸は1億。成果を出せば別途報酬を出す。うちの会社で働いてくれるか? 」
「…………ククク……ハハッ………ハァッハハハハハハ! 勇者よ最高だ! なんて最高な男なんだ! ああ、いいさ。勇者の所で喜んで働かせてもらうよ。シルフィーナ、政府には私は死んだとでも伝えておくれ。そして名前を継いだ隠し子がいたとね。クククク、これで集束回路だろうが結界の塔だろうがドラゴンすら倒せる魔導砲だって作れる! 最高だ! 最高な気分だよ勇者! 」
「え? ええ……わかったわ……死亡届けを出しておくわ……」
「え? 魔導砲? あれ? 」
あれ? なんか様子がおかしいぞ? 魔導砲とか国家間の戦争で使うようなものはいらないんだが……いや、研究馬鹿って雰囲気は前に感じていたけどさ。
それでも落ち着いていたのは老化による気力の低下だったのか……
もしかして俺はとんでもないマッドサイエンティストを復活させてしまったとか?
大丈夫だよな? リッチエンペラーみたいにならないよな? マリーたちを解剖したいとか言い出さないだろうな?
「さあ! そうと決まったらさっそく引っ越すよ! ああ……古代書を読めるなんて楽しみだね。それにしてもなんて身体が軽いんだ! 今ならなんだってできる気がするよ! ホラッ! なにをしてるんだ? 荷物をまとめるのを手伝っておくれ」
「え、ええ……」
「わ、わかった……」
それから俺とシルフィはアンネットに言われるがままに荷物をまとめ、アイテムボックスに次々と入れていった。そしてなぜかそのまま新宿へ買い物に行くことになり、下着やら服やら化粧品やらを買うのに一日中付き合わされたのだった。
本人曰く、前から若かったら着たいと思っていた服がたくさんあったそうだ。
しかし下着から服からどれも黒と紫系で、色っぽいのばっかり選んでいたな……試着したのを何度も見せられて俺はずっとムラムラしてたよ。うん、ナイスバディでした。
そして買い物もやっと終わり、清々しい顔をしたアンネットと俺たちは喫茶店で一休みすることにした。
「ククク……この世界は色んな物があっていいねえ。ババアの時には欲しいと思っていても似合わないから諦めていたけど、化粧も楽しめそうだし勇者には感謝してるよ」
「いいさ、試着室でいいもの見せてもらったしな」
「ククク……そうかい? 勇者が反応してくれたなら私も女としてまた生きていけそうだね。これでも昔はリンデール王家から側室の誘いがあったくらいモテたんだよ? 」
「ああ、それは嫁がなくて正解だったな。世界が変わろうともあの王家の人間は絶対にクソだからな。あの世界に戻れるなら滅ぼしたいくらいだ」
「ハハハハハ! 確かにあの王子はその通りの人間だったね……ふぅ、勇者よ。私の息子はね……ある街の役人だったんだ。だけど魔物の氾濫の時に王国の援軍が遅れてね。街ごと滅んだんだよ」
「そうか……それで魔銃を……」
「40の時にこのまま未経験で老いていくのが嫌で、かと言って好きな男もいなくてね。私の店によく来るまあ、そこそこいい男の冒険者と酔った勢いでできた子でね。その男は呆気なくダンジョンで死んじまったけど、息子は愛していたんだ。それはもうかわいくてかわいくてね……それを魔物どもは全て奪っていき、王国もなんの役にも立たなかった。それからだね。ただの錬金術師だった私が魔銃を作るための研究をし始めたのは。この世界には増幅の回路の試作品ができたから、中級ダンジョンで試していたところで連れてこられてしまったんだよ。きっと魔銃が完成して戦争に使われるのをリアラ様が嫌ったんだと思ったよ。だから銃という似たようなものがあり、科学という学問もあるこの世界に連れてこられたんだってね」
なるほどね。増幅の回路だけで作れるのは相当大型の物だったんだろうな。それを中級ダンジョンで試そうとしてこの世界に連れてこられた訳か。確かにあっちの世界で魔銃なんて完成させていたら間違いなく戦争に使われただろう。それこそ剣が廃れてだれでも使える魔銃により多くの人が死ぬことになっただろうな。
けどな? あのリアラがそんなこと考えているはず無いからな? たまたま偶然に来ただけだからな?
「この世界の銃は魔物に対して効果が低い。40年前の大氾濫でのこの世界の人間の無力さを見て、自分と同じ想いをする人がいないように研究を続けてたってわけか」
「そんな崇高なものではないさ。子供を失った悲しみを紛らわせているだけだよ。完成したってあの子が生き返るわけじゃないしね」
「理由はどうあれアンネットの研究で救われる人がいるのは確かだ。全力でその研究を応援することを約束する。ただ約束してくれ。魔銃が完成したら次は自分の幸せを探すと」
「自分の幸せ……そうさね……魔銃が完成したら私も前に進めると思うよ」
「若返ったアンネットならモテモテよ。コウみたいなイケメンだって寄ってくるわ。せっかく若返ったんだから人生は楽しまないと損よ」
「ん? ああ、エルフはそうだったね。まあ勇者がいい男なのは認めるよ。見た目はともかく顔は凛々しいし、なにより強い男のオーラがあるからね」
そこで見た目はともかくとかいらなくね? 凛々しいし顔で強い男ってだけでよくね?
「さあ、もう帰るぞ。アンネットの研究室は会社ビルの地下に用意してある。ポーション作製室の隣だ。寝泊まりする部屋は俺の家の二階でいいだろう。俺に従属した魔族もいるが仲良くできそうか?」
「ああ、あの上海で戦ってた光魔ってやつかい? 飛空艇から見ていたよ。あの子たちは必死に戦ってたねえ……人を助け人に危害を加えない存在なら受け入れられるよ。私の仇はあくまでもオークとオーガだからね」
「そう言ってもらえると助かる。アイツらは俺の大切な仲間なんだ」
「ふふっ、ねえアンネット。勇者が魔族を信頼してるなんて面白いでしょ? 」
「ククク、そうだね。まあ光の悪魔だなんてパーティ名や会社名に付けているうえに、飛空艇に描いた紋章がアレだからねえ。とても魔王を倒した勇者がする事じゃないのは確かだね」
ほっとけ!
「もう完成して練習航海してるんだろ? クルーたちは使い物になりそうか? 」
「ああ、本人たちのやる気が凄いからね。間に合うだろうよ。しかし獣人の女の子のクルーだけとはね。勇者が募集してると言ったら自治区の子が殺到したから人集めには苦労しなかったけどね」
「うちの会社は女性が多いからな。飛空艇の中で気を使わずに過ごして欲しいんだよ」
全裸で一日過ごすとかやりたいしな!
「そうね、女性のクルーの方が私たちも安心ね。コウといつでも愛しあえるしね」
シルフィも同じことを考えていた!?
でもシルフィはもう少し自重して欲しい。
「ククククク……青春してるねえ。羨ましいねえ」
「ふふっ、アンネットもそのうちいい人が見つかるわよ」
「まあそういうことだ。明日から忙しくなるぞ。さあ帰ろう」
俺はそう言ってシルフィとアンネットを連れて店を出て、近くの路地で転移をして家へと帰ったのだった。
これで古代技術の研究は進むな。何年掛かるかわからないが、必ず結界の塔を完成させてみせるぞ。
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