第30話 経験
《 お屋形様、南側の殲滅完了しました 》
《 光魔王様、北側の魔物殲滅しました。ワームの反応もございません 》
《 予定より早かったな。それでは戻ってきた岩竜に各自乗って移動しろ 》
《 はっ! 》
《 ハッ! 》
《 以蔵、子供たちはまだいけそうか? 》
《 はっ! 疲労はしておりますが少し休めば大丈夫かと》
《 なら岩竜の上で休ませて次は途中から参戦させてくれ 》
《 はっ! そのようにいたします 》
『20km地点での狩りは終了した! 剥ぎ取り組は前進せよ! 』
俺はパースの街に向かって前進するように指示をした。俺の言葉にゴーレムたちが反応し、市民や兵士の乗る車両を囲みながらそれぞれ北と南に分かれて動き出した。
「北側は夏海が怒ってたけどなんとか捌けたようね」
「明美さんか……あの漫画ネタみたいなやつはクオンとの戦闘の時に、俺と夏海に止められてできなかったからいつかやるチャンスを狙ってたんだろ。アレはもう病気だ。一度死なないと治らないと思う」
「ふふっ、確かにアクション系のアニメの戦闘でよくあるわね。リムたちは避けれると思ってたから、明美さんが呑み込まれたのにびっくりしてたわ。夏海もまさかと頭を抱えてたわね」
「まあ夏海もワームを輪切りにする準備をしてたようだし、セルシアもいたから手遅れにはならないとは思ってたけどな。一連の行動とやり取りが生中継されたし、アレを見たら道場に入門しようとする奴はいないだろ。結果的には狂人たちの宣伝ができて良かったさ」
夏海が探知で明美さんの場所を確認してから輪切りにする前にワームから出てきたらしいが、千歳さんは叱責するどころか褒めていた。そして皆も見習えと……やっぱり日本に置いておいたらいけない集団だよあの人たちは。
「このオーストラリアで現地の人が入門しそうだけどね。きっと来年には千人規模になってるわよ? 」
「ははは、まさかそんなことは無いよ。いくらなんでも倍とか……無いよな? 」
「ふふっ、どうかしら? それよりも子供たちは結構頑張ってたわね。天城さんも応援しながらレポートしてたわ」
「英作君が頑張ってたな。まあ一番ボロボロだけどな。大月さんの魔法もなかなかだった」
英作たちは蘭とダークエルフたちによって、戦う魔物を調整されていたとはいえよく頑張っていた。
装備をボロボロにしてしまい落ち込んでいたようだけど、そんなものは終わったらいくらでも直してやるさ。とにかくあの子たちには経験を積ませてやりたい。
「佐藤さん、次はもう少し低い高度で撮りたいのですがご協力いただけますでしょうか? 」
「ん? 高度は上げないと北の狩場が見えなくなるぞ? 」
「それなんですが、局の方から北の狩場の撮影は同行しているカメラマンのみでいいと。レポートは必要ないと指示が来まして……」
そうか、十兵衛さんたちの戦闘は生中継で放送しちゃいけないことに気付いたか。あとで編集できるように同行しているカメラマンのみにしたようだ。
もうちょっと宣伝したかったが仕方ないな。
「それなら俺とシルフィは別の竜に移動するから、このエメラを好きに飛ばすといい。エメラ、この女性の言う通りに飛んでやってくれ。飛行系魔物が来たら近付かせるなよ? 」
《 クオーーーン! 》
「ええ!? わ、私がエメラちゃんを操縦していいんですか!? 」
「ああ、その方が絵になるだろ? カメラマンの人もそう思うよな? 」
「え? ええ、それはもう。戦うレポーターから竜使いのレポーターへクラスチェンジとなりますね」
「わ、私がドラゴンライダーに……や、やります! やらせてください! 」
「次は魔物の数も増えるからさっきより激戦になる。命綱を絶対に外さないようにな。それじゃあシルフィ行こうか」
「ええ、天城さん頑張ってね。シルフ、お願い」
「え? ええ!? と、飛んだ……」
俺とシルフィは天城さんとカメラマンの二人を置いて、飛翔の魔法と精霊魔法で上空へと飛び立った。
そして雲を抜けたところで魔石を一つ取り出し、創造魔法で岩竜を新たに創り出した。そしてその背に2人で乗ったのだった。
「飛びながら創造するなんて器用ね〜」
「さすがに千体以上作ったからな。慣れたさ」
「それにしても高度上げ過ぎじゃない? 」
「次の誘導開始まで少し時間があるからな。2人でゆっくりコーヒーでも飲んで待とうと思って」
冒険者連合の仕事が始まってからはシルフィと二人きりで話す機会が減ったからな。たいていセルシアか蘭が一緒だし。率先して2人で話す機会を作らないと。
「ふふっ、そうね。下からは雲で見えないし一回くらいはできそうね」
「え!? これからか!? 」
「この大空で風の精霊に囲まれて愛し合うなんて最高じゃない! さあ脱いで! 早く早く! 」
「お、おいっ! ちょ、待てって! 馬乗りになるなよ恥じら……」
俺の2人でゆっくり話をして過ごそうという思惑はこのエロフには全く通じず、とっとと服を脱ぎ全裸となったシルフィに上に乗られ、俺は半ば襲われる形で搾り取られたのだった。
情事の最中にシルフィの背後に現れたシルフが、俺には溜息を吐いているように見えたのは気のせいじゃないと思う。
大空をバックにシルフィと愛し合ってから10分後、誘導組が引き連れてきた魔物の群れが南と北で待機していた者たちの視界に現れた。
そして北は少し増えて七千ほどの山岳と砂漠系の魔物が、南は八千ほどの森から引き連れた草原と森系の魔物が一千から二千ほどの塊となって次々と襲い掛かっていった。
だがどの魔物も所詮はCランク以下のものばかり。
南側の魔物の群れは時折側面から奇襲を受けるなどして危ない場面もあったが、リチャードとダークエルフたちに次々と葬られていった。
北側の狩場には飛竜が現れたりしたが、これはセルシアとリムたちに問題なく狩られていった。だけどその一方、地上では十兵衛さんたちが途中から陣形を崩され乱戦となっていた。その混戦ぶりにヤンも夏海もフォローしきれず、今回の狩りで一番多くの負傷者を出した。
死者こそ出していないが、自分や同門の仲間の身体がグロいことになっているのに笑っている彼らを見て、生中継をやめた局のお偉いさんの判断は正しかったなと思った。
俺はというと北と南の狩場を行ったり来たりして定期的にエリアヒールを掛けて回っていた。
中級ポーションレベルの回復を広範囲に掛けられるこの魔法は、こういった集団戦ではほんとに便利だったよ。普通はせいぜい5mから10mの範囲が限界なんだけどね。そこは魔力と魔法の威力に器用さが限界突破している俺が掛けるんだ。100mや200mの範囲とか余裕だった。
そうそう、エメラに乗った天城さんはどうしていたかというと、南の戦場を縦横無尽に飛び回りながら剣とマイクを持ってレポートをし、進路を妨害する風切り鳥やハーピーが現れるとエメラに次々と処理させていた。
天城さんもそうだけど、エメラもなんだか楽しそうに見えたからきっと飛び回りたかったんだろうな。
英作たちは後半の魔物の数が減ったあたりで以蔵により岩竜から地上に降ろされ、そのあとは疲労困憊になりながらも最後まで戦い抜いていた。確か彼らはDランクだったから、今回の狩りでステータスのいくつかはCランクになるかも知れないな。体力がCランクになるのは間違いないだろう。
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「こんなもんか。まあ訓練としては良かったな。次やる時はオーストラリア大陸の中心部でやった方がいいかもな」
「方舟と違ってボスクラスがBランクの飛竜やミノタウロス程度ではね。アント系が硬くて十兵衛さんのところで手こずってたくらいかしら? 」
「そうだな。それでも世間では高級な素材ばかりだ。パース市の人たちは大喜びで剥ぎ取りをするさ」
「そうね、これで儲けてもらって今後魔物を積極的に狩るようになってくれればいいわね」
眼下に見える各狩場では、最後の誘導係が引き連れてきた魔物を殲滅したところだった。
今回は7時間程度の狩りだから、十兵衛さんたちと英作たち以外はまだ余裕がありそうだ。
南側は生き残りの魔物の気配を探りながら戦闘状態を維持しつつ、静音を中心に点呼を取っている。英作たちは精根尽き果てたのかぶっ倒れていた。
北側は酷い乱戦だったから、いまは行方不明者を捜索している。何を思ったのか川に入って戦ってた奴もいたからな。突然川に向かって走る門下生がいて、背水の陣でもやるのかと思ったらそのまま川に飛び込んで刀を構えてさ、まさかの入水の陣でびっくりしたよ。なんで動きが鈍る場所に自ら入ったのか……魔物を川に誘き寄せて狩る蟻地獄戦法とかか?
『皆ごくろうさん!狩りは終わりだ。各人撤収しろ。剥ぎ取り組は現在の場所から川まで前進して剥ぎ取りをしてくれ』
《 はっ! 撤収します! 》
《 ハッ! 多田家を回収して帰還します! 》
剥ぎ取り組はまだ最初の狩場での剥ぎ取りをしていたが、それをやめさせて先に進ませた。そうしないと川向こうにいる飛行系魔物が素材を持っていくかもしれないからな。
この辺一帯の魔物は掃討したが、広い大陸だ。どこかからまた集まってくるかもしれない。
《 光希……お祖父様とお父さんとお母さんが川の向こうに行って帰ってこないんですが……》
《 ん? …………ああ、10kmくらい先にいるな。これは……スフィンクスとレッドスコーピオンとキングスコーピオンの群れに囲まれてるな。さすがに厳しそうだからセルシアと行ってやってくれ》
俺は夏海に言われて探知の範囲を広げて探した。するとなかなかにヘビーな状況に十兵衛さんと六郎さんと秋子さんほか10名ほどの門下生が置かれていた。
《 スフィンクスにレッドスコーピオンとですか!? セ、セルシア! 付いてきて! 》
大変だな。川の向こうに行くなと言っても勝手に行くような人たちは、もうほっとけばいいのにと思わなくもないがさすがに肉親だしな。
まあどうせこれで最後だ。明日から十兵衛さんたちはうちの島とこの大陸で過ごしてもらって、日本にいる俺たちは平穏で幸せな日々を送れる。夏海、もう少しの辛抱だぞ。
この後スフィンクスにやられたのか夏海にやられたのかわからないが、顔をボコボコに腫らした十兵衛さんと六郎さん夫婦と門下生を引き連れた夏海と合流し、リムたちや静音たちにもパース市へ戻るように指示をした。
アイアンゴーレムたちには、剥ぎ取りが終わるまでは市民の護衛を継続するように言っておいた。剥ぎ取りは数日は掛かりそうだしね。剥ぎ取りの護衛が終わったら今回新たに手に入れたパース市の領土の警戒でもさせようかな。有料で。
「英作君に大月さんもボロボロだな」
「……はい……せっかく頂いた装備を……すみません」
「何度も死ぬかと思いました……」
「い、生きてる……俺たち……生きてる」
「やべぇ……マジやばかった……忍者にアヴァロンの人たちハンパねぇ」
「わたし自分の内臓初めて見たの……」
うん、いい感じにギリギリを経験できたみたいだな。
「装備は気にするな。元に戻しておいてやる。まあ初めての命を懸けた戦いにしてはよく戦った方だ。今日はゆっくり休んでおけ」
「あ、ありがとうございます! 凄く勉強になりました。アヴァロンのケビンさんのように、もっとみんなを守れるように強くなりたいと思いました」
「わ、私も魔法もそうですけど槍の練習をしなきゃって。アヴァロンの魔法剣士のリチャードさんがあまりにも凄過ぎて……私なんてまだまだだって思いました」
「俺たちHero of the Dungeonでトップチームだったから、女神の島の時より強くなってるって思ってたけどまだまだでした」
「怖かった。本当に死ぬかもと思って怖かったです……以蔵さんと蘭さんが助けてくれなかったら今ごろ……」
「わたし自分の内臓初めて見たの……」
「周りのサポートがあったにせよお前たちは生き残った。生き残ったってことはまた強くなるチャンスがあるってことだ。いいか? 負けても逃げてもいい。とにかく生き残れ。ただ仲間だけは見捨てるな。それは弱くなる道に繋がる。最後まで仲間と共に生き残る道を探すことを諦めるな」
「「「「 はい! 」」」」
「わたし自分の内臓初めて見たの……」
うん、いい返事だ。新見さんはまあ、よくある症状だ。仲間と時間が解決してくれるさ。
俺は英作たちに声を掛けたあと、相変わらず口喧嘩をしているガイルとミリーがいる場所に行きリチャードたちも労った。まあさすがSランクに最も近いAランクパーティだ。疲労はしていたが、最前線で戦ったにも関わらず大きな怪我もなく装備も壊していなかった。リアラの塔を攻略してからそのまま来たのにたいしたもんだ。これだけでこの1年彼らが必死に戦ってきたことがわかる。
「サトウさん! 今回は声を掛けていただいてありがとうございました! これほど多くのものを得た五日間は経験したことがありません。サトウさんに出会えた幸運に感謝します」
「いただいた上級聖魔法で大切な仲間を守ることができました。ミスター・サトウが戦闘中に掛けてくれたとんでもない範囲のエリアヒールには到底及びませんが、いつか私も一軍を癒せるようになりたいと思います」
「……この盾素晴らしいかった。ブリアンナを守れた。感謝します」
「ミスリル凄かったニャー! スパスパ斬れたニャー! 感謝ニャ! 返せと言われてももう返せないニャ! 」
「サトウさんよ、この黒鉄の大剣やばかったぜ! 流す魔力にも余裕があってよ、魔力の塔を攻略しておいてよかったぜ」
「頑張ったのはお前たちだ。俺じゃない。頑張ればいつかは報われるもんだ。お前らは強くなったが、まだまだだ。もっと頑張れ。そして俺のとこまで登ってこい」
「「 はい! 」」
「無理ニャ、ミリーたちは人間ニャ。化物にはなれないニャ」
「お、オイ! ミリー! お前のその度胸に俺はたまに戦慄を覚えるぞ! 」
「ははは、お前らもそのうち化物と呼ばれるようになるさ」
ミリー、お前をいつか魔改造してやるからな。
さて、みんな集まったな。テレビ局の人たちは今日は帰らないみたいだし明日迎えにくればいいか。
あとはヤンたちに十兵衛さんたちを任せて俺たちは帰るとするか。
そうだ、念のため市長にもう一度魔石は種類ごとに分けておくように言っていた方がいいかな。
こうして俺たちはパース市の独立の依頼を達成し、街周辺の魔物の一掃まで完璧にこなしたのだった。
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