第28話 生中継 前編






ーー 横浜市 私立 冒険者学園 横浜校 講堂 高等部1年 B組 佐々木 陽介 ーー





「やべっ! 陽介、もう始まっちゃうかも! 」


「まだ生中継まで30分あるから大丈夫だよ。生中継前の解説をまだしてるって」


「あ〜あの評論家とかのか」


「そうそう。どうせこの二週間さんざんテレビでやってた内容だよ」


今日僕は夏休み中の学園に友達と来ていた。なぜ夏休みに学校にいるかというと、もちろん補習とかではなくクラスメイトの活躍をみんなで見守るためだ。

そう、あれは学校が夏休みに入る3日前のこと。Hero of the Dungeonで英作が組んでいる大月さんと新見さんに鈴木と戸田のパーティが、なんと2週間前にLight mareが二つの国家を制圧したオーストラリアで行われる魔物狩りに参加するとテレビで紹介された。


翌日に栄作たちを捕まえて問い詰めたところ、どうやら日本の救世主であり世界最強のパーティのリーダーである佐藤さんに招待されたらしい。その日はもう学園中が大騒ぎだった。高等部どころか中等部にまで一気に話が広まり、上級生も混じえて女神の島の時のようにみんなでまた行けるよう佐藤さんにお願いできないか話し合ったりした。

しかし女神の島と違い今度は地上での戦闘だ。それに死んだら生き返らない。英作たちが佐藤さんに相談する前に先生たちから猛反対を受けて諦めざるを得なかった。


そりゃそうだよね。いくらLight mareでも生徒全員の安全なんて保証できるはずもないし、僕たちもリアラの塔で実戦を経験したからこそ死なない自信は無かった。

結局、最後まで粘っていた来年卒業する二年生の先輩たちも涙を飲んで諦めた。本当の命を懸けた実戦……卒業前に世界最強のパーティに守られて経験できるならそりゃしかったよね。


でもそのあとはグチグチ言う人はいなかった。僕たちは女神の島に行くために一致団結した仲間だからね。KSTテレビが栄作たちの戦いを生中継をするならと、当日みんなで集まって応援しようということになったんだ。これには学園も協力すると言ってくれて、講堂と最新のプロジェクターの使用許可を出してくれた。大画面で戦場を見れるなんて楽しみで昨日はなかなか眠れなかったよ。


生中継は9時からなんだけど、番組は7時からやってる。まあ日本人なら誰でも知っているLight mareのこれまでの功績や、株式会社Light mareが行なっている事業紹介。あとは評論家なんかがあーでもないこーでもないと解説してるだけみたいだ。


もう正直見飽きたかな。2週間前にLight mareが正統オーストラリアに攻め入った時は、経済界を中心に国中大騒ぎで、国会でも政府が野党にレアメタルの輸入が止まったらどうするのかとか追及を受けてた。

レアメタルっていうのは色んな製品を製造するのに必要な希少鉱石らしい。無いと困るという事だけしかわからなかったよ。


議員の中には即刻Light mareを召喚すべきとか言っていた猛者もいたくらいだ。多分本当に国会に呼べたら誰も何も言えないと思う。佐藤さんは権力者が嫌いだから、権力を振りかざして理不尽なことをしようとしたら、徹底的に追い込まれるのは周知の事実だ。傘下の庁を全て取り上げられ、多くの官僚が起訴されて力を失った資源省のようにね。だから誰も目をつけられたくないから黙るんじゃないかな?


支持率が過去最高の政府与党は野党の攻撃など気にもとめてないようで、国会の答弁で政府は一貫して今回の件は事前に連絡を得ており対応済みと言い続けてた。実際3日後には輸入が再開して、しかも以前より安くレアメタルを購入できるようになったらしい。

M-tubeで今回正統オーストラリア共和国がLight mareを怒らせたのは、実は日本政府にも責任があるからLight mareに何も言えないとか言っていた人もいたけど本当のところはわからない。


それでも野党は正統オーストラリアにこれまで投資した設備やらなんやらをどうするのかと、その損失の責任を取るべきとかまだ騒いでるけどね。誰もLight mareに直接言おうとしないところが笑えるよね。


まあそんな番組はもう見飽きたから、おいしいとこ取りしようと僕たちは遅めに学校に来たというわけ。

でもそれは失敗だったみたいだ。


「陽介……こりゃ立ち見だな」


「え? なんでこんなに人がいるの!? 」


僕たちが講堂に入ると暗幕で光を遮った薄暗い講堂内には人がひしめき合っていた。複数あるエアコンもフル稼働のようで、ウォンウォンとうるさいくらいに講堂内に響いていた。

夏休み前にみんなで設置した椅子はスペースを確保するために片付けられており、中等部の生徒らしき子たちや女子たちが体育座りをして演壇の後ろに映し出される映像を見上げていた。


プロジェクターに映し出されている映像は今KSTテレビでやっている番組で、中年のアナウンサーの男性とゲストの人らしき男性がなにやら話しているところだった。


「陽介、あそこが空いてる。あそこで立って見ようぜ」


「はあ〜失敗したなぁ。ほとんど全校生徒がいるんじゃない? 」


僕は肩を落としながらも友達の後を付いていき、講堂の中ほどの場所にあるスペースまで壁沿いに移動した。

もうおとなしく見てるしかないよな。これは生中継始まったらトイレ休憩とか行く暇あるのかな? 確か夜までやってるんだよね? 食事はみんな弁当持参しているから大丈夫だけど、いずれにしろ英作たち以外が映ってる時がチャンスかな。



『……ます。と言うわけで、Light mareは今回冒険者としてではなく、株式会社Light mareとして契約違反をした国に対して制裁を行なったということなんです』


『まったく……魔誘香を戦争に悪用する国があるなど信じられないですね。しかし実行犯とそれを指示した者たちが全て逮捕され自供している以上、疑う余地はないでしょう。この40年以上の間、魔物に人類が多くの被害を受け、現在進行形でも魔物の脅威にさらされている国があるというのに、その魔物を人類に差し向けた正統オーストラリアとクイーンズランド都市連合は世界へ宣戦布告をしたともいえます』


『はい、矢沢さんのおっしゃる通りです。確かに一企業が一国に武力をもって制裁を加えることは、決して褒められたことではありません。まずそれが可能なことに驚きですが……しかしLight mareの供給する魔道具とアイテムは強力です。このアイテムが世界に広く出回れば、世界中にあるダンジョンを半分に減らすことができるのではないかと、そう先日行われた冒険者連合加盟国会議で話し合われたと聞きます。従ってこれら強力なアイテムを製造販売するLight mareのみならず、それを購入する国家及び探索者協会と冒険者連合にも高度な責任が伴います。今回Light mareはその責任を果たしたということではないでしょうか? 決して自分たちが作った強力なアイテムの悪用を許さない。そういったメッセージを世界に送ったのだと思います』



「なあ陽介、あんなこと言ってるけど佐藤さんとこの会社ってそんな凄いアイテム作ってるのか? 」


「僕も自衛隊にいる兄さんから聞いたことしか知らないんだけど、なんでもCランクの魔物を誘き寄せることのできる魔誘草の上位互換版のアイテムや、最近探索者にも販売されるようになった魔法が使えない人でも魔法を撃つ事のできるスクロールの上級魔法版とかを軍に卸しているみたいだよ? ダンジョンから脱出できるスクロールもあるみたいで、兄さんの同期が大怪我をした時にそれで助かったって言ってた。以前にも似た魔道具があったらしいんだけど、かなり高価でスクロールほど部隊に多く支給されなかったらしいよ。だからLight mareは自衛隊からはかなり感謝されているみたい」


「マジかよ……ダンジョンを攻略する側の人間からしたら神のような存在だな。俺たちがデビューする頃にはそのダンジョンから脱出できるスクロールが出回っているといいなぁ」


「今のところはどのアイテムもある程度のランクに上がった人間にしか売らないみたいだね。悪用する者が必ず出てくるから初心者にはなかなか売ってくれないみたいだよ」


「あ〜うんまあ……そうだよな。探索者って評判悪いもんな〜」


「冒険者に上がるかその直前のCランクになるまではね……なかなか認めてもらえないよね」


『…………から確かに世界への強力なメッセージとなったと思います。悪用した者が、たとえ国家元首でも厳しい制裁を受けるのですからね。世界最強のSSSランクパーティが責任を持って対応してくれるのであれば、私たちも安心して生活を送れますしね』


『確かに。Light mareを危険視する者たちもいますが、これまで彼らがやってきたことを見れば理由なく一般市民や日本及び世界に危害を加えるような存在ではないことがわかります。これまでの行動から彼らは決して政府の言いなりにも冒険者連合の言いなりにもならず、彼らは彼らの正義の中で動いていますが、結果的に日本、米国、中華広東共和国に台湾、インド及びその周辺国、中東諸国が救われています』


『上海の大氾濫を鎮圧し、その根源となる上級ダンジョンを攻略した事による世界への功績は大きいですね。そして今回は新たにオーストラリア大陸も彼らは救おうとしています 』


『はい。どういう経緯かはわかりませんが、Light mareがパース市から個人的に受けた依頼のようで、この依頼はパース市をこれまで例の二国から搾取されていた環境から独立させる内容のようです。そのうえ今回は訓練を兼ねて市周辺の魔物の間引きを行うとか。報酬としてロットネスト島を譲り受けるそうなのですが、報酬が島一つとはかなりの高額な依頼料だと言えます』



「ええ!? 島一つ報酬でもらっちゃうのかよ! 冒険者ってスゲーな! 」


「冒険者としてじゃなく個人的に受けたからだよ。冒険者連合を通したらまず報酬として認められないと思うよ。だってその島には他国の軍事基地があるんだし」


「そうなのか? 俺はその話知らなかったぞ? じゃあそこにいた軍隊はどうしたんだ? 」


「10頭以上のドラゴンで囲んで降伏させたんだって」


「ああ、海外のテレビでやってたあのクイーンズランドとか正統オーストラリアを降伏させた時と同じやり方かぁ。そりゃ降伏するしかないよなー」


「そうだよね。ドラゴン一頭でも日本とアメリカ以外の軍が全滅するのに、10頭とかもう笑うしかないよね」


ほんともうめちゃくちゃだよ。もともとドラゴンを三頭にグリフォンと冥虎までテイムしていたから不思議じゃないんだけどさ。それにしたって個人でドラゴンを10頭以上所有してるなんてもう世界と戦えるよ。


「これだけの武力を見せつけられると、アンチLight mareの左寄りの奴らもますます声が小さくなりそうだな」


「去年さんざん周りから叩かれたからね。確か彼らの主張は、Light mareは危険だから自衛隊に入れさせて国で管理をし、隣の魔物に占領された半島を取り返させるべき。日本は昔半島に迷惑を掛けたんだからそうする義務がある。だったかな? もう目的が透けて見えて誰も相手にしなくなったからね」


「40年前に半島の奴らはダンジョンの多い魔物で溢れていた日本ではなく、殆どが台湾と香港に逃げたけど、もともと半島の人間が日本には多くいたらしいぜ? そいつらを使ってなんとか日本を利用して半島を取り返そうと必死なんだろ」


「だったら文句ばっか言ってないで冒険者になって力をつければいいんだ。人の力ばっかりアテにして利用しようとするなんてさ。本当に祖国を取り戻す気があるか疑問だよ」


「まあ口だけさ。Light mareの悪口を言おうものなら、周りから上級ダンジョンの一つでも攻略してみろって言われて終わりだ。それだけあの人たちは凄い存在なんだよな。それよりもうすぐ時間だ。生中継始まるぞ」


「あっ! もうそんな時間か。なんかドキドキしてきた。英作たち大丈夫かな……」





『それでは現地にいる戦うレポーターの天城さんに繋ぎます。天城さーん! 』


『はい! おはようございます! 戦うレポーターの天城 レイです! 皆さん見てください! いま私はなんとドラゴンの背に乗っています! 』


『お〜凄いですね〜羨ましいです。おや? 後ろにいる方はもしかして? 』


『はい! Light mareのリーダーであり世界最強のSSSランク冒険者でもある佐藤 光希さんと、冒険者連合理事長のシルフィーナさんです! 佐藤さんシルフィーナさん、今日はよろしくお願いします』



「あっ! 佐藤さんだ! 相変わらず革のズボンに黒Tシャツに革のジャケットって、とても戦場に行くような格好じゃないよな〜」


「あははは、そうだよね。横浜の街を歩いている時と同じ格好のままだよね。でも英作が言ってたんだけど、あの革ってかなり上位のドラゴンの革らしいんだ。実技の先生が全力で斬ったとしても傷一つ付かないらしいよ? 」


「ええ!? マジ!? そりゃ鎧なんかいらないわな……」


「凄いよね。さすがSSSランクだよ。ドラゴンなんて片手間で倒せちゃうんだしね」


本当に凄い。僕もいつかあんな装備を身に付けたいな。



『……というわけでパース市の視察で来たついでに今回の狩猟祭りを見学にきました』


『なるほど。では将来このオーストラリア大陸に冒険者連合支店ができる可能性があるんですね。これはオーストラリアに住む人たちも希望が持てますね』


『……来たようだ』


『え? 佐藤さんなにが来たので………あ……ああ……アレは……』



「ん? どうしたんだ? この美人のお姉さんは何に驚いてるんだ? 」


「さあ? 何かカメラの後ろを見て驚いているようだけど……」


僕たちはシルフィーナさんと話していたお姉さんが、佐藤さんの言葉に振り向き驚いているのを見て首を傾げた。講堂にいる学園の皆も周囲の人たちと、どうしたんだろうとヒソヒソと話しているようだ。

そしてカメラがゆっくりとその方向を映した時に、僕たちもお姉さんと同じように驚愕することになった。


講堂のスクリーンには、忍び装束のダークエルフと英作たちがいる場所に数千体の魔物がドラゴンに連れられて向かってくる姿が映し出されていた。


「なっ!? な、なんだよあれ! 」


「し、知らないよ! パーティごとに分かれて魔物を探して狩るんじゃなかったの!? なんであんなに大量の魔物が……ま、まさか氾濫!? 」


もしも氾濫が起きているのだとしたら英作たちが危ない!

講堂にいるほかの生徒たちのあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。早く逃げないと! 何やってるんだよ英作! このままじゃ全滅しちゃうよ!


『これが俺たちの狩りだ。魔誘香を使い魔物を誘き寄せまとめて討伐する。分散して探して討伐するより早いだろ? 』


「お、おい! 聞いたか! 魔物を集めたって……」


「く、狂ってる……五千体って横浜の上級ダンジョンの氾濫の時の倍近い数だよ。それをあんなたった100人足らずで……しかもドラゴンを参戦させないなんて……」


信じられない。講堂内の生徒たちは佐藤さんの言葉を聞いて先生も含めてパニック状態だ。

あちらこちらで西条先輩逃げてとか、西条退けっ! って先生の声が聞こえる。

クラスメイトは僕たちを含め、みんなが絶望の眼差しでスクリーンを見ていた。


「お、おい! き、北側にも同じ数が……ってあっちはやる気満々だなオイッ!」


「あの人たちは……まさか『竜を狩る者たち』じゃない? あ、アップの画像出た! 間違いないよ。竜を狩る者たちだ。え? あの人たち笑ってるよ……」


「先生が絶対に近付くな・真似するな・道場に入会するなって言ってた人たちだろ? 上海の大氾濫でも活躍したって聞いたけど……」


「僕も兄さんから絶対に近付くなって言われたよ。地竜や飛竜を狩れるなんて凄いと思うんだけど、いったい何をしたんだろ? あっ、それより英作だよ! 見て! どの魔物も格上なのにあんな数を相手にするなんて無理だ! 」


カメラのアップで映し出された魔物は、ヴェロキラプトルを先頭に黒鬼馬にオークやオーガなど、1体でさえ僕たちでは敵わない魔物だらけだった。いくら学園で最強といわれる英作たちパーティでも無理だ。

でもカメラの端にいる佐藤さんは英作たちを下げるどころか戦場にいる全員を鼓舞し始めた。

え? 2時間!? 2時間であの数を殲滅しろだって!? まるで次もあるような言い方だ。


まさか……まさかね……。




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